月
の 天 輸虹橋
揮
掛創穴
爪 形
7大城學「三線の歴史と文化」沖縄県立図書館紀要2006p.59 28
三線略年表8
西暦 琉球 日本 事 項
1392 察度43 明徳3 闘人三十六姓が帰化。「始メテ音楽ヲ節シ礼法ヲ綱ス」
1403 武蜜8 応永10 武蔵国(現、神秦川県)六浦に漂着した琉球船の中から「音楽ノ 声肴リ」(『南方紀伝』)
1534 尚清8 天文3 「楽二絃歌ヲ用フ。音頗ル衰怨タリ・…」「四夷童ヲシテ夷曲ヲ 歌ヒ、表舞ヲ為サシメ・ ・」(『使琉球録』)
1558 尚元3 永禄1 永禄年間(〜70年)に、琉球より大阪の堺に三線が渡来する。
1572 尚元17 元亀3 r三味線を高々と小歌にのせてひかれ候て・…」(r利家夜話』)
1575 尚永3 天正3 尚永正の使者金武大屋子一行が薩摩において徳永源五衛門尉宅で
「しやんせん」を演奏してきかせた。また、島津義久公の御前で も「しやんせん」を演奏した。(『上井覚兼日記』)
1579 尚永7 天正7 r楽ハ弦歌ヲ用フ・…」(r使琉球録』)
1580 尚永8 天正8 出しろといふ河原者がrしやみせんひかせらるる・…」(r御湯殿
上日記』)
1587 尚永15 天正15 呼家上るり等三線等引之・…」(『言経卿記』)
1603 尚寧15 慶長8 X㎜カxen シャミセン(三珠線)三弦の或る種のヴィオラ(r日 1606 尚寧18 慶長11 葡辞替』)
r楽器二金太鼓、三絃等ノ薬アルモ、但々不善ノ作多シ。嘗テ吾 ガ随従者ヲ借リテ之ヲ教フ。亦士戯アリ・…」(r使琉球録』)
「酒手バニシテ曼声ニシテ歌ヒ、三絃ツマビキテ之二和人。其ノ 音哀怨、抑シテ揚ゲズ・…」(『使琉球録』)
1610 尚寧22 慶長15 尚寧王一行が薩摩の川内新田八幡宮に参詣してr三絃の秘曲」を
奉納する。(『喜安日記』)
r琉球人差江戸、・… 在江戸衆徒小姓を呼、しゃみせんを引せけ ると云々、・…j(『通航一覧』)
1612 尚寧24 慶長17 毛泰連(保栄茂親雲上盤良)命を奉じて、貝摺奉行に任じ、兼ね て、絵師・槍物師・魔物師・木地引・御櫛作・三線打・矢作等匠 夫の事を管す。然り而して、此れ等の匠は、旬れの世より始まる か、得て詳かにすべからざるなり」(r球場』)
1664 尚質17 寛文4 「抑B本に三味線を引き初めし事は、永禄の頃ほひ、石村検校と いふ琵琶法師あり。心だくみにして器用無双の者也。ある時琉球 の島に渡りけるに、彼の島に小弓といひて糸三筋にて鳴らす物あ
り・…」(『糸竹初心集』)
8大城學「三線の歴史と文化」沖縄県立図書館紀要 2006p.57
西暦 琉球 日本 事 項
1699 尚貞31 元禄12 「永禄年中に琉球国より是(三味線、筆者註)を渡す・…」(圧糸 竹大全奴佐』)
1703 尚貞35 元禄16 『永禄の比、琉球より蛇皮二絃の楽器渡り、和泉の国境にすめる 琵琶法師中小路が手につたへ、長谷の観音の霊夢によりて一絃ま
し、三絃とせしを、世に三味線と呼て・…」(『松の葉』)
1710 尚益1 宝永7 唯昔の世、素、三絃有り。未だ何れの世にして始まるかを知ら ざるなり。近世に至り、南風原なる者あり。善く三絃を製す。其 の韻音鰯々として絶えず。遠く四境に聞こえて、世の三絃と音声 相異なるなり。今、亦、知念なる者有り。善く三絃を造り、是の 年に至り、摺られて其の主取と為る。」(『球場』)
