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(1)土木系

ドキュメント内 工学部工学部 (ページ 41-48)

加している。

電気・情報工学科の知能情報講座の新設、1996(平成8)年の教育学部の改組、教養 部の廃止、工学部共通講座の廃止に伴う教官の移行、分属で学生定員も増加した。1997 年4月工学研究科修士課程は自然科学研究科博士前期課程に改組され、今までの工学研究 科は消え、専攻名も新しいものになった。工学研究科の1967(昭和42)年のスタート時 点から1998年の最後の修了者に対する年次別内訳は、表10−17のようになっている。

4 工学部各学科の変遷

的に、より科学的にとらえる必要に迫られている。また、これから開発が 計画される街づくりにおいては、これらのことをどのようにして考慮し、

処理しなければならないかという研究が焦眉の急務となっている。このこ とから土木工学、化学工学や地震、災害科学の各分野における研究が総合 的に行われ、教育される学科が必要である。

土木建設工学科:既設の土木工学科では力学を基礎においた現象解析と構造物の設計、

施工を中心に、また建設工学科では非力学的アプローチによる施設の計画、

設計、運用を主たる対象専門分野として教育研究を相互分担してきた。し

工学部での思い出は虹の7色 名誉教授 (機械系) 柴原正雄

昭和20年8月末、仙台への米軍の進駐を目の当たりに見て間もなく大学を卒業し、10月 金沢工専機械工学科に勤務。初代横山学部長(当時校長)との出会いや当時の状況などは、大 学事務通報退官思い出特集や、機会あっての昭和58年の学会論文集研究随想に「研究という ドラマ」として記したが、工学部での第1の虹の掛け橋である。

昭和34年、大学開学10周年の年、当時の科学技術革新、振興の声に学生増は毎年続けられ たが、研究設備や教官充実には配慮なく、若手教官は切歯扼腕であったが、突然特別設備充 実費で共振型疲れ試験機バイブロホァが国内製作第1号機として私共の研究室に設置され たことは、ほのぼのとした夢の実現だった。さらに長年の念願であった狭隘と老朽化に対応 する校舎の近代化は、木造の築後40年にしてようやく同年9月に開始され、工学部創立50 周年を迎える前年の44年12月に10ヵ年整備計画が見事に完成した。建物委員会での厳し い議論も思い出されるが、実験設備も更新され、明るい環境にそれまでの苦労も一掃され、ま た幾つかの難関を通り抜けて40年からは大学院工学研究科修士課程の設置が承認されたこ とと相まって、前途に広がる夢が大きな虹の弧を描いた。

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想い出の記 

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構造力学  橋梁工学  河海工学  交通工学 

構造力学   

河海工学 

交通路工学及び橋梁工学  建設機械学 

土質工学  建設基礎学  環境施設工学  建設システム工学  建設防災工学 

構造力学   橋梁工学  河海工学  交通工学  建設機械学  土質工学 

構造工学   

水工学     

地象工学  都市施設計画学  環境衛生工学 

図10−6 土木系学科の変遷 

   

   

 

かし社会の複雑化、多様化に伴い、専門分野の細分化とともに複合領域拡 大の必要性に迫られており、既存の土木工学科、建設工学科のような専門 分野の枠組みでは住環境整備の新しいタイプの問題には対応が困難となっ てきた。このため、両学科を統合し、隣接分野を大講座としてまとめると 同時に、大講座間の有機的連結を図って教育研究体制の改組を行う。

