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中国食品安全教育の現状と課題

―人・体制づくりの視点をふまえて―

7.1 はじめに

「民は食を以て天となし、食は安全を以て先となす」という格言が示すように、食品は人 間の生存と発展に最も基本的な物質である。食品の安全は、各家庭、人々にかかわる基本的 民生問題であり、体の健康と生命安全、経済と社会の安定に深く関係している。

中国食品工業は、社会の発展と科学技術の進歩とともに、空前の発展を遂げた。しかし、

食品安全の問題は、減少するどころか、むしろ急増する傾向もみられる。近年、食品安全事 件が頻発する中、中国国民は、不安全食品による健康危害をかつてなく心配するに至ってい る。

「食の安全」は、食品安全法体系の完備、行政の努力、食品生産者や事業者の安全管理意 識の徹底、行政・企業を動かす力となる消費者の積極的な関与、などにより守られる。しか し、それでもなお食中毒、アレルギーなどのリスクがあることはよく知られている。そこで、

食品の危険から身を守るためには、食品安全についての科学的で正しい知識を持つことが 重要である。しかしながら、中国では食品安全教育の重要性が軽視されており、研究者も少 ないという現状である。

そこで、「既存研究の空白地帯」という中国食品安全教育の現状とあり方について、中日 両国の調査(自らの生活体験など)をふまえて、それらの課題を検討する。

7.2 食品安全教育とは何か

(1)食品安全教育の概念

食品安全教育の概念は、現在中国の学界において合意に至らず、食品安全教育の科学的な 定義もまだ定説がない。

中国の学界は、「食品安全教育は、食品汚染が人間にもたらす危害を防ぎ、コントロール や取り除き、食品由来疾患を予防し減らしかつ食品安全事件を減らすため、食品の生産加 工・流通・販売などのフローで、目的を持って食品安全関係者を導いて食品安全知識及び法 律関係知識を受けさせる行為と活動とする224」と定義する。

しかし、現在の社会状況に沿った食品安全教育を考える際、何を根拠に内容を決めたら 良いのか、資料に乏しいのが現状である。中国の食品安全教育分野では、このような研究

224 趙宝・張鴻雁(2016)「無視できない小学食品安全教育」教育。

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のカテゴリーに対する認知が学界でも行政部局でもまだ広く浸透しているとは言い難い。

これらの研究への十分な評価もなされず、研究者や行政における人材の育成などについて も十分とは言えない状況にある。

(2)なぜ食品安全教育なのか

2003年10月、中国共産党第16期中央委員会第3回総会により、「人間本位主義(「以人 為本」)の立場から社会全体の持続的な均衡発展を目指す」という、「科学的発展観」が提示 されている。「以人為本」(人を持って基本とする)は、「科学発展観の本質かつ核心である」

とされている225。中国の経済発展を遂行するに当たって、「人を基本」とし「全面的で均衡 のとれた持続可能な発展を堅持し、統一的な計画・全般的な配慮を堅持しなければならない」

というものである。

しかし、中国社会の現状に照らして、その定着は容易ではない。2000年代に入ってから 食の安全を巡る食品被害事件が相次いたが、こうした食品被害では被害が広範囲に及ぶの が通常である226。かつ、食品安全にかかわる知識は、食品衛生に関連する法令・グループ基 準や工場の衛生管理の知識や食の安全とリスクなど、幅広い分野にわたり非常に複雑な知 識で構成される。

行政側においては、科学的な評価に基づき、関係行政部門が連携して「生産点から食卓 まで」、いろいろな施策を講じる必要がある。

食品企業側において安全と安心の提供は、企業としての使命である。一方で、食品企業 を取り巻く環境は、消費者、行政、利害関係者、市場との間で急速に変化しており、継続 的に「安全と安心の提供」を図るには、積極的な食品安全教育が必要である。

食品・サービスの多様化・複雑化を背景に、消費者には安全・安心を考慮した食の選択能 力が必要とされている。消費者がより安全な食品を選択できるかどうか、消費者に必要な食 の安全に関する知識とは何か、が問われている。

公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画するために、教育の重要性が増している。

特に現代社会では、悪質商法と健康被害の未然防止の教育にとどまっている。確かに目の前 で起こる健康被害トラブルに対応する能力も重要である。しかし、現れた消費(食品)安全 にかかわるトラブルを抜本的に解決するには、それだけでは不十分である。

消費者の食品安全意識を高めるとともに、法体系・行政体制の整備も必要である。現実に おいては、食品事件による健康被害・トラブルは各個人で起こるものでないが、その解決(本 研究の6章まで)には社会全体にかかわる視点が求められている。

225 渡辺直土(2011)「現代中国政治体制における正統性原理の再構成」大阪大学中国文化フォーラム・デ ィスカッションペーパー。

226 市川英一(2014)「改正中華人民共和国消費者権益保護法」横浜法学23(1)

173 7.3 中国食品安全教育の現状と課題

7.3.1 中国食品安全教育の現状

2015 年10月1日、見直し版「中華人民共和国食品安全法」が正式に実施された。新た な「食品安全法」の1つの重要な原則(社会共同管理原則)は、全社会が共同で食品安全を 管理すること、消費者・メディアの役割を大切にすること、を強調している。

