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釜ヶ崎におけるホームレス伝道の受容状況

 前節では1990年代後半以降のホームレス伝道の活況を、受容側と布教側の特殊な事情の絡み合 いのなかに見出していったが、本節ではホームレス伝道の受容状況について考察をすすめる。先 述したとおり、多くの野宿者にとって、食事や衣類が配布される伝道集会は信仰の有無に関わら ず、自身の生存を維持していく上で欠かせないものとなっている。したがって、野宿者のなかに は各々の教会名を知らなくても「パンの教会」、「カレーの教会」、「どんぶりの教会」といったよ

うに、そこで出される食事の内容で識別している者もいる。このように独力で「食」の機会を確 保することができない野宿者は複数の伝道集会を「ハシゴ」しているのである73。

明目は「イエス中心教会」の集会があるで。今日の教会は火曜と木曜。「イエス中心教会」は 金曜目や。「イエス中心教会」は200円でモーニング喫茶もやってるで。周りの喫茶店がだい たい安くて300門やから、まあ安いわな。パンとサラダとゆで卵とコーヒー。それに牧師の 説教もついとる。説教がイヤやったら下向いて開かんかったらええ。さっきの集会も兄ちゃ

71 リ国系プロテスタント教会がホームレス伝道をおこなう経緯は様々だが、仕事や家庭をもつr一般的」な日本 人への伝道を志向しながらも、その行き詰まりから、支援を必要とする野宿者へ、布教の矛先をシフトチェンジ

したというパターンが多くみられる。したがって伝道集会をおこなう教会の大半が「開拓伝道」的な位置付けで 釜ヶ崎の野宿者にアプローチしている。

72ユニオン神学大学・教会成長大学院は日本のリバイバルを目指す日韓の牧師たちよって作られた教育機関で、

奥山実が総裁を務める「日本民族総福音化協議会」が主要な後援団体となっている。奥山のほか、日本における リバイバル運動の代表的な担い手としてしられる手塚正昭などが積極的に関与しているが、現在のところ学生は ほとんどおらず、主に伝道集会の開催場として利用されている。

73 ̀道集会に参加する野宿者は野宿者運動の炊き出しにも参加することが一般的である。釜ヶ崎では「釜ヶ崎炊 き出しの会」 (以下、炊き出しの会)と「釜ヶ崎高齢日雇い労働者の仕事と権利を勝ち取る会」 (以下、勝ち取 る会)による活動が野宿者運動の炊き出しに相当する。 「炊き出しの会」は毎日2回、萩之茶屋中公園(通称、

四角公園)で主に白粥の炊き出しを、 「勝ち取る会」は火曜目と土曜日に萩之茶屋南公園(通称、三角公園)で 主にどんぶりの炊き出しをおこなっている。釜ヶ崎では、あらゆる炊き出しを活用すれば、目によって1目に4 回以上食事をすることも可能である。

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んの横でずっと寝とったわ。(男性野宿者の語り 2003.9.11)

 これは伝道集会に参加していた中年の野宿者が参与観察していた筆者に語ったものだが、この ように、野宿者の多くは、どこで食事が配られているか、あるいはどこに行けば安く食事ができ るかを心得ているのである。また、伝道集会では「アルバイト求人誌」を長々と眺めている者や、

食事が配られるまでうつ伏せて寝ている者、イヤホンでラジオを聴いている者がいる。しかし、

野宿者が伝道集会に参加する動機は必ずしも食糧などのマテリアルな関心に還元されるわけでは

ない。

 参加者のなかには、牧師たちがなげかけるメッセージに逐一rアーメン!」、rハレルヤ!」と レスポンスし、賛美歌を積極的に歌う者も少なくない。幾つかの伝道集会では、食事を配る前に 献金を集めるのだが、そこでは参加者の2〜3割がポケットから小銭を献金袋に入れる姿を確認 することができる。また、伝道集会では参加者の半数ほどが、信仰告白を表す「使徒信条」を牧 師たちと共に唱えており、その文言を暗記している者も決して珍しくない。これらのことからも、

一定の割合の野宿者が伝道集会に何らかのシンパシーを抱いていることが推察されるのである。

また、伝道集会は野宿者を対象としたものだが、実際に参与観察してみると、生活保護を受け、

野宿生活から脱却した者も少なくないことに気付く。

A氏:ワシは今、生活保護もろて暮らしていますけどな、アオカン(野宿)しているときは    教会に随分世話になりました。そら、あの時は食べるもんもおまへんやろ。だからま    あ言うたら炊き出し目当てですわな。

筆者:今、伝道集会に行っているのは炊き出しのためじゃないでしょう?何で行っている    のですか?

