@ 72歳
3. 東京都心部における韓国系プロテスタント教会の実態
本節では、東京都における野宿者対策を概観した上で、東京都心部で大規模な野宿者支援をお こなっている2つの教会の事例を取り上げ、韓国系プロテスタント教会が野宿者支援をおこなう 固有の論理を把握する。
3−1.東京都の野宿者対策
1990年代後半以降、東京都は増加する野宿者に対し、「自立支援センター」という就労自立を 目的にした施設運営を全国に先駆けて実施してきた120。しかし、自立支援センターに入所しても 中途退所するケースや、就労自立後に再び野宿生活に戻るケースが目立ち、従来の自立支援シス テムでは野宿者の減少を達成させることが困難であることが次第に明らかになってきた。また、
都内の公園にテント等を設置・居住する野宿者の存在が社会問題化した。
これらの事膚を鑑み、東京都は2004年3月から、都内にある5つの公園でテント等に居住する 野宿者を対象に、1ヶ月3,000円という低家賃で住居(都営住宅、民間アパート)を貸し付ける
「ホームレス地域生活移行支援事業」を開始した121。事業開始から2年間で公園内にテント・小 屋を設置していた約1,200人のテント生活者=野宿者が居宅生活に移行した122。ホームレス地域 生活以降支援事業によって公園などの公共空間に常設されたテントや小屋の数は明らかに減った が、これは野宿者そのものがいなくなったことを意味しない。ホームレス地域生活移行支援事業 は野宿者の自立支援とともに「公園利用の適正化」を事業の目的に掲げているために、公園に定 住している野宿者(固定層)を主たる対象としてきた経緯がある。一方、特定の居住空間を持た ない野宿者(流動層)は施策の対象から外れており、より劣悪な状況での生活を余儀なくされて いる。また、東京都の施策を拒否する野宿者や、一度施策にのりつつも、何らかの理由で失敗し た野宿者に対しては、都は積極的な援助を試みない。
これらのことからも東京都が提供するセーフティネットにかからない野宿者が一定数存在する
1202ヶ月という期限付きの入所期間に野宿者は自立支援センターに住民票を設定し、ハローワーク等で常用の仕 事を探し、月給を貯めて、最終的には施設を退所し、アパートで自立生活を目指す。現在、都内には5ヶ所に自 立支援センター(総定員326人)が設置されている。東京都の報告によれば、2007年の1月末の時点で7,057人 が利用し、そのうち約51パーセントが就労自立している。
121ホームレス地域移行支援事業とは都が借り上げた住宅を2年間低料金で貸し付けるもので、この期間中に自立 した生活に向けての就労機会の確保および生活相談を実施する。自立支援センターは、就労支援を経過したのち に住居に移行する流れとなるが、このホームレス地域生活移行支援事業では就労支援の前にまず生活の拠点にな る住居の確保を目指す。
122 s内5公園でのホームレス地域生活移行支援事業の状況 都立戸山公園 区立新宿中央公園 区立墨田公園 2004年9月〜
実施期間
2005年2月
移行人数 228人
2004年9月〜
2005年2月 193人
2005年2月〜
2005年5月 194人
都立代々木公園 都立上野恩賜公園 2005年7月〜
2006年2月 274人
2005年9月〜
2006年2月 301人
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ことが容易に理解されよう123。東京都心部も釜ヶ崎と同様、民間のボランタリーなグループが公 的なセーフティネットから排除された野宿者の支援活動を展開しており、その主要な担い手は世 俗的な野宿者運動団体124とキリスト教との結びつきの強いFR0となっている。
ホームレス地域生活移行支援事業以降、野宿者の存在は見えにくくなったものの、支援団体が 炊き出しをする時には、各地に点在している数百人の野宿者が一時的に集まり、可視化する。こ のように、彼らは厳重な警備の網の目を掻い潜りながら脆弱な生を維持している125
世俗的な野宿者運動団体の活動については、活動家自身の著書や団体が発行する刊行物、研究 者による調査報告などを通してある程度明らかにされているが(笠井1999,北川2002,湯浅 2007)、もう一つの支援団体であるFR0の活動は、担い手自身が対外的な活動報告に消極的であり、
また、他機関との協働の機会が少ないために、未だその内実が十分に明らかになっていない。以 下では、東京都心部で大規模な野宿者支援をおこなっている韓国系プロテスタント教会の「地の 果て宣教教会」と「東京中央教会」を取り上げ、それらが野宿者支援をおこなうようになった背 景と、実際の支援のアプローチをみていく。
3−2.地の果て宣教教会
シムウォシスク
地の果て宣教教会は、1998年2月に韓国人の沈元石牧師が東京の自宅で数名の信者と礼拝をも っようになったことに端を発する。同年4月、ビルの一室を借り、そこを教会として利用するよ
うになった。その頃、路傍伝道を通じて出会った2人の野宿者がきっかけとなり、日曜目と平目 にホームレス伝道を実施するようになった。同年12月には、物件の賃貸契約が打ち切られたこと で教会を喪失し、しばらくの間、新宿中央公園で日曜礼拝をおこなうなど、困難な時期を経験す
るが、2000年1月、台東区にあるビルのワンフロアを借り、礼拝堂を設けるようになった。以降、
比較的順調に教会が成長していった。現在、地の果て宣教教会には約150人の信者が在籍してお り、そのなかで日本人が半数近くを占めている126。なお、地の果て宣教教会の礼拝には韓国人ニ ューカマーも多く参加するが、使用言語は日本語に限られている。このことからも、この教会が 日本人の信者形成に積極的であることがうかがえよう。