1700 r屋嘉比二〔工四』なる。屋嘉比朝寄(1716〜75)編纂。琉球古
年代 典音楽117曲収録。
1719 尚敬7 享保4 冊封使歓待のために、玉城朝薫(1684〜1734)組踊を創作し、
首星城内で上演。
1721 尚敬9 享保6 r楽工十四人アリ。・… 楽器ヲ持ツ。三絃二、提琴一。即チ三絃 ヲ用イチ弓ヲ上二着ス。三絃ノ槽柄ハ、中国二比スルニ短キコト 半尺許。・…」(r中山伝信録』)
1795 尚温1 寛政7 琉歌r歌と三味線のむかし初や 犬子音東の神の御作」(r琉歌百
控』)
1869 尚泰22 明治2 r野村工工四』なる。野村安趨(1805〜71)ら編纂。
西暦 日本 事 項
1912 明治45 『安官祖流工工四』なる。安室朝持(1841〜1916)により編纂。
1939 昭和14 首里城南殿で「三味線祭」が開催。
ユ954 昭和29 肝琉球三味線費鑑』刊行(池宮城喜輝著)。
1955 昭和30 「三線翁長閑鐘」「三線志多値開鐘」E線湧川開鐘」が沖縄県指定有形文 化財(工芸品)となる。
1956 昭和31 「三線江戸与那」が沖縄県指定有形文化財(工芸品)となる。
1958 昭和33 r三線南風原型」(2挺)r三線久葉の骨型」r三線久陽春殿型」(2挺)r三 線知念大工型」が沖縄県指定有形文化財(工芸品)となる。
1986 昭和61 琉球三線楽器保存育成金繕成(初代会長・宮里春行)
1988 昭和63 特別展r三線名器100挺展」が沖縄県立博物館で開催。
1992 平成4 沖縄県三味線製作組合結成(初代組合長・照屋政雄)。
企画展「沖縄の三線・現状と課題を探る」が沖縄市立郷土博物館で開催。
シンポジウムr三線の現状と課題を探る」が沖縄市立芸能館で開催。
第1回沖縄県三味線製作組合技能展(主催・沖縄県三昧練製作組合)が開
催。
1993 平成5 沖縄県文化財調査報告書第110集『沖縄の三線』(歴史資料調査報告書W)
刊行(沖縄県教育序文化課編集)
1994 平成6 「三線盛島開鐘附胴」「三線冨盛開鐘附胴」「三線真壁型銘西平」「三線真壁 型銘安室」r三線真壁型」r三線大真壁型附胴」r三線平中知念型銘時受」
「三線与那城型銘王城輿那」「三線糸蔑長与那城型」が沖縄県指定有形文化 財(工芸品)となる。
1999 平成11 特別展r三線の広がりと可能性展」が沖縄県立博物館で開催される。
三線略年表9
9大城學「三線の歴史と文化」沖縄県立図書館紀要2006p.58 30
三線の製作工程
三線の製作工程は、①樟の加工、②樟の漆塗り、③胴の加工、④胴張り(蛇皮張り)、⑤ 胴掛け、糸掛け、絃掛け(範)、糸駒(義。ウマ)の加工、⑥組み立てである。10
三線の型
三線主取によって制作された三線の樟には、現在7つの型がある。その多くが制作者の 名をとって命名されている。南風原型、知念大工型、久場春殿型、久葉の骨型、真壁型、
平仲知念型、与那城型、の7つである。これからそれぞれの特徴について述べる。11 南風原型
①南風原型(フェーベルガタ)
もっとも古い型といわれる。南風原とい う名称は、三弦匠主取(三線制作者)の名 工の名に由来する。樟は細めで、天の曲が
りが小さく、野坂は大きく曲がり、野丸は 半円形である。野丸と鳩胸の区別がほとん
どできない。この型は、拝領南風原型と翁 長親雲上型の2つに分類される。12
鵯 引』
、