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< 養 鶏 〉

1 9 2 5 ~ 2 6 年 ご ろ 、 奥 地 の コ ー ヒ ー 耕 地 か ら サ ン パ ウ ロ 近 郊 の ジ ュ ケ リ ー 、 コ チ ア 、 ス ザ ノ な ど に ジ ャ ガ イ モ や ト マ ト 、 そ の 他 の 野 菜 作 り に 入 っ た 日 本 移 民 が 、 鶏 糞 の 高 い 肥 効 を 知 り 、 簡 単 な 囲 い で 鶏 を 閉 じ 込 め 、 2 0 ~ 3 0 羽 の 庭 先 養 鶏 を や っ た が 、 こ れ が 日 本 人 養 鶏 の 始 ま り で あ る 。

1 9 2 6 年 、 フ ラ ン ス か ら 3 0 0 羽 の 白 色 レ グ ホ ン を 入 れ 、 ブ ラ ジ ル 養 鶏 の 元 祖 と い わ れ た イ タ カ ケ セ ツ ー バ の 「 グ ラ ン ジ ャ ・ マ ン ジ ー 」 か ら 、 モ ジ の 田 辺 重 明 、 滋 野 甚 一 、 イ タ ケ ー ラ の 永 島 巌 、 松 本 圭 一 ら 養 鶏 の 先 駆 者 た ち が い ち 早 く 種 鶏 を 分 け て も ら っ て 養 鶏 場 を つ く り 翌 2 7 年 か ら 白 色 レ グ ホ ン の 成 鶏 と 卵 を 売 り 出 し て い た 。

コ チ ア 組 合 で は 創 立 5 周 年 に 農 産 品 評 会 を お こ な っ た が 、 そ の と き ジ ャ ガ イ モ や ト マ ト と 並 べ て 白 色 レ グ ホ ン の 成 鶏 と 卵 も 出 品 し て 養 鶏 へ の 関 心 を 高 め た 。

ジ ャ ガ イ モ の コ チ ア 村 で 、 養 鶏 に 手 を つ け た 最 初 の 人 は 仲 川 賢 一 と い わ れ る 。 1 9 3

0 年 ご ろ 、 採 糞 を 目 的 に 自 レ グ を 飼 い 始 め た が 、 や が て 本 格 的 に 養 鶏 に 取 組 み 、 採 卵 を 目 的 と し た 生 産 性 の 高 い 鶏 の 作 出 に 没 頭 し 、 3 4 年 か ら 3 5 年 の 一 年 間 に 3 0 2 卵 鶏 と 3 0 0 卵 鶏 を 一 羽 づ つ 作 り 出 し 、 業 界 を 驚 か せ た 。

こ の 頃 、 サ ン ・ ミ ゲ ー ル ・ パ ウ リ ス タ 、 ス ザ ノ 、 モ ジ 方 面 で は 5 0 羽 、 1 0 0 羽 の 飼 育 は 普 通 と な り 、 3 0 0 羽 飼 育 も み ら れ る よ う に な り 、 そ の 生 産 卵 の 販 売 が 問 題 に な っ て き た 。

コ チ ア 組 合 で は 3 4 年 度 か ら 野 菜 販 売 所 の 片 隅 で 試 験 的 に 鶏 卵 を 並 べ て み た と こ ろ 、 こ の 年 は 1 件 当 り 3 ~ 4 個 と い う 小 口 取 引 で あ っ た が 、 年 間 に 7 0 0 0 ダ ー ス の 売 上 げ を 記 録 し て 鶏 卵 の 有 望 性 を 実 証 し た 。 翌 3 5 年 か ら 鶏 卵 コ ー ナ ー を 設 け て 本 格 的 に 販 売 を 開 始 し た 。 そ の 頃 の 出 荷 は せ い ぜ い 1 0 ダ ー ス が 単 位 で あ っ た が 養 鶏 家 数 と 飼 育 羽 数 が ど ん ど ん 増 え て い っ た の で 、 出 荷 量 は 急 増 し た 。 3 6 年 度 の 販 売 量 は 2 万 8 千 ダ ー ス に 達 し た 。

1 9 3 5 年 は 奥 地 か ら の 転 住 日 系 人 も 相 当 な 数 に 上 り 、 そ の 養 鶏 熟 も 高 ま っ て 、 だ れ も が 養 鶏 技 術 の 不 足 を 感 じ は じ め て い た 時 で あ っ た 。 サ ン パ ウ ロ 総 領 事 館 勧 業 部 は そ れ を

