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第二章 野性と本能

第三節 野生と文明の中間点

ネイチャーライティングは、場所の文学(Literature of Place)と言われることがある

(伊藤 11)。作家が、ある場所に属し、その土地、水系、動植物といった環境の一部 となって新たにエコロジカルなアイデンティティを確立することがエコクリティシズ ムの目指すところであるが、ソローの作品は、ある土地についてのストーリーであり、

その場所との関わりについて書かれているものである。訪ねた土地に存分に関わり、

その場所で感じた感覚を記録するソローであったが、同時にそれはいつでも故郷コン コードと比較される対象ともなっていたのである。ソローは、コンコードを、また『ウ ォールデン』の舞台となったウォールデン湖畔を、野生(原生自然、荒野)と文明(都 会)の間の中間点と考え、そうした場所こそ、創作に携わるにふさわしい場所である と考えた。

ソローは『メインの森』の「チェサンクック」の章の末尾に、3度目のメインへの 旅の感想を記し、その土地について次のように述べている。

Nevertheless, it was a relief to get back to our smooth, but still varied landscape. For a permanent residence, it seemed to me that there could be no comparison between this and the wilderness, necessary as the latter is for a resource and a background, the raw material of all our civilization. The wilderness is simple, almost to barrenness. The partially cultivated country it is which chiefly has inspired, and will continue to inspire, the strains of poets, such as compose the mass of any literature. (MW.155)

それにしても、我々の居住地のなだらかな、それでいて変化に富む風景へと帰っ てゆくとほっとする思いがした。幾久しく住むための場所として荒野とこことを 較べるならば、それは問題外だと思われる。荒野は我々の文明全体の源泉や背景 として、また素材としては不可欠であるが。荒野は単調である。ほとんど不毛な までに。詩人の調べにこれまで霊感を与えてきたし、今後も与えつづけて、諸々 の文学の作品を実らせてくれるものは、やはりこのいくぶん開拓された土地なの だ。 (小野訳 222)

と、コンコードの自宅に帰って安堵したことを書き記している。ソローの言う「いく

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ぶん開拓された土地」とは、故郷のコンコードもそれらの一つであると考えられる。

そして、そのような居住地が長く住むに相応しい場所だと述べている。そのような野 生と文明の中間的な場所で、詩人は霊感を得、芸術は生み出されると考えたのである。

野生は、「単調で」「不毛」とまで言っているが、ソローが野生へと向かったのは、そ れを知るためであったのだろうか。この一節の後にソローは次のように続けている。

But there are spirits of a yet more liberal culture, to whom no simplicity is barren. There are not only stately pines, but fragile flowers, like the orchises. Commonly described as too delicate for cultivation, which derive their nutriment from the crudest mass of peat. These remind us, that, not only for strength, but for beauty, the poet must, from time to time, travel the logger’s path and the Indian’s trail, to drink at some new and more bracing fountain of the Muses, far in the recesses of the wilderness. (MW. 156)

とはいえ、さらに鷹揚な教養の精神の持ち主がおり、その人らにとっては単純イ コール不毛ということにはならない。森には堂々たる松の木々だけでなく、野生 のランのようなかよわい花もある。あまりかぼそいので栽培に適さないと一般に は述べられているが、それは全くごつい泥炭の塊から養分を引き出しているので ある。こうしたものにより思い起こされるのは詩人のことだ。詩人は力のみなら ず美をも求めて、時々はきこりの小道やインディアンの踏み分けた道を辿らなけ ればならない。はるかな荒野の奥で、新たな、さわやかさのみなぎる詩神の泉で 飲まんがために。 (小野訳 223-4)

ここで、ソローは野生が必ずしも不毛であるとは限らないと訂正を付け加え、野生の 中の、一見、脆そうに見える小さな花が、「ごつい泥炭の塊から養分を引き出している」

と述べる。そして、ソローはそのような美を詩人は見出ださなければならないとして いるのだ。詩人は、野生から、粗野なものの中で育まれている繊細な美を住処に持ち 帰り、詩にしなければならないとソローは感じている。そして、詩が生まれるのは、

そのような中間地点、次に描写したような場所であるとする。

Perhaps our own woods and fields,--in the best wooded towns, where we need not quarrel about the huckleberries,--with the primitive swamps scattered here and there in their midst,

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but not prevailing over them, are the perfection of parks and groves, gardens, arbors, paths, vistas , and landscapes. They are the natural consequence of what art and refinement we as

a people have, --the common which each village possesses, its true paradise, (MW. 155

