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第Ⅷ章 過剰反応仮説と過小反応仮説
――リバーサルとモメンタム
前章では、行動ファイナンス研究には2つの潮流があることを指摘した。ひとつは認知 心理学を応用したアプローチであり、いまひとつは裁定取引が不完全にしか行われないこ とを重視するアプローチである。本章では、裁定不全アプローチの先駆的・代表的な研究 成果のひとつである過剰反応仮説と、1990年代に入ってから登場した過小反応仮説を考察 する。
現実世界の金融市場の制度的要因や非合理的あるいは限定合理的な投資家心理に注目 し、裁定取引が不完全にしか行われないことを重視するならば、効率的市場仮説では説明 できないアノマリーの謎に光を当てることができる。本章では、株価の過剰反応仮説と過 小反応仮説、すなわち株価の中長期リバーサルと短期モメンタムに関する研究を考察する。
1.過剰反応仮説
過剰反応仮説と株価の平均回帰
コーネル大学のリチャード・セイラーと彼の弟子で当時大学院生であったワーナー・デ ボ ン ト は 、「 株 価 は 過 剰 反 応 す る か 」 と 題 す る 論 文 で 過 剰 反 応 仮 説 (overreaction hypothesis)を提唱した。De Bondt and Thaler (1985) は、投資家は全体として過剰反応 するために、過去 2、3 年の株式収益率が特に高かったり、低かったりした銘柄は、その 後に平均回帰することを実証し、逆張り投資戦略の有効性を主張した1。
すなわち、過去 2、3 年の株式収益率が高かった銘柄から構成される勝ち組ポートフォ
リオ(winner portfolio)は、その後に株価が平均回帰するために市場平均を下回る投資パ
フォーマンスしか上げられない。反対に、過去 2、3 年の株式収益率が低かった銘柄から 構成される負け組ポートフォリオ(loser portfolio)は、その後に株価が平均回帰するため に市場平均を上回る投資パフォーマンスを上げることができるという。
こうした過剰反応仮説を検証するに当たって、De Bondt and Thaler (1985) は次のよう に述べている。
「証券価格が系統的にオーバーシュートするならば、利益のような会計データを使わ
1 Thaler (2002) p.157.
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なくても、過去の収益率のデータだけで証券価格のリバーサルを予測できるだろう。
具体的には、二つの仮説が提起される。すなわち、(1)証券価格の極端な変動の後には、
その反対方向の証券価格の変動が起きる。(2)最初の証券価格の変動が極端であればあ るほど、その後の(反対方向への)調整は大きくなる。両仮説ともウィーク・フォー ムの市場の効率性の侵犯(violation)を意味している。」2
De Bondt and Thaler (1985) が明記しているように、過剰反応仮説の検証はウィーク・フ
ォームの効率的市場仮説の反証として行われたのである。
デボント=セイラーの分析方法
De Bondt and Thaler (1985) の使用するデータは、シカゴ大学証券価格研究センター
(CRSP; Center for Research in Security Prices of the University of Chicago)に蓄積さ れた、1926年1月から1982年12月までのニューヨーク証券取引所(以下、NYSEと記 す)上場銘柄の月次収益率である。また、全銘柄の等加重平均収益率を市場平均として使 用する。
1932 年12月から先行する 36カ月間をポートフォリオ組成期間とし、その期間の各銘 柄の超過収益率 3をもとに 1933 年初めに勝ち組ポートフォリオと負け組ポートフォリオ を組成する。勝ち組ポートフォリオには、ポートフォリオ組成期間に突出した株式収益率 を上げた上位35銘柄(あるいは上位50銘柄、第Ⅹ十分位の銘柄)を組み入れる。同様に、
負け組ポートフォリオには、ポートフォリオ組成期間の収益率下位 35 銘柄(あるいは下 位50銘柄、第Ⅰ十分位の銘柄)を組み入れる。
この作業を1933年1月、1936年1月、…、1978年1月と、期間が重複しないように 3年ごとに16回繰り返す。期間が重複しない3年間保有ポートフォリオが勝ち組・負け組 とも各16本組成されるが、ポートフォリオを保有する3年間を検証期間として、その累 積超過収益率の平均値を計測する。
さらに、De Bondt and Thaler (1985) は、ポートフォリオ組成期間と検証期間をそれぞ
れ3年(36カ月間)とする場合だけでなく、1年、2年、5年の場合も検証している。
過剰反応仮説の検証結果
図8-1はポートフォリオ組成期間と検証期間を3年とした場合の勝ち組・負け組ポート フォリオの累積超過収益率である。両者とも株式収益率は平均回帰していることがわかる。
また、負け組ポートフォリオの方が勝ち組のそれより株式収益率のリバーサル(return
reversal)が顕著である。こうした現象は、勝ち組・負け組効果(winner-loser effect)と
呼ばれる。
2 De Bondt and Thaler (1985) p.795. 括弧内は引用者。
3 ここで各銘柄の超過収益率とは、各銘柄の収益率から市場平均の収益率を引いたものである。
第Ⅷ章 過剰反応仮説と過小反応仮説
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図8-1 勝ち組・負け組ポートフォリオの累積超過収益率
(注)1. 組成期間・検証期間は3年。
2. 横軸はポートフォリオ組成後の月数、縦軸は勝ち組と負け組の累積超 過収益率の平均値。
3. ポートフォリオは、それぞれ収益率上位・下位35銘柄で組成。
(出所)De Bondt and Thaler (1985) p.800, Figure 1. Also in ABF : 257.