察 知 、 有 力 者 に 諮 っ て 養 鶏 普 及 会 成 立 に 協 力 し た 。

そ の あ と 勧 業 部 長 の 江 越 信 胤 は 、 日 本 に 帰 る に 当 っ て 、 普 及 会 に 日 本 の 原 種 鶏 を 贈 る こ と 約 束 し た 。 こ の 約 束 が 実 現 し た の は 1 9 3 7 年 1 1 月 3 日 で あ っ た 。

1937年11月3日、サントスに着いた日本からの原種鶏45羽。ブラジル養鶏の発展に大きく寄与 し た 。

サ ン ト ス 港 に 着 い た の は 「 白 色 レ グ ホ ン 」 1 5 羽 、「 ロ ー ド ・ ア イ ラ ン ド ・ レ ッ ド 」 1 5 羽 、「 プ リ モ ス ・ ロ ッ ク 」 1 5 羽 の 計 4 5 羽 で あ っ た 。 こ の う ち ロ ー ド 1 5 羽 と プ リ モ ス 1 5 羽 は 、 こ の 年 カ シ ン ギ 一 に 創 立 し た 日 本 農 事 協 会 の 養 鶏 部 に 、 白 色 レ グ 1 5 羽 は コ チ ア 組 合 で 引 受 け 古 田 土 芳 次 に 飼 育 を 依 頼 し た 。

1 9 3 8 年 4 月 、 コ チ ア 組 合 は 日 本 か ら 1 万 卵 入 立 体 孵 化 機 ( マ ス タ ー ピ ー ス 型 ) を 導 入 し た 。 そ れ に 応 じ 、 古 田 土 芳 次 、 田 辺 重 之 、 細 川 賢 一 は 、 前 か ら 飼 っ て い た 種 鶏 と 日 本 か ら 送 ら れ た 種 鶏 を 集 め 、 コ チ ア 組 合 の 代 行 機 関 と し て 、 初 生 雛 を 組 合 員 と 一 般 農 業 者 に 配 給 す る K ・ T ・ K 協 会 を サ ン パ ウ ロ 市 カ シ ン ギ 一 に つ く っ た 。

コ チ ア 組 合 が K ・ T ・ K 協 会 に 仕 事 を 代 行 さ せ た の は 、 組 合 と し て 養 鶏 事 業 を 始 め る の は 、 時 期 尚 早 で あ っ た し 、 日 本 か ら の 種 鶏 は コ チ ア 組 合 だ け へ の も の で な く 、 ブ ラ ジ ル の 日 本 人 農 業 者 全 部 に 贈 ら れ た も の と 考 え た か ら で あ る 。

こ の 日 本 か ら の 原 種 鶏 を 父 祖 と す る 「 年 間 3 0 0 卵 鶏 」 の 初 生 雛 が 販 売 さ れ る よ う に な っ た の は 1 9 3 9 年 7 月 6 日 か ら で あ り 、 こ の 年 度 だ け で 約 3 万 羽 が 組 合 養 鶏 家 と 一 般 養 鶏 者 に 販 売 さ れ 、 ブ ラ ジ ル 養 鶏 の 改 善 発 展 に 大 き な 貢 献 を な す こ と に な っ た 。

養 鶏 の 普 及 と 技 術 の 指 導 に つ い て は 、( 産 青 連 ) の 農 村 青 年 講 習 会 と 青 年 会 の 組 織 を 利 用 し 、 K ・ T ・ K 協 会 そ の 他 か ら 講 師 が 出 向 し て 講 習 を お こ な っ た が 、 青 年 ら が 帰 途 に つ く と き 、 各 自 が 2 0 0 羽 づ つ 初 生 雛 を 持 ち 帰 り 地 元 で の 養 鶏 普 及 に 努 力 し た 。

ノ ロ エ ス テ 線 、 ア ル タ ・ パ ウ リ ス タ 線 沿 線 の 養 鶏 は こ う し て 発 展 し 、「 年 間 3 0 0 卵 鶏 」 の 初 生 雛 の 販 売 が 始 ま っ て 、 大 戦 を 挟 ん だ 約 1 0 年 間 に サ ン パ ウ ロ 全 州 に 養 鶏 が 普 及 し 、 完 全 に ひ と つ の 産 業 と し て 発 展 し た 。

1 9 4 1 年 の 第 2 次 世 界 大 戦 勃 発 以 来 、 1 9 6 2 年 ま で の 約 2 0 年 間 は 、 戦 争 、 戦 後 の 混 乱 、 ア メ リ カ で の ニ ュ カ ッ ス ル 病 の 発 生 な ど が あ っ て 、 外 国 か ら の 種 鶏 の 導 入 は 一 切 な か っ た が 、 サ ン パ ウ ロ 州 農 務 局 の 調 べ に よ れ ば 、 1 9 4 7 年 に 、 日 系 農 家 は 、 全 州 鶏 卵 生 産 量 の 9 0 % を 占 め て い た 。

