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関連教材からみた中国の大学日本語専攻教育における敬語教育

ドキュメント内 教科書からみた敬語教育の改善に関する研究 (ページ 122-183)

第1節 『教育要綱』の分析調査

5.1.1 調査背景と調査目的

第 3 章の元学習者と第 4 章の現場教師への調査を通し、中国の大学日本語専攻教育にお ける敬語教育の拠り所は、使用する教科書であることが推察される。本章では、第 2 章の 第 3 節で挙げた研究【課題3】(中国の大学日本語専攻用の教科書を中心とする教材におい て、敬語はどのように扱われているのか)を明らかにすることを目的とする。

「はじめに」の【中国の大学における日本語専攻教育の指導要綱】でも述べているよう に、中国の大学日本語専攻教育は、教育部高等教育機関日本語専攻教育指導委員会によっ て推進されている。指導委員会は長年の調査及び分析を経て、1990 年に『基礎段階教育要 綱』の初版を出版し、その後修正を加え、2001 年に改訂版を出版した。また、2000 年に『高 学年段階教育要綱』を刊行した。「基礎段階」は 1・2 年次を、「高学年段階」は 3・4 年次 を指すが、この 2 冊は中国の高等教育機関における日本語専攻教育を実施するに当たり、

指導的な役割を果たし、教育目的・教育内容・教育計画・教材編集及び教育評価などに明 確な根拠を与えていると思われる。公示されてから既に 10 年以上も経つが、その影響力は いまだに大きく、2 冊の『教育要綱』は中国の大学日本語専攻教育における唯一の「基準」

であることは疑いの余地がない(譚他,2008)。

第 4 章の現場教師への調査においても、中国の大学で日本語を教える際、中国教育部日 本語教育指導委員会によって公示された 2 冊の『教育要綱』に従う必要があり、教科書を 編集する際にも、これを参考にする場合が多いということが明らかとなった。以上を踏ま えると、2 冊の『教育要綱』における敬語の扱い方は、敬語教育の理念や目標、内容、方 法などを大きく左右するのではないかと思われる。そこで、中国の大学日本語専攻教科書 を調査する前に、2 冊の『教育要綱』における敬語の扱われ方について調査・分析するこ とを試みた。

本節では、以下の 3 点を明らかにすることを目的とする。

【1】『基礎段階教育要綱』の改訂版16において、敬語はどのように扱われているのか。

16 以下では、『基礎段階教育要綱』と呼ぶ。

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【2】『高学年段階教育要綱』において、敬語はどのように扱われているのか。

【3】2 冊の『教育要綱』における敬語の扱い方には問題点と不足点があるのか、それは第 3 章の元学習者への調査と第 4 章の現場教師への調査で得られた結果とは、どのような関 わりがあるのか。

5.1.2 調査方法と分析方法

『基礎段階教育要綱』と『高学年段階教育要綱』を分析対象とし、具体的な分析手順は 以下の通りである。2 冊の『教育要綱』から、敬語に関する記述をすべて抽出した後、問 題点と不足点があるのかを分析し、更にそれは第 3 章の元学習者への調査と第 4 章の現場 教師への調査で得られた結果とどう関わっているのかを考察する。

5.1.3 調査の結果と分析

[1]『基礎段階教育要綱』における敬語の扱われ方

まず、総計 29 万字の『基礎段階教育要綱』においては、敬語は以下の 3 箇所17に現れた。

一、 教育対象:省略18

二、 教育目的:省略 三、 授業時数:省略 四、 教育内容:

(一)音声:省略

(二)文字と語彙:省略

第一学年 省略

(三)文法 第一学年以外の品詞 形態論 敬語の使い方

第二学年 テンス・アスペクト・ヴォイス等 統語論 一般的な複文の分析と使用

(四)文型:省略

17 『教育要綱』は中国語で書かれているため、直接引用できない部分に関しては、筆者がなるべく 原文の意味を忠実に翻訳し、引用した。

18 敬語に関する内容は記述されていないため、引用を省略する。以下も同様である。

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(五)機能概念:省略

(六)社会文化:省略 五、教育目標:

音声:省略 文字:省略 語彙:省略

第一学年 省略

(一)言語知識 文法

1、時制、アスペクト。

第二学年 2、複文の種類と構造。

3、敬語の一般的な表現形式。(詳細は付表四を参照)

基本文型:省略 機能概念:省略 (二)言語技能:省略

六、教育原則:省略 七、その他の問題:省略 八、テスト:省略

付表四 文法表19 第三部分 敬語の表現形式 1.尊敬語及び表現形式

表現形式

接頭辞 お、ご、貴 接尾辞 さん、さま、がた

名詞

動詞 いらっしゃる、下さる、見える、おっしゃる 補助動詞 (て)くださる、(て)いらっしゃる、~なさる 助動詞 れる(られる)

19 付表四は三つの部分から構成されているが、ここでは敬語に関する第三部分のみ取り上げる。

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その他 お/ご~になる、お/ご~なさる、お/ご~下さる、お/ご~です 2.謙譲語及び表現形式

