さて、前章において食料生産における主たる担い手として、農業および食料生産を担う能 力を持つと考えられる植物工場についてそれぞれ検討してきた。この両者については、それ ぞれのメリットとして競争優位、あるいは、デメリットとしての課題を有する状況がうかが える。そこで、本章では、農業と植物工場の両者において、第1次産業におけるイノベーシ ョンの視点から比較し検討していくことにする。より、詳細に述べてみれば、食料生産にお ける主体と考えられる農業および植物工場の比較し検討を行うことは、前章の小括の項で も既述したように、食料生産において生産要素という側面から検討することを意味してい る。そして、これに伴って変化する経営形態を検討することでもある。
この生産要素の結合形態が変化する状況は、企業形態が異なることを意味する。一般的に、
生産主体としての農業は農事組合法人となり、植物工場は会社法人という企業形態になる。
企業形態の相違は資本結合方法の相違であり、その経営形態を変化させることになる。すな わち経営形態を変化させることによって、第Ⅰ章で検討してきたように、日本における食料 問題や食料生産における課題の数々をより高めていく理想的な状況を描くことができると 考えられるからである。
1.生産要素の比較検討
さて、前章各節において、日本における食料生産の状況は、農業(小農と農協による)そ して、植物工場という経営形態が検討された。加えて、図Ⅱ-4の「?」の箇所において位置 づけられる植物工場の諸関係について、図示してみると図Ⅳ-1に示される通りである。
図Ⅳ-1 日本の食料生産の状況 出所:筆者作成
1990年 農業
一般企業の農業参入
植物工場
1970年 現在
80
ここで、図Ⅳ-1に基づいて、本研究の生産要素について検討してみることにしよう。生産 要素は、これまで既述してきたように、土地、労働力、資本という3つであった。この3つ の生産要素について、本節では、本研究のテーマであるように、食料生産という観点から考 察してみる。
まず、農業についての生産要素は、繰り返しになるが、土地、労働、資本の3つが必要で ある150。この点について、第Ⅱ章においても問題の中心的なものとして、土地という生産要 素の重要性が強調されてきた。ここで、土地という生産要素について、本来的に存在し、増 産が不可能で、破壊も不可能な自然の恵みがもたらす経済的影響であった。初期の研究の多 くは、土地の所有が持つ経済的意味であった。他の生産要素とは異なり、土地は総供給量が 相対的に固定されており、より多くの需要により高い価格に対応して、供給量を増やすこと ができないような生産要素のことである151。
第Ⅰ章で検討したように、価格の上昇に供給量が呼応せず、固定されているという意味に おいて、土地という生産要素は完全に非弾力的な生産要素である。このような状況下で、供 給が非弾力的で質の高い生産要素を保有している者は、経済レント(economic-rent)を獲得 することが可能である。ここで、経済レントとは、ある生産要素の投入を誘発するのに最低 限必要な額を超えて、その生産要素を保有している者に対して支払われる。土地という生産 要素が、このような性質を持つために、農業がこの土地についてこだわりを持つことは理解 できなくもない。
そして、図Ⅳ-1にみるように、農業分野の改革の1 つの試みとして、一般企業の農業分 野への参入が認められるようになった。農業分野に参入する一般企業についての生産要素 は、実は、労働力と土地という生産要素を組み入れた資本という2つになることになる。但 し、この場合、土地は上述した通り、移動させる性質のものではない。そもそも地理的にど の地域に農地を求めるかについては、少なくとも自由度があると考えられる。これは所有と いうものではなく、契約という名の使用する権利を許されるものであり、ある意味でこれは 土地という生産要素の弾力化がみられる。所与として、この記述の仕方に問題があるとする ならば、厳密な条件を付けたうえで、農地を賃借したうえでの認められる参入となっている ことから考えれば必然的に理解ができる。この農地が、ある意味で固定的であるが、どの地 域において農業をするか否かは固定化されていない。そのため、農業のように土地が非弾力 的な側面であるのに対して、一般企業の農業への参入においては、土地は弾力的な性質を持 っている。したがって、労働力と資本に組み入れられる形で、一般企業が農業を営む土地を 扱う必要がある。
そして、植物工場の生産要素については、どうであろうかとの疑問を抱かざるを得ない。
序章の項でも既述したように、第1 次産業から第3 次産業までの生産要素を示したが、農
150 亀川(2015)、p.35。
151 バーニー、岡田訳(2003)、p.238。
81
業への一般企業の参入の場合と同様に、労働力と資本(土地)という2つの生産要素で説明 することが可能であるということになろう。これらの諸関係をわかりやすくまとめ、表に示 してみると表Ⅳ-1のようになる。