1 9 6 1 年 、 種 鶏 輸 入 禁 止 令 が 解 け 、 翌 6 2 年 か ら ア メ リ カ 鶏 が ど っ と 入 り 、 こ み 始 め た 。

種 鶏 輸 入 禁 止 令 の 解 除 を 待 っ て い た 伊 藤 種 鶏 場 で は 、 4 元 交 配 法 で つ く っ た 種 鶏 ( こ の 交 配 法 は 1 0 年 間 の 特 許 を も っ て い た が 、 期 限 切 れ の 寸 前 で あ っ た ) を も つ 北 米 の ハ

イ ラ イ ン 社 と 早 速 提 携 、 ハ イ ラ イ ン 種 を 導 入 し て 一 般 に 分 譲 を 開 始 し た 。 こ の 種 鶏 は 、 旧 式 の 遺 伝 方 法 で つ く ら れ た ブ ラ ジ ル 鶏 に 比 べ 、 抗 病 性 、 産 卵 性 は 極 め て 良 く 、 飼 育 希 望 者 は 門 前 市 を な す あ り さ ま で 、 他 の 種 鶏 業 者 も 、 北 米 鶏 の 導 入 に 踏 み 切 ら ざ る を 得 な か っ た 。

1 9 6 3 年 、 す で に ハ イ ラ イ ン 種 と 同 じ 方 法 で 独 自 の 鶏 種 を つ く り 、 ハ イ ラ イ ン 社 の 特 許 期 限 の 切 れ る の を 待 っ て い た 、 キ ン バ ー 、 バ ビ コ ッ ク 、 シ ェ ー バ な ど 有 名 種 鶏 業 社 は 、 期 限 切 れ と 同 時 に 、 い っ せ い に ブ ラ ジ ル に 進 出 、 ブ ラ ジ ル 種 鶏 界 は 北 米 鶏 一 色 に 塗 り つ ぶ さ れ た 。 こ れ は ブ ラ ジ ル だ け で な く 、 日 本 も 欧 州 諸 国 も そ の 例 外 で は な か っ た 。

こ の 時 、 北 米 の 各 社 は 産 卵 鶏 だ け で な く 、 革 命 的 と も い え る 高 能 力 の 肉 用 鶏 を 進 出 さ せ 、 ブ ラ ジ ル の 肉 用 鶏 を も 北 米 一 色 に 塗 り 替 え た 。

1 9 6 9 年 に は 、 日 本 の イ ワ ヤ 種 、 後 藤 種 、 エ ン ヤ 種 も 進 出 し 、 北 米 鶏 に 交 っ て 健 闘 し た 。

現 在 の 日 系 養 鶏 業 者 の 中 に は 、 産 卵 鶏 1 0 万 羽 か ら 1 0 0 万 羽 と い う 企 業 的 大 規 模 養 鶏 も あ る が 、 大 半 は 1 万 羽 か ら 3 万 羽 て い ど の 飼 育 規 模 と 推 定 さ れ る 。

ま た 肉 鶏 飼 育 は 大 手 資 本 と の 契 約 生 産 が 多 く 、 ほ と ん ど が 非 日 系 で 、 日 系 に よ る 大 型 肉 鶏 飼 育 は 少 な い 。

1 9 8 8 年 度 入 荷 量 ( 鶏 卵 ) 3 0 打 入 : 4 0 3 . 4 0 7 箱 、 コ チ ア 組 合 入 荷 量 1 . 9 0 7 . 3 3 8 箱 ス ー ル ・ ブ ラ ジ ル 組 合 入 荷 量 4 3 9 . 5 8 5 箱 ( 鶏 肉 ) コ チ ア 組 合 入 荷 量 1 6 . 3 9 4 . 6 5 4 k g

〈 畜 牛 〉

日 系 人 で 大 が か り な 牧 畜 を 営 む 者 が 最 近 多 く な っ て い る が 、 種 牛 を 改 良 育 成 し て 、 そ れ を 普 及 販 売 し て い る 者 は ご く 少 な い 。

そ の う ち の 1 人 、 サ ン パ ウ ロ 州 の 吉 雄 弘 は 約 1 万 頭 の 肉 牛 を 飼 育 し な が ら 、 ネ ロ ー レ の 原 種 を イ ン ド そ の 他 か ら 導 入 し 、 純 粋 血 統 の 維 持 を 図 る と と も に 、 品 種 改 良 を 重 ね て 、 各 地 で お こ な わ れ る 数 々 の 畜 産 展 で 最 高 賞 を と る 優 秀 な ネ ロ ー レ 種 を 多 数 つ く り あ げ 、 サ ン パ ウ ロ 州 は も ち ろ ん 、 ブ ラ ジ ル の 各 州 、 あ る い は 近 隣 諸 国 に ま で そ れ を 普 及 し て い る 。

