経済的基盤によって一様ではないが、模式図は、本格的な仏画を例として、基底材である絹地(画絹・平 絹)と裏打ち紙、そして絵画表現を構成する素材(顔料・墨・金銀)を描画・装飾の技法ごとに「層」と してパターン化し、図示した。
いうまでもなく、素材と技法は、一つの画面内に様々にちりばめられ、組み合わされて絵画表現を構成 する。したがって、実際に顕微鏡で観察される情報は、視野がごくわずか移動するだけで、全く異なった 様相となる。そして、絵画表現の背景となる地の部分が無彩色であれば、その部分については、基底材が 絹絵断面の最上層となる。
なお、模式図中に記載していないが、顔料や金銀を固着させている膠、裏打ちを密着させている糊、基 底材の滲み止めや箔押しの接着剤として塗布される礬水(明礬と膠)、場合によっては染料、媒染材、布 海苔などが、絹絵の厚みの中に存在している。肉眼観察、あるいは通常の顕微鏡観察では、意識しても視 覚的にとらえることが難しい素材によって、絹絵は形を保持している。
2 観察されない紙の繊維
裏打紙 薄い絹地や紙に描かれた絵画は、画面の裏側に紙を貼り合わせ、厚みを増して補強される。こ の補強技術「裏打ち」は、一枚の画面に対して複数層施される場合が多いが、そのうち直接画面の裏に紙 を貼りあわせる作業を「肌裏打ち」と呼び、貼る紙を「肌裏紙」という。
今日伝世している薄い絹地や紙に描かれた絵画は、肌裏打ちを経たのち、掛幅や巻子(軸装)あるいは 屏風や障子(幀装)といった表具に仕立てられ、鑑賞や収納、移動、保管に堪えうる形と強度が与えられ、
作品として存在している。
したがって、表具の形にかかわらず、絵師のもとを離れて流通した絹絵の構成要素には、少なくとも、
肌裏打ちに用いられた紙が加わっているはずである。そして、本出土品が軸木に巻き納められている状態 にあるならば、重なっている1枚1枚の絹絵の間を明確に分離する層として、裏打紙の層が挟まっている はずである。
楮紙 伝統的に、裏打ちには楮紙が用いられている。楮紙は、軟らかくなるまで煮込まれた楮の靭皮繊 維を主原料とする紙で、不純物をていねいに取り除き、強靭な繊維を丹念に叩きほぐして漉かれている。
そのため、長い繊維が絡められていて、透き通るほどうすくても丈夫である。
このような特性をもつ楮紙は、乾燥工程における圧縮の違いにより、あるいは、主原料以外に細かく砕 いた胡粉・白土などの混ぜものを加えるか否かによって、性状を異にする製品となる。そして、裏打ちに 際して、各裏打ち層の目的にもっとも適した厚みと種類が選択される(岡2002、西川・増田1997)。なお、
今日の完成した表具技術では、裏打ちは3層から4層重ねられており、補強という目的にくわえて、各層 に固有の腰の強さや仕上がりの厚みの調整といった役割がある。
紙の繊維 本出土資料に紙の繊維が遺存しているとすれば、どのように見えるのかを把握するため、現 在裏打ちに用いられている楮紙3種類(美濃紙・美栖紙・宇陀紙)を顕微鏡で観察し、その画像を基準資 料とした。
また、本資料とともに副葬されていた化粧道具類中に遺存していた紙残欠および帖紙残欠の顕微鏡画像
も比較資料とした(PL.6 14・15、PL.7 4・6・20)。いずれも、掛幅装絹本著色画から南東へ20㎝〜
30cmほど離れた地点に納められていたもので、蓬萊鏡の周辺に遺存していた小片である。紙残欠の状態 の良い部分は、今日なお弾力を残している。
上記のような基準資料および比較資料を指標として、軸1・軸2の全面を顕微鏡で観察し(画像索引1
〜7)、絹絵にともなう紙の層を見出すべく観察を進めた。本資料に裏打ち紙が観察されるとするならば、
軸木と絹地、あるいは、絹地と絹地に挟まれた部分であり、そのあるべき位置は絞られる。しかし、素材 の重なり、絹地の重なりのなかに、紙の繊維を見出せなかった。
表装裂の有無 紙の繊維の探索と同時に、表装裂の痕跡の有無についても注意深く観察した。しかし、
基底材以外の絹地は全く確認できなかった。このことから、本出土掛幅について、少なくとも軸上に表装 裂は用いられていないと明示できる。表具の用語で「下」あるいは「地」と呼ばれる部分(第2図参照)
に表装裂を用いていないとき、他の部分、たとえば「上」「天」、および「柱」と表具の用語で呼称される 部位のみに表装裂を用いていたとは考えがたい。したがって本出土掛幅は、表装裂を備えていなかったと 結論づけられる。
紙と絹 裏打ち紙がみつからない、という観察結果について、紙の繊維の遺存状態が関係しているのか、
それとも、元来存在していないのかを確認することが、新たな課題となった。
この課題については、正倉院事務所成瀬正和氏から、一般に、おなじ環境下におかれていた紙と絹の繊 維を比較するならば、紙よりも絹のほうが傷みやすい傾向にあることをご教示いただいた。さらに、この ような紙と絹の遺存度にかかわる傾向は、軸と同じ土壙内に副葬されていた銅鏡と木製台座底面に挟まれ て遺存していた紙と絹製染織品残欠2種の遺存状態の違いにおいても明確に認められた(第Ⅱ部第2章2