表Ⅳ-1 生産要素の比較表
土地 労働 資本
農業 〇 〇 〇
一般企業の農業参入 × 〇 〇
植物工場 × 〇 〇
出所:筆者作成
この表Ⅳ-1 を参照にしてもらいたい。農業は第 1次産業であり、一般企業の農業への参 入は第2 次もしくは第3次産業からの第1次産業に位置づけられる。そして、植物工場は 第2次産業に位置づけられる。ここで、生産要素の結合形態を検討してみよう。
まず、第1次産業の生産要素は、土地、労働、資本の3点であった。そして第2次産業
(もしくは第3次産業)の生産要素は、労働、資本(土地)の2点ということとなる。これ らの点については、周知の通りである。このことは、まさに産業移動に伴って生じる生産要 素の変化を示している。
2.業界構造の変化に関する比較検討
植物工場における生産要素の比較、検討は以上の通りである。労働力と資本(土地)とい う2 つの生産要素に視点を合わせてみることで、第 1 次産業におけるイノベーションの可 能性を見出いし、これに伴って経営形態が変化する様相が描き出せるという構図が必然的 にみえてくるのではなかろうか。
例えば、需要の側に変化が起こった場合を検討してみる。すなわち、第Ⅰ章において検討 してきたように、食料市場のグローバル化や天候や天災などの不測事態に対する課題の 数々に対応する必要性が生じると、当然、食料の需要は高まりをみせるであろう。そこで、
供給者である農業そして植物工場は、この弾力的な問題に対してどの程度の許容性、すなわ ち適応可能性を持っているのであろうかという疑問が出てくる。この課題において、需要の 変化に伴う適応する体制づくりができるのだろうか。そこで、イノベーションという概念が 重要な意味を持つことになる。
まずは、ポーター(Porter, M.E.)の指摘に注目してみる。製品のイノベーション、生産工 程のイノベーション、マーケティングのイノベーションについて指摘しているので、ここで
82 まずは記述することにする152。
業界構造を変える第1の要因としてあげられるものは、製品(技術)のイノベーションで ある153。これにはさまざまなタイプがあり、またその起源もさまざまである。製品における イノベーションは、この中でもとりわけ重要なタイプである。製品イノベーションは、市場 を拡大し、それによって業界の成長を促進し、製品の差別化をうながすことになる。さらに、
間接的な効率も期待できる。製品のイノベーションは、迅速な製品の発売とこれに伴う高価 なマーケティング・コストを必要とする。そのため、これが移動障壁を生むことになる。イ ノベーションは、マーケティングや流通、あるいは生産面における新しい手法を必要とする と考えられるが、これによって規模の経済性やその他の移動障壁にも変化が生じる。製品そ のものが大きく変化すると、買い手のこれまでの製品に対する購買活動の経験がそれほど 役に立たなくなる。このように購入行動にも影響をおよぼすと考えられる。以上のように、
製品イノベーションは、業界の中から生まれる場合もあれば、業界外からもたらされること もある。
業界構造を変える第2の要因は、生産工程のイノベーションである154。それは生産工程あ るいは生産方法に請けるイノベーションである。イノベーションによって、生産工程の資本 の集約度や規模の経済性が変化してくる。そして、これに伴って固定費比率も変わってくる と予想されるのである。さらには、垂直統合の度合いを強めたり弱めたりする。以上の変化 は、業界構造を変化させる働きをする。また、国内の水準以上に規模の経済性を高めるよう なイノベーションは、その業界を国内の枠にとどまらずに、グローバル化させる働きをする こともここで指摘しておく必要がある。
業界構造を変える第3の要因は、マーケティングのイノベーションである155。製品イノベ ーションと同様に、マーケティングにおけるイノベーションも、需要の拡大につながると考 えられる。そのため、業界の構造に直接的な影響をおよぼすことが考えられる。広告媒体を 活用したり、新しいマーケティング・テーマを採用したり、プロダクト・アウトおよびマー ケット・インといった新しい流通チャネルを設定するなど、マーケティングにおけるイノベ ーションを通じて、新しい顧客を獲得する可能性を模索することが可能となる。さらに、製 品の差別化を強めていくためには、顧客の価格に対する敏感度を鈍化させることも可能で ある。新しい流通チャネルの発見もまた、需要の拡大や製品差別化の強化に役立つといえる のである。
イノベーションによって、マーケティングの効率がこれまで以上に高くなれば、製品コス トを引き下げることも期待できるであろう。さらに、マーケティングと流通におけるイノベ
152 ポーター、土岐・中辻・服部訳(1982)。
153 同上、pp.241-242。
154 同上、pp.242-243。
155 同上、pp.243-244。