以上より
,式
(2.1)–(2.4)の右辺のそれぞれに対して
,条件
(0.53)が満たされね ばならない
†246.たとえば
,恒等式
(2.1)の左辺は
,全微分であるのだから
,dU(S, V) = T(S, V)dS−p(S, V)dV = (∂U
∂S )
V
dS+ (∂U
∂V )
S
dV (2.5)
とかける. 真ん中の必要十分条件
(0.53)より, 次式の成立が要請される:
(∂T
∂V )
S
=− (∂p
∂S )
V
(2.6)
同様に
,残り
3つの熱力学恒等式
(2.2)–(2.4)のそれぞれに対して
,条件
(0.53)を使うと
,それぞれ
(∂p
∂T )
V
= (∂S
∂V )
T
(2.7) (∂T
∂p )
S
= (∂V
∂S )
p
(2.8) (∂V
∂T )
p
=− (∂S
∂p )
T
(2.9)
が導かれる
.式
(2.6)–(2.9)は
Maxwellの関係式とよばれる
†247.ようやく
,体積の微小変化
(微分
) dVではなくて
,体積の微小変化率
(偏微分
係数)
(∂V /∂T)pが現れた. 変化の
“割合”を与えてくれる数式の登場は初めてであり, 有用に違いない
†248.†246突拍子であると感じるかもしれないが,実は,全微分を仮定したときに,すでに同値であったの である. これが満足されることなしに,これまでの議論は成立せず,全て破綻する. この意味で, 極めて自然な数学的拘束である. また,物理的に同値あるいは等価と受け入れるべきである.
†247[解析学II (スマートな表現を求める者だけ読めばよい発展的表現)]変数変換のJacobian (Jacobi
行列式, ヤコビアン)を用いると,式(2.6)–(2.9)を,ひとまとめにして表現できる(確かめよ):
J ≡ ∂(T, S)
∂(p, V) ≡
∂T /∂p ∂T /∂V
∂S/∂p ∂S/∂V = 1
[補足]ついでながら,J を用いて,積分変数の変換を行うことが可能である:
∫∫
dTdS=
∫∫
JdpdV
†248[重要・意義]大学の熱力学(もっといえば力学全般)の本質とは,“微小な変化を追跡して積み重
ねる操作”に他ならない. だからこそ,微分法と積分法を用いるのである. 利点を要約する: (i)
(2.7)(2.9)
は道具として多用するが
, (2.6)(2.8)はあまり使わない
(後述
). (2.6)–(2.9)
を覚える必要はないが
,(i)左辺の分子と右辺の分母を掛けて
[J]になること
(
全て
pVと
T S), (ii)両辺の分子と分母に
1回ずつ
(p, V, T, S)が現れること
,を 観察できているならば, 計算ミスや誤記はありえないだろう.
§ 2.2.1 [別法]
偏微分の順序交換に頼る方法
上述の論法にすっきりしない者もいるかもしれない.
式
(2.5)に立ち戻ると, 真ん中と最右辺の等号は, 任意の
dSと
dVに対して成
立せねばならない
.それゆえ
, dSと
dVの係数が等しいことが要請される
.する と
,式
(1.4)(1.5)が改めて導かれる
:T = (∂U
∂S )
V
(1.4) p=−
(∂U
∂V )
S
(1.5)
ここで
,式
(1.4)の両辺を
, Sを固定しながら
Vで偏微分すると
,(∂T
∂V )
S
= ∂
∂V
[(∂U
∂S )
V
]
S
= ∂
∂S
[(∂U
∂V )
S
]
V
=− (∂p
∂S )
V
(2.10)
これまでに現れた有限の変化量∆V は,変化後と変化前の差にすぎず, 過程の追跡は不可能で
ある[状態変数は状態(点)依存量であって,過程(曲線)によらないことを思い返そう]. (ii)過程
を眺めることが可能な微小変化量dV も現れたが,これには数値が対応しないがゆえに,工学応 用には即さない. (iii) 偏微分係数は, 有限量でありながら, 微小な変化率(割合)を与えてくれ ることに価値がある. 力学における速度v= dx/dt を思い返せば意義が理解できるだろう. [補 足1]§3以降の議論のほとんどは, 変化率(偏微分係数)を含む数式,すなわち偏微分方程式に 支配される. [補足2]過程の追跡とは,大雑把に例えるならば,曲線の積分としての線積分(line
integral)の概念に類似する.
