黒い付着物 軸表面の様々な部位において、黒みをおびた色調が観察される。顕微鏡で観察すると、部 位によって質感や構造に差異があり、煤あるいは墨に由来するとみえる黒以外に、動植物繊維由来ととら えられるの黒色部分がある。
黒色にみえる部位のうち、動物繊維に由来するのは、先に確認したように、絹地の一部で、拡大すると 交差する繊維を立体的にとらえることができる。一方、植物繊維に由来する黒としては、根の攪乱という 出土品特有の要素がある。出土軸の表面には、不規則な溝状に広がりをもつ、いわゆる炭化物ととらえら れる漆黒の部位があるが、大半は抜け殻のようになっていて、正体不明瞭である。拡大すると、一部に溝
に沿った膜のような繊維が遺存している部分があることから、根の攪乱の痕と判断した。
繊維も粒子も見えない黒 顕微鏡で拡大していっても、繊維をまったく確認できず、また、顔料のよう な粒子をも、とらえることができない黒の集積部分がある。このような黒く見える部分について、煤に由 来する黒と判断した。
煤に由来すると理解できる粒子の見えない黒色部分については、筆を用いて描いた墨痕の可能性、およ び油煙の付着による汚れの可能性を考えることができる。ただし、油煙の汚れとして、積極的に抽出でき る部位は見いだせなかった。なお、軸1漆膜剥離部の木胎表面と、剥離した漆膜の裏面(PL.3 7)に観 察される黒い付着物の由来については、全く検討が及ばなかった。
墨線 最も明確な墨痕は、軸1の軸端装飾に認められる黒色の線で、現状では軸木から剥離して広がっ てしまった漆膜上に、赤色の線と平行して引かれている(PL.2 5)。この墨線部分を顕微鏡で拡大しても、
顔料の観察時にみられたような粒子はとらえられない(PL.3 8)。
一方、絹地に描かれた墨線の痕跡とみられる部位も、小面積ながら、軸2において確認されている。遺 存範囲はきわめて短くかつ狭いが、筆の運びに応じた輪郭が認められ、面としてのまとまりを見いだせる ことから、表現描写にもちいられた墨痕の一部分と判断した。顕微鏡で確認すると、緑と接している黒い 部分が、他の顔料層と重なりをもちつつ広がっており(PL.1 6、PL.5 16)、この点においても、顔料と 同じように画面に付された墨と理解することができる。この部分を拡大しても、ほとんど粒子をとらえる ことができない(PL.4 2)。
4 金箔
肉眼観察あるいはルーペによる観察で、じゅうぶんに金箔ととらえることができる部位が、軸1・軸2 双方の表面に遺存している。
軸1には、肉眼でも金箔と確認できる部位が数か所にあり(PL.1 5)、これらは小さな面としてとらえ られる。また、軸1の他の部位を顕微鏡で観察すると、肉眼では金の存在に気付かない範囲にも、細かく 破砕されたような金箔片の分布を確認できる部位がある。
軸2の金箔は、地面〜北面の中央付近に顕著にみられる。ルーペを用いると、線状に伸びでいる様子を はっきりとらえることができる(PL.1 2・8)。また、軸2の他の部位を顕微鏡で観察すると、他の部分 にも点々と光を反射する金箔の存在を確認できる(PL.3 1〜3)。これらは、一見、こまかな金箔片が散 らされているように見えるが、重なりの構造を意識して観察すると、遺存している絹絵層の破断面から、
顔料層に挟み込まれた線状の金箔の小口が顔をのぞかせている状況とわかる。40倍に拡大した画像
(PL.1 8中段)上で帯状に見える金箔の幅を測ると8㎜〜10㎜程である。つまり、軸2の線状の金箔の幅 は、0.2㎜前後である。
以上のように観察される金箔について、絹絵に装飾を付加する技法としてとらえるならば、軸1は截箔、
軸2は截金である。
截金 截金とは、彫刻あるいは絵画の表面に、細い線状に截った金や銀の箔を、1本ずつ貼りつけて文
様を表現する技法をいう。直線または曲線に貼りつける際には、布海苔や膠液が接着剤として用いられる。
それに対し、線状ではなく、菱形・三角形・四角形などの面をもつ形に箔を截り、これを用いて文様を表 現したものを截箔という。なお、面状の箔に文様を截り透かしたものは裁文と呼ばれる。截金・截箔・裁 文を、組み合わせて文様を表現することもあり、総称として、截金という用語がもちいられることもしば しばある(有賀1997)。
截金に関して、現行の技術の確認という視点から概要を整理しておきたい。素材となる箔は、金や銀を 1/10000㎜(0.1ミクロン)という薄さまで叩き延ばしてつくられたものであるが、截金では、それを数枚 焼き合わせて(箔焼き)粘りをもたせたもの(合わせ箔)が用いられる。はじめから厚めに箔を作ったの では細かい表現ができないという。やや黒ずんだ銀の截金に見えても、延長線上で金色に変化してしまう ならば、表面は金箔だが、内部に銀を多く含む箔を挿み焼き合わせられた構造をもつ截金で、その最上層 が一部剥落したものである可能性が考えられる。なお、合わせ箔であっても他の支えがなければそれ自体 では形状を維持することはできない。現在行われている金箔製造では、純金では腰がなくなるため、銀や 銅を少量混ぜ、その含有比率によって種類が作り分けられている。一辺長が約10.9㎝(3寸6分角)の金 箔から500〜600本截り分けるという現行の例では、1本の線の幅は0.2㎜ほどになる(江里1997、芸大 2007)。