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魚津における銭湯の今昔――変わらない日常

ドキュメント内 蜃気楼にうつる魚津の暮らし (ページ 48-64)

小野 巧太郎

はじめに

私が魚津の銭湯に興味を持ったきっかけは、令和元(2019)年7月末、2年生だった時の フィールドワーク中に、たまたま車で通りがかった風景の中で、「平成松の湯」という看板 を見つけたことである。当時元号が平成から令和に変わって間もないこともあり、「平成」

の名を冠したその場所に興味を持った。

10 月から本格的に魚津での調査を始めることになったが、当初はどんな報告書をまとめ るか方向性が全く見えず、まずは、と軽い気持ちで「平成松の湯」へ足を運んだ。私の住ん でいるアパートがユニットバスだったこともあり、調査という名目のはずが、のんびりと湯 船に浸かることができたり、こちらの質問に銭湯の皆さんが丁寧に答えていただけたりし たことで、私はすぐに魚津の銭湯が好きになった。「平成松の湯」で市内に他の銭湯がある ことも教えていただき、それらの銭湯巡りをする中で、銭湯についてさらに知りたいと思う ようになった。

かつて魚津市内には 15 軒の銭湯が営業を行っていたが、本格的な調査を行った令和2

(2020)年8月の時点では、営業している銭湯は4軒までその数を減らしている(大型のス ーパー銭湯や日帰り温泉などの入浴が可能な施設はここでは除く)。本章では、大雑把に現 在と過去に分けて、魚津の銭湯がどのように利用されてきたのか、聞き取りを中心に記述し ていきたい。この記録が、長きに渡って大切にされてきた魚津の銭湯文化の継承の一助にな ればと考えている。

1.魚津市内の銭湯概要

まずは基本情報として、富山県公衆浴場生活衛生協同組合のホームページを参考に、現在 魚津市内にある銭湯について紹介を行い、その後聞き取り調査や魚津市立図書館での文献 調査などから判明した、かつて魚津にあった銭湯について記述する。

1-1.現在営業中の銭湯について

以下に示す表3-1は現在営業中の銭湯である。なお、「番号」列と各銭湯の位置は1-

2に掲載した、閉業した銭湯も含めた地図および表の番号と連動している。また、入浴料は 440円で共通しており、11回回数券を4400円で販売している。タオルや石鹸、シャンプー については番台で販売している店もあるが、常連客など私物を持ち込む人が多い。

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表3-1 現在営業中の銭湯一覧(富山県公衆浴場生活衛生協同組合HPの表記順)

番号 名称 詳細

① 川城鉱泉 角川の河口付近に位置し、昭和12(1937)年創業の歴史を有する 銭湯。元漁師なども多く来訪している。シャンプーやドライヤー、

マッサージ機などを備え、新聞やマンガなどもあり、居心地よく 入浴できる銭湯である。

営業時間は13:30~22:00、定休日は日曜

⑮ 観音湯 他4つの銭湯とは少し距離がある、経田地区に位置する銭湯。脱 衣所には昔のポスターなどがそのまま掲示してあり、趣を感じる 銭湯である。

営業時間は14:00~22:00、定休日は土曜

④ 下田温泉 旧北陸街道に位置する銭湯。サウナ、水風呂に加え露天風呂を有 し、2階部分で会席料理の提供や、事前注文制の鱒鮨販売なども 行っている銭湯である。

営業時間は14:00~22:00、定休日は木曜

⑪ 平成松の湯 旧新金屋商店街に位置している。100年弱営業を続けており、現 在の番台のご主人は3代目で、魚津市の銭湯組合の組長をしてい る。建物の1階部分は駐車場となっており、2階に浴場がある。

電気風呂にサウナ、喫煙室などの設備も充実した銭湯である。

営業時間は13:00~23:00、定休日は月曜

② 八つ橋湯 先述の川城鉱泉の川向かいに位置している。現在は休業中。

ホームページによると営業時間は14:00~22:00、定休日は金曜

1-2.公的資料・文献資料に残る、かつての魚津銭湯

魚津市立図書館に保存されていた住宅地図を基に、現在閉業した銭湯を含め、どこに銭湯 が位置していたかを表し(地図3-1、3-2、3-3)、それぞれの銭湯についての情報 を表としてまとめる(それぞれ表3-2、3-3、3-4)。なお、区画整理などで道が変 わった場所については推測できる範囲で近い場所を示している。

