式
(1.7)の
2つ目の等号が
,自由エネルギー
Fの定義式
(0.1),すなわち
,F ≡U −T S (0.1)
を自然と与えている
. Fの物理的意味はともかく
, U−T Sというひとかたまりに は
,何らかの価値あるいは必然性を感じないだろうか
.式
(1.7)の
1つ目の等号
[式
(1.6)最右辺の定義記号
]は
,切片
†172に
,望む変数
Fを持ち込んだことを意味す る
†173†174†175.T S
が強度変数と示量変数の積であることに注目しよう
.このように
,T S,あ るいは, 圧力
(強度)と体積
(示量)の積
pVを, “元の”熱力学ポテンシャル
(従属変数) に足し引きすることをとおして,
“独立変数の1つを置換”して, “新しい”熱 力学ポテンシャルを作る
.もっというと
,この例のように
,TdSを
SdTと入れ替え たり
,pdVを
Vdpと改めたりするのである
. (本講義では
)この操作を
, Legendre変換とよぶ
.基礎
8.式
(0.1)–(0.4)の全てが
, Legendre変換であることを確かめよ
.†1721次関数(linear function)と対応づける. すなわち, y=ax+b= dy
dxx+b
と式(1.7)を対応付ければ簡単である:
U = (∂U
∂S )
V
S+♠= (∂U
∂S )
V
S+F
傾き(slope)a(= dy/dx)は古いポテンシャルから計算される従属変数(新しい独立変数),すな
わちT = (∂U/∂S)V に相当する. 切片(intercept)b が新しく導入したいポテンシャル♠,す
なわちF である.
†173(1.6)(1.7)の段階では,まだ,F に物理的意味は持ちこんでいない. 無機質な記号と思ってよい.
†174配置は以下のとおりである:
(新ポテンシャルの独立変数(旧ポテンシャルの従属変数)) = (旧ポテンシャル)−(新ポテンシャル)
(旧ポテンシャルの独立変数(変更前))
一見ではわかりにくいだろう. 注意深くていねいに確認すべきである.
†175数式で書くならば,
∂U
∂S ≈ ∆U
∆S ≡ U− ♣
S−0 ≡ U− ♣ S−0
のように,偏導関数を差分で近似し, 分子にポテンシャル変更前の値♣を導入し(U を変更す るのだから),分母の変更前の値はゼロとおく(S は変更しないのだから).
§ 1.2.2
自然と現れた自由エネルギー
Fは熱力学ポテンシャルなのか
本当に
, Fは
, (V, T)を独立変数とする従属変数なのだろうか
.新しい熱力学
ポテンシャルの創成に成功したのだろうか
.このようなことを確かめたいと思うこ とは
,自然な感情である
. Fの定義
(0.1)を微分
(全微分ではない
†176)する
:dF = dU −TdS−SdT (1.8)
この右辺第
1項と第
2項に
,準静的可逆過程の第一法則
(1.1)を代入すると
,dF =−pdV −SdT (1.9)
と変形できる. これが, 第
2の熱力学ポテンシャルとしての自由エネルギー
F(V, T)に対する熱力学恒等式である
†177.式
(1.9)は
,第一法則
(1.1)を代入したことからわかるように
,準静的可逆過程
に対する自由エネルギーの保存法則である
.したがって
,式
(1.9)も
,熱まで含めた エネルギーの保存則を意味する熱力学第一法則の一表現と捉えてよい
†178.†176[注意]全微分は微分の一種である. 全微分ならば微分であるが,微分だからといって全微分であ るとは限らない. 数学や力学の書物においては,全微分と微分を同一視することも多いが,これ は,たとえば力学においては独立変数は時間と空間座標であって,それが移り変わることはない からといえる[つまりは, df と書かれたならば, df(t, x)と補完可能である]. しかしながら,熱 力学においては,独立変数が目まぐるしく移り変わるがゆえに, dU だけでは意味不明なのであ る. この意味で, 本講義では, dU を微分,dU(♣,♡)を全微分とよび, 両者を区別する.
†177§0で注意したように,微小量と有限量の差異のような,基礎事項で間違ってはならない. 工学 や熱力学以前の数学の基礎でつまづくべきではない. 常に,基礎へ基礎へとさかのぼって考える ことが習慣づいていれば,間違うことはありえないし,その上で応用が保障される. 以下が理解 できているだろうか:
• 微小量と有限量の積は微小量である.
• 微小量と微小量の和は微小量である.
• 微小量と有限量の和は有限量である.
