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連続水制による河川営力の活用(メコン川)

第 4 章 河川技術者の先駆的な取り組み

4.1 連続水制による河川営力の活用(メコン川)

4.1.1 はじめに

河岸侵食は,アジアの発展途上国にとって,最も深刻な国土保全問題の一つである.解決を 困難にしている要因は,侵食形態の大きさと河川管理予算の不足である.モンスーン地域の河 川は,毎年の明瞭な雨季と乾季による水位変動のため,河岸侵食の規模が大きい.これに対し,

河川管理に充てられる財源が限られているのが一般的である.

このような状況の中で,ラオスではメコン川の河岸侵食が問題となっていた.ゴールデント ライアングルに位置するボケオ県(図4-1)では,3kmにわたる河岸侵食が進行し,村落の流 出などが発生していた.これに対してラオスは,日本からの国際技術協力によって石積みの連 続水制が導入された.水制の設置は1998年に始められ,2005年までに20基が完成した.以来,

現在まで河岸侵食の進行が止まり,安定した河岸が緑に覆われるようになっている.さらに,

技術を身に付けた技術者がラオス各地で継続的に施工し,河川管理の主要工法となっている.

本節では,メコン川の連続水制の効果について,河川伝統技術の考え方に照らして,要因の 分析,施工能力,予算の制約の観点から検証する検証する.併せて,今後の河川伝統技術の可 能性と国際技術協力のあり方について考察する.

図4-1 メコン川と水制プロジェクトの位置

110 4.1.2 河岸侵食の原因分析

(1) 河岸侵食の概要

メコン川は,795,000 km2 の流域面積と4,880 kmの幹線流路延長をもつ東南アジアの大河川 の一つである.その源流はチベット高原に発し,2,200 km を下って中国からミャンマー,ラオ ス,タイの三国国境に流れ下り,さらにカンボジア,ベトナムを経て南シナ海に至る.メコン 川の流量変化は,顕著なモンスーン気候の降水によって特徴づけられる.基底流量はチベット 高原の雪解け水で確保されており,これに5月から10月の広域の降雨が流量増加をもたらす.

年間降雨量の80%が雨季に集中する1).集水面積189,000 km2のシャンセン水位観測所の8月の 最大月流量2)は,3月の最小月流量の約8倍である(表4-1).このため水位変動が大きく,年 間水位差はおよそ10mに達する.毎年の最低流量がおおむね500 m3/s程度3)であるのに対し,

既往最大流量は1966年の16,000m3/sであった.なお流水中の年間流送土砂量は,シャンセン地 点での6.12百万トンと推計されている1)

ラオス国ボケオ県トンペゥン村の侵食現場は,ミャンマー,ラオス,タイの三国国境から7km の左岸にあたる.河岸侵食は長期間進行しており,現地からは過去20年間に20mの河岸後退 が起こったと報告されていた(図4-2).村の対岸のタイ国シャンセンは,中国との河川貿易の 港であり,多くの観光客が訪れていた.ラオスでは,トンペゥン村に新たな経済特区を設ける 計画を立て,河岸侵食対策が緊急の課題となっていた.

表4-1 シャンセン水位観測所の月平均流量(m3/s)2)

Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec

1,150 930 830 910 1,300 2,460 4,720 6,480 5,510 3,840 2,510 1,590

4-2 トンペゥン村の河岸侵食の位置図3)

111 (2) 侵食現場の調査

河岸侵食対策のために行われた現地調査(1997年11月,1998年2月)の状況を示す.

i) 河川の概要

侵食現場は,メコン川が大きく右に湾曲する外側の河岸である(図4-2).侵食範囲は約 3km,川幅はおよそ400m,平均河床勾配は1/2,5004)である.対岸のタイ領には広い砂州が 形成されていた.表面流速は,高水位期の河川中央付近で最大3m/s,調査時点での侵食河 岸の前面では1m/sに満たないものと見られた.

ii) 河岸の地形

侵食地形は明瞭で,侵食崖の高さは約10mで,崩落したままの急な勾配をなしていた.

高水位期には冠水し,表面の土砂が移動するため,植生は見られない.侵食は村の中に及 び,半分程の面積が流失したとされた(写真4-2).

iii) 河岸の地質

河岸の地質は,洪積層の泥岩層や砂礫層からなり,深部までラテライト作用を受けてい た.露出した泥岩は,湿潤状態では極めて軟弱で,層を指ですくい取ることができた(写 真4-3).礫河岸の一部は最大10cmほどの礫に覆われていた(写真4-4)が,メコン川が 運んだものではなく,地層の中から供給されたものと考えられた.対岸の砂州は,川幅の 半分ほどになっており,0.1mmの細砂で覆われていた.古い洪積地層を,メコン川が新た に侵食している状況であった.

iv) 河岸保護施設

周辺の河岸保護施設としては,シャンセンの市街地にはコンクリートと捨て石の護岸が 施されていたが,トンペゥン村では船着場に杭と土嚢による簡易な法面保護があるのみで あった(写真4-5).また行き交う中国やタイの船の航走波による河岸からの土壌吸い出し が見られた.その他は自然河岸で,小舟係留,釣り,洗濯,沐浴などに利用されていた.

