前項で述べた「教養部一般教育検討委員会報告」および「新カリキュラム大綱」に、新 カリキュラム、とりわけそのうちの教養的科目についての基本的な考え方は明示されてい る。しかし、実施に当たって細部の詰めが行われて変化した点・明確化された点なども少 なくない。また、学部によって専門教育のカリキュラム改革の度合いもかなり異なってい る。ここでは、「教養部一般教育検討委員会報告」および「新カリキュラム大綱」と変わら ない部分は省略し、そこから変化した部分やそこで述べられなかった部分を中心に、
1994年度に行われた新カリキュラムの概要およびその後の若干の変化について述べる。
大学・各学部の教育目標と教養教育の理念
1994(平成6)年5月26日の日付を持つ「教育・組織の改革」という資料は、文部省 説明用に学部教育等検討委員会で作成したもので、その「第1部 カリキュラムの改革に ついて」は、学部教育を含めた新カリキュラムの概要を最も明確に記している。これを基 に、新カリキュラムの教育目標や教育理念について述べる。
まず、金沢大学の教育目標として次の5点を挙げる。
①学問的香気に充ちた金沢という歴史的風土を背景として、全部局がそれぞれの教育目標 を明確にして、時代の要請に応える専門教育を行う。
②単科大学連合体ではなく、教育研究共同体としての総合大学であるとの自覚に立って、
学問の進展と社会的要請に応じて学部相互に新しい協力関係を作り、幅広く創造能力を持 つ人材を育成することを目指す。
③国際水準の専門職業人の養成に務めるとともに、地域社会に貢献する学問と教養を兼備 した指導的市民を育成する。
④学問研究と技術開発のエキスパートを育成して、次の時代の学術と文化の創造に寄与す るために、大学院教育を拡充するとともに、基礎的専門教育としての学部教育を一段と整 備する。
⑤専門教育とは異なる独自の意義を有する教養教育を、大学教育の大事な柱として正しく 位置づけ、全学が共通の姿勢に立ってこの教育を推進する。
各学部はこれを受け、自らの教育目標を次のように設定した。
○文 学 部―総合的専門知識/社会人としての教養と知性/総合的視野と自立的思考力
○教育学部―幅広い知識と人間性をもった教師養成教育/学際的な専門知識と総合的な指 導能力の涵養
○法 学 部―法学的・政策的分析力と思考力/総合的判断力と豊かな人間性
○経済学部―広い社会科学の知識を身に付けた市民養成/専門的な経済学の学識をもとに アクティブな活動を行うエコノミストの養成
○理 学 部―自然科学についての基礎的知識の修得/新しい科学を自ら創造する研究能力 の養成/専門・教養・外国語教育を相互補完を持たせて行う
○医 学 部―医学部全体の教育活動を通して、生涯学習の基礎づくり/学生の自主性及び 創造性啓発/問題解決能力の育成/医学・医療に対する総合的視野の育成/
基礎知識及び技術の確実な修得/高い倫理観に基づいた医師としての社会的 使命感の涵養
○薬 学 部―自然科学研究者としての素養/技術者としての専門性/社会人としての教養 の涵養
○工 学 部―科学技術の高度化と多様化、国際化、情報化に対応できる基礎学力/柔軟な 思考力、健全な人間性を持つ社会人/総合的判断力
これらを概観すると、各学部の専門教育がどんな人材養成を目指しているかの概略はわ かるが、一般的で他大学と比べての特色がない、記述の不統一など総合大学としての自覚 が不明確、大学の教育目標③との関連が不明確などの問題点が見え、目標設定として未熟 な観は否めない。
一方、教養教育については大学教育の目標⑤を受けて、その意義ないし理念を次のよう に設定している。
基本的には「幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養する」(大学 設置基準第19条第2項)ことに尽きる。それは、学問の一般的基礎を固めるとともに、真理 への畏敬に基づく批判的精神をもって自ら考え判断する力を養い、幅広いものの見方と深い 洞察力を身に付け、人間の尊厳を踏まえた共生社会の倫理観を持つ主体的な人格を形成する 教育である(2)。
これは、表現・内容に微妙な差異はあるものの、教養部の「一般教育検討委員会報告」
で設定された教養教育の課題の延長線上に設定されたものである。この理念の浸透を図る べく、この文章は、1996年度以降毎年作られている『教養教育機構と教養的科目の担当 等に関する教官マニュアル』の冒頭に掲げられている。
単位数と授業科目の時間帯配当
金沢大学では医学部以外は単位制を採っており、従来その単位数は、一般教養課程の56 単位と専門教育課程を合わせて130〜146単位であった。新カリキュラムでは大学設置基 準が124単位を基準としたことを受け、単位数の見直しが行われたが、専門教育の単位数 には増加傾向が見られ、減少対象の多くは教養教育の単位数であった。しかし、極端な減 少は問題とされ、「新カリキュラム大綱」によって教養的科目の単位数は50単位を標準と して設定されることになったのである。