地の果て宣教教会が短期間のうちに比較的多くの信者を集めることができたのには大きく2つ の理由が考えられる。ひとつは、沈牧師が日本の大学院で日本語研究をおこなった経験があるこ
とから、流暢に日本語を操り、日本文化にも精通していることを指摘することができる。このこ とによって日本人の信者は言語的・文化的な障壁をあまり経験することがなく教会に帰属するこ とができたと推測することができる127。
1232009年の厚生労働省の調査では東京都23区の野宿者が3,105人となっている。
一24 結椏s心部の代表的な野宿者運動団体として新宿に本拠を構える「新宿連絡会」と渋谷に本拠を構える「渋谷 のじれん」がある。両者は野宿者問題を構造的な問題であると捉え、野宿者を支援するという点で一致している が、行政による野宿者対策の評価をめぐって立場を異にしている。
125 ?h者の多くは「食」の確保のため、複数の野宿者運動団体や教会をハシゴしながら生活をしている。ほとん どの野宿者はそれぞれの団体の主張の違いに拘泥することなく、「食」を確保する機会として融通無碍に接近を 試みる。筆者はこれまでの調査のなかで、同一の野宿者がラディカルな政治的要求を掲げる野宿者運動団体の炊
き出しと韓国系プロテスタント教会の炊き出しの双方に参加するケースを何度も見てきた。
126 ウ会設立当初は個人単位での入信が目立ったが、教会に所属する期問が長くなるにつれて家族単位で入信する ようになり、信者が増加したという。2009年1月11目に筆者が参与観察をおこなった「一般信者」の主目礼拝 には35人の韓国人と30人の日本人が参加していた。
127「地の果て宣教教会」は毎週日曜目に2回礼拝を設けるが、両方とも日本語で礼拝を行い、韓国語の通訳はお 72
もうひとつは、地の果て宣教教会が聖霊の働きを重視する教会であり、そこでは信者たちが霊 的世界を実体験することができると信じられていることである128。
信者たちは地の果て宣教教会に来て聖霊を見るようになったら、聞こえるようになったから、
圭の篠として生きるようになるのです。「肉」の情欲からも解放されて、本当に敬度なクリ スチャンとして生まれ変わり、満たされるようになるのです。みんな生活のなかで聖霊を体 験しています。ここへ来ると変わるのですよ、人生が。去年だけでも、病院で死を宣告され た人の病気がここに来て治りましたよ。こういうことはここでは普通のことなのですよ。神 の力を心底信じていない教会はすぐに病院に行くことを勧めるけど、ここは(病気にかかっ ていても)病院に行っていない人がいっぱいいるのですよ129。
この語りが示すとおり、地の果て宣教教会では「病気の癒し」などの聖霊体験を契機に信者の 信仰が確たるものへと変化する事例は枚挙にいとまがない。信者の居住地は東京都のみならず、
成田市、横須賀市、横浜市、栃木市など、都外にまで及んでいる。彼らは地元の教会では容易に 体験することのできない「精霊との交わり」を求めて、遠方から地の果て宣教教会に通っている
のである。
地の果て宣教教会は、釜ヶ崎で活動する韓国系プロテスタント教会とは異なり、比較的多くの
「一般信者」を有する教会だが、ホームレス伝道を教会の最も中心的な活動と位置付けており、
現在、週4回、教会の内外でホームレス伝道を実施している。1回のホームレス伝道にっき、約 300人の野宿者が集まり、毎回、説教後に食事を提供している。ランチプレートにサラダ、ご飯、
ハムなどの肉類、揚げ物などが盛りつけられた食事は、昼食として十分な質と量を備えている。
このような大規模なホームレス伝道を実行するためには、大量の食糧が必要となるが、地の果て 宣教教会では、信者による支援の他に、東京都福生市にある米軍横田基地や、生活困窮者への食 糧支援をおこなっているNP0法人セカンドハーベストジャパンなど、外部団体から定期的に支援 を受けている130。またホームレス伝道の継続的実施には十分な人材が必要になるが、地の果て宣 教教会では、教会で共同生活をしている10数人の信者たちが積極的に活動に参与している。その
うちの半数は20代から30代にかけての青・壮年層の日本人と韓国人である。そして、残り半数 が中高年の(元)野宿者で、彼らは食事の準備、物資の運搬、会場の設営など、実働面における 中心的役割を担っている。
そもそも「一般信者」の形成に一定程度成功している地の果て宣教教会が、多大な労力をかけ てホームレス伝道をおこなう理由はいかなるものなのか。沈牧師は次のように説明する。
ホームレス伝道をやるようになったのは、私が深い祈りをするなかで、ホームレスだけに集 こなっていない。1回目の礼拝は「一般信者」向けの礼拝で、毎週70人〜80人が参加する。2回目の礼拝は野宿 者向けの礼拝で、毎回300人が参加する。
128 M者が参与観察をおこなった地の果て宣教教会の祈祷会では、集団で祈祷しているときに日本人の中年女性の 信者が突然「悪霊の声」を発するという事態が生起し、それを沈牧師が「悪霊の追い出し」によって治めるとい
う出来事があった。
1292009年1月11目におこなった地の果て宣教教会の沈牧師への聞き取り調査データからの抜粋。
130ホームレス伝道で提供される食事のメニューは、支援を受けた食糧の内容によって決定される。
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