寛 が
= 二 七 年
に
『
散
善
義 問 答』
で
用
い て い た と
し た
ら、 一
二 二
〇 年
の
『
極
楽 浄
土 宗 義
』
で 用
い
な
い
と
い
う
こ
と
は、
考
え ら れ な
い で
あ
ろ う
。
こ の
点
は
、
「
自 力 念
仏
」
「
他 力 念 仏
」
の
語 が、
=一
二
〇
年
の
『
散 善 義 問 答
』
の
再 治
の
と き、 付 加
さ れ た と 考 え て み て
も
変
わ ら な
い
と 思
わ
れ る
。
し か
も
『
散 善 義 問 答
』
に は、 疑 問 視 す
べ
き 点
が
他
に
も あ る
。
こ の
書 物
に
つ
い て は、
「
首 尾 を 欠 き、 中 間
に
又 散 逸 破
損
の
箇 所 あ り
。
文 中、
「
老 愚 沙 門 隆 寛
」
と か
「
七 旬
愚
老隆
寛」
〔
囂) な
ど と
記
さ
れ
て
ゐ る
所 が あ る
」
と
平 井 氏
に よ
っ
て
言
わ れ
て い る が、
確
か に
「
愚 老 隆
寛
」
(
四 五 頁 上)
、
「
老 愚 沙 門
隆
寛」
(
五 七 頁 下)
「
七 旬 愚 老 隆 寛
」
(
七 四 頁 上) な ど と あ る の で
あ
る
。
し か
し、
こ
れ は
、
隆 寛
に ふ さ わ し
く な
い
と 思
わ れ る
。
と
い
う
の
も
、
一
二. 一
〇 年
に
書
か れ た
『
極 楽 浄 土 宗 義
』
巻 中
と
巻 下
の
奥 書
ぎで、 隆 寛
は
次
の よ
う
に
言
っ
て
い
る か ら で あ
る.、
日 本 國 天
台
山 首 楞 嚴 院 戒
心 谷 權 律 師 隆 寛 爲 扶 末 學 抽 要 記 之 頗 有 禀 承 見 人 勿 輕
于 時 承 久 第
二
暦 春 始 始 之 秋 終
々
功 而 已
(
二
九 頁 下、
三 七 頁 下
)
『
唯
信 鈔
』
に つ い て
( 松
)本
こ の
よ う 一に 二 二
〇 年
に
、
「
日
本 国 天 台 山 首
楞 厳
院戒
心 谷 権
律 師 隆
寛
」
と 誇
ら し く 記
し た 隆 寛 が、
= 二 七 年
か一
二 二
〇 年
の
あ る 時 点
で、
『
散 善 義 問 答
」
に
「
愚 老
隆 寛
」
と 書
い
た
の
は、
急
に
気 が 弱 く な
っ
て し ま
っ
た か ら で あ ろ う か
。
因
み に
、
一
二一 六
年
の
『
具 三 心 義
』
巻 上、 巻 下
の
奥 書
きに
も
、隆
寛は
「
権
律
師 隆寛
記 之
」
2
一 頁 下、
二
〇 頁 下
)
と
書
い
て
い
る
。
「
律 師
」
と 称 す
る
こ
と
は、 隆
寛
の
誇 り で
も あ り、
こ の こ
と は、 彼
の
”
造 悪 無 碍
”
説 批 判 と も 関 係 す
る の で
あ
る が
、
こ の
「
律 師
」
の
語 も
、
『
散 善
義 問
答
』
の
上 掲
の
署
名
に は
欠 け
て
い
る の で
あ一 る
。
隆 寛
は、
『
具 三 心 義
』
で、 念 仏 を
「
本 願 念 仏
」
と
「
非
本 願 念 仏」
に
分 け
て い
る
。
し か る に、
「
本 願
」
は
”
他 力
”
で
あ
る か ら、
「
本 願 念 仏
」
と
「
非 本 願 念 仏
」
を
『
散 善
義 問 答』
の よ う
に
「
他
力
念 仏」
と
「
自 力
念
仏
」
に
分 け る こ
と
に
何
の 不
都 合 も な
い で
あ
ろ う と 考
え ら れ る か
も
し れ
な
い
。
し か
し
私
は
『
具
三 心 義
』
『
極
楽 浄 土 宗義
』
に
「
自 力 念
仏
」
「
