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種  互  認

ドキュメント内 『宗教研究』176号(37巻1輯) (ページ 89-93)

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自 89@ り 尋 cs9) がさ 

  

盧山慧遠における道の  究極 

玉城  康  四郎 

分の奉ずる宗教のみを絶対化して他を排すると い う のではなく︑他の宗教に対しても︑同様の真 理を認めようとする     

  態度に出ている︒けだし自己の宗教のみを絶対 化しようとする態度ほ︑ただ我意的な狂信に発し ているか︑あるいは     宗教の教義に固執している場合それもまた 我意性の一種のあらわれであろうが 1i におこ り 得るであろう︒しか︵ 

し 慧遠は︑宗教の教義を求めようとしているので はない︒真理を探求し︑また体現しようとする ことが︑かれにとっ  て 唯一の目的である︒慧遠は︑結局において 仏 教を奉じ︑ことに禅定を重視して︑ついには禅定 にもとづく念仏三昧 

を 修しているが︑真理を探求する態度において は 終始一貫していると云えるであろう︒ 

慧遠は ︑ 右に論述したような点から︑他の宗教 に 対して心の門 を開き︑いわば宗教の普遍性 と いうようなことを 

念頭においていたのではなかろうか︒かれが 着 目したのほ ︑ 云 う までもなく伝統的な教えである 儒教と老荘である︒ 

かれは︑老荘に関して︑ 劉 遺民などにあてた 書 のなかで︑つぎのように述べている︒ 

﹁老荘を見るにおよび︑すな む ち︑名教これ応変 の 虚談たるを悟るのみ︒今にして観れば︑すな わち 沈 冥の趣き  を 知る︒豊に仏の理をもって先となさざるを 得 んや︒いやしくもこれを会して 宗 あれ ば ︑すなわ ち 百家︑致を同じ 

︐ n,, す ︵ l ︒﹂ ︶ 

ここで名教といっているのは︑老荘の無名の教 

︑ ぇに  対して儒教を指しているのであろう︒すなわ ち 慧遠の趣旨にし  たがえば︑老荘の教えを学ぶにお ょ んで︑儒教 は 変遷する世の中のそらごとにすぎない︑と知る ようになった︑しか  し 今から考えてみると︑老荘の教えは︑ただ 冥亘 ︵の世界へ沈みこんでいくだけである︑したがっ て 仏教の道理を第一  とせざるを得ない︑しかし︑このような道理を 統一して︑そこに根本原理が確立されるなら︑ い かなる教えも︑儒教  も 老荘も︑その精神を同じうする︑というので ある︒このようにして慧遠は︑仏教の道理こそ 第 一 となすのではある  が ︑この道理が明らかにされるなら ぼ ︑いかな る 教えも遂には一つであることを否定してはいな い この書は︑ 劉遺  叱などにあてたものであり︑したがって道理の 確立される方法をつぎのように述べている︒ 

甜 ある︑天下もおのれも︑事物もわれも︑ 一 体であると見れば︑すべてほ ︑ ムロ抱の一事にほか ならない︑その間に優劣  却の区別はないが︑事実上の実力から見れ ば︑ さまざまな段階がある︑という︒慧遠は︑この ような段階を通じて帰一 い      峰 するところの道理を︑たんに抽象的に主張 しているのではなく︑次第に徳を進めて最後には ︑その徳を君臣や親子の 盧 関係の間にあらわすことによって ︑ 始めて内外 の 教えが知られる︑というのである︒この点に 慧 遠の思想傾向の特色 

る 道の究極 

と 述べている︒ 

名教を儒教であるとすれば︑遺訓とは老荘の教 

︑  てき  指しているのであろうか︒すな ね ち︑老荘︑ 儒教︑仏教は ︑そ  れぞれ︑現われているところは異なっているが︑    に 帰する点は同じで 

ム  と  が ミ 

︵ 2 ︶ ﹁宜しく常務を簡絶して空門に専心すべし︒然る 後に︑ 津寄 の 情 あつく︑束生の計深からん︒﹂ 

日常世間のつとめを絶って︑ひたすら空門に専 心す ︒ へ きである︑そ う すれば︑自己の全体が統一 されて自己の帰趨  知られるようになり︑従って栗生の想いも深ま るであろう︑というのである︒僧肇の仏教が ︑般 若 空観に徹しよう  したのに対して︑慧遠は︑たんに仏道の究極 た る 法性を追求したのではなく︑やはり般若空観に 徹するという大乗  教の源流からそれていないことほ注意さるべき である︒ 

