々 @C め
0
夜 な宗 流
がま教 の、 しら
も場 か 合 っ そ
に 共 れ
も 通 ら
、 の は )
自 89@ り 尋 cs9) がさ
盧山慧遠における道の 究極
玉城 康 四郎
分の奉ずる宗教のみを絶対化して他を排すると い う のではなく︑他の宗教に対しても︑同様の真 理を認めようとする
態度に出ている︒けだし自己の宗教のみを絶対 化しようとする態度ほ︑ただ我意的な狂信に発し ているか︑あるいは 宗教の教義に固執している場合それもまた 我意性の一種のあらわれであろうが 1i におこ り 得るであろう︒しか︵
し 慧遠は︑宗教の教義を求めようとしているので はない︒真理を探求し︑また体現しようとする ことが︑かれにとっ て 唯一の目的である︒慧遠は︑結局において 仏 教を奉じ︑ことに禅定を重視して︑ついには禅定 にもとづく念仏三昧
を 修しているが︑真理を探求する態度において は 終始一貫していると云えるであろう︒
慧遠は ︑ 右に論述したような点から︑他の宗教 に 対して心の門 p を開き︑いわば宗教の普遍性 と いうようなことを
念頭においていたのではなかろうか︒かれが 着 目したのほ ︑ 云 う までもなく伝統的な教えである 儒教と老荘である︒
かれは︑老荘に関して︑ 劉 遺民などにあてた 書 のなかで︑つぎのように述べている︒
﹁老荘を見るにおよび︑すな む ち︑名教これ応変 の 虚談たるを悟るのみ︒今にして観れば︑すな わち 沈 冥の趣き を 知る︒豊に仏の理をもって先となさざるを 得 んや︒いやしくもこれを会して 宗 あれ ば ︑すなわ ち 百家︑致を同じ
︐ n,, す ︵ l ︒﹂ ︶
ここで名教といっているのは︑老荘の無名の教
︑ ぇに 対して儒教を指しているのであろう︒すなわ ち 慧遠の趣旨にし たがえば︑老荘の教えを学ぶにお ょ んで︑儒教 は 変遷する世の中のそらごとにすぎない︑と知る ようになった︑しか し 今から考えてみると︑老荘の教えは︑ただ 冥亘 ︵の世界へ沈みこんでいくだけである︑したがっ て 仏教の道理を第一 とせざるを得ない︑しかし︑このような道理を 統一して︑そこに根本原理が確立されるなら︑ い かなる教えも︑儒教 も 老荘も︑その精神を同じうする︑というので ある︒このようにして慧遠は︑仏教の道理こそ 第 一 となすのではある が ︑この道理が明らかにされるなら ぼ ︑いかな る 教えも遂には一つであることを否定してはいな い 0 この書は︑ 劉遺 叱などにあてたものであり︑したがって道理の 確立される方法をつぎのように述べている︒
甜 ある︑天下もおのれも︑事物もわれも︑ 一 体であると見れば︑すべてほ ︑ ムロ抱の一事にほか ならない︑その間に優劣 却の区別はないが︑事実上の実力から見れ ば︑ さまざまな段階がある︑という︒慧遠は︑この ような段階を通じて帰一 い 峰 するところの道理を︑たんに抽象的に主張 しているのではなく︑次第に徳を進めて最後には ︑その徳を君臣や親子の 盧 関係の間にあらわすことによって ︑ 始めて内外 の 教えが知られる︑というのである︒この点に 慧 遠の思想傾向の特色
る 道の究極
と 述べている︒
名教を儒教であるとすれば︑遺訓とは老荘の教
︑ てき 指しているのであろうか︒すな ね ち︑老荘︑ 儒教︑仏教は ︑そ れぞれ︑現われているところは異なっているが︑ に 帰する点は同じで
4 ム と が ミ
︵ 2 ︶ ﹁宜しく常務を簡絶して空門に専心すべし︒然る 後に︑ 津寄 の 情 あつく︑束生の計深からん︒﹂
