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観察の要点

ドキュメント内 研究紀要 第28号 (ページ 35-44)

1 織物と顔料

 解明の契機 本資料の具体的な観察報告に入る前に、資料の性格を解明する契機となった観察の要点を 整理しておきたい。要点の第一は、織物と顔料の付着状態である。

 通常、織物を顕微鏡で観察すると、倍率を上げていくにしたがって、経糸・緯糸の一本一本がはっきり と見えてきて、ピントが合う範囲内であれば、糸と糸に囲まれた空隙がとらえられる(PL.6 12・13)。と ころが、軸2において、明確に織物が付着しているとみえた部分を顕微鏡で観察したところ、異なった様 相が浮き上がってきた。顕微鏡の倍率を上げていくにしたがい、糸の流れが途切れ、のっぺりとした壁の ような面が見えてきて、織物に見えなくなってしまったのである(PL.1 2・8)。

 当初、顔料を用いて装飾を施した棒に織物が付着していると漠然と思い込んでいたため、なぜこのよう に見えるのか、と思案を繰り返していた。しかし、顔料と織物、それぞれが木に付着しているのではなく、

顔料に埋もれた織物が木に付着している、と視点を変えるに至り、ようやく、顔料に埋もれた織物とは何 か、少し角度を変えて、顔料が塗り込められている織物とは何か、絵ではないかという見方をすることが できるようになった。

 また、織物に関して、糸の流れがよく見える部分の組織から、経糸が2本1組に見える筬目のある平絹 であると把握でき(PL.3 1)、これが画絹と呼ばれる、絵を描くために織られた絹地であることを確認し た。

 検証として、高精細デジタルカメラで撮影された『国宝絹本著色十一面観音像』の拡大画像(奈良博・

東文研2006)と、出土品の顕微鏡画像を比較し、軸2の表面に付着している織物と顔料は、画絹とよばれ る絹地に顔料を用いて描かれた絵画である、という解釈に矛盾がないことを確かめた。

 表面の起伏 あらためて軸2の表面を観察すると、棒に巻かれて貼りついた状態にある絹地に描かれた 絵画であると判明する以前には、不規則な斑状の付着物にしか見えなかった織物と顔料の遺存状況が、意 味をもつ重なりとして読み取れるようになった。

 顔料と織物が付着した軸の表面は平滑ではない。顕微鏡で観察するとかなりの凹凸がある。観察当初、

この凹凸は、付着物に覆われて表面からは見えない、木質部分の変形が反映しているものと思い込んでい た。しかし、軸木に幾重にも巻き付けられていた絹絵がどのように遺存しているか、あるいは破損してい るか、という視点から顕微鏡観察を続けると、凹凸は、部位によって異なる絹絵層の遺存状態を反映して いると理解することができた。

 つまり、絹絵が複数層重なった状態で遺存している部分は、軸木表面の付着物層に厚みがあり、そうで ない部分は厚みがない。この絹絵の遺存状態が、軸の表面に凹凸を生じさせていたのである。

 素材の重なり 詳細に観察すると、表面情報はかなり複雑である。それは、絹絵という面としてとらえ られる造形が、のちに詳述するように、複数種類の顔料・金箔・画絹が重なって形成されていることによ る。すなわち、絹絵の断面は、単体の段階ですでに層状構造をもっており、それが幾重にも積み上げられ

て付着しているのが、軸に巻き納められた状態にある絹絵層の断面構造なのである。

 したがって、出土品のような遺存状態にある資料について、今日観察される表面情報は、消滅を免れた 最上層の絹絵を構成している、消滅を免れた素材の層ということになる。

 顔料・金箔・画絹といった絹絵を構成している素材には、それぞれに独自の色と形があって相互に区別 される。そして、それぞれの素材は、独自の密度で層を形成している。そのため、密度と重なりの順、あ るいは、画された一定の範囲をもつ面としてとらえうる素材層の大きさによっては、複数の素材層が同時 に見えることになる。

 たとえば、緑の粒子がまばらにひろがっている顔料層の下に、線状(拡大しているため帯状に見える)

の細長い輪郭をもつ金箔があり、金箔の下には、密度の濃い白い顔料層がより広い面として広がっている、

といった具合である(PL.1 8)。さらに、遺存状態によっては、一枚下の絹絵の素材層が同時にとらえら れるという状況も生じている。

 根の攪乱による分断 遺存状態に関わる出土品ゆえの最大の特徴は、植物の根による攪乱である。絹絵 層を破断するように、根が入りこみ、亀裂のような損傷を与えている。根の攪乱は、複雑に入り込んでい るため、ひとつの連続する面として遺存する絹絵の範囲は小面積であり、その輪郭は不整形である。また、

