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ドキュメント内 ≡重来撃襲撃除数蘭学研究科 (ページ 80-107)

・女性(三重大学教育学部2年生)0 T中学校で、 2年から3年にかけて2年間国語を 担当した。第2節で事例研究の対象としている学年に所属していた生徒である。

・指導要録上での国語の評定(3年)は 4

3年の最後の授業で書いた「一年間の国語の授業をふりかえろう」の中で、 「授業の まとめ活動」にふれた記述がある。

○自分が「できるようになったこと(自分についた力)とそれがなぜできるようにな ったと考えるか。 に対して

絶対的に書く力がついたと思う。先生がいろんな場面で書く機会を与えてくれたから だと思う。

̲78̲

○筆者の授菓についての感想・意見 の一部に、

ノートまとめは嫌いだったけど,いっぱい書いているうちに上達したと思うし、少し 好きになれた。だから、これからの授業でもノートまとめやこのような反省は書か してあげてほしい。

・授業中特に目立っようなことはなかったが、思考力は高い生徒だったと思う。

[:亘コ

・女性(三重大学人文学部2年生)。 T中学校で、 2年から3年にかけて2年間国語を 担当した.データCで分析の対象としているノートを提供してくれた生徒である.

・指導要録上での国語の評定(3年)は 5

・データCのところでも述べたが、 3年の最後の授業で書いた「一年間の国語の授業を ふりかえろう」の中で、 「授業のまとめ活動」にふれた記述がある。

○自分岬

ったと考えるか。 に対して

毎日の授業のまとめをすることで,どんどん書く力がついたと思う。また、文を考え て書くことが好きになれたのがすごくよかったと思う。

○筆者の授業についての感想・意見 の一部に、

私は、授業の最後のまとめで前より文を書けるようになったし,あのやり方はすごく いいと思います。

・学力は高く、国語に限らずどの教科もよい成績をおさめていたo こつこつ学習するタ イプで学習態度は大変まじめで前向き。力はあるが、人の前に立って何かをするのは 苦手としていたように思う。

0とKはT中学校の2002年度の卒業生である. 0はデータBに含まれる生徒で、 Kは

データCの対象生徒である. 「一年間の国語の授業をふりかえろう」の記述からわかるよ うに、両名ともに中学生当時は「授業のまとめ活動」と自分についた力を関係づけてとら えている。インタビューに際し、事例研究の対象学年の生徒をと考えていたところ、幸運 なことにこの両名が三重大学に在学していることがわかり、インタビューを行った.

Sは前任校で担当していた生徒である。 (Sたちの学年を1年から2年にかけて2年間 担当した後転任し、すぐに0、 Kたちの学年を2年から3年にかけて2年間担当した。)

学年も学校も違うが、 2年間指導したという点は共通している。 「一年間の国語の授業を ふりかえろう」では「授業のまとめ活動」についての記述はない。第2章第1飾(1)で

「同じ学習活動であること、しかもそれを継続的に行っていることから考えると、学年や 学校が違っても生徒にはほぼ同じ教育効果が現れると言ってよい。生徒の国語の学力変化 の方向には同一性が見出せるはずであるo」と述べたo そこで、同じ学習活動を経験して いるSが三重大学在学中であることを知り、インタビューを行った。

sと0は二人が同席しての(二人は初対面)、 Kは単独でのインタビューであるo

(2)インタビューの分析および考察

【s‑のインタビューとその分析】

1.中学校で国語を勉強することをゼq)ように思いますか

s l もやもやした自分の中で思っていることを言ったり形にして残したりして表現 するのは国語の授業しかない。中学校という自分の中で気持ちが不安定な、多感な時 期に、そういう表現などをして自分を成長させていった。そういう過程で国語をやっ

たのは意味があった。

自分の思いを表現するというところに国語の授業の意義を見だしているようである。

このあとの回答で、 「(折り句作りや俳句作りで)自分を表現していくのが楽しかった。」

(s2)、 「書くことが好きだった。」 (S3)と述べているように、 Sは表現すること‑

の興味や関心が高いo S

lの回答には、垂整榊という彼女の性格的なも

のが反映していると思われる。

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2.筆者の授業について、印象やこんな感じだったという思い出せるようなことはありま 三重三.

S2 具体的には覚えていないが、リラックスして受けられた気がする。そんなに気 が求っていなかったような、いい意味で緊菓感がなかったような気がする。威圧感が ある先生はいたが、山川先生はそうではなかった。国語の先生から変にプレッシャー を感じると自分が考えたり感じたりするのの妨げになるかもしれないから、そういう リラックスした雰囲気でいろいろ考えたのはよかったのではないかと思う。

普.段の授業についてはあまり覚えていない。孝,前の最初の文字を使った折り句作り や, 1年生のときの松阪遠足のあとの俳句作りのように作業をしたときのことは記憶

に鮮明に残っている。そのときなど、自分の納得のいくような作品を書きたかったし、

おもしろくしたいという気持ちがあった。自分を表現していくのがとても楽しかった ことを覚えている。

sは、 2年間ほぼ毎時間ごとに行っていた「授業のまとめ活動」のことをこの時点では 全く思い出していないo 日常的に行っている活動よりも何か特別な活動の方が記憶に残り やすいものであるが、それが創作活動だというところに彼女の特徴がある。

