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粗朶沈床による国際技術協力(ラオス)

第 4 章 河川技術者の先駆的な取り組み

4.2 粗朶沈床による国際技術協力(ラオス)

4.2.1 はじめに

1999年11月に河川審議会管理部会河川伝統技術小委員会は,河川伝統技術についての報告 を取りまとめた.『生活・文化を含めた河川伝統の継承と発展―川における伝統技術の活用はい かにあるべきか―9)』において,次のような提言を示している.

「河川伝統技術は決して古い技術ではなく,変化する時代とともに,常に将来的な需 要を潜在させている技術である.したがって,積極的に河川伝統技術の保全を推進し,

長期的観点から将来に向けて活用を図っていくことが重要である」

「我が国のもつ多種多様な河川伝統技術を発展途上国へ技術移転し,国際協力の観点 からの活用を推進すべきである.河川伝統技術は大きな機材を使わず,地域にある資 材を活用し,現地でメンテナンスができるといった特性があり,例えば、我が国の粗 朶沈床の技術をメコン川において技術移転するという活動も行われているところで ある.なお,技術移転の際には,我が国でその技術が生み出された背景等を十分理解 した上で,技術移転先の地域特性・河川特性を十分把握し,単なる「モノ」としてだ けではなく,維持管理の方法を含めた,システムとしての移転に留意する必要がある」

ここで例示されている「メコン川での粗朶沈床の技術」は,ラオスで1999年に始められた取 り組みである.メコン川の河岸侵食が課題となっていたラオスでは,日本の伝統的な技術であ る粗朶沈床の導入が試みられ, 13年後の2012年現在では,設置した粗朶沈床は河岸保護機能 を発揮しており,ラオスによる維持管理が行われている.本節は.技術協力の経緯とその成果 を題材として,河川伝統技術を国際技術協力に活用する際の留意事項を考察するものである.

メコン川の粗朶沈床は1999年1月に国際建設技術協会プロジェクトとして始まった.引き続 き,首都ビエンチャンの河岸侵食対策として,JICAの開発調査が2001-2004年に,技術協力プ ロジェクトが2005-2007年に行われた.パイロット事業として改修された河岸は現在も安定し ており,対策工事は成功したものといえる.また,2011年からは,粗朶沈床技術を地方の現場 に応用するため,JICAの第二次技術協力プロジェクトが進められている10)

一連のプロジェクトについて,「システムとしての移転」について考察するため,手順として は,以下の4つのテーマを設定し,最後に全体を総括して,河川伝統工法を活用した国際技術 協力のあり方について考察する.

① 河岸侵食の原因と対策

② 現地で調達可能な材料

③ 手から手への技術移転

④ 財源負担と河川管理者

124 4.2.2 河岸侵食の原因と対策

メコン川は,全長4,620km,流域面積795,500km2の東南アジア最大の河川である.このうち ラオス国内の延長は1,865kmにおよび,沿岸の人々に水資源や漁業,交通などの恵みを与えて いる.ビエンチャン地点のメコン川は,河口からの距離が1,610km,集水面積299,000 km2であ る.しかし河床標高は160m に過ぎず,1/10,000程度の緩流河川となっている.ビエンチャン 地点での川幅はおよそ1kmで,流速は最大でも3m/s程度である.流れの最大の特徴は,典型 的なモンスーン気候による流量変動で,水位差は年間に10mにも達する11)

メコン川周辺の地質は,中生代の浅海成堆積物の層状の礫岩・砂岩・泥岩である.これらは,

強度のラテライト作用を受けており,一般に強度は高いものの,乱された場合には極めて脆い.

この地層が河岸侵食を受けると,河岸は高い崖地形となり,メコン川の側方侵食が断続的に進

行する(写真4-18,写真4-19).侵食は過去から繰り返されていたが,対岸のタイの護岸工事

やラオスの都市化のため,侵食被害が顕著となった.そのためラオス技術者は,1990 年以降,

諸外国の資金協力を得て,蛇籠を輸入し,護岸工事を実施してきた.

しかし施工後数年が経過すると,蛇籠下端が滑落する不具合が多発した(写真 4-20).補修 する場合には,新規設置と同じように蛇籠の輸入が必要となるが,ラオスには充分な維持管理 予算がなかった.維持管理には国際協力が行われることがないため,技術者は現場を放置し,

被害は毎年のよう拡大していくという悪循環に陥っていた(写真4-21)11)

写真4-18 市街地の河岸侵食 (199911) 写真4-19 堤防道路の河岸侵食 (20005月)

写真4-20 蛇籠護岸の滑落 (1998年2) 写真4-21 護岸上流側崩壊 (20002月)

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加えて,蛇籠護岸の本質的な問題点は,予算確保ではなく,工学的な分析がなされていたい ことにあった.河岸侵食対策の検討にあたっては,蛇籠護岸のもつ問題点を検証し,ラオス政 府の十分な理解を得ることが重要であった.そのため,1998~1999年の低水位期に,蛇籠護岸 の崩落箇所を中心としてメコン川の現地調査が実施された.