さらにかれは︑ ひそ ﹁常におもえらく︑追訴と名教と︑釈迦 と 周礼 と は ︑ 発致殊 なりといえども︑ 而 かも潜かに相形 饗 し︑出処誠に  異なるも︑終期はすなわち同じ︒⁝・・・天下をし て己に お 

のれ物我同じく観ずれば︑すな 

荒 しからしめ︑ ね ちこれ︑合抱の  一車のみ︒寛に優劣を間てて︑ 相 興するに 

ざるくみ 

非 ものあらんや︒然れども︑ 跡 よりして尋ぬれ ば ︑なお大いに兼愛  に 同じきがごとく︑遠くその実を求むれ ば︑す なわち階差分あり︒分の通ずるところ︑未だ言 う に勝ぅ べからず︒ 

故に漸く慈しんで以て徳を進めば︑事をして 君 観 に顕わしむ︒これよりして観ずれば︑すな む ち ︑内外の教え知る ︵ 3 ︶ へく ︑聖人の情見るべし ピ 

が 考えられる︒かれは︑老荘︑儒教︑仏教の同 じ 帰一処を理論的に推定しょうとするのではなく ︑自分に納得のいく 

形において︑いいかえれば︑道徳の実践や禅定 の 経験において︑それぞれの教えの内的な交流を 認知しょうとするの 

である︒思索と経験 は ︑慧遠の主体的な認識の ︑ 重要な二要素となっている︒ 

さらにまた︑かれは別の箇所において︑右にか かげた引用文の発端と︑ほぼ同じ文を以てはじめ ながら︑ 諸 教練ムロ 

の 問題を一そ う ふかく追求している︒ ひそ ﹁常におもえらく︑道法と名教と︑如来と 尭孔と ほ ︑ 発致殊 なりといえども︑潜かに 相 影響し ︑ 出処誠に異なる 

も ︑終期はすなわち同じ︒ 詳 かにこれを 辮 ずれ ぼ ︑指帰見るべし︒ そむ 理 ︑あるい ほ 先にムロして後に 幸 くあり︒先に 乖 いて後に合するあり︒ 

先に合して後に赤くものは︑諸仏如来︑すなわ ち その人なり︒先に 幸 いて後にムロするものは︑ 歴 代 君主︑いまだ ︵ ヒつ ︶ 極みを体せざるの 主 ︑すな む ちその流れなり︒﹂ 

これに ょ れば︑道理の上から見て ︑ ㈹先に合して 後に 幸 くものと︑㈲先に希いて後にムロするもの ︑とに分け︑前者 

に 諸仏如来︑後者に歴代君主をおいている︒ そ してこれに対する慧遠の説明に よ ると︑第一の場 ムロ には︑仏の自然神 

妙の法が ︑ 時にほ雲仙︑転輪聖帝となり︑時に は ︑卿相︑国師︑道士となるのであるが︑このよ うに変現してしま ︐フ 

と ︑自己の何であるかということが自分で分か らなくなる︑すな む ち︑道理の上では︑はじめに 仏 として んロ している 

  

  

だ 大業を成就してい 

ない君王でも︑つぎつぎに歴代の君王がこれを︐ ヮ けて︑ついに大業を成就 し︑ 一つの道に帰する を 指すのであって ︑ 

慧遠の思索は︑この点からさらに展開している︒ すなね ち︑右の第二の立場において︑もし﹁ 乖 い て後に合する﹂ 

という事実が承認されるとすれば︑道を歩むも のは一機に限られるということはないであろうし ︑また︑﹁合して後に 

残 ) 92 

  

  山 慧遠にお 4j , 

問  い  る  の  に  る  と  自 

、  も  い  然  道  の  う  は 

の  に  こ  、 

ドキュメント内 『宗教研究』176号(37巻1輯) (ページ 89-93)

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