表については、昭和39(1964)年と昭和45(1970)年については魚津市立図書館に所蔵 されていた『ゼンリンの住宅地図――観光産業・商工名鑑‘64年版』(善隣出版社、1964年)、

『魚津・黒部・滑川市宇奈月町住宅明細図』(日興出版信越販売、1970年)に記載があるも のを「○」、平成16(2004)年についてはウェブサイト「風呂屋の煙突」の情報を転載し営 業中のものを「○」、閉業していると考えられるものを「×」としている。また、写真につ いてはウェブサイト「風呂屋の煙突」で使用されていたものを、サイト運営者からの許可の もと転載を行っている。

第3章 魚津における銭湯の今昔――変わらない日常

(小野巧太郎)

49 電鉄魚津駅周辺(地図3-1、表3-2)

地図3-1 電鉄魚津駅周辺地図

表3-2 電鉄魚津駅周辺の銭湯 番号 名称 昭和39年

(1964年)

昭和45年

(1970)年

平成16年

(2004)年

令和2年

(2020)年

現在の 土地利用

① 川城鉱泉 ○ ○ ○ ○ ―

② 八つ橋湯 ○ ○ ○ ○ ―

③ 魚津温泉 ○ ○ ○ × ファミリー マート

④ 下田温泉 ○ ○ ○ ○ ―

⑤ 港湯 ○ ○ ○ × 建物が現存

⑥ はたち湯 ○ ○ ○ × 駐車場

⑦ 朝日湯 ○ × × × 月極駐車場

⑧ 源平湯 ○ ○ ○ × コインラン

ドリー

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写真3-1 川城鉱泉(①、2004年) 写真3―2 八つ橋湯(②、2004年)

写真3-3 魚津温泉(③、2004年) 写真3-4 下田温泉(④、2004年)

写真3―5 港湯(⑤、2004年) 写真3-6 はたち湯(⑥、2004年)

第3章 魚津における銭湯の今昔――変わらない日常

(小野巧太郎)

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写真3-7 源平湯

あ (⑧、2004年)

新魚津駅・魚津駅周辺(地図3-2、表3-3)

地図3-2 新魚津駅・魚津駅周辺の地図

表3-3 新魚津駅・魚津駅周辺の銭湯 番号 名称 昭和39年

(1964年)

昭和45年

(1970年)

平成16年

(2004年)

令和2年

(2020年)

現在の 土地利用

⑨ 赤川湯 ○ ○ × × 別 の 建 物 に

⑩ 鶴の湯 ○ ○ ○ × 建 物 は 現 存

⑪ 平成松の湯 ○ ○ ○ ○ ―

⑫ 日之出湯 日の丸湯

○ ○ ○ × 空き地

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写真3―8 鶴の湯(⑩、2004年) 写真3―9 平成松の湯(⑪、2004年)

あ 写真3-10

あ 日の丸湯(日之出湯)

あ (⑫、2004年)

経田地区(地図3-3、表3-4)

地図3-3 経田駅周辺の地図

第3章 魚津における銭湯の今昔――変わらない日常

(小野巧太郎)

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表3-4 経田地区周辺の銭湯 番号 名称 昭和39年

(1964年)

昭和45年

(1970年)

令和2年

(2020年)

現在の土地利用

⑬ 経田鉱泉 ○ △(地図から 確認取れず)

× 別の建物に

⑭ からつ湯 ○ ○ × 別の建物に

⑮ 観音湯 ○ ○ ○ ―

※ 経田地区のみ平成 16年(2004年)のデータを記していない。これは、「風呂屋の煙突」

から分かる情報の中で、経田地区に関するデータがなかったためである。

3地区に分け、かつて銭湯があった地域を示した。比較的狭い範囲に集中して銭湯がたく さん営業していたことが分かる。また、平成16(2004)年の時点では最低でも11軒の銭湯 が残っていたことから、昭和45(1970)年以後の30年ほどの間は、魚津の銭湯文化は比較 的熱が冷めることなく、維持されてきたと考えることができる。一方で、平成16(2004)年 から令和2(2020)年までの15年ほどで5軒にまで数を減らしたことから、魚津銭湯が直 面する後継者や客数の減少の問題がここ数年で大きく加速したと考えることができる。こ の点に関しては後述する。

