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過負荷になることがあるので,偶発症予防の観点から十 分に観察が必要である.それ故,虚血性心疾患の確率が 高い場合には運動負荷中の連続心電図記録が可能な運動 負荷法を選択することが望ましい.

本章においては虚血性心疾患の診断に頻繁に用いられ るトレッドミル運動負荷試験を中心に述べる.

a)運動負荷試験の対象症例

運動負荷試験実施前に試験の意義を患者に説明し,同 意書を取得することが望ましい.運動負荷試験にともな う偶発事故を予防するためには,患者選択基準を充分に 吟味することが重要である.運動負荷試験の絶対禁忌と 相対禁忌を表 2に示す.安定労作狭心症の疑診例を対 象として運動負荷試験を行う場合には,患者の年齢,性 別,胸痛の特性,病歴,理学的所見,心電図などに基づ いて冠動脈疾患の検査前確率(pretest probability)を検 討した上で行うように心がける.本邦ではこの検査前確 率についての報告はないが,欧米においては表 17のよ うな報告があり,参考になる558).典型的な労作狭心症の 病像をとる症例では,検査前の疾患予測率が非常に高い ために運動負荷試験結果がどうであれ,狭心症である確 率は高い.一方,検査前確率が中等度の症例では,運動 負荷試験が診断に大きな影響を与える.運動負荷試験適 応について表18に示す4)

b)運動負荷試験方法

検査室の装置,備品,環境,および手順については日 本循環器学会・運動に関する診療基準委員会のガイドラ インが参考になる.

c)検査方法

冠動脈疾患の診断のためには適切に負荷方法を選択す る必要があり,かつ,適切な心電図記録が必要である.

特に誘導方法の選択が重要であり,12誘導心電図の同 時記録と血圧の負荷中1分毎の測定が望ましい.

d)プロトコール

虚血の診断を目的とする運動負荷試験には症例の運動 能に柔軟に対応できるトレッドミル法,あるいは自転車 エルゴメータ法の使用が望まれる.虚血診断の負荷プロ トコールはトレッドミルではブルース法,エルゴメータ 法では25ワット漸増法が多く用いられる.エルゴメー タでは,トレッドミルに比較して大腿四頭筋疲労のため に最大酸素摂取量(VO2max)に達する前に運動を中止 してしまうことが多いので,それを勘案して判定する必 要がある.運動負荷を行った場合には使用したプロトコ ー ル を 記 載 し , 運 動 耐 容 能 を 運 動 の 推 定 代 謝 率

(metabolic equivalents,METs)として報告する.

e)運動負荷の終点(表3)

運動負荷試験は,症例毎の予測最大心拍数の任意に定 めたパーセントに達したときに中止するのが一般的であ る.虚血の診断のためには胸痛発現などを考慮し,他の 中止基準で終了させる場合もある.すなわち,負荷終点 の決定は,十分な負荷であることと,過負荷にならない ような症候限界終点を原則とする.目標心拍数で中止す る場合は,β遮断薬服薬中,心拍数異常,心拍数の過剰 反応などを考慮する.

17 年齢,性別,症状別にみた冠動脈疾患の検査前確率

30〜39歳 男 中 等 度 中 等 度 低   い 非常に低い

女 中 等 度 非常に低い 非常に低い 非常に低い

40〜49歳 男 高   い 中 等 度 中 等 度 低   い

女 中 等 度 低   い 非常に低い 非常に低い

50〜59歳 男 高   い 中 等 度 中 等 度 低   い

女 中 等 度 中 等 度 低   い 非常に低い

60〜69歳 男 高   い 中 等 度 中 等 度 低   い

女 高   い 中 等 度 中 等 度 低   い 典型的狭心症 非典型的狭心症

年齢(歳) 性別 狭心症確診例 狭心症疑診例 非狭心症性胸痛 症状なし

30歳未満と69歳を超える症例のデータはないが,冠動脈疾患有病率は加齢とともに上昇すると推測される.