他 力 念 仏
」
の
語 が 用
い
ら れ て い
な
い
点
に
、
重 要 な 意 味 が あ
る の で は
な
い
か と
考 え る の で
あ
る
。
つ
ま り
、
「
自 力 念 仏
」
「
他 力 念 仏
」
と
い
う 区 分
は、
余
り
に
も 単 純
に
す ぎ、 隆 寛
の
念 仏
思 想の
構
造 が、
こ
れ
に よ
っ
て は
示 さ れ な
い の で は な
い か と 思
う の で
あ
る
。
隆 寛
は
『
具 三 心
義
」
で、
「
必 具
三 心 之 義
」
(
二
頁 下
)
を 力 説 一
= 二
五
NII-Electronic Library Service
『
唯 信 鈔
』
に
つ い
て
( 松 本
)
し
、
”
三 心
”
の
具
・
不
具
、
発・ 不 発
に よ
っ
て
、
念 仏 を
「
本 願
念
仏」
と
「
非 本 願 念 仏
」
に 二
分
し た の で
あ
る が、
”
三
心
”
の
中
で は
、
特
に
“
真 実 心
”
(
至 誠 心) を 重 視 し た
。
“
真
実 心”
に
関 す る
『
具一、
一 心 義
』
の
次
の よ う な 説 明 に
、
隆 寛
の
基 本 思 想 が 示 さ れ
て い
る と 言
っ
て
も 過 言
で は な
い
。
眞 實 心 者 歸
二
本 一願 之 心 也 歸 本 一願 者 即 稱・ 佛 一名 也
。
(一
〇 頁
)下 答 以
二
凡 夫 心一 不・
爲
二
眞 一實 以 彌 陀 願. 爲
二
眞 一實 歸 眞
實 願一 之 心 故 約
二
所 歸 之 願「 名 眞 實 心一
(
四
頁 下) 不二 發一
眞
實 心一 之 時 稱 名 念 佛 属
二
虚 假 行一
攝
雑 毒 善一
(
六 頁 下)
即 ち、
「
真 実 心
」
は、
「
帰 本 願 之 心
」
と 定
義
さ
れ
る
の で
あ る が、 そ
の
「
真 実 心
」
が
「
真 実
」
と
言
わ れ る の
も
、
に
示 さ れ
る よ う に、
「
真 実
」
な る
「
願
」
に
帰 す る か
ら
、
そ
の よ
う
に
言 わ れ る の で
あ
っ
て
、
「
凡 夫
」
の
「
心
」
そ
の
も
の
は、
「
真 実
」
で は
な
い
と
い
う
の
で あ る
。
お そ ら く
、
「
以 凡 夫 心 不
為
真実
、 以 弥陀
願 為 真 実」
と
い
う
の
が、
隆
寛 思 想の
最 も 基 本 的 な
ア イ デ
ア
で
あ
る と 見
て よ
い で
あ ろ う
。
従
っ
て、 隆 寛 が 力 説
し た
「
必 具
三 心 之 義
」
と は、
何
よ
り も、
「
真 実
」
な る
「
願
」
に
「
帰
」
す
る こ と
、
即 ち、
「
帰 本 願
」
で
あ
っ
て、 そ れ は
、
別
の
言
い
方 を す れ ば、
「
真 実 心
」
を
「
発
」
二
三 六
す
る こ
と
に
他
な
ら な
か
っ
た の で
あ
る
。
そ れ 故
、
に
示 さ れ
る よ
う に
、
ま だ
「
真
実
心
」
を
「
発
」
し て い
な
い
「
時
」
の
念 仏
は
「
虚
仮 行」
と さ れ た の で
あ
る
。
ま だ
「
真 実 心
」
を
「
発
」
し て い
な
い
「
時
」
と は、
ま だ
「
真 実
」
な る
「
本 願
」
に
「
帰
」
し て い
な
い
「
時
」
と
同 義
で
あ
る
こ
と は、
い
う ま で
も な
い
。
こ の
「
時
」
こ
そ が
、
隆
寛に
と
っ
て は
、
往 生 に 至 る
為
の
、
い わ ば
“
決 定 的 な
タ ー
ニ ン
グ
・
ポ イ
ン
ト
”
で あ.
