― 振り返れば見えてくる!?
[略歴]
1984 年 京都大学医学部卒業 1993 年 日本学術振興会特別研究員 1994 年 京都大学医学部助手 1995 年 米国ノースウエスタン大学 1998 年 国立京都病院
2003 年〜 現職
2005 年〜 京都大学医学部臨床教授
田上 哲也 国立病院機構 京都医療
センター内科医長・
臨床研究センター室長
「triiodothyronine」が発見されたのは 1952 年です。1956 年、橋本病患者血清か ら抗サイログロブリン抗体が、バセドウ病患者血清から LATS(現在の甲状腺 刺激性 TSH 受容体抗体)が発見されました。ちょうど 50 年前まで来ました。
ここで学会の発足です。
ここからは甲状腺関連遺伝子のクローニング時代の到来です。1980 年カルシ トニン、TSH α&βサブユニット、サイログロブリン、1986 年 TBG、TTR、
甲状腺ペルオキシダーゼ、甲状腺ホルモン受容体(TR)、TRH、1988 年 PTC、
1989 年 TSH 受容体、1990 年 TTF-1、PAX-8、TRH 受容体、1991 年脱ヨード酵 素、1995 年 N-CoR/SMRT コリプレッサー、SRC-1 コアクチベーター、1996 年 NIS、1997 年ペンドリン、1999 年甲状腺オキシダーゼ…と続きます。そして、
各々のノックアウトマウスが作製されて機能解析も進んできました。
現在:今年の米国内分泌学会の甲状腺に関する主なテーマをみてみましょう。
甲状腺自己免疫と妊娠、甲状腺癌における新規遺伝子と分化癌の取り扱い、
TR アイソフォームの特異機能、甲状腺ホルモン代謝学の進歩、バセドウ眼症 がシンポジウムのタイトルに挙げられています。また、潜在性甲状腺機能低下 症や亢進症の意義についての検討が進められています。
未来:では、これからはどんな発見や開発があるでしょうか。
①自己免疫について。バセドウ病や橋本病は多因子遺伝でしょうが、その候補 遺伝子が判明するでしょう。さらに、発症メカニズムが明らかになれば、親 がバセドウ病で子の発症が予想される場合、その発症時期が予測可能になる かもしれません。そして、発症予防薬の開発が望まれます。その前に、バセ ドウ病の寛解指標や再発予測が先決ですし、何より、副作用が少なくより有 効な新薬の開発があるでしょう。眼症の原因究明と治療法の確立も必要です。
橋本病については、無痛性甲状腺炎を繰り返す人がいますが、現在は発症の 予測や予防ができません。甲状腺機能低下症になるかどうかと合わせて、発 症を待たずに予測や予防が可能となるでしょう。橋本病自体の治療もできる ようになるかもしれません。
③甲状腺ホルモンについて。まず、採血せずに甲状腺機能がわかるようになる かもしれません。ホルモン作用分子メカニズムが明らかとなり、TR β異常 症(甲状腺ホルモン不応症)に対するアイソフォーム特異的な治療薬剤の開 発や遺伝子治療、TR αやコファクター異常症の発見、TR α 2 や現在我々が 取り組んでいる TR β 4 などのオープァン受容体の機能と疾患との関連の解 明が当面の課題です。代謝調節薬として、選択的 TR 作動薬(STRM)が長 寿の薬として活躍するかも…。
21 世紀は脳と RNA の時代。甲状腺学にはどんな展開が待ち受けているでしょ うか…楽しみですね。学会のますますの発展を祈願して筆を置きます。
甲状腺専門クリニックを開設して、今年で 15 年になる。オギャーと産まれ た赤ちゃんが中学 3 年生になった。5年ずつ3つに区切ることができる。最初 の5年は、ただ毎日の診療に追われて、学会にも出席しない時期。九州大学 心療内科の玉井 一先生から、学会に全然出てこないことを指摘され、「開業し たら忙しくて学会に行く暇がないのです」と答えたのを記憶している。患者の 数も少なく、今から思うと学会に行く余裕は十分にあった。精神的な余裕がな かったのであろう。
次の5年は、柄にもなく、社会に貢献するには何をすべきかを模索した時期。
結論から言うと、ホームページ(HP)作成にのめり込んだ時期である。甲状 腺を診療することしか能のない私にできることは、何か。当時、Windows 95 が世に出て間もない頃で、コンピューターが凄い勢いで進歩していた。巷では インターネットなるものがあることを知った。「HP で世界中に情報発進できる」
という夢のような話が耳に入ってきた。早速、PC ショップに行って、HP 作成 ソフトを購入。日曜日だったので、自分で HP を作ろうとした。 1時間もしな いうちに、これは医者が患者を診ながら片手間にできることではないことに気 づいた。プロとコンタクトを取り、自分がやりたいことを伝えて、 HP を作っ た。1998 年3月 11 日。「田尻クリニック HP」が立ち上がった日である。2003 年暮れまで、2 週間〜1ヵ月のペースで更新を続けた。この5年間は、HP の更