• 検索結果がありません。

中国における食品安全行政システムづくり

―国際比較の視点―

3.1 はじめに

食品は人類に対し生存の基本といえる。中国人は飲食を重視している。生活品質を高める 食品は人類生存の基本といえる。人々は飲食を強く要求している。ただ満腹ではなく、品質、

健康及び飲食自体の楽しさも追及している。そして、食品は生活の必要品から人々の幸せを 背負い、また社会の安定にもつながっている。

近年、食品の安全性は全国から注目される社会現象となっている。中国の社会及び経済の 発展にも影響している。例えば、「三鹿メラミン混入粉ミルク事件(2008年)」以来、中国 消費者は国産粉ミルクの信頼性に対して強い疑いを持ちはじめ、粉ミルク産業の存亡にも かかわる状況を呈している。これは表面的な問題ではなく、実は中国食品行政システムにも 深くかかわる問題を内在している。これらの問題を深く考えなければならない。

2015年5月、習近平主席は「生産点から食卓まで」すべてのプロセスにおける食品安全 を強化すると強調し、2016年、食品安全は政府工作報告に書き込まれた。さらに、消費者 権益デー(3月15日)には中央テレビでも取り上げられ、規則に違反した企業が厳しく批 判された。

現段階では、経済成長と社会発展に伴い、人々の消費習慣は変わりつつあり、食品安全を 考える際には、人の健康問題を最重要視するようになっている。食品安全を研究する専門家 の数は増加し、数多くの研究者が食品安全行政体制の不備を指摘している。ただし現実の壁 をいかに乗り越え、食品安全行政といった課題をどう克服するかが課題である。

本章においては、食品安全事件の表面現象からシステムまで、中国の食品安全行政体系に ついての問題を深く検討する。現実と理論の接合点を基盤として食品安全行政の歴史をふ まえて発展段階を調査・分析し、中国の食品安全保障システム及び行政体制の問題点・課題 を分析する。

さらに、先進国の食品安全行政の成功事例を明らかにし、中国食品安全行政改革の方向性 及び具体的な解決策を提示していく。

3.2 歴史的な視点にみる中国食品安全 3.2.1 中国農業社会時期の食品安全

歴史を遡れば過去の中国において直面する食品問題は、食品の生産量が需要を満足でき

70

ない状態にあった、ということである。つまり、現代において「食品安全」で言われている 事件は、極めて少ない犯罪者の投毒事件以外には存在しなかったといえる。小規模の商品流 通においては、食品安全問題は少なかったと考えられる。主な食品安全問題は、現代の言葉 で表せば、品質不良、賞味期限切れ食品などの問題と思わる。さらに、食品安全を損なう行 為に対しては、厳しい罰が科せられていたことも事実である。

周(紀元前1046年頃~紀元前256年)の時代においては、食品安全は製造者・販売者の 責任と考え、統治者たちが真剣に特別規定を制定していった。「礼記」の記載により、周の 時代には食品の貿易について下記の規定がある。「農産物の成熟時期未達、実の未熟に対し て、市場に出ることを禁じる」105。ここに「成熟時期未達」の意味は成熟していないことを 指している。食品の安全を保証するため、周の時代において、食糧と果物が未熟の時、市場 に出すことを禁止しているのである。その主な目的は、未熟の果物から食品中毒に招くこと を防止することにある。その規定は、長い中国の歴史において、一番古い食品安全管理の規 定と認められている。

秦(紀元前778年~紀元前206年)の前の時代、食品の保存技術は限られていたため、

野菜、フルーツ、肉類、魚貝類などの販売可能期間及び地域も限られ、販売範囲は狭く、利 益も限られていた。このため、大量の資金投入は大きな損失につながりかねない大きな危険 性をはらんでいた。したがって、大量の資金投入により大幅な利益を得ると考えている人は 少なかったともいえる。つまり、これらの理由により食品安全問題は少なかった。

漢唐(紀元前206年~907年)の時代において商品経済は急速に発展し、食品の交換貿易 は非常に頻繁に行われ、交易された物も多い。

漢の時代には、毒を持つ食品の処置方法について明確に規定されている。漢の時代の「二 年律令」においては「肉類の食品について人に対し毒があるものを渡さないこと、そうしな いと当事者及び関係者に対し処罰する」と規定されている。意味を簡単に言うと、腐った肉 は速やかに処分し、違反すると当事者及び関係者に対し処罰することが規定されている。