り
、
“
決 定 的 な 時 点
認
で あ.
る と
考 え ら れ た こ と は、 明
ら か で
あ る
。
こ こ
か ら 次
の よ
う な
彼
の
”
二
種
白
道”
の
説 も 生
じ る の で
あ る
。
明 知 未 歸 本 願一 之 時 以
二
願 生 之 心. 爲
二
白 道 陀 之 願一 爲 白 道
。
(一 九 頁 上)
こ の
”
二
種 白 道
”
を
隆 寛
は
、
歸
入
他 力 之 後 以 彌
既 捨
二
自 力 願 生 之 白 道一 直 向一 他 力 本 願 之 白 道一 豈 非
「
廻 諸 行 業一 直
向
中
西 方
卜
乎
(一
八
頁 上) と
も 表 現
し て い
る
。
つ
ま り、
「
帰 本 願 之 時
」
と
は
、
「
自 力
」
か ら
「
他 力
」
へ
「
帰
入
」
す
る
「
時
」
を
意 味
し て い
る の で
あ
る
。
こ の
点 を
最
も 明 瞭
に
示 す
の は
、
次
の
表 現
で あ. ろ
う
。
N工 工一Eleotronlo Llbrary
Komazawa University
Kom 三1z三1w三1 Umversrty
問 隱
=
十 八 願
來
迎一 譲
十 九 願一 有一 何 意一 耶 答
發
菩 提
心 修 諸 功 徳
人 唯 期 成
「佛
不
三
期
=
往 生 之 機 也 此
人
忽 發−.
三 心 歸一一
他
「力 時
得
聖 衆 現 前 大 一喜 爲ヨ・ 顯 此一
義
一 譲二
十 九 願一 也
(
四 頁
)ヒ
即 ち、
こ こ で
、
「
発
菩 提
心
、
修 諸 功 徳
」
と あ る の は
、
「
自 力
」
の
行 を
意
味 して お り
、
そ
の
「
自 力
」
の
行
を
修
し て い た
も
の が
、
「
三 心
」
を
「
発
」
し
て、
「
他 力
」
に
「
帰
」
し た
「
時
」 、
「
聖 衆 現 前 大
喜
」
を 得
る と 言
う
の で
あ
る
。
こ こ で
も、
「
自 力
」
か ら
「
他 力
」
、
つ
ま り、
「
本 願
」
へ
の
「
帰 入
」
の
「
時
」
が
、
決 定 的 な 意 味 を も
っ
て い
る
こ
と が
分
る
。
な お
、
「
聖 衆 現 前 大
喜
」
を 得 る と
い
う
の は、
こ の
「
時
」
に、
”
来 迎
”
が あ る と 言
っ
て (
)旧 い
る の で は
な
い
。
将 来
、
臨 終 時
に、
”
来 迎
”
を 受 け
る
喜
び を 〔
顕) 受 け る と 解 す
べ
き
で
あ ろ
う
。
平 井 氏
の
所 論
の
如 く、 隆 寛 思 想
の
基 本 は
、
“
臨 終 来 迎
”
“
臨 終 業 成
”
に
あ
っ
た と 思 わ れ
る か ら
で
あ る
。
し か
し、 以
L
見
て
き
た だ け
で
も
、
隆 寛
の
立 場 が
い
か に
親 鸞
の
そ れ
に
近
い か が 理 解 さ れ た で
あ ろ う
。
お そ ら
く 親 鸞
は
、
隆 寛
の
何
等
か の
著 作 を 読
み、
「
帰 本 願
」
「
帰
入
他 力
」
「
発
真 実心
」
の
「
時
」
が
、
往 生
に
と
っ
て