日常世間のつとめを絶って︑ひたすら空門に専 心す ︒ へ きである︑そ う すれば︑自己の全体が統一 されて自己の帰趨 知られるようになり︑従って栗生の想いも深ま るであろう︑というのである︒僧肇の仏教が ︑般 若 空観に徹しよう したのに対して︑慧遠は︑たんに仏道の究極 た る 法性を追求したのではなく︑やはり般若空観に 徹するという大乗 教の源流からそれていないことほ注意さるべき である︒
さらにかれは︑ ひそ ﹁常におもえらく︑追訴と名教と︑釈迦 と 周礼 と は ︑ 発致殊 なりといえども︑ 而 かも潜かに相形 饗 し︑出処誠に 異なるも︑終期はすなわち同じ︒⁝・・・天下をし て己に お
のれ物我同じく観ずれば︑すな
荒 しからしめ︑ ね ちこれ︑合抱の 一車のみ︒寛に優劣を間てて︑ 相 興するにざるくみ
非 ものあらんや︒然れども︑ 跡 よりして尋ぬれ ば ︑なお大いに兼愛 に 同じきがごとく︑遠くその実を求むれ ば︑す なわち階差分あり︒分の通ずるところ︑未だ言 う に勝ぅ べからず︒故に漸く慈しんで以て徳を進めば︑事をして 君 観 に顕わしむ︒これよりして観ずれば︑すな む ち ︑内外の教え知る ︵ 3 ︶ へく ︑聖人の情見るべし ピ
が 考えられる︒かれは︑老荘︑儒教︑仏教の同 じ 帰一処を理論的に推定しょうとするのではなく ︑自分に納得のいく
形において︑いいかえれば︑道徳の実践や禅定 の 経験において︑それぞれの教えの内的な交流を 認知しょうとするの
である︒思索と経験 は ︑慧遠の主体的な認識の ︑ 重要な二要素となっている︒
さらにまた︑かれは別の箇所において︑右にか かげた引用文の発端と︑ほぼ同じ文を以てはじめ ながら︑ 諸 教練ムロ
の 問題を一そ う ふかく追求している︒ ひそ ﹁常におもえらく︑道法と名教と︑如来と 尭孔と ほ ︑ 発致殊 なりといえども︑潜かに 相 影響し ︑ 出処誠に異なる
も ︑終期はすなわち同じ︒ 詳 かにこれを 辮 ずれ ぼ ︑指帰見るべし︒ そむ 理 ︑あるい ほ 先にムロして後に 幸 くあり︒先に 乖 いて後に合するあり︒
先に合して後に赤くものは︑諸仏如来︑すなわ ち その人なり︒先に 幸 いて後にムロするものは︑ 歴 代 君主︑いまだ ︵ ヒつ ︶ 極みを体せざるの 主 ︑すな む ちその流れなり︒﹂
これに ょ れば︑道理の上から見て ︑ ㈹先に合して 後に 幸 くものと︑㈲先に希いて後にムロするもの ︑とに分け︑前者
に 諸仏如来︑後者に歴代君主をおいている︒ そ してこれに対する慧遠の説明に よ ると︑第一の場 ムロ には︑仏の自然神
妙の法が ︑ 時にほ雲仙︑転輪聖帝となり︑時に は ︑卿相︑国師︑道士となるのであるが︑このよ うに変現してしま ︐フ
と ︑自己の何であるかということが自分で分か らなくなる︑すな む ち︑道理の上では︑はじめに 仏 として んロ している
だ 大業を成就してい
ない君王でも︑つぎつぎに歴代の君王がこれを︐ ヮ けて︑ついに大業を成就 し︑ 一つの道に帰する を 指すのであって ︑
慧遠の思索は︑この点からさらに展開している︒ すなね ち︑右の第二の立場において︑もし﹁ 乖 い て後に合する﹂
という事実が承認されるとすれば︑道を歩むも のは一機に限られるということはないであろうし ︑また︑﹁合して後に
( 残 ) 92
山 慧遠にお @ 4j ,
問 い る の に る と 自
、 も い 然 道 の う は
の に こ 、