と う
Ill (111)
コ 究極
その点から云えば︑主体そのものが黙したまま で 法身のはたらきをなす︵ 神 不言の化︶︑と云え るであろう︒
第五に︑仏体は︑事実上法身と応身との融合し たものである︒言葉をかえて云えば︑理念と現実 と曳献 じたもので ある︒法身と応身とは分かたるべきものでほ な それは︑云わば純粋連続の不連続と云 う べき ものであろう︒純粋 連続は︑不連続において始めてその実態に触れ ることができる︒この点に﹁大乗大義 章 ﹂に 現わ れている羅什の ︑ ︵ 9 ︶ ﹁妙行法性生身を真の法身となす﹂という仏身 観 の 反映を見ることができる︒
慧遠がこのように︑素朴ながらも鋭い思索 と豊 かな宗教体験において︑道の究極を追究したこと は ︑仏教的精神の い 応身のはたらきを有し︑無縁の慈と云われる︒ しかしそのような仏体は︑もとより主体にっ な がっている︒従って 滞 情は融け︑また仏体にまみえることによって ︑ 宿業の迷妄が除かれる︑ということである︒ そ れば変広 き ね まりな それ自身の明瞭な作用を有するものである︒ そ の 端的なあらわれは︑仏体の玄昔を聞くことによ って︑ 塵 累は消え︑ 法身の究極なるものについてもまた︑同一の 観 念 が主張されて
することにおいて︑自己性を離れた主体は ︑仏 体 そのものであ 徴は ︑自己の主体を通じて仏身が感知されると い︐ヮ 点で︑第一 ないという ヱ思味 で︑第二の特徴に結ばれている であろう︒
第四に︑このような仏体は︑たんに主体そのも のであり︑ ま ooooooooo いる︒ともかくもここでは︑おのずからなるもの に帰
ると考えられているのであろう︒従ってこの第二 一の 特 の 特徴にっながるし︑自己の主体はただちに 仏 体でほ た 自己性を離れているというだけでほない︒ そ れは︑
︵ 3 ︶﹁弘明集﹂巻石︑﹁ 答何鎮南 ︑ 釈 慧遠﹂大五二 ・㏄㏄の1 % 杖仁 ︵ 4 ︶﹁老子﹂第六四章に ︑
﹁合抱の本は︑ 亀末 より 生ず ﹂ とあり︑抱きまわすほどの大木も ︑ 始めは小さな 芽よ り生ず ︑ということで︑合抱の二星 が ︑老子のこの @ ロ 莱に 関係ありい
とすれば︑どの教えも︑根源は一つの芽にほかならな い︑という意になるであろうか︒ ︵ S ︶﹁弘明集﹂巻石︑﹁沙門不敬王者論 体 極下隷 応 ﹂第四︑大五二・ ピ下
﹁聖人は一を抱いて天下の式となる 0 ﹂︵第二二章︶ やす ﹁苦の 一 を得たるものは︑天は一を得て以て清く ︑地 は 一を得て以て 寧く︑ 神は一を得て以て豆なり︒谷は 一 を 得て以て 盈ち ︑万物は一を得て以て生じ︑ 王 候は一を得て以て 天下の貞たり︒それ之を致すは一なり︒﹂︵第三九章︶
という︒
︵ 7 ︶﹁老子﹂には大について︑
﹁ 吾 れその名を知らず︑これを 字 して道といい︑強いて これが名をなして大という︒・・・・・・道は大なり︑天も大 なり地も
とハブ ︒
︵ 8 ︶﹁弘明集﹂巻立﹁太宗不順化﹂第三︑大五二・㏄ つい ︵ 9 ︶﹁老子﹂ 第 ‑ ハ章
茄 ︶﹁老子﹂第一四章 ︵ rl. ︶﹁荘子﹂漢文大系 九 ︑斉物論第二︑三五頁
︵は︶﹁弘明集﹂ 巻五 ︑大五二・ど下 ㍍じ回 右
花 ︶﹁出三蔵記集﹂ 巻一 0 ︑﹁大智論 抄序 ﹂第二一 ︑大五五・㍉切戸ー㏄ 元 ︶前掲 書 ︑大五五・ お 0 1ぷ 臣
︵㎎︶前掲 書 ︑大五五︐おや
盧山慧遠における 道の究極
︵ w ︶﹁出三蔵記集﹂ 巻九 ︑﹁修行方便 禅 経紙 序 ﹂ 第 一四︑大五五・ひひ レ