表現形式

接頭辞 小、拙、弊 接尾辞 ども

動詞 申す、差し上げる、頂く、参る 補助動詞 (て)いただく、(て)差し上げる

その他 お/ご~する(致す、申し上げる)、お/ご~いただく、お/ご~願う 3.丁寧語

3.1

表現形式

動詞 ござる、おる、参る、致す

補助動詞 (で)ござる、(て)まいる 助動詞(敬体) です、ます

3.2 文体

常体 敬体

現在

肯定 だ、である です、であります

否定 でない ではありません

過去

肯定 だった、であった でした、でありました

否定 でなかった ではありませんでした

現在 推量

肯定 だろう、であろう でしょう、でありましょう 否定 ではなかろう、ではないだろう ではないでしょう

現在

肯定 ~い ~いです

否定 ~くない ~くありません、~くないです

過去

肯定 ~かった ~かったです

否定 ~くなかった ~くありませんでした、~くなか ったです

現在 推量

肯定 ~かろう、~いだろう ~いでしょう 否定 ~くないだろう ~くないでしょう

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現在

肯定 ~る(辞書形) ~ます

否定 ~ない ~ません

過去

肯定 ~た(だ) ~ました

否定 ~なかった ~ませんでした

現在 推量

肯定 ~るだろう ~るでしょう

否定 ~ないだろう ~ないでしょう

以上の記述を分析した結果、『基礎段階教育要綱』における敬語の扱われ方について、

以下の点に疑問を抱いた。

一つ目は、敬語を形態論の中に位置付けるという点である。教育内容に関する記述を見 ると、敬語は 2 年次の文法項目として扱われており、「文法は形態論と統語論を含む」との 記述があるが、敬語は名詞、動詞といった品詞やアスペクトなどと同様に「形態論」に属 していることが明らかとなった。この扱われ方から、敬語は語彙・文法レベルの学習項目 として位置付けられていると推察できる。確かに、「食べる→召し上がる」、「行く→行かれ る」、「帰る→お帰りになる」などを学ぶのは、語彙・文法レベルの問題に見えるかもしれ ない。しかし、第 3 章の元学習者への調査においては、「召し上がる」や「お/ご~になる」

といった敬語の語彙や文法を覚えていても、どんな場面でどういうふうに使ったらよいの かが分からないという声が多かった。第 4 章の現場教師への調査においても、尊敬語と謙 譲語の特殊形まとめ表を暗誦させたり、一般形の言い換え・書き換え練習を繰り返したり することで、表現形式を覚えさせたとしても、実際に話す際、敬語がうまく使えない学習 者が多いという意見が共通している。

以上の語りから、敬語を語彙・文法として学ぶだけでは、実際にコミュニケーションを 行う際、適切に敬語が使えることにつながりにくいといえよう。すなわち、敬語は形態論、

統語論、語用論など多岐にまたがる複雑な学習項目であるため、敬語を単なる語彙または 文法として規定している『基礎段階教育要綱』の扱われ方には限界を感じる。コミュニケ ーションの中で敬語を扱う方向性を示すべきではないか。

二つ目は、敬語の表現形式にとどまるというところである。教育目標に関する記述を見 ると、一般的な表現形式が身に付くことを主目的としていることが分かる。また、「付表四 敬語の表現形式」においても、3 種類の敬語のそれぞれの表現形式が詳細にまとめられて

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いることから、『基礎段階教育要綱』における敬語の扱われ方は、表現形式に重点を置く傾 向が見られる。一つ目の疑問点とも関わっているが、果たして表現形式を学ばせることが 敬語教育の主な目標なのだろうか。第 3 章の元学習者への調査と第 4 章の現場教師への調 査を通し、中国の大学日本語専攻教育における敬語教育の現状では、やはり表現形式に重 点が置かれている傾向が強いということが確認されている。これは『基礎段階教育要綱』

における敬語の扱われ方と深く関連していると思われる。しかし、敬語教育の現状に対し、

多くの元学習者と現場教師が不満を抱き、改善を求めていることから、『基礎段階教育要綱』

における敬語の扱われ方を見直す必要があると考える。

無論、表現形式を学ぶ必要がないと主張しているわけではない。殊に、中国にいる学習 者の場合、母語話者や日本にいる学習者と比べ、日常的に敬語を見聞きする機会は少ない ため、いきなりコミュニケーションの中で敬語を学ばせるのは現実的ではないといえる。

したがって、まず表現形式をしっかりと教えることを敬語教育の第一歩であると位置付け たい。問題視されるのは、この第一歩にとどまり、次に踏み出さないという敬語教育の現 状である。繰り返しになるが、この現状は『基礎段階教育要綱』に起因している可能性が 高いため、まず『基礎段階教育要綱』における敬語の教育目標に関する記述を再考すべき だと考える。

三つ目は、敬語に関する記述が極めて少ない点である。総計 29 万字の『基礎段階教育 要綱』においては、敬語に関する記述は 3 箇所のみであった。1・2 年次の学習項目となる 語彙や文法、文型などについて、一つずつ詳しく記述されているのに対し、敬語に関する 記述は極めて簡略であるといえよう。具体的には、尊敬語・謙譲語・丁寧語という従来の 三分法を取り入れているが、丁寧語には「ござる・おる・参る・致す」とです・ます体が 含まれ、美化語は全く扱っていないほか、各種類の働きも明記していないことが確認され た。確かに、敬語三分法は日本の学校文法として広く知られており、簡潔ではあるが、こ れによる困惑点も少なくないことが、第 3 章の元学習者への調査と第 4 章の現場教師への 調査において語られている。「ござる・おる・参る・致す・存じる」の丁重語としての使い 方に対する不理解や美化語の性質に対する誤解など、学習者のみならず教師も悩まされて いるようである。これらの困惑点を解消するためには、教師と学習者の自己学習が期待さ れているのが現状であるが、それを引き起こした『基礎段階教育要綱』における記述を訂 正するのが効果的であると考える。

また、各種類の敬語の働きに関する記述の欠落に関しても、『基礎段階教育要綱』にお

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