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関係の可視化装置:日記を媒介とする関係の構築

- 84 - 第1節 関係の可視化と関係構築

この章では、前章での「自己の可視化」に続き、「関係の可視化」という主題で議論を進 めていく。5 章の自己に関する議論においても、「他者」の存在は欠かせないものになって いた。同様に、多様な「日記」を視野に入れたとき、「他者」という視点は不可欠のものと なる。実際、本論文では〈日記行為〉あるいは〈日記メディア〉といったときに、他者に 公開して行う日記も含めて検討している。具体的には、ネット上の日記であるウェブ日記 やブログが含まれてくるわけである。そのとき、「他者」という存在は、必然的に議論の主 題となってくる。2章あるいは3章で触れたように、近代以降、私的なもので、秘匿すべき ものとして人々の間に普及してきた日記は、しばしば「他者」の視線を受けてきたわけで ある。

プリミティブな次元で言うなら、書かれたものを偶然見るとか、盗み見るといったこと で、日記に「他者」が関わってくることになるが、そういった素朴な例でなくとも、たと えば学校教育において教師が児童・生徒の日記に目を通したり、生徒間での交換日記にお いて友人同士で見せ合ったりするというケースが考えられる。あるいは、先に示した「日 本日記クラブ」のような会員組織における活動のなかで、他者の目に触れるということも 考えられよう。死後も含めると、とくに著名人などは「作品」として読まれたり、出版さ れることで「読み物」として多くの人に読まれるものとなる。様々な次元で、「他者」が関 わってくるわけである。

日記が「他者」に開かれるとき、日記はいかなる機能を果たしているのだろうか。繰り 返しになるが、改めて確認しておこう。日記は、自分に対して書かれるとき、(自分に対し て)自己を「可視化」するものとして機能するが、他人に対して向けられたとき、その〈可 視化された自己〉を他者に(間接的に)提示することになる。これが日記を他者に「見ら れる」次元である。日記は私的な事柄を綴ったものである、という認識ゆえ、読み手とな る他者は書き手のプライベートな一面を「覗く」という格好になる。

さらに、その「他者への提示」を相互に行うと、「関係」の次元の話へと移る。互いに日 記という〈可視化された自己〉を提示しあい、日記を媒介に相手と「対面」する行為を繰 り返すことで、他者との心理的な距離を縮める効果をもたらす。そうした相互作用を通し て、他者との「関係」が構築されていくことになるのである。交換日記やブログ等におけ る「他者」とのやり取りは、このようなかたちで示すことができる。

3章まででは、既述の交換日記や学校教育での日記、日記クラブの例など、原則として紙 ベースの日記を中心に触れてきた。さらに異なる方法として、ネット上での日記、すなわ ちウェブ日記やブログ、あるいはFacebookなどのSNSでの日記やTwitterなどが挙げら れる。決定的な違いは、用いる〈日記メディア〉が「デジタルメディア」であるという点 が最も大きい。加えて、あるいはそれに伴って、「可視化」の様式に変化が現れるという点 を指摘しておかなくてはならない。すなわち、先の日記では、一度「自己」の可視化が達

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成された後、日記それじたいを提示することによって、「他者」と関係を結ぶ手段となった が、デジタルメディアにおいては、「自己」が(メディアによって)可視化されるだけでな く、他者との「関係」そのものも「可視化」されるのである。その際、重要になるのが、「デ ータ化」と「フラット化」というデジタルメディア特有の要素である。自己の可視化のみ ならず、関係の可視化も、「データ化」・「フラット化」という要素を伴って、達成されるの である。デジタルメディアを用いる場合、あらゆるものが、無機質で、優先順位のない(フ ラットな)「データ」として扱われることを、今一度確認しておきたい。

日記をデジタルメディアを用いて記述し、ネットワーク上に公開するものまでを含めて 考えると、他者との「関係」というものが、避けられないキーワードとして浮上する。た とえば、ブログが普及し始めたとき、あるいはTwitterが注目されたとき、それらをめぐる 言説には、「関係」や「つながり」を強調するものが多数現れた。先に触れたように、たと えば、ブログを媒介にして同じ関心を持つ者と出会えるとか、発信することで交友関係が 広がるだとか、匿名の他者との新たな関係性が形成されることを、殊更に強調する言説が 繰り返される。それらは、日常では出会えなかった人とネットを通して出会うことができ た、などというポジティブな言説にも、匿名性を盾に犯罪行為に巻き込まれるなどといっ たネガティブな言説にも、転用される。いずれにせよ、デジタルメディアを通した他者と の関係の形成というのは、常に目新しいものとして、ときに異質なまなざしを向けて語ら れてきたわけである。