該当する年代範囲ぎりぎりの症例には確率が<高い>または<低い>ほうにややずれる症例がいる. 高い

は>90%, 中等度 は10〜90%, 低い は<10%, 非常に低い は<5%.

f)運動負荷試験の判定

運動負荷試験の判定には,自覚症状,運動耐容能,血 行動態,心電図所見を総合して行う.とくに虚血性胸痛 の有無,運動耐容能異常,収縮期血圧と心拍数の異常反 応などを勘案し,さらには心電図変化に及ぼす修飾因子 を考慮に入れ判定する.虚血性心疾患の診断に用いる運 動負荷試験の指標としてST 偏位が最も価値があると認 められており,これを越える指標はないと米国のAHA/

ACC ガイドラインは報告している1).ST 下降(0.1mV)

を指標とした場合,虚血診断能はAHA/ACC ガイドラ インのメタアナリシスでは感度68%,特異度77% であ り1),本邦では感度73−78%,特異度67−74% と大き な差はない16).なお,我が国ではST 偏位の他に種々の 指標についての研究報告がなされている.

(¡)誘導の選択

一般的に胸部誘導に比し,肢誘導であるⅡ誘導では偽 陽性率が高い.それ故,下壁誘導を加えた誘導よりも V5誘導のみで優れた成績が得られる.すなわち,心筋 梗塞既往のない患者で安静時心電図が正常の場合,運動 時ST 下降が下壁誘導のみにみられる場合,冠動脈疾患 の確率が低いことを勘案して評価する.

(™)ST 変化

ST 変化の陽性は,J 点から0.06−0.08秒後のST 部分 が1mm 以上の水平型または下降傾斜型のST 下降ある いは Q 波のない誘導でのST 上昇とする.下降傾斜型 ST 下降は,水平型ST 下降よりも冠動脈疾患を強く予 測させるが,両者とも上行傾斜型 ST 下降よりも診断能 が高い.勾配が1mV/sec 未満の上行が緩やかなST 下 降(upsloping pattern)の場合には,冠動脈疾患の確率が 高くなる23)

運動によるST 上昇は,ベースラインのST レベルよ り測定するのを基本とする.安静時心電図に陳旧性心筋

梗塞のQ 波がみられる場合のST 上昇の意義については

壁運動異常,あるいは梗塞領域の残存心筋であるという 解釈があり,一致した見解が得られていない559.このよ うな症例でST 下降を伴う場合には,別の領域の虚血,

あるいはST 上昇に対する対側性変化である可能性が高 い559)

(£)T 波の変化

一般的にST 変化を伴わないT 波の陰転化は非特異的

所見である.陰性T 波の陽転化は陳旧性心筋梗塞例に みられることが多く,心筋虚血と無関係に生じる.しか 18 慢性虚血性心疾患の診断における運動負荷試験への選択基準

ClassⅠ

1) 成人の症例で(完全右脚ブロック,1 mm 未満の安静時ST 下降患者を含む),性別,年齢,自覚症状に基づいて推定した

試験前の冠動脈疾患の確率が中等度である場合(クラスⅡ,クラスⅢに示す例外を除く)

ClassⅡa

1) 冠攣縮狭心症患者 ClassⅡb

1) 年齢,自覚症状,性別から試験前冠動脈疾患の確率が高い症例 2) 年齢,自覚症状,性別から試験前冠動脈疾患の確率が低い症例

3) ベースラインのST が1 mm 未満下降しているジゴキシン服用例

4) 左室肥大の心電図所見を示し,ベースラインのST が1 mm 未満下降している症例

ClassⅢ

1) 安静時心電図にて以下の異常を示す症例:

早期興奮症候群(WPW 症候群など)

電気的心室ペーシング中の症例

安静時ST 下降が1 mm 以上

完全左脚ブロック

心筋梗塞が証明された症例,または冠動脈造影で有意病変が確認された症例で心筋虚血とリスクについて判定する場合 ClassⅠ:運動負荷試験の有用性,有効性が証明されているか,あるいは有用,有効であると見解が一致している.

ClassⅡa:運動負荷試験が有用,有効である可能性が高い.

ClassⅡb:運動負荷試験の有用性,有効性がそれほど確立されていない.

ClassⅢ:運動負荷試験が有用,有効でなく,ときに有害となる可能性がある.あるいは有害であると見解が一致している.