破損面の多くは傾斜をもっている。

 したがって、軸木を俯瞰すると、異なった色調と質感を持つ素材が混在し、棒の表面に斑状に複雑に付 着していると観察される。

 出土絹絵の遺存状態 軸2で確認された「表面の起伏」「素材の重なり」「根の攪乱による分断」という 特徴は、軸木に巻かれた状態にある絹本著色画の遺存パターンとして、視覚的指標となる。具体的には、

遺存状態が良好でない別の出土品に関して、それが絹本著色画であるかどうかを判断する際に、観察ポイ ントを探す指標となる。

 今回の観察においても、顔料と織物の付着がより少ない軸1の観察において、この指標を活用した。そ して観察のポイントをしぼり、細部の構造を確認することによって、軸1に関しても軸木に巻かれた状態 にある絹本著色画であると実証することができた。

2 軸木の形状 

 軸木の機能と形 掛幅装絹本著色画は、絹絵に軸木という別個のものが具わって構成されている。軸木 は絹絵に対して脇役的な存在であるが、独自の役目を果たしている。

 軸木は、長いものを均整な状態で巻き納める芯として、径が一定で通直であること、さらに、巻き納め る対象を傷めないために、軸木表面に稜のないことが求められる。したがって、丸棒が基本となる。そし て、それぞれが巻き納めるものに対応する長さをもつ。

 この軸木の特徴は、細部の工夫を除けば、掛幅と巻子という軸木をもつ二種の表具に共通する。一方、

掛幅と巻子それぞれにおいて、用いられ方に適う軸木の重さや太さが備えられたと思われる。掛幅の軸木 には、懸吊した画面を安定させるための重さと太さが求められ、巻子においては、手で繰る際の扱いやす さが考慮されたと推測される。そして、巻子のなかでも、読経に際し、両手で捧げ持ちながら繰り続ける

経典の軸木には軽量化が意識されたであろうし、奉納を目的とした経典や、披見台に置きゆっくりと画面 を展開させる絵巻、保管を目的とした文書軸などには、安定感がもとめられたと推測される。

 また、周知のように、掛幅と巻子のいずれにおいても、製作の目的あるいは製作の背景によって、付加 される装飾性の有無や仕上げの丁寧さに、多様性が認められる。

 出土軸木の形 思井堀ノ内遺跡292号方形周溝区画墓から出土した軸の木製部分、すなわち、丸棒状の 木製品について、絹絵が巻き納められた状態で遺存していることから、軸木と理解して観察を進めてきた が、ここで、絹絵の存在とは別の角度から、つまり、木製遺物という視点から見直し、軸木と認定するこ とが妥当か否かを確認しておきたい。

 国内の遺跡から出土した木製品のなかに、掛幅に用いられたと特定されている軸木の事例は見出せてい ない。しかし、文書軸や経軸、あるいは巻子の軸木である可能性が想定されている棒状木製品を見いだす ことはできる(第3図、表2)。

 棒という単純な形をもちながら、巻子の軸木であると判明している棒状木製品の出土事例には、以下の ような7つの型があると整理できる。各項の特徴は、完形ではない出土品の性格を判断する際の指標とも なる。

1 巻き納められた紙本経あるいはその残欠が遺存・付着している棒状木製品

〈出典〉A・B 奈良文化財研究所 2002 『大和山田寺』(『山田寺発掘調査報告』奈良文化財研究所学報 第63冊)

        挿図木製品3(26〜33)

    C   滝川ちか子 1996 「宮城・市川橋遺跡」『木簡研究』第18号 129頁 挿図(1)

    D・E 西藤清秀 2003 『興福寺旧境内−県分庁舎建設に伴う調査−』奈良県文化財調査報告第78集         99頁 図7(一部抜粋)

A 山田寺跡出土 漆塗巻物軸 B 山田寺跡出土 素木巻物軸

C 市川橋遺跡出土 文書軸の可能性ある木簡 D 興福寺旧境内出土 切り合せ漆塗経軸 E 上記Dおよび柿経と一括出土した素木経軸

A

﹁安達﹂

B C D E

0 10㎝

(縮尺1/4)

第3図 出土軸木の形

ドキュメント内 研究紀要 第28号 (ページ 35-44)