―中国A社と日本M社の調査事例をふまえて―
5.1 はじめに
2008年に発生したメラミンミクル事件以降、悪質なケースが防げないという観点から、
中国政府は(食品衛生法)法改正を行い、2009年に中国食品安全法が施行された。2014年 の「上海福喜・期限切れ肉事件」以降、安全はもちろんのこと、「安心の追求」も強化され、
2015年には「食品安全法」が史上最も厳格な法律へと改正された。
実際に上海福喜のような事件を目のあたりすると、消費者としては不安が募る。中国国内 での食品安全問題は、中国企業にとどまらない。米大手OSIのような優良企業、世界に誇 る物流システムを構築する大サプライヤーの上海現地法人までが、不祥事を起こした。中国 国内食品加工工場で、同じ問題が起きないとは限らない。
一方、日本では、中国から輸入された食品の有害物質残留などに関する報道が相次ぎ、中 国産の食品は疑いのまなざしで見られている。こうした状況の中で考えるのは、中国国内で の食品安全は果たして大丈夫なのだろうか、ということである。
そこで、筆者は日本と中国国内での加工食品安全についての調査を実施した。中国 A 食 肉加工会社(以下、中国A社という)に対する2回の調査を行い、中国A社における品質 管理の現状と課題を明らかにする。品質を重視する中国 A 社は厳しい検査部門を設けて、
原料入荷と製品出荷に対する厳格な検査手段(抜き取り検査)により、不良品発生率を5%
に抑えている。しかし、日本企業の不良品発生率に比べると1桁高いとみられる。中国企業 と日本企業の品質管理の違いは、どこになるか。そうした疑問点を解明するために、筆者は 日本M社に対する2回の調査を行い、現代的な管理思想・理念を明らかにする。
日本M社では、「加工過程」を重視する、いわゆるプロセス主義に基づいているとみられ る。最終工程での不良品検出率は0.5%内外であり、かつ不良の大半は重量規格外れによる ものである。したがって、実質的な不良発生率は小数点の2桁台161(すなわち0.01~0.09%)
であり、非常に低いレベルを達成している。また、重量規格外れ品は、品質的には全く問題 がないため、試食サンプルなどに利用され、社内での有効活用が図られている。
原料の入荷から最終製品の出荷に至る全工程において、「各工程が品質に責任を持ち、次 工程に良品を流す」という管理理念が定着している。各工程では、現場作業者の品質意識が 高く、後工程に不良品を流さないことが徹底されている。そして、手作業による肉の解体工
161 小数点2桁台の不良発生率:M社の月産数量は約4,000個である。小数点2桁台の不良発生率とは、
すなわち3個以下/月の不良発生であり、非常に少数である。したがって各月,各期のばらつきは非常 に大きく、定量値ではなく「小数点2桁台」の表現が使われている、と推定される。
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程から殺菌工程・検品工程に至るまでの各工程は、ガラス越しで一般訪問者が内部を見学す ることができる。
また、品質責任者を明確にし、工程内における方針と情報の共有、次工程との連携を密に している。管理者を中心に現場作業者も含めて、OJT(On the Job Training)を含む教育 や日々の生産活動における品質問題解決への取り組みを継続している。
日本M社の品質管理は、「加工過程」を重視する、いわゆるプロセス主義に基づいている とみられる。どのように、各工程が品質に責任を持ち、次工程に良品を流し、品質をつくり 込んでいるのか。食品安全衛生管理体制においては、日本M社「7S」活動の取り込みとは 何か、中国A社「5S」活動の比較により相違点がいったい何か、またそれらのトレーサビ リティは、どのように確保されているのか。先進的な取り組みを深く学び直すことで、品質 問題に悩む中国A社に対して多くの示唆を与えるとみられる。
さらに、水質問題を重視する日本N社(創業200年以上に酢づくり)に対して見学と担 当者へのインタビューを行った。日本N社成功の秘訣をふまえ、日本の伝統的な加工工程、
品質保証などを明らかにする。中日の工場調査をふまえて、中国食品加工における品質管理 の中核を明らかにし、中国食肉品加工業界の未来像を提示する。
5.2 中日における食肉品(ハム・ソーセージなど)加工の歴史と現状
食肉の加工がどこから始まったのかには、諸説ある。例えば食肉が食事の中心であるヨー ロッパでは、何千年も前から食肉の加工品がつくられていた。紀元前 8 世紀頃のギリシャ では、すでに塩漬けや燻煙された食肉の加工品が食べられていたようである。ローマ時代に は、ハムが軍隊遠征時の携帯食糧として使われた。