となる
.すなわち
,偏微分の順序交換
†249†250を経て
,式
(1.5)を代入することで
, Maxwellの関係式の
1つ目
(2.6)が導かれた
†251†252.§ 2.2.2
式構造
新しい数式が得られたならば
,数式を良く眺めて式構造を観察し
,その物理的 意味を理解することが重要である. 式
(1.26)–(1.29)は, 熱力学ポテンシャル
(エネルギー)
U, F,H, Gの偏微分操作から
†253, 4つの独立変数
(圧力 p,温度
T,体積
V,エントロピー
S)を導くものであった
.これに対して
,式
(2.6)–(2.9)は
,これら
4つの独立変数の間の関係を教えてくれている
.どこにも熱力学ポテンシャルは含 まれていない
†254.これらの独立変数
(とくに
, p, V, T)は
,自由エネルギー
Fや自由エンタル ピー
Gに比較して
,はるかに測りやすくかつ扱いやすく
,基礎的な状態変数に属 するがゆえに, これらを知ることは極めて有用である
†255.†249[基礎事項(解析学II)] 2変数関数f(x, y)を考えるとき, (i)偏微分の順序によらずに偏導関数
が存在, すなわち,
∂2f
∂x∂y および ∂2f
∂y∂x
がともに存在するとして, (ii)これらがともに連続関数であるとする. (i)と(ii)を満たすなら ば,上記の2種類の偏導関数は等しい:
∂2f
∂x∂y = ∂2f
∂y∂x
何の検討もなく,偏微分の順序を入れ替えてはならないことに注意を要する.
†250今回,U は, V とS の連続関数であって,偏微分可能であることはいうまでもない.
†251[解析学III]諸君は,完全微分方程式の関連事項として,この演算をすでに学んだはずである.
†252[雑感]この方法では,偏微分するという発想(アイディア)が必要となる. 金川個人は,この発想 に必然性を感じないため,数学的拘束という自然なものに頼った. とはいえ,この方法の方が受 け入れやすい面も多い. まとめると,単なる好みの問題であって, 正しい数式を, 論理的に矛盾 なく導けるのならば,導き方は問題ではない.
†253[注意]そろそろ,U,F,H,Gの独立変数は省略するので, これらが熱力学ポテンシャルとなる ための独立変数は何であったか,自身で補完することを習慣づけてほしい.
†254[重要]これは重要な利点である. ポテンシャルはわかりにくい量(能力)であって,わかりやす い量(試験の得点)を導くための道具にすぎないと述べたばかりである.
†255pと V が決まったならばp–V 線図が仕事を,T とS が決まったならばT–S線図が熱を,それ ぞれ教えてくれる. この意味で, 自由エネルギーFや内部エネルギー U よりもわかりやすく, かつ,強力といえる. 状態変数から一歩進んで,わかりやすい仕事と熱を求めることこそが, 熱 力学の究極の目的といえるからである.
式
(2.6)–(2.9)の未知変数は
, T, p, V, Sの
4つであり
,式の数は
4本である
.このように
,未知数の数と方程式の本数が一致するとき
,その連立微分方程式
(微 分方程式系
)は
(数学的に
)閉じているという
(closed set/system).微分方程式が閉 じていないならば, その解を求めることは不可能である
†256†257.式
(2.6)–(2.9)†258は,
1階の
4連立線形偏微分方程式
†259である.
§ 2.2.3
物理的意味と用法
式
(2.6)–(2.9)はどのような場面で役立つのだろうか. 再度, よく眺める.
(i)
式
(2.6)(2.8)においては
,測りにくいエントロピー
Sが
,左辺にも右辺にも含 まれている
.注意深く観察すると
,左辺の添え字
Sは可逆断熱過程
†260を明 示する役割を果たしている
.その一方で
,右辺では
,エントロピーに対する変
†256つぎの連立1次方程式が解けないことと同じである: x+y+z= 0,x+y−z= 1
†257[発展余談(読まなくてもよい)]たとえ閉じていても, 工学に現れる微分方程式において, 手計 算で解が求まる場合は極めて稀である. 非線形微分方程式の場合, ほぼ確実に, 数値解法に頼 ることとなる(計算力学: computational mechanics). 古典力学を例示するならば, たとえば,
Newton流体の運動を運動量保存の法則に基づいて記述するNavier–Stokes方程式系(2階の連
立非線形偏微分方程式)の厳密解(exact/analytical solution)は,未だ発見されていない(ミレ ニアム懸賞問題). しかしながら, 数値的研究(numerical/computational study)の目覚ましい 発展によって,多くの近似解(approximate solution)が得られているし,その基礎を築いた摂動
法(perturbation method)とよばれる近似解法による解も[とくに振動や波動など非線形性の弱
い現象(weakly nonlinear phenomena)に対して]山積されている. ついでながら, 金川の本当
の専門は流体力学である.