我々の町村には実に見事に樹木が茂り、コケモモの類が豊かで、それを求めて争 う必要もなく、その森や野原では、中心部のあちこちに原始以来の沼地が散らば っている。けれどもそれは全面的なものではなく、公園、木立ち、庭園、あずま や、小道、並木道、景観を持つそれは完成された姿となっている。それは我々が 住民として、いかなる芸術や教養を持っているかということの自然な帰結であり、

各村々が等しく所有しているもの―真の楽園である。 (小野訳 223)

ここでソローが言う “our woods and fields”は、『ウォールデン』の舞台となっているコ ンコードの村から数マイル離れた風景のことだと思われる。ロデリック・ナッシュは、

ソローがメインの森の、想像を遥かに越えた広大さと圧力にショックを受けながらも、

合衆国が「文化大国になるための必要条件として」(“as a precondition for cultural greatness”

Nash 93 小松訳 118)、「文明と原生自然との間の均衡」(“in balancing the wild and the

dcultivated” Nash 93 小松訳 118)をとることを理想とし、ソロー自身、終始、その両

端と接触し続けたと指摘している。ソローは、コンコードを理想的な中間地点とし、

村の文化的な背景や、そこに定住してきた人々を敬愛し、全てを含めてその美しい風 景をつくっているのだと感じた。ソローにとってコンコードこそ、野生から持ち帰っ た題材をもとに、静かに詩は創られる場所であった。

賢治の場合は、故郷、花巻の風景が、ソローのコンコードの風景に対応するだろう。

賢治は、岩手のドリームランド、イーハトーヴォの農民の生活向上とそこから広がる

「世界全体のしあわせ」(「農民芸術概論綱要」校本全集第10巻 18)を追求する。こ こには賢治が理想とする空間が創造されており、ここから「世界ぜんたいの幸福」が 広がっていくことを目指していたのである。

ソローと同じく賢治も、童話「狼森と笊森、盗森」で示されていたように、野性的 な環境を保護する存在となったときに、人間本来の本能的な性質は、より精神的に高 い方向へ向かうと考えたと言える。そのような精神が育まれる場所として、ソローの 場合のコンコードや、賢治のイーハトーヴォの岩手の自然は守られなければならなか

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まとめ

本章では、賢治とソローの作品を環境文学の観点から分析し、主に両者が原生自然 を保護する立場から自然を描き出そうとしていたことについて述べた。その際、それ ぞれが自然の野性的な側面にどのように対峙したか、またその洞察がどのように自己 の思想となり創作に用いられたかについても論じた。

第一節では、賢治とソローが、創作活動の比較的早い時期から「野性」に関心を持 っていたことに関して、両者が同時代の博物学や自然科学などを読み、そこから大き な影響を受けていたことについて述べた。つまり賢治の場合は、大正時代に丘浅次郎 の『進化論講和』によって日本に紹介された進化論が説く、「人は獣類の一種であるこ と」という考え方に影響を受け、それによって動植物を人間と対等のものであるとい うことを常に意識していた。

ソローの場合は、大学時代から野性的なインディアンに興味を持ち、『メインの森』

においても、ガイドのインディアンについての言及が多く見られた。ソローは、メイ ンへの旅に並行してウォールデン湖畔での生活を送ったが、ウォールデンにおいて、

生物の本能的な部分が自己の中にもあることを発見するなど、この時期、自然の野性 的部分と善的な部分との整合性を測ろうと模索していた。

第二節では、賢治が丘の『進化論講和』において述べられた、進化の過程で生物に は前世の「過去の記憶」が潜在的に残っているという考えに影響されつつ、自己救済 のために修行につとめたことを述べた。

またここでは、ソローが自然の中での体験によって、自己と動物の本能的な性質に ついての同質性を見出だすことについて考えていたことを述べた。ソローは、本能的 な性質に“the good”と “the wild”という二極的なものがあると考え、原生自然に入って 行って、その二面性をどのように解するかを模索していたのだった。

第三節では、賢治とソローがともに、自己が日常的に生活していた岩手やコンコー ドが創作活動に最適な場所と考えていたことについて述べた。つまり、両者は野生と 都市の間の中間点で詩が生まれると考えていたのだ。この際特に、ソローの場合は、

原生自然は時々訪れる場所であって、そこから創作のための活力を得ることができる と考えていた。

賢治とソローは、人間の動物的な性質に着目していて、それに真摯に対峙するが、