第 2 章では、関連する先行研究を概観した上で、本研究の立場と位置付けについて述べ る。そして、研究目的を達成するために具体的な研究課題を設定し、本論文の全体像を示 す。具体的には、第 1 節では、日本語教育における敬語教育・待遇表現教育と中国の大学 日本語専攻教育という二つに分け、本研究に関連する先行研究を概観する。第 2 節では、
先行研究の研究成果と限界点を指摘し、本研究の立場と位置付けについて述べる。第 3 節 では、本論文の全体構成について説明する。
第1節 本研究に関連する先行研究
本節では、本研究と関連のある先行研究を概観していく。なお、本節で挙げるのは本研 究の前提に絡むものである。ただし、第 3 章以後の分析・考察と関わる先行研究に関して は、また各章で挙げることにする。
2.1.1 日本語教育における敬語教育・待遇表現教育に関する先行研究
敬語や敬語を含む待遇表現に関する教育について、大きくいえば、日本語母語話者を対 象とするもの、すなわち国語教育における敬語教育・待遇表現教育と、外国人日本語学習 者を対象とするもの、すなわち日本語教育における敬語教育・待遇表現教育という 2 種類 に区分することができると思われる。本研究の研究目的に合わせ、ここでは主に 2000 年以 降の後者に関する先行研究を概観することにする。その結果、以下の研究が浮かび上がっ た。
胡(2001)は、日本にいる中国人留学生を対象に行ったアンケート調査の結果に基づき、
敬語に関する知識を学習の最初から指導を始めるべきこと、また敬語に関する日本社会の 常識、風俗、日本人の価値観、言語意識などを具体的な事例で指導し、実際の立場に身を 置いて場面会話を行うことが効果的であると主張した。
坂本(2002)では、日本語教育の中で「敬語」、「待遇表現」をどのように扱ってきたの か、そして今後どのような方向で考えていけばいいのかについて、筆者の考えがまとめら れている。具体的には、待遇表現の使い分けを体系的に教えることの必要性や、初・中・
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上級と進む中で何をどう扱っていけばいいかということを全体を通した形として指導して いくことの必要性、敬語の考え方や仕組みは初期から理解させることの必要性、そして、
場面の中で使えるように練習させることの必要性など、日本語教育の中で「敬語」、「待遇 表現」を扱う際、重要だと思われる観点が示されている。
川口(2002a,2002b,2003,2004)では、台湾での研修会における「事前課題」を分析 することにより、海外における待遇表現教育の問題点を指摘した。具体的には、台湾にお ける敬語教育は、待遇表現の普遍性と個別性を日中両言語の対照研究によって見据えつつ、
「狭義敬語」の学習から脱し、「いかにして相手への配慮を表すか」という表現の教育へと 向かっていく必要があると述べた。また、母語話者教師も複雑な待遇表現の体系の知識に ついて、自然に身に付くものではないため、教師養成や研修においては、待遇表現の実態 把握の努力、外国語との対照からみるその普遍性と特殊性への洞察、教授法知識の待遇表 現指導への応用試行など、集中した「待遇表現意識化」の訓練が必要であると指摘した。
蒲谷(2003a)は、従来の敬語の教育/学習や待遇表現の教育/学習に対する考え方をさ らに発展させるものとして、「待遇コミュニケーション」(「敬語」や「敬語表現」あるい は「敬意表現」,また「待遇表現」や「待遇行動」,そして「ポライトネス」に関する事柄, さらに「待遇理解」の概念を含み,それらを「コミュニケーション」の観点から包括的に捉 えようとするものである(p.1))という捉え方を提唱し、「待遇コミュニケーション教育」
のあり方及びその方法論について述べている。そして、蒲谷(2003b)では、「待遇コミュ ニケーション」とは何か、その研究や教育、教育研究とは何か、及び「待遇コミュニケー ション」という術語に関する問題点に関する筆者の考えが改めて論じられている。更に蒲 谷(2012)は、蒲谷(2003a)の続編として、考察しきれなかった点、あるいは、その後の 研究や実践により考えが深化した点、特に待遇コミュニケーション教育の根底にある理念 や理論的な枠組み、待遇コミュニケーション教育が目指すものは何かということに焦点を 絞って、筆者の考えを述べている。
宮岡(2005)は、先行研究と自分の教育経験を踏まえ、日本にいる中国人日本語学習者 を対象に敬語を指導する際、初級から中級にわたって、段階的に分けて指導したほうが効 果的であり、日本企業への就職希望者に対して細かな敬語指導を行うなど、学習者のニー ズに応じた指導が必要であると提言した。
蒲谷他(2006)は、「敬語表現教育」に関する考え方、そしてその実践方法についてま とめた 1 冊であり、全 5 章から構成されている。同書の「はじめに」では、各章の内容に