調査では,ビエンチャン周辺での河岸において,急峻な勾配で人の背丈の数倍におよぶ崖地 形がいたるところで観察された(写真4-22).一方,河岸の低い位置にメコンヤナギの群落(写

真4-23)が見られた.ヤナギ群落の周辺では,土砂が堆積して河岸が安定しており,植生によ

る流速低減効果が見られた.なおメコンヤナギは,3m 程度の樹高,広く枝が広がり無数の細 い葉が着く樹形,岩盤や礫質の河床に定着する根,高水位期に水没しても成長を続ける耐冠水 性をもっている.

人為的な河岸侵食対策としては蛇籠護岸があり,設置当初は河岸を保護しているが(写真

4-24),数年後には法尻から崩落が始まっていた(写真4-25).崩落は,護岸前面に局所洗掘が

発生し,河岸の低下したことが主たる原因と考えられた.

ヤナギ群落と蛇籠護岸の間で,河岸の安定に著しい違いが見られることは,粗度係数と水位 上昇が大きく影響している.一般的に,蛇籠護岸は,整備前の自然河岸に比べて,粗度係数が 小さい.粗度が小さくなれば,流速が大きくなることは,マニング式から容易に理解できる.

V = 1/n R2/3 I1/2

V:流速, n:粗度係数, R:径深, I:動水勾配)

写真4-22 侵食進行中の河岸(1999年3月) 写真4-23 植生に保護された河岸(19982月)

写真4-24 蛇籠で保護された河岸(19981月) 写真4-25 崩落し始めた蛇籠(1998年2月)

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また自然河道では,水深が大きいほど,河床材料に働く掃流力は大きくなる.メコン川の場合,

10m近い水位変動があり,高水位期の掃流力は低水位期の数倍になる.

τ0 = ρ ・ g H I1/2

(τ0:河床に働く掃流力, ρ:水の単位体積重量, g: 重力加速度, H:水深, I:河床勾配)

このような基礎的な説明とともに,1999年1月に護岸技術セミナーが開催され,蛇籠護岸の 設置,局所洗掘の発生,蛇籠の滑落という被災プロセス(図 4-6)が示された.ラオス技術者 からも,メコン川における蛇籠護岸のもつ構造的な欠陥について理解が得られた.そこで,欠 陥を補う工法として粗朶沈床が提案された.粗朶沈床は,河床を面的に保護し,低下を抑制す る効果をもっている.また,小枝と石材という自然素材から製作するため,材料輸入の必要が 無くなることが期待できる.粗朶沈床は,現地での原因分析への理解とともに,新たな対策工 法として導入が検討されることとなった.

4-6 蛇籠が滑落するプロセス

127 4.2.3 粗朶沈床のための材料

粗朶沈床は,ラオスでは全く新しい工法である.その実現可能性を探るにはまず,材料とな る小枝と石材の調査が行われた.材料には,十分な機能を有することを前提として,必要な数 量を安価に入手できることが求められた.

本格的な材料調査が行われたのは,次の低水位期の1999年12月であった.粗朶沈床の主材 料となる木材には,石材を支える強度と曲げ施工に耐える粘りが必要とされ,日本では,クリ,

カシ,クヌギ等の落葉広葉樹の枝で,7~10 年ほど成長したものが用いられる.日本から招聘 した粗朶職人とともに,ビエンチャン近郊の村を巡回し,適当な木立から枝を伐採した(写真

4-26, 4-27).職人によれば,採集した木の枝は,常緑樹であるが柔軟性があり帯梢に使えると

いう見通しであった.ラオスでは,かつての日本のように薪として木材が使われるため,集落 近傍に薪炭供給林が多い.薪炭供給林の細い枝であれば,多くの樹種が利用可能とされた.な お,強度の必要な小杭については,十分な供給量があった.

石材については,河川伝統技術では,河床材料の中から粒径の大きなものを用いる.しかし メコン川の場合,最深河床の採取は容易ではなく,粒径も最大でも5cm程度を充分な重量がな い.そのため,道路舗装材料に用いられていた石灰岩を購入することが検討された.ビエンチ ャンの西に採石場の生産態勢の調査により(写真4-28),そこから施工性のよい10cm程度の粒 径の割石を調達することとなった.

写真4-26 粗朶沈床の木材調査 (199912月) 写真4-27 粗朶の伐採 (1999年12)

写真4-28 粗朶沈床の石材調査 (199912月) 写真4-29 デモンストレーション (199912月)