ソーセージの語源は、「塩漬け」を意味するラテン語の「salsus」に由来するとも、英語
のSow(雌豚)とSage(セージ)からともいわれている。ちなみに、ソーセージについて
書かれた最も古い文献といわれているのが、古代ギリシャのホメロス作「オデッセイア」で ある。また、サラミの語源は、今から約3000年前に存在したエーゲ海の「サラミス」とい う都市の名前といわれている162。
5.2.1 中日おける食肉品加工の歴史
(1)中国における食肉品加工の歴史
中国における肉製品の加工については、 3000余年前にすでに文字による記載が見られる。
西周(紀元前1000年)の「週礼」(官制や儀礼をまとめた書)には、「食用に、馬、牛、羊、豚、
犬、鶏の六畜を用いる」と記載がある。また「礼記」(戦国時代:五経の1つ)には、発酵肉製
162 日本ハム・ソーセージ工業協同組合HPより(http://hamukumi.lin.gr.jp 2017/05/25)。
116 品の加工方法が記されている163。
「呂氏春秋・本味篇」は、中国の最古の肉製品加工理論書である。秦(紀元前778年~紀 元前 206 年)、秦の呂不韋が食客を集めて共同編纂させた書物であった。伊尹氏(原作者)
は、殷代以来の肉製品制作経験を詳細にまとめた。調味料の製造方法や火力の効果や天下の 珍味などを評価し、原料の優劣を分析し、肉製品の品質の高低を評価している。内容豊富な 肉製品制作の専門書であり、肉制品の制作技術と理論の基礎研究の本である。
また、北魏の「斎民要術」(西暦386~557年)には、日本語にすれば「庶民の必要な生活の 技術」といった、賈思勰が著した中国食品加工法であり、現存する最古の料理書という。畜 産加工、肉調理法、ソーセージ、漬け肉、豚の醤油煮、焼き子豚の加工方法などについて解説 し、「詩経」、「週礼」、「礼記」、「呂氏春秋」などの古籍百余の博引傍証に努め、その上実地 調査や農民のことわざ、あるいは自らの実験成果などを援用している164。
20世紀に入り、日本では「斉民要術」が多くの人々により研究された165。ここに、すで に当時行われていた民間の塩漬け製法、乾燥製法、焼成製法、油揚げ製法、ソーセージ製法が まとめられている。そして、肉類加工は、代々の皇帝の時代から今日に至るまで、その輝きを 失うことなく連綿とその歴史を続けてきたのである。それだけ、肉類加工は強い生命力を備 えているということであろう。
1980年代の初めには、中国では海外から食肉加工設備が大量に導入された。例えば、1992 年と1993年の2年間だけで九千万ドル以上の食肉製品加工設備を輸入した。企業の例でい うと大手の河南春都集団では、日本やオランダなどから生産ラインを導入し、そこでつくら れたハム、ソーセージが全国の主要市場で売られているのである166。
欧州各国から西洋式肉製品加工設備が大量に導入されたのに伴って、調理済みハム、乳化 タイプのソーセージが広く普及していった。ベーコンは、中国式ベーコンと似通っていたも のの、風味と食べ方の上で相違があったため、受け入れがやや遅れたが、近年大都市におい て普及しているところである。
(2)日本における食肉品加工の歴史
日本では、仏教の普及とともに、肉食がタブーであった時代が長く続いた。江戸時代、長 崎でハムがつくられたという記録も残されているが、本格的につくられるようになったの は、明治時代以降である。
最も古い記録では、1872年(明治5年)に長崎の片岡伊右衛門が、アメリカ人のペンス ニから製法を伝授されてつくったとされている。一般的に国産ハムの元祖といわれている
163 中国肉類食品総合研究中心(1996)「中国における肉製品の生産、流通、及び消費の現状」調査レポート HPより(http://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/1996/jun/spe-b.htm 2017/4/14)。
164 稲澤敏行ら「斎民要術」の麺・粥・餅を試作する会HPより(http://www.edosobalier 2017/4/12)。
165 東アジア料理史研究所(2011)「斉民要術の賈思勰とは、どんな人だったのだろう」HPより
(https://blogs.yahoo.co.jp 2017/4/16)。
166 阮蔚(1999)「中国食品産業の現状―食品需要の変化と食品産業の発展―」農林金融。