”
を 意 味 す
る と
い
う 見 解 を 論 証 す
る た め に
引 用 さ れ た
文 章 を 含 む
『
唯
信 鈔』
は、
博
士 の
主
張
と は
逆
に
、
”
信 一の
念
義卍
”
信 心 正 因
”
説
を
説 く も
の
と 思
わ れ る
。
次
に、 博 士 は、 前 掲
の
論 述
で、
”
『
唯 信
鈔
』
で
「
正 義
」
と さ れ
る 一「
念 決 定 し ぬ
と 信
じ て
、
し か
一も 生 お
こ
た り な
く ま
ふ
す
べ
き な
り
」
と
い
う テ
ー ゼ
に お
け
る 一「
念
」
が
、
一”
声
”
を 意
味
する と
い う
解
釈 を 示 さ れ
る が、
こ の
「
正
義
」
に
お け る 一「
念
」
が
、
”
信
”
の
コ 念
」
を
意
味 す るこ
と は、 私 が す
で に
論 じ た
こ
と に
よ り、
ほ
ぼ 明 ら か に
な
っ
た と 思 わ
れ
る
。
即 ち
、
こ の
『
唯
信 鈔』
の テ ー ゼ は
、
記 述
ー
に
示
し た
よ う
に
様
々 の
ヴ
ァ
リ ア
ン
ト を 生
み
出
し た の で
あ
る が、 そ
こ に
見 ら れ る
「
信 を 一ば 念
に
む ま る と と り
て
」
と か、
「
取
信 於一 念」
と
い
う
ヴ
ァ
リ ア
ン ト は、
『
唯 信
鈔
』
の
「
正
義
」
に お
け
る
コ
念
」
が
、
”
信
”
の
二
念」
で
あ
る こ
と を 示 し て い る
と 思
わ れ る
。
し か る に、
も
し
そ
の
コ 念
」
が 一”
声
”
を
意 味
し
て い
一 六 五
NII-Electronic Library Service
『
唯 信 鈔
』
に
つ
い て
(
松 本) る
と す
れ ば
、
『
唯
信 鈔』
全 体
の
基 本 的 立 場
で
あ
る
「
た だ
信 心 を 要 と す
」
と
い
う
”
信 心 正 因
”
説
と 矛 盾 す る
こ
と
に
も な る と 思 わ れ
る
。
ま た、
松
野博
士 は、
『
西 方 指 南 抄
』
所 収
の
『
三
機 分 別
』
か ら 法 然
( 源 空)
の
言 葉 を 引
い て
「
唯 信
鈔
一の
念 が 源 空 一の
声
に
あ
た る
」
と 論 じ ら れ
た が
、
こ の
博 士
の
議 論
に は
、
疑 問 が
あ る
。
こ こ で
引
か
れ
た
『
三
機 分
別』
の
言 葉
を、 博 士 は
『
親
鸞
』
第
三
章 第
二
節
で
も 引 用 さ れ、 第
二 に、 源 空
は→ 念
に
余 れ る 二
念
・
三
念
の
念 仏 を、 仏 恩 報 謝
の
念 仏 と し
て
意 義
づ
け て
い
た こ
と を あ げ ね ぽ な ら な
い
。
弥 陀
の
本 願 を 縁 ず
る に、 一 聲
に
決 定 し ぬ
と、
こ
Σ
ろ の
そ
こ
よ り 眞 實
に、 う ら
く
一と
念 も 疑 心 な
く し て、 決 定 心 を え
て の
う
へ
に、 一 聲
に
不 足 な
し と お も
へ
ど も、
佛 恩 を 報 ぜ む と お も ひ て、 精 進
に
念 佛
の せ ら る
」
な り..
こ の
一「
聲
に
不 足 な し と お
も
へ
ど も、 佛
恩 を 報
ぜ む と お
も
ひ て
」
、
二
念 以 後
の
念 仏 す る こ
と は、
ま た一 念 義
の
唱 え
て い た
も
の で
も あ
っ
た
。
(
『
親
』鸞 一
二 五
一−
二 六
頁
)
と 論
じ ら れ る の で
あ
る
が
、
私
は
こ の
議 論
に
同 意
で
き な
い の で
あ る
。
と い
う
の
も、 ま ず、
『
西 方
指
南 抄』
に
も と つ
い て
法
然の
思 想 を 語
る と
い う
方 法
自 体
に
問 題 が あ る と 思
わ れ る か
ら
で
一 六 六
あ
る
。
『
西 方 指 南 抄
』
の
成 立
に は
、
親 鸞 が 大
き
く 関 与し て い る
こ と は 言 う ま で
も な
い
。
『
西 方 指 南 抄
』
に
も と つ
い て、 あ る
教 説 を 法 然
の
も
の と し て
取
り
出
し て み て
も
、
実
際
に は そ れ は
親
鸞
の
教 説
で あ.
