第Ⅹ章 GPIF の基本ポートフォリオの変更を巡って
5. 結び
第ⅩⅢ章 我が国の家計のリスク資産運用を巡って
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世帯と「あまり知らない」世帯のグループ間、および「ある程度は知っている」世帯と「よ く知っている」世帯のグループ間には有意差はなかったが、それ以外のすべてのグループ 間には有意水準1%で有意差が観測された。すなわち、NISAの認知度が高い世帯ほど、そ の金融資産総額は大きいといえる。これは、投資リテラシーを高める投資教育の重要性を 示唆している。
表13-4 NISA認知度と金融資産総額(万円)
NISA認知度 平均値 標準偏差 中央値 四分位範囲 回答数 よく知っている 2,671.4 4,634.5 1,500 2,700 47 ある程度は知っている 2,024.7 4,470.9 700 1,738 216 どちらともいえない 1,256.4 3,637.5 200 550 67 あまり知らない 721.7 1,235.9 300 900 149 まったく知らない 644.2 1,342.6 150 550 141
(出所)表13-1に同じ。
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施することができるが、その一方で、調査回答者がインターネットのヘビー・ユーザーに 偏りがちになることが懸念される12。本稿では回答者の属性を予め限定することによって 各世代からサンプルを抽出したが、それでも回答者はインターネットのユーザーに限定さ れるし、サンプルが偏りがちになる懸念は拭えない。インターネット調査の分析・考察に おいては、サンプルの代表性に十分に留意する必要がある13。
12 小田 (2009) 115-118頁。
13 本稿では、インターネット調査から得られたデータを、可能な範囲で金融広報中央委員会 (2013) や 総務省統計局のデータと照合しながら分析を行うことによって、サンプルの代表性に留意した。
第ⅩⅣ章 財政破綻リスクと資産運用戦略
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第ⅩⅣ章 財政破綻リスクと資産運用戦略
――無リスク資産の存在しない現実世界で考える
本稿ではこれまで、MPT(現代ポートフォリオ理論)の誕生から行動ファイナンスの展 開までの理論史を研究し、我が国の家計・年金基金の資産運用への示唆を探ってきた。MPT と行動ファイナンスのいずれの議論においても、トービンの1958年論文(Tobin 1958)
の公刊以降は、万人に利用可能な一意的な単一のリスク資産と単一の無リスク資産が想定 されてきた。
すなわち、MPT によれば、万人にとって最適ポートフォリオはグローバル市場ポート フォリオである。したがって、最も優れた株式投資法は世界の株式市場の忠実な縮小コピ ーを保有すること、すなわち世界中の株式市場の各銘柄を、その時価総額で加重して分散 投資を行うグローバル運用となる。他方、MPT では、個人がどれだけのリスクをとるか は、各個人の選好や効用関数に基づいて、リスク資産と無リスク資産の比率を決定すべき とされている。このアセット・アロケーションの決定において、無リスク資産とは、MPT の本家である米国では米国短期財務省証券とされているが、我が国では日本国債が無リス ク資産とされてきた。こうした無リスク資産については、これまでほとんど考察されてこ なかった。
しかし、我が国の財政破綻の可能性を考慮すると、日本国債はもはや無リスク資産では ない。財政破綻は資本逃避と円安・ドル高をもたらす。本章では、我が国の財政状況と終 戦後の預金封鎖と財産税の実際を考察することによって、日本国債はもはや無リスク資産 ではないことを指摘する。
その上で、無リスク資産の存在しない現実世界の日本人(正確には日本国の居住者)の 資産運用において、無リスク資産運用はどうあるべきかを考察する。それは、主として米 国において展開されてきた証券投資論の理論史研究から、我が国の家計・年金基金の資産 運用への示唆を探るためには、我が国の財再破綻リスクと資産運用戦略を、無リスク資産 の存在しない現実世界で考えなければならないからである。
さらに、日本人の外貨建て資産運用が我が国経済に与える影響について考察する。
最後に、資産運用の観点から、我が国の政府債務残高の行方を考える。
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1.我が国の財政状況と終戦後の預金封鎖の実際
我が国の財政状況
我が国の中央政府と地方政府の債務残高は、2016年度末には1062兆円に達し、その対
GDP比率は205%となり、主要先進国の中で最悪の状態にある。このうち地方の長期債務
残高は、1990年度末に67兆円、1996年度末に139兆円、2006年度末に200兆円、2016 年度末に196兆円と2000年代初頭以降は横這いで推移している。これに対して国の長期 債務残高は増大を続けている。地方政府が債務残高の増大を抑制する一方で、国の財政状 況は各年度のフローで見ても、各年度末のストックで見ても非常に厳しい(図14-1)。
