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高精度温度センサー用 Ni 箔の検討

 

2.1  はじめに 

 

前章にて,超高精度温度センサーの必要性を述べた。本章では,超高精度温度セ ンサーを開発するために,Ni 箔材料の物理的特性や製作条件を調査した。まず,Ni 箔の大きな TCR の物理現象に関して整理した。次に,高精度化のために必要な Ni 箔 の組織や応力および,基板に接合した Ni 箔の応力を調べて,最適な製作条件を見出 した。 

 

2.2  Ni の物理的性質 

 

2.2.1  Ni の物理定数 

 

本文に関連した Ni の物理定数をまとめて,表 2.1 に記載する 1)。   

                           

表 2.1   Ni に関する物理定数 

Items  Content 

Atomic Number  28  Atomic Weight  58.69 

Electron Orbit  3d:8,4s:2  Debye Temperature  450[℃] 

Curie Point  354[℃] 

Atomic Radius  0.125 [nm] 

Crystal Structure  FCC 

Lattice Constant  0.352 [nm] 

Thermal Expand  13.3×10-6 [℃-1](0〜100℃) 

Resistivity  6.844  [μΩ・cm](20℃) 

TCR(Temperature  Coefficient  of

 

Resistance) 

6810×10-6  [℃-1](0〜100℃) 

2.2.2  金属の伝導特性 

 

金属は,金属結合している。金属結合を生じさせている電子は,電子密度が非常 に高く,1cm3当たり 1022桁の数の自由電子がある。金属の電気伝導は,伝導電子の散 乱によって変化する。下記の 2 項が,主な散乱の原因である。 

(1)金属結晶中に残存する不純物や格子欠陥   

(2)結晶格子の温度に応じた振動  すなわち,格子の熱振動 

上記 2 項のいずれも,結晶格子の規則正しい整列からのずれ(不整合)であって,

その不整合に伝導電子が散乱されることによって,伝導が妨げられ,伝導度が変わる ことから生じている。(1)の結晶中の不純物や格子欠陥は,温度によってほとんど変 化しないが,(2)の格子の熱振動は,当然温度とともに,変化する。電気伝導は,比 抵抗の逆数で表わされる。 

 

σ=1/ρ      (2.1) 

 

金属の比抵抗は,不純物による比抵抗をρi,格子の熱振動による比抵抗をρL とす ると,マチーセンの法則により,全体の比抵抗は,式(2.2)で表わされる 2)。 

 

ρ=ρi+ρL       (2.2) 

 

それぞれの抵抗の原理をもう少し詳細に記載する。 

 

(1)不純物による比抵抗 3) 

ノ ル ド ハ イ ム ( Nordheim ) の 法 則 に よ り , 全 域 固 溶 体 の 合 金 に お け る 比 抵 抗 ρ B(x)は,母金属に不純物として混ぜた金属の濃度を x とすると,式(2.3)で表わされ る。 

 

ρB(x)=αx(1−x)      (2.3) 

 

αは,合金の両方の金属の種類によって決まる比例定数である。x(1−x)の因子は,

格子点に両方の原子が配置される不規則度の度合いを表わしている。 

不純物の濃度が薄い場合は,式(2.3)において,x≪1 であるので, 

 

ρB(x)=αx      (2.4) 

になり,不純物の濃度に比例して,比抵抗が大きくなる。この不純物の濃度は,温度 によって変わらないので,不純物による伝導は温度特性が無い。 

 

(2)熱振動による比抵抗 4),5),6) 

近似的に格子の熱振動による伝導の温度特性を記載する。 

格子の位置にある原子イオンが,単振動をすると仮定すると,振動方程式は, 

 

(M(d2x/d2t))+cx=0       (2.5) 

 

M;イオン質量,x;イオンの平衡位置からのずれ,c;そのずれを元に戻す復元力 の係数(ばね定数)である。振動数 ν は, 

 

ν=(1/2π)(√c/M)      (2.6) 

 

音子hν は, 

 

hν=(h/2π)(√c/M)=kΘ       (2.7) 

 

Θ は,デバイ温度であり,ばね定数と質量とで決まる物質固有の特性である。 

伝導電子が受けるポテンシャルの変化すなわち,エネルギーの変化が散乱の確率を支 配する。イオン変位xに伴うエネルギーはx2 に比例する。従って,散乱確率も  x2 に比例する。すなわち,格子振動による伝導電子の散乱は,振動の振幅の 2 乗に比例 する(x2とは変位 x の 2 乗平均の意味)。よって,式(2.8)になる。 

 

ρ∝  x2      (2.8) 

 

  1 サイクルの振動の平均ポテンシャルエネルギーは,  cx2 であり,振動の全エネ ルギーの半分である。なぜなら,一定の全エネルギーが運動エネルギーとポテンシャ ルエネルギーとに,交互に交代するので,両方の 2 乗平均は等しい。よって,エネル ギーの等配則によりエネルギーは,kT/2  になる。 

 

      =kT/2       (2.9) 

cx 2

 上記式(2.7)から,c=(4Mπ22Θ2)/h2であるので, 

 