講座名の変遷 土木系学科と講座の変遷は次の①〜④のように行われた(図10−6参照)。

①1949年4月:土木工学科4講座、入学定員30名で発足。

②1970年4月:入学定員を30名から60名へ増員し、4講座から6講座へ。

③1975年4月:土木工学科より1講座(入学定員10名)を拠出、建設工学科4講座(入 学定員40名)を新設。

④1985年4月:工学部の大講座制への移行に伴い、土木工学科、建設工学科を土木建設工 学科に改組し、9小講座から5大講座へ。

建物新営についで、毎年申請を続けていた大型特別設備費は昭和54年度予算でようやく 認められ、超高速撮影装置イメコン(英国ハドランド製)の装置は30年の大学研究生活で与 えられた特記事項で、正しく色鮮やかな虹の掛け橋といえる。工専着任以来、心引かれていた 光弾性装置も整備充実し、動的問題に研究展開しており、これに同装置を導入、システムを完 成させたもので、当時としてはそのようなデ−タはなく、光弾性学会や機械学会でも注目さ れ、また一般にも科学技術対談として『週刊朝日』とダイヤモンド社刊行で紹介され、科学技 術最前線レベルにあることを示す工学部の一設備となり得たことは望外の喜びであり、以後 退官までは続けて愛用したが、既に10年の歳月は流れ、印象深く思い出されることである。

昭和61年には、附属図書館長在任中であったが工学部長に選出され、進行中の学科の統合、

教官増の大講座制への改組は、62年度の機械システム工学科、さらに最後の難関であった共 通講座の2大講座化も翌63年度には承認完成され、一方また、博士課程大学院の自然科学研 究科の工学部が主体となったシステム科学専攻が62年に設置承認され、独立研究科として 完成し、円滑な運営と発展に寄与できたことはラッキ−な夢とロマンの虹の掛け橋だったと ありがたく思っている。かくて10代工学部長として、学部内の教職員各位は申すに及ばず、

工学部出身の17,000名余りの卒業生各位からも陰陽のご激励を頂いてその任を終えたこ とを感謝し、また今後の永久のご繁栄を心から祈念して思い出の筆をおく。

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表10−18 土木建設工学科の5大講座とその内容

構造工学講座 水工学講座 地象工学講座 都市施設計画学講座 環境衛生工学講座

構造力学 水理学 土質工学 計画システム 環境解析

構造解析学 河川水工学 基礎地盤工学 都市地域計画学 衛生工学 土木材料学 海岸海洋工学 防災工学 施設設計管理学 環境施設工学

教育 学科の新設・改組に伴ってカリキュラムの大幅な変更が行われてきた。しかし、土 木と建設という2学科体制の期間(1975〜1985年)においても、学科によって必修・選 択の差はあったものの開講科目は共通であった。その教育理念は、自然環境との調和を図 りながら社会基盤の保全と開発のための幅広い知識と深い洞察力を養うことを目指してい る。また、1987(昭和62)年には「大地と人間 −土木工学のロマン−」と題してテレ ビ放送による公開講座を開設した。卒業生は図10−7のようであり、1984年に建設工 学科から女子学生2名が卒業したのをはじめとして土木系でも女子学生が増え、1998

(平成10)年には約1割に達している。また、1967年の第1回大学院修了生は1人であっ たが、1998年には48人に増加し、活発な勉学・研究活動を行っている。

建物 土木建設工学科A棟(旧土木工学科)3,020m2(1965、1970年竣工)、同B棟(旧 建設工学科)2,242m2(1976年)、風洞実験室273m2(1976年)、及び鉄道実験室77m2

(1970年)の面積は、教職員40名、卒研生約100名、博士課程前・後期学生約110名が活 動するにはあまりにも狭小であり、新キャンパスへの早期移転が望まれる。下記は稼動中 の比較的高額な主要設備である。

主要設備 ①耐圧試験機(5MN)、②サーボ型構造物試験機(400kN)、③分析型走査電 子顕微鏡システム一式、④微小領域の観察・分析並びに反応生成物の同定、⑤交流イン ピーダンス測定装置、⑥光散乱式ダストカウンター、⑦ガスクロマトグラフ質量分析装置、