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第Ⅰ章においては,「敬語表現教育」を考えるための基本的な仕組みを中心に,「待 遇表現教育」さらには「待遇コミュニケーション教育」へと展開させていくための前提 となる考え方について整理し,主に大学での「日本語教育」における具体的な実践から 導かれた教育・学習上の留意点などをまとめています。
第Ⅱ章においては,「待遇表現教育は人への配慮の示し方を探る教育である」という 観点から,形式を乗り越え,非言語を含めた「コミュニケーション教育」としての「敬 語表現教育」と捉える重要性について説いています。日本語の母語話者・非母語話者と もに必要な情報,具体的な実践例が述べられています。
第Ⅲ章においては,ビジネス関係者を対象とした様々な実践から導かれた方法につ いて,豊富な具体例により示しています。様々な事例の背景となっているのは,ビジネ ス場面にいる「学習者」自身が発見すること,「場面」を重視してコミュニケーション を行うことが重要である,という普遍性の高い考え方です。
第Ⅳ章においては,敬語表現指導上の 4 つの理論―あくまでも「表現」の指導であ ること,指導項目が適切に「文脈化」されていること,提示された文脈が「自然」なも のであること,表現が適切に「精繊化」されていること―に基づき,日本語教育の「初 級段階」における様々な実践例が述べられています。
第Ⅴ章においては,「敬語」や「敬語表現」,「敬語表現教育」に関してつきまとうよ う様々な「誤解」を取り上げ,日本語の学習者・教師・母語話者が持つ,「封建的」「必 要悪」「正しい敬語」などの先入観や偏見をどう乗り越えていけばよいかという方法に ついて,「丁寧」「失礼」などの概念とともに示しています。
駒井(2006)では、ACTFL-OPI 形式のロールプレイを使用し、日本語母語話者(98 名)
と上級-中以上の日本語学習者(24 名)の敬語使用における傾向を調査した。その結果、
超級あるいは超級に近い日本語学習者の敬語表出は、おおむね日本語母語話者の傾向と似 た形を取り、謙譲語や丁寧語も上手に使いこなしていることが分かった。しかし、謙譲語 と丁寧語を更に巧みに使用することにより、より日本語らしい日本語になるということも 指摘されている。それを踏まえ、敬語教育への提言も行われた。
高澤(2006)は、自分の教育経験から収集した中国人母語話者による敬語の誤用例に基
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づき、「敬語表現」を指導する際の問題点を「非言語行動、異文化の違いを理解させる」、
「尊敬語と謙譲語の使い方の間違いに留意する」、「「人間関係」「場」をしっかりと把握さ せる」、「「婉曲表現」「間接表現」を理解してもらう」、「会話の展開順序に注目する」とい う五つにまとめている。
呉(2008)の漱石作品を言語資料として行った研究は、日本語教育における学習者の問 題点や敬語・待遇表現指導の問題点を探り、その問題点を改善するために、談話分析理論 を敬語教育に取り入れる可能性や理論的貢献について論じた。
樋口(2008)では、発話機能をテーマに作成されたビデオ教材を分析対象としてビジネ ス場面と非ビジネス場面でどのように敬語が使用されるかを分析した。その結果、ビジネ ス場面では、「くださる」「いただく」に関連する授受表現が多く使われており、話題の人 物(同時に聞き手でもある場合が多い)の行為を話し手への恩恵の授受と位置付けて表現 する傾向が強く、特に「いただく」に関連する表現は依頼表現として使われる場合も多く、
「… て いただく/いただける」、「お(ご)… いただく/いただける」として優先的に指導 する必要があるなど五つの傾向を指摘した。その上で、留学生に敬語教育を行う際、ビジ ネス場面を意識することの重要性について論じた。
山口(2009)は、初級テキスト・日本語能力試験・教育経験という三つの角度から、留 学生を対象とする敬語表現の効果的な指導法について検討した。その結果、敬語を留学生 に指導する場合、教師側は暗記させるだけでなく、場面に合わせた使い方、更に T・P・O を考えた使い方、「間合い語」の適切な使い方を敬語指導に入れることが肝心であるという ことを指摘した。
林(2009,2010,2011)では、中国の大学における日本語学習者を対象にアンケート調 査を行い、第三者敬語表現の使用混乱の問題点を指摘している。これらの問題点は教科書 の扱い方と関係していることが検証され、敬語教育を行なう際、村上春樹の短編小説を用 いた教材開発の必要性を提唱している。
徳間(2010)は、授業実践を行なった「敬語コミュニケーション」科目の受講生である 中上級日本語学習者がどのような敬語使用不安を抱いているのかを見るため、学期中に学 習者が記入した、不安に関する質問の自由記述内容を資料とし、KJ 法を用いて分析した。
その結果、①自分の気持ちと敬語を使う意識の隔たり、②学習の各段階で直面する自分の 能力不足と間違いに対する心配、③限られている敬語使用の機会など、七つの島が浮かび 上がった。これらの島と島の関係を叙述化した上で、学習者の敬語の使用や学習に対する