っ
た と
い
う 可 能 性 も 考
え ら れ
る
の で
あ
る
。
松
野博
士 は、 従
来、
真 宗 側
で は
、
「
信
心 為 本
」
と 二
念
以 後
の
念 仏 を
「
仏 恩 報 謝
」
の
念 仏
と し た 思 想
と は、 親 鸞
に よ
っ
て は じ め て
打 ち 出 さ れ た 思 想
と 言 わ れ て い
た が、
こ の
思 想
の
基 本
は
右
の よ う
に
師 源 空
に あ
っ
た こ と が 知 ら れ る と 思
う
。
( 同 右、 一
二
九 頁) と
言 わ れ る の で
あ る が
、
私
は、
こ こ に
言
は れ る
「
従
来
」
の
「
真 宗 側
」
の
理 解
は、
基
本
的
に
妥 当
で
あ ろ う と 考
え て い
る
。
つ
ま り
、
“
信 心 為 本
”
説 や
、
“
仏 恩 報 謝
の
念
仏
”
は、 基 本 的
に は、 親
鸞
の
独
創
で
あ
る と 思 う
の で
あ
る
。
博
上 が 引 用 さ れ た
『
三
機
分 別』
の
文 章
に
、
”
仏 恩 報 謝
の
念 仏
”
が
説
か れ て
い
る
こ
と は
、
明 ら か で
あ
る が、
こ の
説 が 法 然
に よ
っ
て
説
か れ た と は
私
に は 思 え な
い
。
そ れ
は
、
こ の
『
三
機 分 別
』
が 法 然
の
語
を 述
ぺ
た も
の で
あ
る と は
、
考 え ら れ な
い か ら で あ る
。
勿 論
、
私
は、
『
西 方 指
南 抄
』
の
す
べ
て が、 法
然
の
説
法
、著
作に
も と つ か な
い
親
鸞の
創 作
で あ る な ど と 主 張 す る
つ
も
り は
N工 工一Eleotronlo Llbrary
Komazawa University
Kom 三1z三1w三1 Umversrty
な
い
。
し か
し、 松 野
博
士
に よ
っ
て
言 及 さ れ
た
『→.
→ 機 分 別
』
は、
『
漢 語 灯 録
』
に
も
、
『
和 語 灯 録
』
に
も
、
『
拾
遺
語 灯録
』
に
も、 相 当 す
る 文 献 を 見 出 し
得 な
い
全 く 独
自 な 文 献 な
の で
あ
る
。
こ
れ が 果
し て
法
然
の
著 述
、
説 法
で
あ る か ど う
か
疑 う 理
由
は 充 分
に
あ
る で
あ
ろ う
。
し か る に、 そ
の
「
三
機
分 別』
の
内 容 を 見
て み る
と、
こ
れ
は
到 底、 法 然
の
著 作
・
説 法 と は
考 え ら れ な
い
。
結 論 を 先
に 言 え ぽ、
こ
れ
は
親
鸞
の
著
作
で
あ
る と 思
わ れ る が、 以 下
に
、
こ の
極
め て
注 目 す
べ
き 書 物
の
内
容に
つ
い て、 若 干
検
討し よ
う
。
ま
ず
、
『
三
機 分 別
』
と
い
う 名 称
は
、
こ の
書
の
冒 頭
に
あ る 次
の
論 述
に
も と つ い て
設 け
ら れ た も
の
と 思 わ れ る
。
和
尚
の
御 釋
に よ る に、 決 定 往 生
の
行 相 に、
三 の
機
の
す ぢ わ か れ
た る
べ し
。
第一
に
信 心 決 定
せ る
、
第
二 に
信 行 と も
に か ね
た
る、 第
三 に た
ゴ
行 相 ば
か り な
る
べ
し
。
(
『
真 聖 全
』
四、 一
六 三
頁)
た だ
し、
こ の 三
機
の
分 類 と
い
う
の は
、
こ の
『
三
機
分 別』
に お
い て
、
か な り 複
雑
に
説 明 さ れ
て
い
る
の で、 難
解
で
あ
る
。
そ れ を 予 じ め 私 な り 一に
応
の
理 解
に
従
っ
て
整 理 す れ ば
、
次
の よ
う
に
な る と 思 わ
れ
る
。
『
唯 信 鈔
』
に
つ
い て
(
松 本
)
碗 鰍
囃
即
ち、 ま ず
、
“
信 心
”
が 決 定
し て い る
者
(
1
)
が
、
“
信 心
”
の
他
に
“
行
”
を
有
す る 者
( ) と
“
行”
を 有
し な
い
も
の
(
)
に
分 け ら れ
、
そ
の
う ち
、
前 者 が
、
“
仏
恩 報 謝”
の た め に
念
仏 する 者
〔 ) と
、
“
信 決 定
”
の
た
め に
念 仏 す
る
者
( ) に
分
けら れ、 先 程
の
後
者
( ) が
、
”
精
進”
の
者
(
)
と
”
懈 怠
”
の
者
(
)
に
分
け ら れる の で
あ
る
。
こ
れ ら
の
人
々
の
分 類 と 説 明 が、
『
三
機 分 別
』
の
内 容
の
大
半を な し て い る
。
ま ず 次
の
説 明 が あ
る
。
な お
、
論 旨 を 分 り 易 く す
る た め に、 右
で
説 明
し た
”
機
の
分 類”
に
関 す
る
記 号 を
挿
入 し て お こ
う
。
第一
に
信 心 決 定 せ る
機
(
)
1
と い ふ は、
こ
れ に
つ
き
て 又
二
機
(
)
あ り
。
一
に は
ま つ
精 進
の
機
(
)
と
い ふ
者
又
こ
れ
に つ
き
て 二
機
(
)
あ り
。
一
〔 )
に は
彌 陀
の
本 願 を 縁 ず る に
、
→ 六 七
NII-Electronic Library Service
『
唯 信 鈔
』
に つ
い
て
( 松
)本 一 聲
に
決 定
し ぬ
と、
こ
」
ろ
の そ こ よ り
員 實
に、
う ら ノ
\ 一と 念 も 疑 心一