―消費安全への日中比較アプローチ―
4.1 はじめに
「国は民を以て本となし、民は食を以て天となす」という格言は、「食は安全安心を第一 となす」という食の基本思想(現代版)と相通ずるものがある。
中国においても近年、人々の生活レベルの向上にしたがって、食品安全に対する要求が高 くなってきている。中国乳製品は、1人当たり消費量は急速に増加している食品なので、安 全面の問題は決していい加減に対処してはいけない。中国乳業は、急速に発展する中、牛乳 の安全を揺るがす事件が連続して発生し、乳製品業界に対する消費者の信頼は薄い。消費者 に安全な食品を届ける乳業メーカーとしての基本的モラルが欠落し、コスト至上主義が横 行する中、生乳生産工程の問題点を一気に表面化させた。
本章においては、信用失墜の中国乳製品メーカーは、今後の持続的な成長に向けて、いか に取り組んでいくべきかを述べる。一方、日本でも、かつて経済発展の中、食品安全問題が 多発した。日本では、事業者と消費者との間の信頼関係をいかに回復したのか。今や、消費 者重視経営の実践例は、大手乳業メーカー(日本愛知ヤクルト工場)や中小企業(日本愛知 牧場や中洞牧場など)にもみられる。中国と日本で現場調査を行い、品質管理の実態、CSR 経営と企業文化の構築などを明らかにする。中国河南省鄭州「昌明楽園」の調査事例をふま えて、中国乳業の未来像を明らかにする。
4.2 乳製品に関する先行研究
4.2.1 乳製品にかかわる定義
乳製品とは、牛乳やその成分を原料に製造加工する製品の総称である121。牛、ヤギ、羊な どの哺乳動物の乳を人間の食用として利用する加工品生産は有史以前にさかのぼり、乳を 得る目的で牛の品種改良も行われた。乳製品にはそのまま飲用とするもののほか、発酵乳・
乳酸菌飲料・チーズなど発酵を利用したもの、クリームやバターのように脂肪分を分離させ たもの、濃縮乳や練乳など濃縮したもの、粉乳のように乾燥させたもの、アイスクリームの ように甘味料や香料を加え加工したもの、など多くの種類がある122。
中国国家衛生・計画生育委員会による定義では、乳製品とは、牛(羊)乳を原料として加
121 栄養・生化学辞典の解説(2009)。
122 世界大百科事典(第2版)乳製品の用語解説。
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工過程を通じて直接食用できるもの、あるいは工業の原料として使うものである。例えば、
液体乳、粉乳、練乳、バター類、アイスクリーム類などである。
4.2.2 先行研究にみる日中の牛乳・乳製品市場分析 4.2.2.1 日本の牛乳・乳製品市場に関する研究動向
①酪農(1960年代)
日本の生乳生産が戦前の水準を回復したのは、1951年のことである。牛乳・乳製品需要 の飛躍的な拡大を背景に、畜産振興対策第1次5カ年計画(1948~1953年)や酪農振興法 の制定(1954)といった施策ともあいまって、日本の酪農は大きな発展を遂げる。
こうした中で躍進を果たしたのが大手乳業メーカーだった。大手乳業メーカーはもとも と乳製品市場において高いシェアを持ち、また同時に中小企業の買収を進めていた(飯國
(1984)123、矢坂(1988)124)。このように、「一方における独立・分散した多数の酪農民経 営と独占乳業資本との間の取引は、乳業資本の独占的な地位を強め、乳価の決定では農家が 他の農産物よりも一層不利な立場にたたされる」125という状況が生み出されていく。酪農の 地域的変動の実態については、大都市周辺から、郊外へと大規模化しながら移動していった。
②「過剰」(1970年代)
日本の酪農が成長を続ける中、1970年代の牛乳市場研究における中心的な論点は牛乳の
「過剰」をめぐる議論であった。
山田126(1970)を嚆矢に、桜井、川島、鈴木敏正らが論考を発表した。その中で最も精 力的に論を展開した鈴木敏正(1972)は、「酪農民にとっての過剰と乳業資本にとっての過 剰を区別し、その相互連関の中で、「過剰」の原因は異なること」を指摘した。それを基本 的に規定しているのは「酪農と乳業の不均等発展にある」とまとめている。
鈴木敏正のいう「酪農民にとっての過剰と乳業資本にとって過剰」とは、「生乳市場にお ける過剰と製品市場における過剰」と言い換えることができるであろう。つまり、牛乳市場 を生乳市場と製品市場にいったん分解し、その上で両市場の関連をみるという手続きが必 要だと述べているのである127。
③需給調整(1980年代以降)
1979年以降、生乳の過剰基調が本格化し、生産者による自主的な計画生産が開始される に至った。多くの論者は(天間(1984)など)この時期を「1つの画期」とみなしている128。
123 飯國芳明(1984)「飲用乳における「寡占体制」の形成・変質崩壊過程の分析」農林業問題研究20(2)。
124 矢坂雅充(1988)「牛乳の不足払い制度と需給調整」経済学論集54(1)。
125 近藤二郎・梅川勉・和田一雄など(1958)『乳業資本と酪農』富民社。
126 山田定市(1970)「「牛乳過剰」と乳業資本」『農産物過剰(日本農業年報19)』御茶の水書房。
127 鈴木敏正(1972)「「不足払い法」下の牛乳「過剰」論」農業経済研究50(2)。
128 天間征(1984)「飲用乳市場の混乱と生乳の需給調整」農業経済研究56(2)。
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また、梅田(2007)、清水池(2010)などは1979年の計画生産開始を重視している。天 間(1984)は「生乳需給はかつての市場機能による調整時代、生産者組織による自主的、積 極的調整の時代へと入りつつある」と表現している。飯澤(1983)は、有価証券報告書の分 析から、大手乳業3社における国内原料基盤からの離脱と輸入原料依存の強化を指摘した。