そんなふうに、メディアの新しさと異質性が強調され、何度も繰り返されるにもかかわ らず、その実態に関する詳細な調査や実証的な研究は十分に行われていない。利用者数な ど概観を示すのに必要な情報は得られても、実際にどのような営みが行われ、どのような 関係が結ばれているのか、といった具体的な調査や研究の蓄積は、言説の量に比べてあま りにも乏しい。

そこで本論文では、「他者との関係」に関する具体的な実践のありようを、客観的かつ経 験的データをもとにして明らかにすべく、いくつかの調査をもとに実証的な検討を行なっ ている。具体的には、前章と同じく、主としてブログを対象とし、コメントの分析や読み 手意識、さらには年齢(世代)による差異なども含めて、これまで一様に語られてきた他 者との関係のあり方について、その多様性を描き出すことに主眼を置く。それらの分析・

考察を通して、現代の「日記」を媒介にした関係構築の実践、あるいは関係を「可視化」

する装置として機能する〈日記メディア〉の動態を、描き出していくことを目的とする。

第 2 節では、ブログのコメントに注目し、その投稿者の遷移や訪問頻度などから、関係 のバラツキについて検討する。第 3 節では、他者の多様性に着目し、ブログの書き手(ブ ロガー)への質問紙調査の結果をもとに、「想定する読み手」と「実際の読み手」の相違な どから、ブロガーの分類などを行なっている。第4節では、対象を若年層に絞り、「リアル

(リアルタイムブログ)」と呼ばれるブログを用いる中高生たちの例をもとに、その固有性 について検討する。

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なお、以下で取り上げる「ブログ」について、改めて概観しておくと、日本におけるブ ログ人口(登録者数)は2009年1月時点で2695万人と言われ、2005年から2006年にか けて利用者が倍増するなど、急速な普及を示している1。とくに携帯電話などのモバイル機 器から利用できることで、モバイルユーザーを多く取り込んだことが、普及の一因となっ ている。『ブログ白書2007』によると、「ブログに主に書いている内容(複数回答)」では「日々 の出来事・日記」が75%を占め、「ネット上の日記」を代表するツールになっていることが うかがえる。以下は、そのブログが〈日記メディア〉として普及・定着した後の〈日記行 為〉の実践を示すものである。

第2節 関係構築の実際(1):閲覧とコメント

まず、日記を媒介とした関係構築の実態を把握するために、ネット上の日記である「ブ ログ」に焦点を絞り、検討してみたい。ブログにおける他者との関係構築の実態を読み解 く際の一つの指標になるのが、「コメント」である。コメントはそのブログの閲覧者である ことの証であり、そのブログの内容や書き手に対して、何らかの興味や関心がなければ、

書き込まれないものである。コメントの頻度は、そのブログ、あるいはそのブログの書き 手に対するコミットの度合いを示すものであり、関係の深まりを示す指標の一つにもなり 得る。そこで、ブログのコメントから「他者」との関係の実態について、実証的な検討を 行なった。以下は、2007年11月に行なった調査をもとにした結果である。

2-1 対象と方法

今回分析の対象としたブログは、全部で50である。対象となるブログを選定するに当た っては、先にマクロなデータを把握しておくため、『ブログ白書2007』の調査データを参考 にした。まずブログサービス(提供会社)については、提供する付加サービスの違いが出 ないよう、すべて同一のものになるようにした。結果として、今回は、「アメーバブログ」

(以下、アメブロと表記)を対象として選んだ。アメブロは、『ブログ白書2007』において 3番目に利用者の多いブログサービスとなっており、他と比べても利用者の年齢的偏りが少 なく、加えて「メッセージ」機能を有しているため、ブログ作成者に個別に問い合わせを することが可能である点が、主な選択の理由である2

そこから 50 のブログを選び出す際には、次の二つの基準を設けた。一つは、「日記」を

1 総務省情報通信政策所(2009a)および同(2009b)による。

2『ブログ白書2007』によると、開設しているブログサービスについて最も多いのが「楽天広場」(20.7%) 次いで「FC2ブログ」(17.2%)という結果になっている。しかし、前者は中高年層(40代以上)に、

後者は若年層(10代・20代)に、それぞれ利用者が偏っている。また、「楽天―」では、ブログ開設時 に、合わせて「掲示板」が設置されるようになっている(ブログのトップページから「掲示板」へのリ ンクが張られる)ため、別のコミュニケーション機会が与えられてしまう。このことは、「日記」を分析 するに当たり、本意ではないため、今回は対象とすることを避けた。