写真4-1 河岸侵食の全景(1998年2月) 写真4-2 村内の侵食状況(1997年11月)

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写真4-3 露出した泥岩層(1998年2月) 写真4-4 礫が堆積した河岸(19982月)

写真4-5 船着場の河岸保護(1997年11月) 写真4-6 花崗岩の小丘陵(1998年2月)

v) 土木材料

工学的な材料については,トンペゥン村周辺には,鉄鋼,セメント,石材などは見られ なかった.家屋は木造であったが,森林保護政策の下で大量の伐採は禁止されていた.し かしながら,花崗岩の貫入がラオス-ミャンマー国境地帯にあると,ソビエト時代の地質 調査報告に記されていた 5).現地踏査を行ったところ,トンペゥン村の北約10km にあっ た硬い花崗岩でできた小丘陵を確認した(写真4-6).現場の岩石表面の風化は少なく,持 ち帰ったサンプルは比重2.8を示した.

vi) 施工技術

付近の土木施工の実績としては道路建設工事があり,建設業者の機材によって発破作業 とトラック輸送が可能であることを確認した.

vii) 聞き取り調査

現地の住民からは,聞き取り調査で貴重な情報があった.

・河岸侵食は村の存続を脅かす深刻な問題である.

・侵食は毎年起こるわけではなく,河岸はおおむね5年に1回くらい崩れる.

・1966年の最高水位では左右の河岸が冠水したが,例年は河岸には達しない.

・水位の高低に関わらず,住民の日常生活には,水面への行き来が必要である.

113 (3) 侵食形態の分析

現地調査の結果から,河岸侵食の直接的な原因にはすべり破壊によることは明らかであった.

現地での河岸侵食は,すべり破壊が数年の周期をおいて連続する現象であった.これは,大規 模な水位変動と脆弱な洪積地層が要因となっており,河岸では次の①,②,③の事象が繰り返 される河岸侵食スパイラル(図4-3)があるものと分析された.

① 水面下の直立崖の形成

湾曲河道の外側河岸に発生する螺旋流の掃流力で河岸と河床には洗掘作用が働く.とく に高水位期の河床の掃流力によって,大粒径の礫以外は流失してしまう.この現象が繰り 返されると,水面下に抵抗力のある洪積地層からなる10m近い崖地形が形成される.

② 直立崖の浮上とすべり破壊

崖地形は低水位期には空気にさらされ乾燥する.乾季の間は,地層の中の間隙水も失わ れ,崖地形はそのまま維持される.しかしながら,雨季の初めの強い雨によって,崖の上 部に水が浸透して重くなり,重力バランスが失われてすべり破壊が発生する.この時,河 岸はおよそ5m後退し,崩落土砂によって安定する.

③ 崩落土砂の経年的な流失

水位が再び上昇した時に,崩落土砂に掃流力が働く.流失しなかった土塊も,水位変動 期の航走波や乾季の乾燥収縮によって細粒化し,次の高水位期に流失する.これが毎年の 水位変動によって繰り返され,②で発生した崩落土塊は徐々に減少し,おおむね5年程度 をかけて,①と同じような新たな崖地形が形成される.

4-3水位変動に伴う河岸侵食スパイラル

114 4.1.3 侵食対策の構造物設計

侵食原因の分析に対し,工学的な対策工法の検討が行われた.河岸侵食スパイラルの①,②,

③の過程に対して効果が期待できる工法として,蛇籠護岸案,押さえ盛土案,連続水制案が考 案された.

案a: 蛇籠護岸

首都ビエンチャンで実績のある護岸工法をトンペゥン村に応用し,①の崖地形を直接保 護する案である.蛇籠と吸い出し防止材を輸入し,現地調達可能な石材を中込材とする施 工可能である.

案b: 押さえ盛土

河岸が安定している②の状態を維持し,すべり破壊を防止する案である.崖地形の法尻 に押さえ盛土を置き,低水位期においても崖地形の重力バランスを保つものである.高水 位期に小舟から石材を投入する方法により,予算の範囲で順次施工が可能である.

案c: 連続水制

崖地形が形成されていく③の過程を抑止するため,河岸前面の流速を低減させる案であ る.逆に,高水位期の送流土砂を堆積させて,低水位期には押さえ盛土として機能させる ものである.人力による捨て石工と,粗度を高めるメコンヤナギの植栽が予定された.

4-2侵食対策工法の代替案

代替案

案a: 蛇籠護岸 案b: 押さえ盛土 c: 連続水制

材料入手の 確実性

輸入する蛇籠と吸出防止 材は入手困難

石材は入手可能だが,大 量調達が必要

石材とメコンヤナギは入 手可能 現地の

施工能力

ビエンチャンでの 施工実績あり

水中施工となり,

出来高確認が難しい

捨て石工と植栽工で 実施可能 維持補修

の方法

蛇籠が崩落しても補修可 能(追加費用)

石材が流失しても,追加 投入が可能

水制工が破損すれば,石 材追加,水制工追加 予算の制約 1,530 USD/m(ビエンチャ

ン実績)を超過

石材の投入量による(積 算困難

石材の採取・運搬コスト による(積算困難)

評価 予算の制約上

採択できない

十分な石材確保と工事品 質の管理が難しい

一基ずつの 段階的な施工が可能