図8-2 負け組・勝ち組ポートフォリオの累積超過収益率の差
(注)1. 組成期間・検証期間は1年、2年、3年。
2. 横軸はポートフォリオ組成後の月数、縦軸は負け組の累積超過収益率 から勝ち組のそれを差し引いたいた差の平均値。
3. ポートフォリオは、それぞれ収益率下位・上位35銘柄で組成。
(出所)De Bondt and Thaler (1985) p.802, Figure 2. Also in ABF : 260.
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図8-3 勝ち組・負け組ポートフォリオの累積超過収益率
(注)1. 組成期間・検証期間は3年。
2. 横軸はポートフォリオ組成後の月数、縦軸は勝ち組と負け組の累積超 過収益率の平均値。
3. ポートフォリオは、それぞれ収益率上位・下位35銘柄で組成。
(出所)De Bondt and Thaler (1985) p.803, Figure 3. Also in ABF : 261.
図8-2 は、それぞれ35 銘柄で組成した負け組ポートフォリオと勝ち組ポートフォリオ の累積超過収益率の差をプロットしたものである。図8-2の3本の折れ線グラフは、下か らポートフォリオ組成期間を1年、2年、3年として検証したものである。ポートフォリ オ組成期間を長くとると、勝ち組・負け組効果が顕著に現れる。これは株価の中長期リバ ーサルと呼ばれる。ポートフォリオ組成期間を1年程度の短い期間にすると、勝ち組・負 け組効果は全く観測できなくなってしまう 4。これは後述する株価の短期モメンタムが、
中長期リバーサルを打ち消してしまうためである。
図8-3はポートフォリオ組成期間を5年とした場合の勝ち組・負け組ポートフォリオの 累積超過収益率である。勝ち組・負け組効果が顕著に現れていることがわかる。とりわけ、
負け組ポートフォリオの折れ線グラフに5回の急上昇が観測できる。この急上昇はいずれ も1月に起きており、カレンダー効果の中でも一月効果(January effect)として知られ るアノマリーである。一月効果とは、端的に言えば、1 月の月次収益率が他の月の月次収 益率よりも非常に高いという、証券価格の季節変動パターンのことである。こうした暦に 関するアノマリーは、カレンダー効果(calendar effect)と呼ばれる。図8-3から負け組 ポートフォリオの過剰反応の修正は毎年1月に行われ、年を追うごとに小さくなっていく ことがわかる。
4 De Bondt and Thaler (1985) p.800.
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De Bondt and Thaler (1985) は効率的市場仮説を公然と反証した論文である。米国の経
済経営系学会では、当時は今以上に効率的市場仮説が権勢を振るっていた。その時代の米 国の学会のトップジャーナルに、効率的市場仮説を公然と反証した論文が掲載されたこと は奇跡的ですらある。デボントの指導教授でこの論文の共著者でもあるセイラーが、デボ ント=セイラーの1985年論文の誕生秘話を近著で次のように明かしている。
「こうした結果(デボントとセイラーの分析結果のこと――引用者)を得てほどなく して、私たちに幸運が舞い降りてきた。ハーシュ・シェフリンがアメリカ・ファイナ ンス学会(AFA)の年次総会でセッションを開くよう依頼されていて、ワーナーと私 にそこで今回の発見を発表する機会を与えてくれた。当時、AFAの機関誌であるジャ ーナル・オブ・ファイナンス誌は、年次総会で発表された論文だけを集めた特集号を 年 1回発行していた。セッションの主催者がそこで発表された論文を 1つ推薦でき、
その年の AFA 会長がどの論文を掲載するか、最終判断する。選ばれた論文は数カ月 後には雑誌に掲載され、正式な査読のプロセスは通らなかった。かくしてハーシュは ジレンマに陥った。会議に提出することになっていた自分の論文を提出するべきか、
それとも私たちの論文を推薦するべきか(セッションで発表される3つ目の論文はす でに同誌に投稿されていたので、推薦の対象にならなかった)。ハーシュは、ソロモン の知恵と年寄りの多少の厚かましさの合わせ技で、論文を2つとも推薦した。ここで 幸運の女神が私たちにほほえんだ。その年の AFA 会長は、オプション価格形成モデ ルのブラック=ショールズ方程式を共同で開発した故フィッシャー・ブラックだった のだ。反逆者の一面もあるブラックは、論文を2本とも掲載することを選んだ。
ワーナーとの共著論文は 1985 年に出版され、いまでは広く知られるようになって いる。しかし、もしもハーシュが裏ルートでジャーナル・オブ・ファイナンス誌に掲 載する道を開いてくれなかったら、この研究結果を公表するのに何年もかかっていた だろうし、へたをしたら論文そのものが出版されていなかったかもしれない。何しろ 私たちの研究結果は効率的市場仮説を明確に侵害するものであり、まちがっていなけ ればならないことは誰も“わきまえて”いたため、査読者は強い疑いの眼を向けてい ただろう。」5
かくして行動ファイナンスの理論史を語る上で決定的に重要な論文が誕生したのである。
エクストラポレーション・バイアス
イリノイ大学のジョセフ・ラコニショク、ハーバード大学のアンドレイ・シュレイファ ー、およびシカゴ大学のロバート・ヴィシュニーは、「逆張り投資、外挿およびリスク」と 題する1994年の論文で、エクストラポレーション(extrapolation:外挿)という概念を
5 Thaler (2015) pp.223-224. 訳314-315頁。引用部分は遠藤真美の訳文であるが、訳本全体を通して秀 逸な翻訳である。ただし、人名の表記は引用者である筆者が修正している。