導いたばかりの熱力学恒等式(1.9)を使って確かめよう:
• pは有限で, dV は微小であるから,積pdV は微小
• S は有限で, dT は微小であるから,積 SdT は微小
• 微小量 pdV と微小量SdT の和 は微小量になるはずである. 実際に, 左辺のdF は微小量 である.
†178式(1.9)と熱力学第一法則を明確に区別する書物も多いが, 本講義では,第一法則の意味の本質
がエネルギー保存則にあることを強調する意味で,あえて,このような言い回しを積極的に採用 する. そもそも,式(1.9)は, まだ正体不明な無機質な記号F を,第一法則(1.1)に代入しただ けといってよい. 数式(記号)の字面が変わっただけにすぎない. したがって, その物理的意味 が変わるはずもないではないか.
式
(1.9)右辺を眺めると
, Fの
(pと
Sの
)独立変数として
, (V, T)の組み合 わせを選ぶことが有用といえる
†179.そこで
, F(V, T)の全微分の表式
dF(V, T) = (∂F
∂V )
T
dV + (∂F
∂T )
V
dT (1.10)
の右辺と, 式
(1.9)の右辺
[すでに dF(V, T)とみなされている] を比較すると
†180,内部エネルギー
Uのときと同様に
,p(V, T) =− (∂F
∂V )
T
(1.11) S(V, T) =−
(∂F
∂T )
V
(1.12)
をうる
.これらは
, F =F(V, T)の場合に限って成立することに注意を要する
.自由エネルギー
F(V, T)が, ポテンシャルとして, 圧力とエントロピーを導 く道具として働いてくれている
†181.ようやく, 測りにくいエントロピー
Sを, 熱 力学ポテンシャル
F(V, T)から導いてくれる数式
(1.12)を得たことは注目すべき である
.独立変数は
,体積
Vと温度
Tであって
,われわれにとって比較的扱いや すい
(制御・計測しやすい
).なぜこのような道具を手に入れることができたのか
.過程を振り返ると
,熱力学恒等式と熱力学ポテンシャルの概念に踏み込んだおかげ といえる
.むろん
,定義式
(0.1)から出発して
,式
(1.11)(1.12)を導く操作であっても
,な んら間違いではない. あえて, 回りくどい方法に頼ったのは, まずは
Fの定義に 迫った後で, それをポテンシャルという道具に仕上げたいという, 自然な物理学的 欲求
†182による
.†179[重要]式(1.9)の段階では,F,p,S の独立変数が(V, T)である必然性はどこにもない. 熱力学 の仮定より, 独立変数としては, 状態変数の中から2つを任意に選べばよいからである. しか しながら, 式(1.9)右辺を眺めると, もし独立変数を (V, T) に選ぶならば, 全微分の道具[式 (1.10)右辺]を利用することができて,その上で, 有益な表式(1.11)(1.12)を作れそうだとい う想像はつく. この意味で,数学的必然性というよりも,物理的必然性といえる.
†180繰り返すが,式(1.9)(1.10)の等号は任意の dV と dT に対して成立せねばならない. したがっ て, その係数が一致せねばならない(恒等式). これが満たされて, はじめて, 式(1.9)と(1.10) の右辺が等号で結ばれる.
†181[重要]F(V, T)だからこそ,熱力学ポテンシャルとして働いてくれるのである. たとえば,F(p, T)
や F(S, V)ならば働いてくれない(理由を考えよ. 確かめよ).
†182この意味は絶対的なものではない. Legendre変換は, それ単体では, 中間試験などでは出題し ないし, 演習でも課さない. 習得したい人だけが学べばよい. きちんと記憶できるならば,覚え ればよい. しかしながら,本学類開設の多数の科目(とくに化学関連科目)において,自由エネル ギーと自由エンタルピーは多用することになるので,本手法の習得を推奨しておく.
§ 1.2.3
疑問
—無意味な
3変数関数と第一法則
—式
(1.8)を式
(1.9)に変形したのはなぜか
.式
(1.8)のままではダメなのか
.答 えは明白である
.•
熱力学の状態変数が
,仮に
3変数関数であるならば
,dF = dU −TdS−SdT (1.8)
のままであってもよい
. Fを
F(U, S, T)とみなせば
,全微分
dF(U, S, T)の
表式と
,係数
dU, dS, dTを対応づけることができるからである
.しかしながら
,そもそも
,熱力学の状態変数は
2変数関数という大前提があ るがゆえに
,この操作は無意味なのである
†183†184.•