⑧ICP発光分析装置、⑨水平垂直2軸振動試験機、⑩ゲッチンゲン型多目的風洞、⑪視覚 シミュレーションシステム、⑫鉄道実験室(フル・スケール試験軌道、ビブロジール、周 波数分析装置)、⑬中圧三軸試験装置、⑭遠心力載荷試験装置、⑮砕波解析システム(高速 ビデオ装置、PIV、LDV)

土木工学科

図10−6に示すように設立当初は4講座であったが、途中で6講座に増設され、さら に建設工学科設立時に1講座を拠出したので、1985年4月には5講座となった。講座の 教職員及び研究を後述の土木建設工学科にまとめて記す。

図10−7 土木系学科の卒業生 

建設工学科

1975(昭和50)年4月の設立から1985(昭和60)年3月まで終始4講座であった。

講座の教職員及び研究を土木建設工学科の項にまとめて記す。

土木建設工学科

1985年4月に5大講座でスタートした。講座の教職員及び研究を土木工学科、建設工 学科もまとめて以下に記す。

構造工学講座 構造工学講座は旧土木工学科の構造力学講座と建設機械及び土木材料講座 の研究を引き継いでいる。まず、構造系では、喜内敏(1951〜1979年)が板の振動解析 について、保田市兵衛(1951〜1967年)は吊橋の補剛に関して、小堀為雄(1960〜

1976年)は橋梁の衝撃作用に関して、吉田博(1963〜1989年)・西田進(1971〜

1974年)・山森広一(1975〜1978年)は、鋼構造部材の座屈や耐荷力に関する研究を 行った。吉田は桝谷浩(1982年〜現在)と落石とその防護構造に関する研究を行い、

1983年と1986年に落石の衝撃に関するシンポジウムを開催した。梶川康男(1979年〜

現在)は橋梁の振動使用性に関する研究を行い、橋梁振動コロキウムを1987(昭和62)

年と1989(平成元)年に開催した。前川幸次(1988年〜現在)は鋼やコンクリートの合 成構造部材の耐荷力に関して、桝谷は衝撃作用時の動的挙動に関して研究を行っている。

また、ラドムスキ(W.A.Radomski、1991〜1992年)は桝谷とともにRC版の衝撃挙動 について、ママガニ(I.H.P.Mamaghani、1996年〜現在)は鋼部材の繰り返し荷重時の 挙動に関する研究を行っている。

次に、材料系では、永井時一(1951〜1965年)・高桑重三(1951〜1965年)・林安 雄(1951〜1961年)はモルタルや骨材とコンクリート強度の関連について、枷場重正

(1951〜1986年)はミキサーの混合機構の研究、川村満紀(1966年〜現在)・大深伸尚

(1968〜1972年)らとコンクリートやソイルセメントの強度について研究を行っている。

その後、小泉徹(1974〜1978年)と混和剤について、さらに鳥居和之(1978年〜現在)

が加わって産業副生産物としてのスラグを有効利用する研究やコンクリート中の塩化物イ オンの移動に関して研究を行っている。次いで、川村と竹本邦夫(1979〜1988年)はア ルカリ・シリカ反応のメカニズム解明に取り組み、五十嵐心一(1984年〜現在)は繊維 補強セメント系複合材料の高靭性化の機構を研究し、チャタジ(S.K.Chatterji、1990〜

1991年)やハーク(M.H.Haque、1991年〜現在)も材料強度などの研究に加わった。

水工学講座 水工学講座は、水文、河川及び海洋などの水に関する事象を対象とし、社会 の開発と地球環境保全に貢献するための教育・研究を行っており、1950(昭和25)年土 木工学科発足に伴い、河海工学講座として新設されて以来、1970年の土質工学講座の分 離増設に、また1975年建設工学科発足時の環境施設工学講座の新設にそれぞれ寄与し、

1985年土木建設工学科改組に伴い、水工学講座と名称変更している。この間、高敏郎

(1924〜1966年)は金沢港防波堤遮蔽効果、砂防ダム、河川模型実験、融雪出水などに

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