その結果、各学部の教養的科目の単位数は44〜50単位で設定されたが、総単位数はあ まり変わらなかった。この単位数は、新カリキュラムの見直しが行われる1999年度まで 継続するが、教育学部だけは改組に当たって、教養的科目の単位数を50単位から44単位 に減少させた。新カリキュラムの単位数については、1998年度のものを後掲の表8−7 に示してある。
また、専門科目と教養的科目の配置がくさび型になったため、どちらの授業も1年次か ら開講されることになった。くさび型の原則は、2年前期まで教養部で教養的科目を、2 年後期からは学部で専門科目を主に受講し、2年前期までの専門科目と2年後期以降の教 養的科目は決まった曜日にのみ受講できるというもので、時間帯表を作って、教養的科 目・専門科目の学年・学期・曜日・時限の配当を決めた。
とはいえ、学部によって2年前期までに開講する専門科目の在り方や2年後期以降の教 養的科目への時間配分の在り方がまちまちであった。特に教養部と同じ角間キャンパスに ある学部では、1年次などに開講される専門科目が十分に用意されずに、専門科目はその 曜日(文系金曜・理系火曜)の一部時限に限定されたり、2年後期以降の教養的科目の時 間帯が設定されなかったりというケースが見られた。たとえば文学部は、序論を必修とし て1年次に配当する予定だったが、史学科のみ開講を見送るという足並みの悪さを見せ、
また概論は金曜以外でも1年生が自由に履修できたり、学生の研究室配属が2年前期に変 更になったのに伴い専門科目もその時点から本格的に行われたりと、原則をかなり逸脱し ていた。理学部は、学生に渡す時間帯表に火曜全日を専門科目と記入しておきながら、開 講科目を学科の自由裁量に任せたため、開講のない時限がかなりできてしまった。これに ついては学生から苦情が出たため、教養部からの申し出で、未開講時限は教養的科目とし て時間帯表に記入されるようになった。その後も、2年前期までの火曜・金曜という専門 科目開講時限は、諸般の事情で崩れていった。一方工学部では、2年後期以降にきちんと 1日教養的科目の時間を設定したが、単位不足の学生以外には教養的科目を履修せず、休 日にする学生が多数出るという問題も発生した。
科目区分とクラス制
新旧の授業科目区分の関係は図8−3のとおりである。注目すべきは、旧カリキュラム では必修であった保健体育科目がなくなり、新カリキュラムでは総合科目・テーマ別科
目・一般科目に分散し、必修ではなくなった点である。保健体育関係の授業科目は早くか ら授業内容の改革が進んでおり、かつての運動をするだけの体育から健康管理教育や生涯 スポーツ的要素などを含んだ内容へと変化してきていた。担当教官はその改革の自信から、
必修をはずれてもほとんどの学生が履修すると考えていた。実際には、1996年11月に行 った「教養的科目についての学生向けアンケート」(『金沢大学教養教育機構研究調査部報』
第1号、1997年、所収)で、1996年度前期までに保健体育関連科目を受講していない学 生は、1994年度入学生で11.6%、1995年度入学生で12.7%という結果が出ており、当 初の見込みと大差はなかった。
また、一般教育科目にあった人文・社会・自然の区分は、テーマ別科目・一般科目の自 然・社会・人間という領域に変わった。保健体育関連科目や医学関係科目は人間領域に入 り、今まで人文に入っていた歴史学は過去・現在の社会分析にかかわる学問であるとして 社会の領域に入った。
テーマ別科目・一般科目の授業は、個々の教官が自己の専門性を生かして授業を行う分 だけ体系性がないため、これらに関連性を持たせて一体性をもった教養教育を行うべく、
5つの科目群に分類された。その5科目群とは、①現代の科学と文化、②環境・情報、
③歴史・時間、④思想・芸術、⑤共生社会の創造で、もともとの構想では自然・社会・人 間の3領域と縦横の関係をなし、群別による履修を履修要件の一部にするはずであった。
しかし、諸般の事情でこの案は実現せず、科目選択の参考程度の意義しか与えられなかっ た。
授業科目は、旧カリキュラムでは基本的にクラス張り付け方式で、学生は自分のクラス 以外に張り付いている授業は原則履修できず、そのために選択の余地が少なく、学生の不 満の一因となっていた。そこで、学生の能動的姿勢を導き出す目的をもって自由選択制が 導入され、基礎科目以外は1学部だけを対象とする授業は原則禁止され、多くの授業が全 学部対象として開講され、1つの時間帯に10以上の授業から選択できるのが一般的となっ た。必修に近い英語Bの場合は1ないし2学部対象で開講されたが、複数の授業が併置さ れた4つの時間帯から2つの授業を選択する方式になった。ドイツ語Aも、履修者が多い ことを理由に学部・学科のブロック制を採り、2つの時間帯から1つを選択するしくみと なったが、1つの時間帯に1つの授業しかなかったので選択の余地は2つしかなかった。
図8−3 旧新カリキュラムの授業科目区分対照表 旧カリキュラム
新カリキュラム 総合科目 言語科目 基礎科目
専門科目 テーマ別科目
一般教育科目
(人文・社会・自然) 外国語科目 専門教育科目 保健体育科目
基礎教育科目 (医学部医学科のみ)
一般科目 人間 社会 自然
教養的科目