④国際化対応(1990年代以降)
1995年代には、乳製品関税化が合意された(中原 1995)。こうした状況のもと、「国際 化」を明確に意識した研究が増加していく。このように市場環境、制度・政策が大きく変化 する中で、新たな需給調整の仕組みが模索された129。
⑤消費分析・個別企業分析(2000年代)
21 世紀に入ると牛乳離れが生じ、少子化による学校給食用牛乳の消費減少や、消費者の 牛乳離れなどにより消費が低迷した。2000年以降、計量的手法を用いた消費分析が目立つ ようになる。若林(2007)はナチュラルチーズを対象として、様々な角度から消費分析を行 った130。
雪印乳業食中毒事件に関しては、その発生メカニズムに着目した一連の研究がある。清水 池・飯澤(2005)は、雪印乳業食中毒事件に対して、乳業資本の収益性及び生産設備投資と いう側面からアプローチしたものである131。金山(2005)は、乳製品フードシステムの特 徴を検討する中で、雪印乳業食中毒事件について言及している。
4.2.2.2 中国の牛乳・乳製品市場に関する研究動向
李丁(2003)は乳業資源と市場が整合されてない問題を分析した。中国乳業における地 域発展はつり合っていない。市場開発による市場と資源の矛盾が日増しに厳しくなってい る132と述べている。李易方133(2003)と程漱兰134(2002)などは、中国乳業の生乳生産が 小規模、低生産量、地域発展につり合ってない、そして技術と設備が立ち遅れていると指摘 した。
王枫林(2006)は、原料価格が大幅に上昇し、生乳価格の上昇が遅いので、利益空間が縮 小され、酪農家の能動性135に影響を及ぼすと指摘した136。
129 中原准一(1995)「WTO体制下の酪農乳製品市場」農業市場研究4(1)。
130 若林勝史(2007)「工房制ナチュラルチーズに対する消費者意識と販売戦略」永木正和・茂野隆一編
『消費者行動とフードシステムの新展開』農林統計協会。
131 清水池義治・飯澤理一郎(2005)「乳製品過剰下における乳業資本の収益構造に関する考察―雪印乳業 食中毒事件の背景を視野に」農経論叢。
132 李丁(2003)「乳業資源も市場乖離問題分析」中国財経大学学報、67~69頁。
133 李易方(2003)「牛の適当規模飼養小区得新发展」中国乳業、12~15頁。
134 程漱蘭(2002)「WTO背景下で中国乳業発展前景」農業経済問題、9~16頁。
135 能動性とは、他からのはたらきかけを待たずにみずから活動する性質である。
136 王楓林(2006)「中国乳業主産区牛の生産利益と牛の品質調査分析」中国農業科学院博士後研究工作報 告。
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范小玉・黄秉信など(2003)は、中国乳業の国際競争について分析した。中国の乳製品業 のはじまりは遅く、先進国とはギャップがある。だが、先進国政府では、乳製品の生産と輸 出に対する補助が減少し、自国での生産コストが高まり、自国内で生産する可能性が減少傾 向にある。こうした状況を逆手にとって、中国乳業に対して先進な技術、設備、品質と生産 効率を高める良いチャンスだという137。
4.3 乳製品における製造物責任
4.3.1 製造物とは何か 4.3.1.1 製造の概念
人類の誕生は今日では約400万年前にさかのぼるとされている。150年ほど前に発表され たダーウィンの進化論によると、人類は猿から進化した動物といわれている。人類と他の動 物との最も重要な区別は、道具をつくることにある。人類は永く、普通の石と見分けられな いような簡単な道具を製作していた。更新世(いわゆる氷河時代)の末期(約4万年~1万年 前)になると、人類の製作技術も発達し打製石器の種類も増えている。農耕・牧畜の生活を はじめた人類は、採集や狩猟・漁労の生活を補うものでしかなかったであろう。
しかし、人類の農耕技術・牧畜経験が豊かになるに伴い、土器の使用がはじまり、道具の 種類は一層豊富になり、織物も作られた。また定住生活もはじまり、小屋のような住居が作 られ、集落が形成され、大村落が出現し、それはやがて都市に発展していき、都市国家が出 現してくる。
都市の成長と商業の隆盛の現象は、日本、中国、西欧の封建時代に等しく認められる。西 欧の例は広く知られているが、日本の室町時代と徳川時代、中国の春秋戦国時代においても、
同じような特徴が明瞭に認められる。人間が努力し続けてきたほとんど唯一の目標は、より 多くのものの生産であったように思われる。
社会発展とともに、「製造」と「ものづくり」という言葉が使われるようになった(図表
4-1参照)。
しかし、近代以降、大量生産・大量消費の経済構造の確立に伴って生じた大規模な欠陥製 品被害問題を解決するため、各国の製造物責任法の成立時期及び内容はそれぞれの国の経 済発展状況、産業政策及び消費者保護政策などが敏感に反映された。
日本の製造物責任(以下PLという)法第2条第1項による、「製造」とは、部品又は原 材料に手を加えて新たな物品をつくり出すことである。「加工」とは、物品に手を加えてそ の本質を保持しつつこれに新しい属性又は価値を付加することをいうものとされている。
したがって、例えば未加工の農産物などは、部品や原材料に手を加えて製造されたわけで もなく加工されたわけでもないので、製造物責任の対象とはならない。これに対し、農産物
137 范小玉・黄秉信(2003)「中国乳業发展研究」中国乳業、4~8頁。