唐の時代、関係法理は、更に厳しくなっている。「唐律疏議」では次のように述べている。

「腐った肉は人によくない、余ったものをすぐ処分すること、違反者に対し九十棒を叩く、

他人に販売すると、病気になったら懲役一年、命を奪ったら場合は死刑を判決する。人が食 べて死亡になったら過失殺人と認める」。

具体的にいうと、計画的に腐肉を贈与及び販売して、受けとった者が中毒になると、食品 の所有者に一年を懲役すること。他人を中毒させると、死刑になること。他人が知らない内 に処分すべき有害食品を食べて死亡となる場合、食品の所有者に過失殺人の刑罰を課すこ と106、と述べられている。

また、毒性食品を年配者よび若者に食べさせる、謀殺した場合などは、もっと厳しく刑罰 を課すこと、とある。年配者に食べさせた場合は謀殺と判定し、若者に食べさせた場合には

105 礼記、王制第五。

106 解放日報(201578日付)HPより(http://nation.chinaso.com/detail2016/12/15)。

71

幼人の殺害と認識される。「唐律疏議」によると殺害動機があり、年配者に食べさせ、死に 至らしめた場合には謀殺となる。弱い人を死に至らしめた場合には故意的な殺人と認めら れる。

漢の時代の「二年律令」の中に「中毒になりそうな食品を処分せずに隠して販売する者は 窃盗者と同じにする」の規定がある。その規定は犯罪者の利益を得ることについて非常に重 視し追求しているのである。その一方「唐律疏議」は命を尊重することを強調している。

宋代(960年~1279年)においては、飲食市場が非常に繁栄している。北宋の都である 開封府の町の様子をみると、特に飲み屋、飲食店、肉屋、餅屋、魚屋、饅頭屋、ラーメン屋、

果物屋などが半分以上ある107。その他街頭販売、大きな店中に出店している餅屋、干物屋、

つまみ、フルーツ、肉屋などがある。

商品市場の繁栄とともに、ある程度の問題も生じる。例えば、古い書物には次のような記 述がみられる。ある人「よくない物を希少品にされる。偽物を本物に偽造される。例えば、

麦粉の水分を綺麗にしてない。肉に水を注入する。話術にして、只販売のため、他人に食べ させ、責任を負わない」108。ある商家が「砂を鶏にいれる、塩に灰を入れる」などの方法を 利用し、利益をえる。

食品の偽物の管理を目的に、品質の管理・監督の強化を狙いとして、宋の時代においては、

販売業者達は協会に加入しなければならなかった。協会が商品の品質に対して責任を持つ という仕組みである。

協会からの品質管理以外に、宋の時代の法律では唐の法律を継承し、有害・有毒の食品の 販売者に対して厳しく刑罰を科していた。「宋の刑法」によれば、腐った肉を他人が食べた 後中毒になった場合、その肉を速やかに処分すべき、違反者に対して棒刑九十。故意に他人 に食べさせて、販売して、人を病気にした場合、懲役一年。死亡に至らしめた場合、死刑と 判決された。他の人が食べて、死んだ場合、過失殺人になるのである。

明・清(1368年~1912年)の時期、中国の地域により飲食習慣は分かれていった。南方 では米が主食となり、北方では麺類が主食となっていった。また、その時期においては、食 品の安全管理体制も進歩した。1900年、清の政府は、民政部の中に衛生司を設立し、全国 の衛生を管理した。

近代の商品経済の発展に伴って、都市部における食品加工業と飲食業もますます発達し、

伝統の農業社会においての自給自足生活も変化していった。一方、食品衛生問題も頻発して おり、今や大きな社会問題となっている。

1921年に広州市衛生局が設立されたのを皮切りに、各地において公共衛生施設の建設と 衛生検疫制度も検討の日程に乗せられた。すなわち、食品衛生が公共衛生の重要部分となり、

それらの監督も政府としての行政課題であり業務である、と考えられるようになっていっ たといえる。

107 孟元老の『東京夢華録』

108 袁氏世範・処己。