〜4参照)。厳密にいえば銅鏡に接していたのは紙であり、絹製品残欠は銅鏡に直接密着していなかった という違いを考慮すべきではあるが、両者の遺存状態は著しく異なっている。
至近の環境 有機質素材から形作られているものは、腐朽菌の活動により分解され消滅する(高妻 2002)。ただし、腐朽菌の活動が抑制される環境においては、分解速度が緩慢となり、長い時間の流れの 中で、劣化しつつも形を留めることができる。
軸木と絹地が、700年間土中に遺存していたこと自体、腐朽菌の活動が抑制された環境にあったことを 示しているが、そのような埋没環境において、紙のみが全く遺存できないという別の要因があった可能性 はないのか、という視点から、至近の環境を整理しなおすこととした。こまかく見直していくと、絹地と 紙が直接何に触れていたかという点に、違いがあったことがわかる。
まずあげられるのは、糊の影響である。現行の表具技術を参考にするならば、裏打紙の片面には糊が全 面に塗られている。しかし、仮に、糊が紙の遺存状態に影響しているとしても、量的な差はあるかもしれ ないが、その糊は同時に絹絵にも付着する。
そしてもう一点は、裏打ち紙には顔料が塗られていないことである。ただし、顔料は紙に直接塗られて いないにせよ、軸2であれば糊の層を挟んではいるものの裏彩色の層が接していたはずである。また、巻 き納められていることから、裏打ち紙の外面には、外側に巻かれた絹絵層の顔料が密着していたはずであ
る。
木棺の腐朽によって、棺内空間に埋土が流入し、軸には土圧がかかっていた。その結果、さまざまな素 材は相互に密着した状態で出土した。この密着状態から見て、巻き納められた絹絵層の素材の層ごとに、
埋没環境に顕著な差があったとは考えにくい。つまり、木胎と絹地が遺存している軸1・軸2において、
間に挟まっている紙のみが菌類に分解されてしまう環境にあったととらえることは難しい。したがって、
軸1・軸2に裏打ち紙は元来存在していないと結論づけられる。
軸木に巻き納められた、表装裂も、裏打ちも施されていない絹絵という姿が、本資料のかたちである。
内表に巻き納められた軸 薄くて長さのある面状のものは、丸棒を芯にして巻き納めることによって、
折り目をつけることなく、移動や保管に便利な安定した状態を保持することが可能となる。そして、表現 が付加された面を内側に向けて巻き納めることで、移動時あるいは保管時に、擦れたり、光や外気に触れ たりして、画面が劣化することを遅らせることができる。なお、本資料には施されていないが、表装裂も 画面を保護する役割を果たす。とりわけ、画面の左右に「柱」と呼称されている表装裂が付加されている 場合(第2図1・2)、内表で巻き納めると、柱部分の厚みがつくる空間によって巻き納められた画面同 士の圧着度合が軽減される。
本出土品についても、描かれた面を内側にして巻き納められた状態が想定され、のちに詳述するように、
観察の過程で確認することができた。したがって、本資料を俯瞰するように観察するということは、幾層 にも重ねられた状態にある絹絵を裏面から見ることになる。
今日観察できる情報は、消滅を免れ、たまたま最外面にでている部分である。顕微鏡を用いた観察でと らえることができる情報は画面のごく一部であり、しかも裏から見ているという視点をつねに意識する必 要がある。
観察の視野 同じ絵画をみていても、一度に目に入る範囲が狭くなれば、視野の移動による情報の変化 は大きくなる。また、表現描写が細密であるほど、筆の線一本分観察ポイントがずれることで、視野に入 る情報は全く異なった様相となる。
平面情報のみならず、断面情報についても同じことが言える。絵画あるいは文字のような「付加された 表現」を読み取るための観察が、一定の質が面的にひろがる基底材の観察、あるいは個々の素材の観察か ら区別される要点はここにある。
したがって、顕微鏡を用いた観察記録において、一枚の画像から読みとれる顔料や金箔の重なりの情報 は、その観察ポイント固有の情報であり、顕微鏡観察の倍率をあげるほど、視野のわずかなずれによって、
とらえられる画像の状況は千差万別となる。そのような、一つの視野から読み取れる情報の固有性を十分 に意識したうえで、複数の視野、複数の画像を比較検討し、全体を見通すならば、絹絵を構成する基本パ ターンを読みとることができる可能性がある。きわめて遺存状態の悪い出土した掛幅装絹本着色画の画面 情報を引き出すためには、このような視点から、小さな視野ひとつひとつに潜むかろうじて遺存している 情報と向き合うことが求められる。このような見方は、墨書・刻字、あるいは墨画等の表現描写が付加さ れていない出土資料の観察において、無意識のうちにおこなっていることを、意識しておこなうこととい えるかもしれない。