し,残存心筋虚血が加わっている場合もある560

(¢)U 波

本邦では運動負荷における U 波の陰転化を判定陽性 基準として採用している施設が多い.陽性基準としては 多くは−0.05mV 以上としている.陰性U 波は心筋虚血 の重要な所見であり左前下行枝近位部,あるいは左主幹 部の高度狭窄病変を示唆する所見である561).さらに,運 動負荷回復期に右側胸部誘導の一過性陽性 U 波の増高 も心筋虚血を反映することが報告されている562)

(∞)R 波の変化

R 波が安静時に比し,最大運動負荷時に増高,もしく は不変を陽性,減高するものを陰性とする判定法があ る27).運動によるR 波高の変化には多くの因子が影響を 与えるので,その変化の診断的意義は少ない.

(§)HR-ST ループ

心拍数を横軸にST 下降を縦軸下向きにしてプロット し,運動中から回復期にかけて描かれるループが時計回 転なら真陽性,反時計回転なら偽陽性の確率が高くなる というST 変化の判別法である26).しかし,その信頼性 は高くないという報告が多い30)

(¶)軸偏位

運動による左軸偏位は左前下行枝,あるいは前壁中隔 の虚血を反映することが報告されているが563),壁運動異 常によって出現する可能性もある.

(•)コンピュータ処理

運動負荷心電図のコンピュータ処理はフィルタとアベ レイジングによって波形を再構成するためにST 下降の 偽陽性の原因となりやすい.しかし,これによって診断 能に影響がでるかどうかについてはまだ見解の一致をみ ていない16).ST 偏位の評価をする際にはコンピュータ が出力した平均心電図と生データ心電図を比較し判断す べきである1

g)負荷試験の結果に影響する因子

(¡)薬 剤

① ジギタリス

ジギタリス服用により運動負荷にて ST 下降が出現 し,その変化は血中濃度に依存する.ジギタリスの効果 が消失するには少なくとも2週間投薬を中止しなければ ならないが,診断検査前には必ずしも中止する必要はな

い.ジギタリス服用の有無による診断精度への影響は

AHA/ACC のガイドラインによるメタアナリシスでは,

服用した場合は感度68%,特異度74%,服用していな い場合はそれぞれ72%,69% でほとんど差はなかった.

しかし,ジギタリス服用例におけるST 下降は虚血性心 疾患の判定基準にはなり得ないとの報告もある一方,

ST/HR スロープとΔST/ΔHR インデックスの組み合わ

せにより,冠動脈疾患の診断が可能であるとの報告もあ る564

② β遮断薬

β遮断薬は運動時の最大心拍数に著明な影響を与え,

心拍数の変化が不十分となり診断価値が下がる可能性が ある.しかし,ルーチンに行う運動負荷試験で,虚血を 示唆する症状がある場合にはβ遮断薬をあえて中断する リスクをとる必要はない.

③ その他の薬剤

降圧薬,血管拡張薬など各種の薬剤により血圧の反応 が変化し,検査結果に影響がでることがある.また硝酸 薬の急性投与により,心筋虚血に伴う狭心症や ST 下降 出現が抑制されることも留意すべきである.

(™)心電図異常

① 左脚ブロック

左脚ブロック例には運動による ST 下降が出現する が,虚血と関連しない.

② 右脚ブロック

運動によるST 下降が胸部誘導(V1−V3)において しばしば出現するが,虚血には関係しない.しかし,左 側胸部誘導(V5とV6),あるいは下壁誘導に出現する 変化は,虚血の真陽性と考えてよい565

③ 再分極異常を伴う左室肥大

左室肥大による心電図異常のために運動負荷試験の特 異度は低下するが,感度は変わらない.それ故,左室肥 大を伴う場合にも運動負荷試験を第一選択とし,異常な 結果を示す症例のみが追加検査の適応となる.

④ 安静時ST 下降

安静時ST 下降は,冠動脈疾患の既往にかかわらず有

害な心イベントの指標とされる.安静時ST 下降を示す 患者のST が運動時にさらに下降することは,冠動脈疾 患の感度の高い指標になる.安静時ST 下降が存在する

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