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ソ連兵が話すロシア語に対する意識

第二部 各論

8. 言語意識

8.3.4. ソ連兵が話すロシア語に対する意識

ソ連兵が話すロシア語に対する言語意識はどのようなものだったのだろうか。次の事 例では,家の中から聞いたソ連兵が話すロシア語について述べられてものである。

事例8-19:ソ連兵が話すロシア語がすごいとするフレーム

F2 ロシア人の兵隊歌う,合唱しながらね,うまいんだから,うまいんだよね F1 防空カーテン閉めてもうちょっと落ち着いたとき,お風呂に入ってたら,

うちの前を,列をなして,軍曹みたいな下士官が一人ついて,ワンツース リーじゃないけど,「なんとかかんとか」っていうと,一斉に四部合唱歌 うわけ,

F2 なんとかスリーっていったような気がするのよね,なんとかスリー F1 一,二,三か知らんけどね,そしたら四部合唱でね,無伴奏なのに,ロシ

ア人ってすごいなと思ったね,「えっこんなの聞いてて,もしもうちに入 ってきたら大変だ」と思って,慌ててお風呂出た覚えある

F1とF2は自宅からソ連兵のロシア語を聞いていた。なぜなら,ソ連兵は当時お金や 物を奪ったり,住民を襲ったりと日本人にとってはとても安心して一緒にいられるとい う関係性ではなかったからである。では,そんな彼らが話すロシア語についてどのよう な意識を持っていたかというと,意外にも「合唱がうまい」や「無伴奏なのに,ロシア 人ってすごい」といったかなりプラスにとらえていたことが分かる。ソ連兵自身には

「『えっこんなの聞いてて,もしもうちに入ってきたら大変だ』と思って,慌ててお風 呂出た」と言っているように襲われる危険性も考えている。しかし,殊ロシア語に関し てはプラスの評価を下している。F1は日本語や中国語,英語,ドイツ語それ自体には マイナスの評価はしていない。つまり,その多言語環境に適合し,様々な言語と向き合 ってきているのである。

この事例を通じて,F1のように,多言語環境を享受していた人もいたということが 明らかとなった。

113 言語意識のまとめ

本章では言語ごとに,それぞれの民族が話していることに対する意識を探って来た。

ここで一度,それを地域ごとに確認したい。

①安東

日常的に使う日本語と学校で習った日本語と異なっていたために,同窓会では学校で 習った日本語が話されることもあるという。これは当時を懐かしむ気持ちや旧満洲国で 教育を受けた者としてのフッティングを共有していると考えられる。そのことから,彼 にとって学校で習った日本語が,重要な道具となっていることが明らかとなった。

「自分が生まれ育った言葉」「生活するのに必要な言葉」「協和語の日本語」といった 日本語の中でも複数あったとする意識を持つ者がいることがわかった。

他民族に対して日本語使用が当たり前であった安東で,旧満洲国へ入って来たばかり のソ連兵に対しても日本語が通じるという意識を持つ者がいた。

朝鮮民族にとって日本語は,働くために必須なものとして考えていた。

A1 は中国人が日本語を覚えてくれたおかげで,日本人が北京官話を話さなくても済 んだという意識を持っていることが明らかとなった。

終戦を迎え日本人の地位が逆転したことにより,言語意識が逆転した例が明らかとな った。

中国語が必要になるのは「本を読むとき」という意識があることが明らかとなった。

英語に対してプラスの評価をしていた人が,当時いたことが明らかとなった。

②撫順

F1は,教師ならば正しい日本語を使わなければいけないという意識があった。

彼女たちは国語の時間に習う日本語を話せる東京方言話者に対しては肯定的に捉え,

そうではなかった場合は否定的な評価をしていたという意識が明らかとなった。

彼女は自身が知る語彙でなかった場合,正しくない日本語とする意識を持っていたこ とが示唆された。

社会的状況に関係なく,彼女もまた,英語に対して肯定的な評価をしていたというこ とが示唆される。その一方で,彼女にとってドイツ語は,「ぶってる先生」が知識自慢

114 のために使ったものだととらえている。

F1は日本語や中国語,英語,ドイツ語,ロシア語それ自体にはマイナスの評価はし ていない。つまり,その多言語環境に適合し,様々な言語と向き合ってきているのであ る。F1のように,多言語環境を享受していた人もいたということが明らかとなった。

③大連

大連で育った彼は,日本語は日本語でも大阪方言が分からなかった。さらに,大阪方 言よりも中国語のほうが分かりやすいとする意識さえも持っていた。つまり,中国語の ほうが身近な存在として考えていたということが明らかになった。

彼は間違った中国語を話すのは日本人であるというフレームを持っていることが明 らかとなった。

旧満洲国の日本人と内地の日本人との間で,中国語に対する意識が全く異なっている ことが明らかとなった。

このように,言語意識の面でも地域による差があることがわかった。

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