︵ 毬 ︶前掲 書 ︑大五五・③ 0
︵㎎︶ 註 ︵ 巧 ︶参照
茄 ︶ 註 ︵㎎︶参照 ガ ︶﹁老子﹂第一五章
宛 ︶ 註待 ︶参照
宛 ︶﹁出三蔵記集﹂番一 0 ︑﹁何 % 畳心序 ﹂第一一 ︑大五五・ SO
︵ 舛 ︶ 註 ︵Ⅱ︶参照
元 ︶﹁弘明集﹂ 巻五 ︑﹁ 答 何 % 南 ﹂︐大五二・おい
死 ︶﹁弘明集﹂拳玉︑﹁朗報 応諭 ﹂︑大五二・お い
万 ︶﹁広弘明集﹂善一五︑﹁ 仏出銘 ﹂大五二・おの 巨
︵ 00 ︶岡君
︵ ん ︶﹁広弘明集﹂養三 0 ︑﹁念仏三昧詩集 序 ﹂︑大五 一一・㏄の目口
︵㏄︶﹁弘明集﹂巻立︑﹁沙門不敬王者論 体 極下乗 応 ﹂第四︑大五二︐㌣ や
釘 ︶﹁老子﹂第十ハ 草
お ︶﹁老子﹂第二九章
お ︶﹁老子﹂第三九章
菊 ︶﹁荘子﹂︑漢文大系 九 ︑﹁ 道海遊 ﹂第一︑六頁 お ︶ 同右 ︑ 一 0 頁
宛 ︶周君︑﹁青物論﹂第二︑三九頁
︵ 銘 ︶周君﹁養生生﹂第三︑三頁 ︵ 鍵 ︶﹁撫物に復帰す﹂というのが︑﹁老子﹂の第一 四章に出ているが︑意味はこの場合と全く異なって い
菊 ︶この反対論者は︑﹁荘子 ‑ の ﹁人の生は ︑ 気の 聚まれるなり︒聚まれば︑すなわち 生 となり︑散ずれ
なる﹂︵茂文大系 九 ︑﹁如此 遊 ﹂第二二︑一七頁︶ と い う 一文を引用して︑自分の立場の論拠となしている が ︑この文を
用ゆる両者の態度には相違がある︒すなむち反対論者 は ︑死生を客観的に見てその集散離合を論じている が ︑﹁荘子﹂ は ︑そうではなく︑集散離合を正しく承認することに よって ︑ 反って死生の一如を自覚しょうとするもので ある︒
︵ 即 ︶﹁弘明集﹂ 巻五 ︑﹁沙門不敬王者論︑形 尽 袖下 滅 ﹂ 巻五 ︑大五二・ ぎ 0 谷ご 同右 あ ︶岡君︑しかし﹁荘子﹂の原典には︑
﹁それ大塊︑我を載するに形を以てし︑我を労するに 生 を 以てし︑我を伏するに老を以てし︑我を息するに 死 を 以てす 0 ﹂
︵漢文大系 九 ︑﹁荘子﹂大宗師第六︑九頁︑および一八 頁 ︶
とあるっ
お ︶大患は︑﹁老子﹂第一三章に出ている︒ ﹁何をか大患を貴ぶこと身のごとしというや︒吾に大患 OO ある所以は ︑身 ありとなせばなり︒吾に身なしとなす にに及んで
は︑ 吾に何の萬かあらん 0 ﹂ 花 ︶前掲 書 ︑大五二・ ピの
お ︶ 同右 ︑漢文大系 九 ︑﹁荘子﹂大宗師第六︑一 0 頁
︵ 蝸 ︶岡君
行 ︶﹁荘子﹂前掲 書 ︑斉物論第二︑二四二五頁
︵ 穏 ︶本文九八頁参照
︵ め ︶﹁出三蔵記集﹂若一五︑大五五・ Po の C ﹁高僧 伝 ﹂巻末︑大五 0. び のの C ﹁仏祖統紀﹂養二六︑大四 九 ・ N 串の
@ ︶此の声︑伝わらず " ﹁仏祖統紀﹂には﹁法性論 ﹂一四 篇 とある 0
釘 ︶﹁高僧伝﹂巻末︑大五 0. ひ 0 む 下 ﹁歴代三宝 紀 ﹂ 巻セ ︑大四九・ お C ︑﹁仏祖統紀﹂ 巻 二六︑大四九 いの N Ⅰ 肛
︵ フ ︶﹁出三蔵記集﹂ 巻 一五︑大五五・ Poo の﹁高僧伝 ﹂ 巻 ‑ ハ ︑大五 0. のお 下
‑ 睡︶﹁出三蔵記集﹂︵大五五︐おの㏄︶には︑慧遠の 教学上の特色を︑無生実相玄玄︑般若中道芝 妙 ︑ 即 色 聖意二桃︑緑門
板銀 之要 ︑と述べている︒
@ ︶﹁広弘明集﹂では︑﹁ 夫れ 三昧と称するは何ぞ ﹂で始まり︑﹁ 楽 邦文壇﹂では︑﹁念仏三昧とは何ぞ﹂ となっているが︑
標題は何れも︑前者が﹁念仏三昧詩集 序 ﹂で︑後者が ﹁念仏三昧 詩序 ﹂である 0
盧山慧遠における 道の究極