決 定 的 な
タ ー
ニ
ン
グ
・
ポ イ
ン
ト に な る と
い
う 教 説
か
ら 強
い
影
響
を
受 け
、
こ の
「
時
」
を
、
「
信 心
」
獲 得
の
「
時
」
と 解
し、 そ
の
時
点で、
”
往 定
”
は
決 定 す
る と い
う
”
信 心 正 因”
説 を 創 出
し た
の で
あ ろ う
。
「
凡 夫 心
」
に は、
『
唯 信 鈔
』
に
つ い て
( 松 本
)
「
真
実
」
は
な く
、
「
他 力
」
「
本 願
」
の
み が
「
真 実
」
で
あ る と す
る
隆 寛
の
基 本
的
な 考 え 方
に
も
、
親 鸞
は 全 く 同 感
で
あ
っ
た し
、
「
自
力」
か
ら
「
他 力
」 へ
の
「
帰 入
」
を 力 説 す
る
隆
寛
の
説
が 親 鸞 思 想
の
根 本 を 形 成
し、 そ れ が
” ゴ. 願 転
入
”
説 と な
っ
て
表
わ れ た と 見
る
の
は
、
ご く 自 然
な 見 方
だ と 思 わ れ る
。
特
に
『
極
楽 浄
土 宗 義
』
巻 中
の
次
の一 節
に は、 親 鸞
の
一、”
一 願 転 入
”
説
の
基
本
的 枠 組 と 言っ
て
も
よ
い
考 え 方 が 示 さ れ
て い る と 思 わ れ る
。
○ 問 念 佛 往 生 機 有
=
幾 差 一別 乎 答 案 大 經 心一 有一
三
種 別一 所 謂 十
八
十 九 廿 願 是 其 證 也
○ 問 至 誠 心 相 如 何 答 至 者 眞 也 誠 者 實
也 是 即 指
二
彌 陀 本 願一 名 爲 眞 實一 歸 眞 實 一願 之 心 故 一隨 所 歸 願一 以 能 歸 心一 爲 眞 實 心. 也
○ 問 深 心 相 如 何 答 深 信
二
眞 實 願一
永
不
三
生
二
疑 一心 名 之. 爲 深 心一 也
○ 問 廻 向 發 願 心 相 如 何
答 信
二
眞 實 願} 疑
心 不 生一 之 故 待 聖 衆 來 迎一 期一 一 順 次 往 生 此 其 第
三 心 也 第
十 八 願 機 必 具
二
此
三 心一 耳 十 九 願 機 發 菩 提 心 修 諸 功 徳 人 偶
遇 縁
一 發一三 心一 蒙
二
來 迎一 得 往 生一 是 也 此 機 中 有
二
三
輩一 其 相 大 經 井 鸞 師 略 論
等
可二 見
二
之一 矣
二
十 願 機 者 念 佛 興
二
餘 行一 兼 修 信 心 不
決 一定 人 忽 遇
レ
縁 發
噌一
心一 依 他 一力 故 果 以 遂 往 一生 是 也
。
(
二
一 頁 上
− 下)
即
ち
、
こ こ で
隆
寛
は
、
第 十
八
・
十 九
・
二
十
の 三
願
に よ
っ
て
、
一、一 機 を 分 け
、
「
第 十
八
願 機
」
を
「
必 具 此一.
一 心
」 、
「
十 九
願
二
三 七
NII-Electronic Library Service
『
唯 信 鈔
』
に
つ
い て
(
松 本) 機
」
を
「
発 菩 提 心、 修
諸
功 徳」 、
「
二
十 願 機
」
を
「
念 仏 与 余 行 兼
修
、信
心 不 決 定
」
と 規 定 し て い
る
の で
あ る が
、
こ
れ は
、
親 鸞
の