甲状腺ホルモン(T3)の作用は、一般的には核内受容体(TR)を介して標 的遺伝子の発現を調節する genomic action と考えられてきた。しかしながら、
最近転写調節によらない T3の作用(nongenomic action)が報告された。21 世 紀 の 甲 状 腺 研 究 へ の 展 望 と し て 、 受 容 体 を 介 し た 甲 状 腺 ホ ル モ ン の
ン・スレオニンキナーゼである mTOR の特異的阻害剤のため、T3は mTOR の 活性化を介して ZAKI-4 αの発現を増加させることが示された。mTOR の活性 化には2つのセリン残基、S2481 と S2448 の燐酸化が重要とされている。S2481 の燐酸化は、mTOR 自身による自己燐酸化によるとされている。そこで、T3
が S2448 の燐酸化を介して mTOR を活性化するか否かを検討した。T3は mTOR の S2488 の燐酸化を誘導した。この燐酸化は、その基質 p70S6Kの燐酸化
(T389)を伴い、mTOR が T3により活性化されることが示された。T3による mTOR の燐酸化は、CHX の添加により抑制されなかった。以上の結果は T3が 転写を介することなく、mTOR を活性化することを示し、T3の nongenomic action が示された。
甲状腺ホルモン不応症(RTH)患者からの皮膚線維芽細胞では、T3による ZAKI-4 α mRNA の増加、mTOR の活性化が認められないため、mTOR の活 性化には正常 TR β存在の必要性が示唆された。そこで T3依存性の mTOR の 活性化に TR が必要とされるか否か、ドミナントネガティブ変異 TR(G345R)
を発現するアデノウィルスを用いて検討した。皮膚線維芽細胞にコントロール GFP アデノウィルス、正常 TR 発現ウィルス、変異 TR 発現ウィルス(G345R)
を感染し2日後、T3を添加し 30 分後に mTOR の活性化を検討した。GFP と正 常 TR 発現アデノウィルスの感染では、T3による mTOR の活性化が認められた が、TRG345R の発現により T3依存性の mTOR の S2448 の燐酸化は著しく抑制 された。したがって、mTOR の活性化に T3と結合した TR が必要とされること が示された。
mTOR の活性化は PI3K の活性化と、それに続く Akt/PKB の活性化による ことが知られている。そこで T3が PI3K の調節サブユニット p85 αと会合する ことにより PI3K を活性化し、次いで Akt/PKB を活性化するか否かを検討した。
T3は p85 αと会合し、PI3K を活性化し、次いで Akt/PKB → mTOR → p70S6Kを 活性化することが、種々の阻害剤を用いた実験により証明された。一方、p85 αは、正常 TR βあるいは変異 TR β(G345R)と結合することが示され、こ
の活性化には TR-T3複合体の形成が必要であることが示された。
近年、T3の nongenomic action が注目されつつある。しかしながら TR を介 し た T3の nongenomic action の 報 告 は ほ と ん ど 認 め ら れ な い 。 PI3K → Akt/PKB → mTOR の燐酸化シグナリングカスケードの活性化は、細胞増殖、
神経細胞の生存、心筋・骨格筋の肥大、グルコースの取り込みなど多彩な細胞 機能に重要な役割を果たしている。また CN も免疫、神経機能の調節に重要な 役割を果たしている。したがって TR を介した T3の nongenomic action は、
genomic action と協調して多彩な細胞機能を調節していると考えられる。今後 nongenomic action の破綻と疾患との関係が更に明らかにされると考えられる。
この研究は当教室の大学院生、教員、シカゴ大学レフェトフ教授との共同研 究であり、ここに感謝の意を表したい。
日本甲状腺学会は近年飛躍的に発展してきた。その会員数、発表演題数は目 覚しい増加である。その主因は「専門医制度」の確立であるが、そこには森 昌朋理事長の卓越した企画力・実行力に依存していると考えられる。
本学会は内科主体の学会であるが、甲状腺の診療に内科も外科もその境界は ない。
本題にふれる前に、甲状腺外科の歴史を検証してみたい。甲状腺外科の夜明 けは他の外科のそれと同じく 18 世紀後半である。表在性の臓器であり、欧米で はヨード摂取不足のためび慢性甲状腺腫が多く発生し、数多くの甲状腺手術が 行われた。特に、機能を有している場合が多いので多くの外科医の目についた と考えられる。甲状腺外科は、外科学の「夜明け」を築いた両巨頭 Billroth、
Kocher らにより行われだした。当初は術後の甲状腺・副甲状腺機能低下症に 悩まされ、手術成績は悲惨であったが、いくつかの手術手技上の工夫でその問 題点を乗り越えてきた。その後、アメリカの 3 大クリニックの創始者である Mayo、Lahey、Crile や Halsted、Dunhill、さらに施設では MGH、ウィーン大 学らのスタッフの努力によりさらに進歩してきた。一方、甲状腺ホルモン剤の 合成、甲状腺機能検査法などが確立し、現在の甲状腺外科の基盤が築かれた。
第二次世界大戦後は一般外科学の発展に追従し甲状腺外科も進歩してきた。甲 状腺特有のヨード治療などが進歩し、現在に至っている。
高見 博 帝京大学医学部外科教授