A氏:せやねえ、牧師とね、握手するためですわな。伝道集会に行ったら、牧師が「おっさ    ん、元気にしとったか?」って握手してくれるんやね。それが嬉しいてね。昔は随分    世話になったしね、顔見せに行っているんですわ。

筆者:信仰はもっていらっしゃるわけですか?

A氏:(苦笑いしながら)いやあ、それが難しいんやな。ワシ、一応、仏教やしなあ。

筆者:ずっと伝道集会に行っていたら信仰もつように言われるでしょ?

A氏:そうなんや。いつも「信仰もたなアカンで」って言われるんですわ。この間は「信仰  もたな握手せえへんで」って言われてね、困りましたわ。

 生活保護受給者に対しては毎月、定額の生活扶助が支給されるため、食事や衣服の確保を伝道 集会に頼らなくてもよい状況にある。にもかかわらず、伝道集会に来ているという事実を勘案す

るならば、やはり食事や衣服の獲得といったマテリアルな動機とは異なる別の動機が存在するこ とを推測することができる。明確な信仰をもっていなくても、r握手するため」という言葉が象徴 的に示しているように、ある種の親密な関係を求めて伝道集会に参加することは決して珍しいこ

とではない。

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また、根深い罪責感からの解放を求めて伝道集会に参加する野宿者も存在する。

B氏:(牧師は)「罪は赦された」って言うけれど、そんな簡単にはいかへんで。ワシは人殺    して8年間刑務所入ってたんやけど、出所したら罪は赦されるんか?赦されへんや    ろ? (殺したときのことが)夢に出てくるんや……赦されてへん。でもここ来た    ら少しは変わるかと思ってね、来ているんや。ワシはな、もうじき死ぬけどな、毎日     「生きる」ことばっかり考えているんや。「生きる」ことしか考えてへん。昔は自殺    しようとしたときもあったけどな、助けてくれた奴がおってな、それからは「生きる」

   ことばっかり考えているんや。

筆者:お父さん、いくつですか?

B氏:63歳や。

筆者:まだまだ生きられるやないですか。

B氏:へへへへ……

筆者:お父さん、ここには毎回、来ていらっしゃるのですか?

B氏:なるべく来るようにしているんや。

筆者:ここ来るようになってお父さん変わった?

B氏:変わった変わった。まず喧嘩せんようになったしな。昔はすぐ手が出てな、「カミソリ」

   ってあだ名がついていたほどやから。だからみんなに「変わったなあ」てよう言われ    るわ。

筆者:そんな風には見えないけど……

B氏:へへへ。だから変わったんやて。喧嘩もせんようになったし、酒もマシになった。何    より「生かされている」ってことがわかるようになったんや。前は全然そんなん思わ    んかったのにな。

 彼の場合もまた、過去の罪が「赦されていない」と語っているように、信仰によって救済され たという自覚はないが、「少しは変わるかと思って」という言葉にみられるように、自己の煩悶と 折り合いをつけるために伝道集会に参加していることが例えよう。2つの事例を紹介したが、こ れらから示唆されるのは、伝道集会が、寄せ場特有の「過去を触れ合わない」というよそよそし い関係とは異なるオルタナティブな社会空間となっているということである。

 様々な社会関係から排除された野宿者にとって、「布教型キリスト教」は自己を全人格的に受容 する数少ないアクターである。したがって、生存のために面従腹背的に付き合うケースがみられ る一方で、親しみの対象として認識しているケースも少なくない。しかしながら、特定の教会へ の所属は、かえって自己の生存を切り縮めることを予測させるために、野宿者の多くは特定の教 会との結びつきを曖昧にするのである。このように野宿者の多くは受容/拒否という二項対立を超 えたところで伝道集会に参加している。伝道集会に参加する野宿者は主催者の意図どおりにメッ セージを内面化するのではなく、自己の生をより肯定的なものへと転化させていくために主体的 な意味付けをおこなっているのである。伝道集会を通じて、教会の正式な信者になっていく野宿 者が少ないにもかかわらず、多くの野宿者が伝道集会に参加するというパラドクスは上記のよう 43