第二部 各論
8. 言語意識
8.1.4. 中国人が話す日本語に対する意識
日本人以外が使った日本語としてまずは朝鮮民族が話す日本語に対する言語意識を 述べた。そこで明らかとなったのは,働くために必要であったと見られていたこと,間 違った日本語を使っていたということである。では,中国人が使っていた日本語に対し てはどのような意識が見られるのだろうか。
8.1.4.1. 安東
中国人の日本語を使用していたことに対して,A1 の意識が表れているのが次の事例 である。
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街中で北京官話を使用したかという質問に,A1 は使わなかったということを教えて くれた。この北京官話の不使用については言語ドメインの章ですでに述べている。では,
ここで見られる言語意識とはどういうものか,事例を見ていこう。
事例8-10:中国人が覚えてくれた日本語
R 北京官話を街中で使うことはあったんですか?
A1 日本語がなんでも通じるから,
R じゃあほとんど使わない R1 使わなくても済んだわけ
R 結局じゃあ勉強したものの
R1 そうそう勉強したものの,使う,使う必要なかったね,それだけ日本語覚 えてくれたわけね
A1は北京官話を使用したかに対して,「使わなくても済んだ」と言っている。これは,
本当なら日本人は北京官話を使うはずなのに使わなかったというフレームだろう。だと すると,なぜ使わなかったのか。それは,「覚えてくれた」からである。本来ならば,
日本人が北京官話を使わなければならないのに,その代わりに中国人が日本語を「覚え てくれた」。だから「使わなくても済んだ」という発言に至ったのだろう。
A1 は中国人が日本語を覚えてくれたおかげで,日本人が北京官話を話さなくても済 んだと考えていることが分かった。つまり,中国人の日本語使用に対しては,感謝をし ているような意識を持っていることが明らかとなった。
8.1.4.2. 撫順
中国人が話す日本語に対する意識を垣間見ることができたのが事例 8-11 である。歌 をうたいながらパンを売りに来た中国人や,日本語で声をかけながら栗を売っていた中 国人がいたという。彼らの使った日本語に対する意識が見られる。
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事例8-11:日本語の語彙に対する意識
F1 中国の人は使ってもらうために入り込む人とお商売の人,物売りとか,物 売りで中国の人が来るのはね,日本人の経営するパン屋さんに働いている と思うんですけど,パンを売る人がいて,「アンパン,さとパン,生菓子,
ようかん♪」って言って中国の人が売るに来てた,
F2 さとパンっていうのがパトパンって聞こえる
F1 冬になると,「栗ぬくい」って言って,あったかい栗,焼き栗,日本語を 使ってるつもりだから「栗ぬくい」って掛け声かけて,一定の場所で焼き ながら,汚い布団をかぶせて,栗が冷めないように
F1がうたった「アンパン,さとパン,生菓子,ようかん♪」に対して,F2は「さと パンっていうのがパトパンって聞こえる」と言っている。F2 は,さとパンがパトパン に聞こえただけで子音の間違いはあったものの,日本語として間違ってはいないと考え ていたことがうかがえる。
そしてF1は,「『栗ぬくい』って言って,あったかい栗,焼き栗,日本語を使ってる つもりだから」と言っている。この「日本語を使ってるつもり」というのは注目すべき だろう。「栗」は「栗」で問題はない。しかし,「ぬくい」は彼女にとって「日本語使っ てるつもり」の言葉だったのである。直後に「あったかい栗,焼き栗」と補足説明して いるように「ぬくい」は説明が必要な日本語のつもりの言葉だと考えていることが分か る。だが,「ぬくい」は日本語の方言であり,れっきとした日本語である。「ぬくい」は 富山県,石川県,滋賀県,大阪府,兵庫県,奈良県,和歌山県,広島県,山口県,徳島 県,香川県,愛媛県,高知県で使われる(図8-1)。
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図8-1:「ぬくい」使用地域
F1 は自身の日本語を「九州弁と混ざった日本語」という意識があった。しかし,中 国人の言語使用を見るとその他の地域からの影響も十分に考えられる。だが,自分の周 りが実際に九州方言の影響しか受けていないような環境だったとすると,確かに「ぬく い」は日本語のようではあるけれど,日本語のつもりで言っているものと聞こえるかも しれない。この推測から考えると,彼女は自身の持つ語彙でなかった場合,言い換えれ ば中国人が知らない語彙を使っていた場合,正しくないものとする意識を持っていた可 能性が考えられる。また,学校では正しい日本語を使おうとしていたことも鑑みると,
彼女は彼女の中の「正しい日本語」への規範意識が強かったことが示唆される。
各民族が話す中国語に対する意識
本節では中国語に注目し,それぞれの民族が中国語に対してどのような意識を持って いたかを明らかにしていく。だが,日本以外の他民族が話す中国語については言及があ った個所もあるが,言語意識までは読みとることができなかった。そこで,旧満洲国の 日本人と内地の日本人の中国語を言及していく。
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