食品安全の保障は、食品生産経営者・政府の食品安全管理部門の責任だけでなく、消費者 も食品安全事故防止、食品安全保障に関する自分の積極的な役割を十分に認めるべきであ る。食品安全事故の発生率を減らすには、政府が食品安全に対する監督管理の力を強化する だけでなく、消費者への教育も欠かせない。消費者の食品安全意識を強化し、食品安全の知 識を深めることも重要である。

中国の食品安全教育は現在、スタート段階という。小学生に対する食品安全教育は、ゼロ に近い状況である。例えば、小学校週辺の店舗内では、生産企業名・生産期日・生産地の記 載がないという、「3つのない」227食品が満ち溢れている。不法経営者が、利益最大化を図 るために、自己制御能力が弱い小学生を引き付けようと、食品に目を誘う色鮮やかな合成色 素・防腐剤などの食品添加剤を入れる。

調査・統計によると、小学生の85.3%は、毎日学校週辺の問題ある格安食品を食べている。

そのため、早めに小学生に食品安全教育を行わなければならない228

また、現在中国農村では、食品安全の大きな潜在的リスクが存在している。国家統計局の 統計によると、農村労働力の非識字者は6.8%で、小学校レベル229(学力の水準、知識水準

など)32.7%、中学校レベル49.5%、高校レベル3.8%で、短大及びそれ以上のレベルは1.25%

にとどまる230

農民は、農産品の生産者として不安全な食品を提供する一方で、消費者としても不安全な 食品の危害を深く受けている。

中国農村社会には、多くの不合理な因習や伝統が根強く残存している。加えて、教育の普 及が遅れていることもあって、改革開放後に一定の進展は見ているものの、現在でも合理的 な法意識が十分に育っているとはとてもいえるような状況ではない。遵法意識が希薄であ れば、法をつくっても実効性を伴うものとはならないため、農村における法意識の涵養が極 めて重要であることは論をまたないところであろう231

中国の農民は、人口規模が非常に大きいが、(少数)農民の法意識は強くなく、食品安全 意識に欠ける。悪質な業者は、(大中都市で市場を失った)大量の問題食品を農村に振り向 け、農民に販売する。

227 食品包装(生産企業名所、生産期日、生産地)表示不明。

228 李書旺(2013)「ある小学校の学生が学校周辺の激安食品を食べる状況における調査」予防医学7(10)

229 小学校レベル、中学校レベルなどの評価基準が当該学校卒業者(原則上)

230 方玉媚(2010)「農民の科学技術道徳素質による食品安全保障」自然弁証法研究(5)、121~125頁。

231 河原昌一郎(2004)「中国の農業法制建設の動向」農林水産政策研究所レビューNo.11。

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そのため、小学生、農民に対しては食品安全意識と知識の教育が必要である。一般消費者 の各階層の実情に合わせた教育が求められている。

7.3.2 中国食品安全教育の課題

(1)食品安全教育立法の欠如

食品安全教育立法は、食品安全教育のガイドであり、法の欠缺がある場合、その事業の発 展に影響を与えるに違いない。教育を受ける権利は、法律で定めた国民権利である。

中国の「消費者権益保護法」と「食品安全法」は、国民が自己を守り、食品安全監督管理 に参与する基礎でもある。しかし、消費者の教育を受ける権利は、まだ基本原則と精神にお ける呼びかけに留まり、立法の上で上記の制度を着実に実行させることができない。消費者 に食品安全教育を保障する法律はないといえる。

2011年5月、中国国務院食品安全委员会は、「食品安全宣伝教育要綱(2011~2015年)」 を発行した。食品安全宣伝教育については、その重要性を次のように言及している。「食品 安全教育の展開は、中国の食品安全保障体系を構築する大切な内容であり、かつ食品安全監 督管理部門の1つの重要な職責である」。

しかし、「食品安全宣伝教育要綱(2011~2015年)」では、ある期間内の食品安全宣伝教 育を展開するスケジュールに限り、既存の法律・法規・規程などによって消費者に向ける食 品安全教育の主体、対象、内容、責任などの関連規定に言及しないこととなった。

(2)食品安全教育メカニズムの不備

法体系の支えが欠けているために、中国の食品安全教育体系は具体化できない。新しい

「食品安全法(2015)」では、国家食品薬品監督管理局の食品安全監督管理に対する責任(県 級以上(市級、省級など)の地方人民政府、食品生産企業が含まれた食品業界協会は、食品 宣伝の責任を負わなければならないこと)が明確に定められたといっても、食品安全教育の 指針、目標、責任などは明らかではない。

中国の食品安全におけるいくつかの法律の条文にて、政府関連部門は食品安全の宣伝と 教育を行う義務があることを直接や間接的に言及したが、実際に実行力が足りなくて効果 もみられない。

中国の食品安全管理にかかわる政府部門は、13 を超える省、庁及び公的機関で構成され ている。しかし、食品安全教育を専門的に担当する部門は1つもなく、食品安全教育を専門 的に研究する機関はなおさらである。関係法律や実施機関がないので、食品安全教育はシス テム性が欠けている。食品安全問題が出た場合に、急いで集中的に突発的な食品安全検査・

宣伝を行い、事件がやや収まると、不法経営者による問題ある食品が再び市場に出る。問題 ある食品が繰り返して次々と現れていることは、国と社会に大きな経済的損失を与え、さら に国民の生命健康に大きな脅威をもたらす。