図14-1 国と地方の財政状況
(出所)財務省 (2016a) 23頁より転載。
財務省によれば、1990年度から2016年度にかけて普通国債残高は664兆円増加してい る。この間の増加分の内訳は、歳出の増加が378兆円(うち社会保障関係費251兆円、地 方交付税交付金等82兆円、公共事業関係費 59兆円、その他歳出は減少)、税収等の減少 が138兆円、90年度の収支差分による影響が74兆円(毎年度約3兆円の債務増の26年 分)、その他要因(国鉄等債務承継など)が74兆円となっている1。高齢化を背景にした社 会保障関係費の増加が顕著である。
他方、2011年に我が国の貿易収支は 31年ぶりに赤字に転落し、2015 年には5年連続 で貿易赤字を拡大した(図 14-2)。我が国はこれまで加工貿易国として貿易黒字を稼ぎ、
対外投資によって第一次所得収支黒字を拡大し、対外資産と外貨準備を積み上げてきた。
このため経常収支黒字は維持しているが、加工貿易国としての日本経済の基本構造が揺ら いでいる。今後、経常収支まで赤字となると、国債の市中消化が困難になり、長期金利の
1 財務省 (2016a) 9頁。
第ⅩⅣ章 財政破綻リスクと資産運用戦略
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急騰やデフォルトといった財政破綻が起こらないとは言い切れない。
図14-2 我が国の経常収支の内訳(単位:億円)
(出所)財務省「国際収支総括表【暦年】」より筆者作成。
なお、財政破綻のメルクマールとなるデフォルト(債務不履行)は、対外デフォルトと 国内デフォルトに大別できる。政府債務も自国通貨建てと外貨建てに大別できるので、政 府債務のデフォルトは、①外貨建て債務の対外デフォルト、②自国通貨建て債務の対外デ フォルト、③自国通貨建て債務の国内デフォルト、④外貨建て債務の国内デフォルトの 4 つに形式的には大別できる。このうち、現在の我が国で懸念されるのは②と③の自国通貨 建て債務のデフォルトである。これを考えるために、次項では終戦後の我が国の財政と預 金封鎖と財産税の実際を考察する。
預金封鎖と財産税――我が国の終戦後の実際
まず、預金封鎖と財産税が行われた終戦後の我が国のインフレと政府債務残高の状況を 概観してみよう。終戦後の我が国では、生産が生存最低水準まで低下して、1947年下半期 以降に急速にインフレが激化し、ハイパーインフレーションが引き起こされた(図14-3)。 この動きに符合して、政府債務残高の名目値・ ・ ・も終戦後に急膨張している(図 14-4)。ハイ パーインフレーションは国民所得の名目値・ ・ ・も終戦後に急膨張させたので、その結果、我が 国政府の国債借入金等の対国民所得比は終戦後に急落している(図 14-5)。これはハイパ
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ーインフレーションによって、我が国の政府債務残高の実質値・ ・ ・が急減したことを示してい る。
図14-3 卸売物価指数の推移
(注)1948年1月=100として指数化。
(出所)大蔵省財政史室編 (1978) 表12より筆者作成。
図14-4 1935~52年の政府債務残高の推移(単位:億円)
(出所)大蔵省財政史室編 (1978) 表103より筆者作成。
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図14-5 国債借入金等の対国民所得比の推移
(注)国民所得は1945年までは暦年、1946年度以降は会計年度。
1945年は国民所得のデータがない。
(出所)大蔵省財政史室編 (1978) 表108より筆者作成。
終戦後のインフレが高進していく中で、大蔵省主税局の1945年11月2日付の文書に現 金預入と新円切替を行う案が登場する2。政府債務残高の急増とインフレの高進という戦後 の国家的危機の中で(図14-3・図14-4・図14-5)、財産税と合わせて預金封鎖を行うとい う構想は、「一億戦死」や「全国民戦死」という発想に基づいていた。当時の大蔵大臣の渋 沢敬三は「一ぺんみな死んだと思って相続税を納めることにしたって悪くないじゃないか」
3と後に回想している。
こうした構想は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)との折衝を経て、金融措置を含む
「経済危機金融対策」として1946年2月10日以後に確定したと思われる。その後、1946 年2月14日~16日までの3日間で、閣議、内奏、枢密院審議、各省・金融機関への内示、
戦後通貨物価審議会への報告等の手続きを経て、1946年2月16日(土)夕方に一連の法 令と措置として公表された。その中で通貨金融関係として、「金融緊急措置令」「臨時財産 調査令」「日本銀行券預入令」が公布され、2月17日より預金封鎖が実施された。
これら一連の措置は2 月16日の夕方に渋沢敬三蔵相がラジオ放送で演説して国民の知
2 大蔵省財政史室編 (1976) 71-72頁。以下、本項の我が国の終戦後の事実関係に関する記述については、
主に大蔵省財政史室編 (1976) に負う。
3 大蔵省財政史室編 (1976) 69頁。回想日は1951年11月1日(同書91頁)。