2.近年の銭湯の様子

本節ではまず、調査で私が観察・聞き取りした、現在も営業を行う銭湯の様子について記 述する。具体的には、2-1で番台などとして各銭湯の営業を行っている方々からの聞き取 りをもとに、2-2では入浴客からの聞き取りをもとに記述を行う。また、今回の調査では、

幸運にも数年前まで銭湯を経営していた方からも聞き取りをすることができた。2-3で はその方からの情報を中心としつつ、閉業していく銭湯の現状について、より詳細に記述し ていく。2-4で小括を行い、次節へつなげていきたい。

具体的な語りを紹介する前に、前提となる事柄のいくつかを説明する。

まずは、現在営業中の「平成松の湯」「川城鉱泉」「下田温泉」「観音湯」、そして2019年 のうちにはまだ営業をしていた「港湯」の5軒における番台の役割である。(番台とは、銭 湯の入り口部にある、料金徴収や監視などのため少し高くなった場所のことを指す言葉で あるが、本章ではその場所に座り、実際に管理をしている人を指す言葉として使っている。)

番台の仕事は基本的に家族の中で持ち回りで行われているようであった。「平成松の湯」

ではご主人が番台の仕事を行っているが、食事休憩などの時間帯は奥さんかお母様と交代 している。「川城鉱泉」でも始業時は奥様、15時頃から娘さんに交代し、18時頃再び奥さん に交代している様子を観察できた。

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しかし、銭湯の運営に関わる仕事は、番台だけではない。番台以外の仕事も家族内で回さ れていることがほとんどであるようだ。銭湯によって異なるが、「川城鉱泉」ではお湯を沸 かすため実際に火をつけているが、始業前の着火や終業後の火消しなどはご主人が担当し ていた。また、どの銭湯でも清掃は行われるが、詳細は各銭湯ごとに異なるため、後述する。

2-1.銭湯で働く人々に見る、銭湯の現状

2020 年8月の最終週に、私を含む富山大学文化人類学研究室の学生は、魚津市において 集中調査を行った。コロナ渦で難しい状況ではあったが、私はその機会を利用して川城鉱泉 に赴き、半日の密着調査を行わせていただいた。まずはそのときの観察を中心に、銭湯の運 営のサイクルについて記述する。その後、他の銭湯で聞いた運営などについて記載を行い、

補完とする。

川城鉱泉での聞き取りおよび観察から

始業前については、ご主人のお話が参考になる。浴室や脱衣所の清掃を10:30頃から始 め11:30頃から木材などを準備し火付けを行うと、2時間ほどで湯が沸くので、13:30の 開業にちょうど間に合う。先代から火付けの仕方なども教わってきたが、自分で配線などを 改造し、今は半自動で温度調整ができるようになっていると話していた。

開業すると、番台に奥さんが座り、テレビなどを見つつ、入浴客が来れば支払いや回数券 の受け取りを行う。日中、入浴客がいなくなった頃を見計らい、番台から立ち上がり浴室内 を一度水で流すこともあった。奥さんも娘さんも「常連さんがほとんど」と話す通りで、特 に夕方以降の入浴客の中には、私物のシャンプーを銭湯の一角に置きっぱなしにして、タオ ルだけ持って入浴に来る常連客もいた。棚には私物のシャンプーや石鹸が5、6人分ほど置 かれたままで、それらは捨てられたりはしない。

終業は22:00だが、その前後の様子も紹介したい。21:30頃を過ぎて常連客がすべて帰 ると、番台からバックヤードにいるご主人へ内線電話が入り、ご主人によって火が止められ 終業となる。22:00 まで火がつけられていることはそこまで多くない。しかし、火が完全 に消えるまでの1時間は安全のため近くで待機する必要があり、ご主人が他の別のことを しながら待機している。また、たいてい浴室の清掃は奥さんが翌日の始業前に行っているが、

娘さんが清掃を担当する場合は「翌日の朝のんびりしたいから」という理由で終業後に清掃 をしているようだった。

経営面についても、奥さんから若干ではあるがお話いただいた。まず、固定費用(火付け の材料費、施設維持費など)にお金がかかるため、客の数が減った近年の運営は厳しい状態 になっている。さらに、ボイラーの修理をするとなれば150万円前後、配管の工事になると 浴室のタイルから剥がした工事になるため1000万円以上かかってしまう、という話だった。

後継者の問題もあることを考えると、魚津の銭湯は「残っても1、2軒になるのではないか」

と、悲観的に語っていた。

ドキュメント内 蜃気楼にうつる魚津の暮らし (ページ 48-64)