†258[余談]これに類する偏微分方程式に, Cauchy–Riemann方程式(複素関数)や, 2次元非圧縮渦 なし流れの流れ関数と速度ポテンシャルを利用して流れの速度を求める式(流体力学)などが挙 げられる.
†259[余談]工学や物理学にあらわれる全ての現象が偏微分方程式(partial differential equation) によって記述されるといっても過言ではないだろう. 代表的な線形偏微分方程式の呼称が, 拡
散(熱伝導)方程式や波動方程式など, 物理現象に起源することがその一つの証拠といえる(応
用数学). 実際に, 工学の問題の多くは, 偏微分方程式を解くことに帰着する. 実現象として, 空間1次元の定常問題(これが常微分方程式(解析学III)を意味することを確かめよ)などは 存在しえない. その意味で, 偏微分方程式の解法に習熟することは極めて重要である. 微分方 程式は, 線形方程式(従属変数やその導関数の2次以上の項を含まないもの)と非線形方程式
(線形方程式以外のもの)に分類されるが, 初学者は, まず, 解析的に解が求まる前者の解法に
習熟すべきである(後者は数値解析に頼ることが有効). 数値解析や計算力学の分野では,拡散 方程式(diffusion equation),波動方程式(wave equation), Laplace方程式を,それぞれ,放物型 (parabolic),双曲型(hyperbolic),楕円型(elliptic)と分類する[2次曲線(quadratic curve)との アナロジー(analogy)]ことを付記する(応用数学).
†260[基礎]エントロピーを固定した偏導関数を意味するのだから,断熱過程に他ならない. 可逆過程 におけるエントロピーの定義d′Q=TdS を用いて議論を進めていることを忘れてはならない.
不可逆過程ならば, d′Q < TdS となることに注意を要する(§4では不可逆過程を扱う).
化率
†261を意味する
.以上より
,右辺側を測定して左辺側を知る道具として は
,有用性は期待できなさそうである
.実際
,あまり用いない
.(ii)
式
(2.7)と
(2.9)の左辺を眺めると, 計測しやすい圧力
p,温度
T,体積
Vだけ で構成されている
.一方
,右辺は
,エントロピー自身を偏微分することを意味 する
†262.したがって
,左辺に
p, V, Tの計測値を代入して
,右辺を求める道 具
(測りにくい状態変数であるエントロピーを計算する強力な道具
)として
,威力を発揮することが期待される
.たとえば
, (2.7)の場合は
,S(V, T) =
∫ (∂p
∂T )
V
dV +S0 (2.11)
と計算できる
(S0は積分定数
).これに
,状態方程式の関数形
p= f(V, T)を 代入すればよい
†263.実際には
,道具として活躍および多用するのは
,式
(2.7)と
(2.9)であって
,式
(2.6)と
(2.8)ではない
.すなわち
,自由エネルギー
Fと自由エンタルピー
Hに根拠を置く式が多用されるという事実は, やはり, 定義式
(0.1)(0.2)へ の必然性と意義を予感させる.
§3
の応用例で実際に示すように
,種々の関係式に現れるエントロピーの偏導
関数を
Maxwellの関係式
(2.7)(2.9)の左辺で置き換えて
,計測しやすい量だけで表
現する
.この操作において
, Maxwellの関係式は極めて強力となる
.繰り返すが
,難 しい状態変数を求める困難は避けるのが得策なのである
. 2変数さえわかれば全て がわかるからである
.Maxwell
の関係式の左辺の一部には, 基礎的な状態変数が含まれている
†264.†261式(2.8)右辺は, つぎの量を教えてくれる: “エントロピーがわずかに変化したときに体積がど
れだけ変化するのか”. この量を測ることは難しそうと予想される.
†262式(2.7)右辺は, つぎの量を教えてくれる: “体積がわずかに変化したときにエントロピーがど
れだけ変化するのか”. この量を測ることも難しそうと予想される.
†263理想気体の状態方程式を例示して考察してみよ. [発展] Boyle–Charlesの法則,すなわち,圧力・
体積・温度による表現 p=f(V, T)を,エントロピーを用いた表現 S=g(p, V)へと書き換え る計算は,いささか煩雑ではある(§3.2で導く).
†264[補足] これまで紹介しなかった状態変数に, 音速(speed of sound), 等温圧縮率(isothermal compressibility),等温体積弾性率(isothermal bulk modulus),体膨張率(coefficient of thermal