ま た 、 吉 雄 は 精 液 販 売 会 社 を つ く り 、 種 牛 同 様 、 全 伯 、 近 隣 諸 国 に 精 液 を 分 譲 し 、 優 良 肉 牛 の 普 及 に 務 め て い る 。 な お 、 日 本 企 業 で 畜 牛 牧 場 を も つ も の は 1 0 社 を 越 え て い る 。 乳 牛 に つ い て は ヤ ク ル ト 社 が 、 そ れ を 行 な っ て い る 。

〈 養 蚕 〉

養 蚕 に ご く な じ み の 深 か っ た 日 本 人 移 民 が 、 ブ ラ ジ ル で 養 蚕 に 関 心 を も っ た の は 当 然 の こ と で あ る 。 第 1 回 移 民 の 茨 木 友 次 郎 は 、 渡 航 に 当 っ て 蚕 棚 を 携 行 し た が 、 サ ン パ ウ ロ の 移 民 収 容 所 で 養 蚕 道 具 と 説 明 し て も 、 解 っ て も ら え な か っ た と い う 。

1 9 1 2 年 、 サ ン パ ウ ロ 州 イ グ ア ペ 植 民 地 の 創 設 者 青 柳 郁 太 郎 は 、 州 政 府 に 依 頼 し て 桑 の 苗 を と り よ せ 、 1 9 1 6 年 に な っ て イ タ リ ア か ら 蚕 種 を 導 入 、 養 蚕 を 試 み た が 良 好 な 成 績 は 得 ら れ な か っ た 。

1 9 1 4 年 、 サ ン パ ウ ロ 州 リ オ ・ タ ラ 一 ロ 耕 地 で 通 訳 を し て い た 佐 藤 次 郎 が 、 耕 地 内 の 垣 根 に 桑 樹 の 茂 っ て い る の を み て 、 耕 主 に 交 渉 し て 農 商 務 省 か ら 蚕 種 を と り よ せ 、 妻 の 副 業 と し て 、 3 年 間 養 蚕 を お こ な っ た 。 し か し 、 専 業 と し て 養 蚕 を と り あ げ た の は 第 2

回 移 民 の 小 野 豊 三 で 、 1 9 1 9 年 ご ろ 、 数 名 の 同 志 と と も に ガ ル サ 植 民 地 で 養 蚕 を 始 め た 。

1 9 2 2 年 、 サ ン パ ウ ロ 州 政 府 も よ う や く 養 蚕 業 に 関 心 を も ち は じ め 、 カ ン ビ ー ナ ス に 州 政 府 の 補 助 に よ る 内 国 絹 業 会 社 S e d a N a c i o n a l S . A を 設 立 、 蚕 種 の 育 成 配 付 な ど 、 そ の 普 及 に 努 め た 。

1 9 3 8 年 、 ブ ラ ジ ル 拓 殖 組 合 は バ ス ト ス 、 チ ェ テ 、 ア リ ア ン サ の 3 移 住 地 の 入 植 者 に 、 副 業 奨 励 の 意 味 で 養 蚕 を と り あ げ 、 バ ス ト ス と チ エ テ の 両 移 住 地 に 小 規 模 な 製 糸 工 場 を つ く っ た 。( 後 の プ ラ タ ク 製 糸 ) こ れ に よ っ て 、 移 住 地 は 女 子 供 で も や れ る 養 蚕 の 副 業 で 経 済 的 プ ラ ス と な り 、 養 蚕 に 経 験 の あ る 移 住 者 は 養 蚕 を 主 と す る 営 農 に 切 り 替 え て い っ た 。

ブ ラ タ ク 製 糸 は 、 日 本 か ら 蚕 種 を 輸 入 し て 従 来 の 蚕 種 の 改 良 を お こ な っ た ほ か 、 養 蚕 移 民 の 導 入 、 最 新 式 自 動 繰 糸 機 の 輸 入 な ど 、 ブ ラ ジ ル 生 糸 の 品 質 向 上 に 努 め た の で 、 養 蚕 の 機 運 は 一 層 高 ま っ た 。

当 時 、 ブ ラ ジ ル の 紡 績 界 で 消 費 す る 生 糸 の 9 0 % は 、 日 本 や イ タ リ ア か ら 輸 入 し て い

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