︵ 防 ︶﹁広弘明集﹂養三 0 ︑ ‑ ㏄︶﹁広弘明集﹂啓一五︑ ‑ 辞 ︶ 同 有 ‑ ㏄︶ 同 ︶の ぺ の 1 ︶ 窩卜
菊 ︶﹁大乗大義 草 ﹂大四五 大五二・のの︶㏄﹁ 楽 邦文 類 ﹂養ニ︑大四七・︶のの卜引 周文 は︑ 二つの典拠を案配してかかげた︒
﹁ 仏影銘 ﹂大五二︐あべの
ト ㏄㏄の
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後藤光一郎
この労作は著者が昭和三十六年東京大学文学部に提出 した 学 位論文の主要部分で︑我国聖書学の分野で最高の水準 にある︒
究 ﹂を昭和二十九年に公刊し︑旧約 学 における最大の
㈹メシア説のうち最後のメシア説の範時に属する見解
脈の中におき︑他の部分との関聯という観点から 見 た ︒この場合メシアはダビデ的映像ではなく﹁ダビデ には期待され行なかった任務を特異な方法でなしとげ いて︑従来﹁ 僕 ﹂について言われた 田 歴史的人物税︑㈲ これに先だって著者は﹁苦難の僕11イザヤ書五三七 難問の 一
批評に こで出来 基
を 打出し
直してい た 後に ︑ 自伝説︑ 早 の 研
︑タ ビデ的メシアに取って代らんとするかに見える﹂ 終 大的メシ アと 考えられている︒ ﹁第二 イ ザヤ研究﹂では︑上述の成果を第二イザヤ全体 の文 る ︒即ち四つの﹁僕の歌﹂を通じて僕の映像は一貫し ているわ けではなく︑第一と第四はメシアだが︑第二と第三は 預言者 自 穿 と解される︒四つの僕の歌乃至は第四の歌だけを 文
離す多くの試みに対して︑むしろそこにこそ第二 イザ ヤの 思想 中沢 治樹著 ﹁第二 イ ザヤ研究
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の 要があるので︑それだけを 切 離すことは不可能であ ると反駁Ⅲ
する︒本書の目的は︑この僕の歌の﹁整合性・本質的 連
厳密な原文批判に 塞 いて明らかにすることにあった と 三 = 口︐マんる ︒ い 著者は序論で右のように﹁問題と方法﹂を明らかにす ると 共 に ︑﹁歴史的背景﹂と﹁文学的構成﹂についてふれて いる︒ ま ず ︑第二イザヤに﹁ 王 ﹂についての言及がないことは その年代 の上限を示す︒第二イザヤの活動は従って 捕四 期後半 に 属し 五 三九Ⅰ八のクロスによるバビロンの陥落を境にして 二 期 に分け
られ︑イザヤ書第四 0 | 四八章と四九 | 五五章が夫々 上の二つ
の時期に相当する︒時間を示す副詞と動詞の時制︵ 完 了 未完了 制 ︶が五三九Ⅰ八を境にした時の推移を示している と 解きれ る ︒預言をまとめたのは第二 イ ザヤ自身で他の預言者 とちがっ て捕 因地の緊迫した状況からそれ 程 自由に語り得なか っ たと 考 えられる︒そこで︑ある程度始めから文字で書き記し ︑回覧 し たと思われ︑彼はその材料を︑のちにみずから 推 敵し ﹁ M キ 笘 末口 件 MW Ⅰ﹂
を 保った比較的長い単元にまとめあげたと考えられて いる︒
天上のヤハウェの王座のまわりに多くの議官が集まり 会議を ひらいているという劇詩的構成をもつ 四 0. 一| 一一 序曲にム日 まれる三なモチーフは︑前半の終曲四八・一セー二三 及び全体 の 終曲五五・六 |一 三に相呼応する︒この枠の中に第 一部︵ 第 一期︶一二単元︑第二部︵第二期︶ 六 単元が夫々第一 部 ・クロ スと イスラエル︑第二部・ 撲 とイスラエルの関係をめ
出 に含まれるモチーフを展開する︒各単元は一つ又は それ以上 の 主題をもち︑多少章節は前後するが大体で ソラテ ・ クストの