3.これを見て何か思い出したことや感想があれば聞かせてほしい。また、 「授業のまと 勢」旦羊?いては̲どう思ってy、たのか聞かせてほしい.(2年生の最後に書いた「一年間の 国語の学習をふりかえろう」を、見せての問い)

s3 古典の時の暗唱は嫌いだった。 「枕草子」や「徒然草」などは、先生がその文 章の説明をするだけではなくて、その時代背景やこういう社会だったからこういう作 品ができたということなどを言ってくれたから、読み解くのは嫌いだったがそういう 昔のことを知るのが好きだった。文章を読むのが好きというわけではなく、そういう ことを通じて昔のことを知れたのが楽しかった。今の人も昔の人も人の心というのは 変わらないから、感じ方に共通する部分もある。昔の人と気持ちを共感できる部分が あったことに感動していたのだろうと思う。

毎回の「授業のまとめ」については、あまりはっきりとは覚えていない。ただ、板

書を写すのが好きだったし、書くことが好きだったので、感想を書くのは結構好きだ った。全部の箇所について書けるわけではなかったが、自分の共感できるところや、

登場人物の気持ちが理解できたときには書きたくなって、たくさんの量を書いた気が するo そういうところに関しては楽しく書けたと思う.最後に書くその教材の学習を 学習全体を振り返ってのまとめは、まとめるのが苦手だったので嫌いだった。周りで

もめんどうくさがっている子はたくさんいたように思う。自分も思っていたo

前半部は「一年間の国語の授業で『自分自身』についた力は何ですかo また、どんな 力が不足していると思いますか」という開い‑の「古典に親しむことができました。今ま

では読み方も難しいし,意味がわからないし、と思っていたけど、 『枕草子』や『徒然草』

で感動したので、古典に少しは慣れたかなと思う。」という記述について述べている。

筆者から「授業のまとめ」のことを持ち出したことで、 Sも少しずつ思い出してきた。

彼女は、 「自分の共感できるところや、登場人物の気持ちが理解できたときには書きたく なって、たくさんの量を書いた」と述べている。筆者が書かせていたことは、

①その日の学習内容について

・どんなことを学習したのか。

・分かったこと、気づいたこと、疑問、意見、感想 など。

②授業について

・自分の取り組み方の評価(1‑5段階)とその理由。

・授業の評価(1‑5段階)とその理由。

の2項目なのだが、彼女の記憶は①の部分に偏っている。 ①を重視して取り組んでいたか らと思われる。 ①の内容によって評価されるという静織がそうさせていたのではないか。

4. 「授業のまとめ」を書く時に意識t/て斗、たのはどんなことですか。

s4 ノートの評価は気になったo周りの人がAだったのを見るとなぜだろうと思い、

くやしかった。そこで,とりあえずいっぱい書けば先生は評価してくれるのではと思 い、書く量を増やすことを考えた。もうすこし簡潔にわかりやすく書くということを 自分で工夫できたらよかったのだが、そこまでは考えていなかった。そのほかには、

人とは違うような意見、自分なりの意見を出したら見てくれるのではないかというこ

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とも考えた。先生の目に留まるような、印象に残るようなことを書ければいいので はないかと思った。それは、授業中の先生の反応から推測したことである。授業中に 生徒からの意見に対する先生の反応を見ていると、先生がそれを評価しているかどう かがわかる。先生が「そやなあo」とか「なるほどな」というような反応をしている ときは、評価してもらっている。そういう発言ができる人を羨ましく思っていた。先 生の思い(この場合は評価になるが)は顔に出たり、言葉に出たりする。先生も考え

ていなかった視点からの意見を言った子を高く評価しているのがそういうところから わかった.そこで、ノートにも自分なりの̀̀おおっ''と言われるようなことを書いた

らAになるんじやないかと考えた。通知票の成績以外でも、提出したものに対する評 価は気になった。 /ト学校の頃は評価が、 ̀̀よくできる・できる・もう少し"だった。

それが中学校で5段階になったから、 5の数や4の数がすごく気になった。それもあ って、評価全般にとても過敏になっていた気がする。

評価を気にして活動に取り組んでいることがよくわかる回答である。良い評価を得る ために何をすればいいのかを自分なりに考えて実行している。そのときに注目しているの が、指導者(筆者)の生徒の発言に対する反応である。内容面を充実させようという意識

は高い。 「もうすこし簡潔にわかりやすく書くということを自分で工夫できたらよかった のだが、そこまでは考えていなかった。」とあり、技術面についてはあまり意識していな かったことがうかがえる。

5.今考えて,あの所動が何かに役立った̲というようなことを感じますか?たとえば、

授業をちやんとしようという意識は出るものな̲のですか。

s5 意識しないところでたぶん役立っているんだとは思う。ただそのときは、これ が何かに役立つかどうかということは全く考えていなかった。何のために国語の時間 があるのかなど考えたことがなかったo 当たり前のようにあったから勉強していた.

国語の授業をする事に対しての意義のようなものは求めていなかった。私はこうなり たいから国語を勉強するんだなどということはなにも考えていなかった。だから, 0

さんが自分を評価していたので、それ自体すごいと思った。自分を評価できる機会が あったら、もう少し自分にとっての意味づけというのができたかもしれない。

ドキュメント内 ≡重来撃襲撃除数蘭学研究科 (ページ 80-107)

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