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(3)卒業生と就職・進学

ドキュメント内 工学部工学部 (ページ 84-87)

もうひとつの教室 名誉教授(物質系)金子曾政

中学時代、教練の教官がよく「富士を見つめて氷を辿れ」と言っていた。富士にはつい に登れなかったが、ここには白山がある。白山には34回登っている。白山神社は全国で 2,716社もあるという。最初の登山は昭和7年。福井中学5年の夏である。同級生4人で 勝山から歩いた。緑の葉陰の山歩きの清々しさ、斜面いっぱいに展開する高山植物、日の 出日の入り。ブロッケン現象。人間は誰でも謙虚になる。

最終回は私の工学部最後の年、昭和53年の秋であるが、白山は我々にとってもう一つの 教室。ただし、教えられるのはこちらである。学生たちは謙虚に無邪気に、炊事に掃除に 洗濯に、先生の荷物運びに、嬉々として、さりげなく励んでいる。いつか、下りの自衛隊 と出会ったときにも、なんのこだわりもなく「ごくろうさん」と声をかけて、向こうを感 激させていた。うれしい思い出の一つである。

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0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

105

卒業生数  274 404 398 548 名 

89.5

10.5 5.1 5.0

6.0 18.1 8.1 4.2

36.4

3.4 6.3 2.2

44.5

83.9

69.6

58.0

47.0

1953 

(昭28) 

1964 

(昭39) 

1975 

(昭50) 

1986 

(昭61) 

1996 

(平8) 

卒業年度 

 

進学  その他  官公庁  一般企業 

図10−12 工学部卒業生の就職及び進学状況 

2.2

改善などが柱としてまとめられた。文部省ではこの方策に基づき、1959年4月から18の 国立大学に2学部、22学科、3短期大学部と国立大学短期大学部に8学科を新設し、理工 系学生を中心に約1,700名が増募された。

このようにして1960年後半から真の経済安定の成長期に入った。ちょうどこの時期に 池田内閣で「経済の高度成長」が叫ばれており、1961年ころからの求人数は卒業生の約 9倍強に増加した。さらに追い打ちをかけるように、文部省は1961(昭和36)年に学校 技術者養成計画に基づく理工系大学の拡充7ヵ年計画を打ち出した。その後、産業界など の要請を入れて20,000人(うち国立大学11,000人)増員する当初の計画期間を短縮し、

1963年度の学部、学科増設をもって終了した。このような状況の下で、求人の時期も 年々早くなり、3年次の12月ごろから学校当局へ申し込みが殺到したが、各社とも競争と なって8月、6月と早期求人の手が伸び、3月には翌年卒業の学生を予約するという「青 田買い」の手が打たれ、関東、関西の大企業は特にこの傾向が顕著であった。このころの 求人倍率は13.8倍と異常であった。当時、ほとんどの学生は3年次に夏休みを利用して希 望の企業で約1ヵ月の実習を行っており、それを就職と結び付ける学生もいたが、大部分 は実習と就職を切り離して考えていた。後年、就職協定が結ばれ、就職活動は7月1日以 降に行うことになった。しかし、企業側は理工学系の学生の採用に当たっては、5月中旬 ごろから採用試験を始めており、7月中にはほぼ全員の就職が内々定の形で決まっていた。

1975年ころは日本経済が順調に伸びている時期であったが、一度不景気に陥ると1960 年代のような景気の回復は見られず、複数年にわたる緩やかな回復であった。1980年代 に入ると工学部に女子学生が増加したが、当時は4年制大学卒業の理工系女子学生を総合 職で採用する企業は非常に少なく、ほとんどがコンピュータ関連企業、研究所、営業方面 に就職していた。1990年代は「氷河期に入った」といわれているように、長期にわたっ て景気の低迷を続けており、厳しい就職環境が続いている。特に女子学生の就職は厳しい 状況に陥っているが、各学科の就職担当教官の努力により、就職率は97〜100%となって いる。

1997年度からは企業の就職協定の廃止により、就職活動が早期化してきた。この年の 就職状況は業種によっては大学院生の採用が前年の12月に終了しており、また3月中に採 用試験が終了している大企業もあるなど、特に大学院生に対する就職活動の早期化が著し い。現在、学生の就職は企業の動きに合わせなければならず、就職活動の正常化を期待し たい。

進学状況 1953(昭和28)年の第1回卒業生では2名が、その後1964年までは毎年3〜

4名の卒業生が大学院に進学している。1965年に大学院工学研究科修士課程が設置され、

その年に他大学をも含めて14名の卒業生が大学院に進学した。その後、毎年増加し続け、

1996年には239名(内女子学生9名)と卒業生の44.5%が進学する状況となった。将来 は文部省が打ち出している大学院主体の教育体制に変わっていくであろう。

一方、官公庁への就職状況を見てみると、その大部分は土木建設工学科の卒業生で占め

られているが、1990年代の不景気を反映してか、1996(平成8)年には官公庁への就職 が過去30年間の年平均の実績と比べるとやや増加している。

6 外郭団体

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