=Th2/8π2kMΘ2       (2.10) 

 

よって,式(2.8)は, 

 

      ρ=AT/(MΘ2)       (2.11) 

 

になり,比抵抗は,Tに比例する。Aは,比例係数である。 

よって,金属の格子振動による抵抗は,温度Tに比例して増大する。 

 

式(2.11)をより正確な理論式にて表わすと,グリュナイゼンの式(2.12)となる。 

 

       

ρ=AT5      (2.12) 

   

この式(2.12)では,高温の場合,X=Θ/T≪1 の時では,分母をそれぞれ指数関数 に分解すると,e≒1+X,e-x≒1−X  と表わされるので,式(2.12)に代入すると, 

   

ρ=AT5              (2.13) 

   

      =(1/4)(Θ/T)4       (2.14) 

 

式(2.14)を式(2.13)に代入すると, 

 

ρ∝AT5/T4=AT      (2.15) 

 

よって,比抵抗は,高温の場合,温度 T に比例することが判る。 

低温の場合,すなわち,X=1≪Θ/T の場合,式(2.12)の積分部分は,一定値に なる。よって,式(2.12)のρは,T5 に比例することが判る。実際には,銅の場合

2

∫  

Θ/T 0

      X5 dx      (1−e-x)(e−1)

Θ/T 0 X3 dx     

Θ/T 0 X3 dx     

などは,ρが T に比例するのは,高温(X=Θ/T≪1 の時)だけでなくて,Θ/5=

0.2Θ ような低温でも,比例していることが知られている。 

 

2.2.3  Ni の伝導特性

7)     

Ni の電気伝導は,2.2.2 金属の電気伝導項に,記載された金属の伝導(金属の格 子の熱振動による散乱(ρL)+不純物や格子欠陥などの散乱(ρi))と s-d 相互作 用による散乱(ρsd)が合わさって生じている。 

すなわち, 

 

ρ(Ni)=ρi  +ρL+ρsd      (2.16) 

 

Ni は,原子番号が 28 で,表 2.1 に示すように,4s の電子軌道まで,電子が詰ま っている。結晶構造では,結晶格子を形作っている Ni イオンに,3d までの電子は局 在化しているが,4s 電子は,伝導電子として,結晶格子間を自由に移動して金属結 合している。 

この局在化している電子のスピンは,低温になると,電子の向きを同じ方向に揃 え,ポテンシャルエネルギーが周期的に揃ってくるが,温度が高くなるに従い,スピ ンの方向は,いろいろな方向を向くようになり,ポテンシャルエネルギーの周期的乱 れは大きくなってくる。その結果,伝導電子(s 電子)は,局在している電子(d 電 子)と s-d 相互作用(spin−disorder−scattering とも言われる)を生じ,電気抵 抗の原因となる。s-d 相互作用は,スピンの向きが平行になるとエネルギーが減少す る交換相互作用 8)によって,局在した d 電子のスピンの向きを s 電子の向きと平行に する作用である。 

キ ュ ー リ ー 点 以 上 の 温 度 で は , 局 在 し た ス ピ ン が あ ら ゆ る 方 向 を 向 く ( at  random)ので,s-d 相互作用は,一定になる。キューリー点以下の s-d 相互作用によ る比抵抗の温度特性は,温度Tの 2 乗に比例している 9),10)。図 2.1 に,それぞれの 比抵抗の変化の動きを示す。実際の Ni と Pd の比抵抗の温度特性を図 2.2 と表 2.2 に

示す 1),11)。Ni のキューリー点(約 354℃)以上の比抵抗の増加量(図 2.2 では,

400℃以上)は,格子の熱振動によるものであり,原子量が近いパラジウム(Pd)は,

ほ と ん ど 同 じ 比 抵 抗 の 増 加 量 を 示 し て い る こ と が 判 る 。 そ の 量 は , Ni に お い て , 0.031μΩcm/K であり,Pd において,0.033μΩcm/K である。よって,Ni のキュ ーリー点(354℃)までの抵抗値の温度特性(TCR)は,通常の金属の熱振動のみにて

生じている TCR より大きいことが判る。その値は,0〜100℃において約 6800ppm/K で,

JIS C1604 の白金測温抵抗体(3850ppm/K)の約 1.7 倍である。 

上記の計算式から,Ni の 0〜100℃における TCR に関して,s-d 相互作用による TCR を検討すると下記のことが判る。 

不純物による比抵抗(ρi)における温度特性を無視すると,Ni のキューリー点以 上の TCR(Ni のキューリー点以上の TCR は,Pd の TCR とほぼ同じである)は,格子 の 熱 振 動 に よ る TCR と 等 し く , そ の 値 は , 約 4000ppm/K で あ る 。 実 際 の TCR(約 6800ppm/K)とこの格子の熱振動(約 4000ppm/K)との差である約 2800ppm/K が s-d 相互 作用による TCR となる。よって,通常の金属の熱振動のみと比べて,TCR の大きい高 感度の温度センサーが可能である。 

                                     

  図 2.1  Ni の比抵抗 

ρT:両 者の 和, ρL: 格子 振動 によ る電 気抵 抗,ρsd:s-d 相互作用による電気抵抗  ρi 部分は,記載していない(7) 

ρsd

                                       

表 2.2  Ni と Pd の比抵抗 1),11)

温度  [℃]  0  100  200  300  400  500  700  Ni [μΩ・cm]  6.2  10.3  15.8  22.5  30.6  34.2  40.0  Pd [μΩ・cm]  10  13.8  −  21.0  −  −  33.0 

図 2.2  Ni と Pd の比抵抗における温度特性 Ni・Pdの比抵抗

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

0 200 400 600 800

Temp.[℃]

Resistivity [μΩ・cm]

Ni Pd

 

2.3.Ni 箔の結晶構造の歪 

 

2.3.1.Ni 箔の熱膨張係数 

 

Ni 箔は,純度 99.98%以上のインゴットから箔を製作した。厚さは,約 3μm であ る。試料箔(幅 5mm×長さ 10mm)の熱膨張係数を熱機械分析装置(以後 TMA と言う)

で測定した。その TMA の外観図を図 2.3 に原理図を図 2.4 に示す。温度の上昇と共に 試料が伸びて検出棒が下がる量を標準試料との比較により計測する装置である。温度 とその伸びた量から熱膨張係数を求めることができる。下記(1)項の測定条件にて 測定した測定結果を図 2.5 に示す。その熱膨張係数は,約 16×10-6/K(0〜300℃)で あった。 

こ の 値 は , 金 属 デ ー タ ブ ッ ク 1)の 値 で あ る 13.3×10-6/K( 100℃ ), 14.4×10-6/K

(300℃)より,約 20%大きかった。 

この原因は,後述の 2.3.2  Ni 箔の結晶性と歪の項に記載したように,Ni 箔は 結晶方向がある程度揃った集合組織であり,温度によって結晶が容易に再結合して結 晶方位がさらに揃う現象があるため,Ni 箔の膨張係数の異方性や温度により結晶方 位が揃うことで生じていると推定している。しかし,詳細は調査していない。 

 

(1)測定条件 

    ・熱機械分析装置(島津製作所製):  TMA-50      ・試料形状:    幅 5mm×長さ 10mm×厚さ 3μm 

・温度範囲:    0℃→300℃ 

    ・昇温速度:    5℃/分      ・雰囲気:      窒素      ・測定モード:  引張り法      ・荷重:        0.05N 

 

                                                             

図 2.3  TMA-50 の外観

   

図 2.4  TMA-50 の測定原理

図 2.5  Ni 箔の TMA 曲線結果  

15.93×10-6/K

2.3.2  Ni 箔の結晶性と歪 

 

箔は,優先方位を持った結晶が集合した集合組織(結晶格子面が特定の方向に揃 った多結晶体)になることが知られているので,X線回折パターン,極点図,顕微鏡,

ロッキングカーブ解析等で調査した。 

また,歪の無い最適な箔を得るために,Hall 法によって不均一歪と熱処理との関係 を調べた。 

箔の熱処理の条件としては,熱処理無し,300℃で 3 時間熱処理,500℃で 3 時間 熱処理の 3 種類の試料を用意した。 

 

(1)X 線回折パターン解析による Ni 箔の結晶性 

集合組織であることを確認するために,X 線回折パターンで調査した。φ=90°の RD

(Rolling Direction)における箔に垂直に X 線を照射した時の X 線回折パターンを 図 2.6 に記載した。この方向には,(111)面が存在しないことから,結晶格子面が特 定の方向に揃った集合組織であることが判った。 

 

(2)極点図解析による Ni 箔の結晶性 12) 

さらに詳細に調べるために,極点図にて結晶性を調査した。 

 

(2−1)熱処理をしていない箔(圧延で製作した Ni 箔) 

圧延された約 3μmの箔そのもの,すなわち,熱処理をしていない箔を調べた。 

(111)面(100)面(110)面の極点図をそれぞれ図 2.7,図 2.8 及び図 2.9 に示す。なお,

φ=90°が RD(Rolling  Direction)で,φ=0°が TD(Transverse Direction)であ る。この結果,3 種類の集合組織があることが判った。それらの集合組織の回折点の モデルを図 2.10 と図 2.11 に示し,それらの回折点を極点図上に,A,B 及び C で示す。

それらの結果から,A の方位を持つ結晶は RD 方向を<110>に持ち,(110)面が表面か ら TD 面に 60°傾いた方位にある。この場合,表面, TD 方向はそれぞれ近似的に

<337>, <554>となる。B の方位を持つ結晶は,A の結晶を裏側に 180°回転した結晶 であるので,回折点の中心を軸に 180°回転した点に生じる。よって,A と B は,同 等の結晶である。C の方位を持つ結晶は,表面に(100)面を持ち,RD,TD 方向は,

<010>,<001>である。A 及び B の集合組織と C の集合組織の量は,極点図の強度比か らみると,ほぼ同等の存在比を持っていることが判った。 

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