第4章 論理的認識力を高めるためのカリキュラム編成の枠組み
第1節 論理的認識力からみた小学校国語科教科書の教材分析
1 はじめに
第2章において,論理的認識力は下位能力の往還的かつ相互補完的な機能によって実現してい る構造的な能力であることを明らかにした。そして,第 3章では,カナダ・オンタリオ州および アメリカ合衆国において,読解能力を構造的な能力と見て,基礎となる下位能力それぞれに対応
したStrandを構成要素としたスパイラルカリキュラムによって育成していることを指摘した。
森田(2003)が「実の場」に注目し読解能力を総合的に発揮させることを重視したように,本 研究では読解指導において「論理構築能力」・「意味内容形成能力」・「コンテクスト分析能力」
という下位能力を往還的かつ相互補完的に機能させる経験を重視する。そのような経験を通して しか,欲動を生じさせ,実感を伴いながら,認識を再構成させる経験を積むことは可能にならな いと考えるからである。この立場は,読解指導をスモールステップ化し,着実に子どもたちの読 解能力を高めさせるとともに,読むことの楽しさと価値を実感している子どもを育てることを目 指したものである。
本節ではこのような読解指導を実現するための Strandの構成のあり方について考察を進めてい く。考察の視点は二つある。その第1は,それぞれの Strandが系統的であることである。そして,
第2は,Strand相互が有機的に関係づけられていることである。
これまでの議論を整理しつつ,これら二つの視点からStrandの構成のあり方を論じることにす る。また,折にふれ具体的な教材を使ってその具体を示していくことにする。
2 論理構築能力に関して
(1)マクロ構造に焦点をあてて
① 小学生は因果関係を認識できるか
学習指導要領においては,小学校 1・2学年では時間の順序や事柄の順序に焦点をあて,読解を 進めることが求められている。本研究においては論理をマクロ構造における因果関係ととらえて おり,それを目標および内容として位置づけることは何歳くらいから可能なのであろうか。
内田(1985)は,因果関係を巡って次のような知見を明らかにしている。
1) 3歳0 ヶ月~6 歳5ヶ月の子どもたちに,事象を統合し産出する課題について発達差が見 られ,4歳頃から生起順に従った事象の統合が可能になり始める。
2) 3 歳児でも最初に言及するのは,生起順の最初の方,すなわち原因の事象である場合が多 いことから,原因が結果に先行するものであるという関係を理解できるようである。
3) 事象の生起順と絵カードの配列が一致する場合(この場合を「順向関係」と内田は呼ぶ)
第4章 論理 的認 識力 を高め るた めの カリ キュラ ム編 成の 枠組み
関係」と内田は呼ぶ)言語化は難しい。
4) 逆向関係を言語化できるようになるには,次のようなプロセスを経る。
ⅰ) 事象の生起順に二つの事象を統合し,それを言語化する。(内田はこれを「事象順 方略」と呼ぶ)
ⅱ) 逆向関係を言語化する課題に答えるために,原因と結果の関係を入れ替え,言語化 する。(内田はこれを「呈示順方略」と呼ぶ)
ⅲ) 逆向関係を言語化する課題に答えるために,課題要求と事象の生起順の双方を満足 させる表象を構成し,逆向の修辞法によって,言語化する。(内田はこれを「逆順方 略」と呼ぶ)
5) 逆向の修辞法によって事象を言語化するという短期的な学習を経験するだけで,5 歳後半
~ 6 歳前半の子どもは逆順方略が使えるようになり,1 週間後もその学習効果は維持された ことから,5 歳後半になると逆向関係の修辞法はある程度習得されており,二つの事象の統 合と産出という事態で逆順方略を使う準備が既にできていると考えられる。
6) このような段階を経て,学習なしでも自発的に逆向の修辞法が適用できるようになり,逆 順方略による言語化が可能になる。
内田(1985)においては二つの事象を示すために絵カードが用いられた。それは例えば,次の ようなものである。(絵カード①,②参照)
①先行事象 ②後続事象
男の子が石につまづいて転ぶ。 男の子がけがをして泣いている。
考察の対象が3歳0ヶ月~6歳6ヶ月の子どもであったため,文章による資料の提示が避けら れたが,文章による提示の場合もこの程度の事実と事実との因果関係が,学習者に認識できるレ ベルの文章であれば,内田(1985)において見いだされた知見は適用できると考えられる。
小学校1学年は6歳~ 7歳であることから,因果関係に関しては逆順方略を使う準備が既にで きていると考えられる。逆向の修辞法について短期的な学習を要すると考えられるが,内田(1985)
第4章 論理 的認 識力 を高め るた めの カリ キュラ ム編 成の 枠組み り,逆順方略を使った学習も可能であると考えられる。
② 論理の型と指導の系統
内田(1985)から,小学校 1 学年については事実と事実の因果関係(原因―結果)については 位置づけることが可能であると考えられるが,事実と人の考えの因果関係(根拠―主張)につい てはどうだろうか。
難波(2006)は〈論理力の学年段階〉を示している。以下の通りである。
「順序」 「一般―具体」「概観―詳細」 「原因―結果」「理由―主張」
1年 ◎ 〇 〇
単数の理由(個人的)
2年 ◎ 〇 〇
複数の理由(個人的→一般的)
3年 〇 ◎ 〇
複数のカテゴリー(一般的)
4年 〇 ◎ 〇
複数のカテゴリー(一般的)
5年 〇 〇 ◎
複数のカテゴリー(一般的→独自的)
6年 〇 〇 ◎
複数のカテゴリー(独自的)
(◎は,特に重点的に学習する印)
【表8 難波(2006)の示す〈論理力の学年段階〉】
難波(2006)では「根拠―主張(ここでは「理由―主張」と示されている)」も小学校 1 学年 から取り上げられている。その質については次のような記述がある。
「低学年が『順序』を学ぶ学年だとしても,自分の考え(主張)を理由(根拠)をもって考えた り発言させたりしたい」
「低学年においては,文章の中から『順序』を発見し,それを『確かにそのとおりの順序だ』と 確認し,音声や文章で順序よく表現できることが求められます。一方で,表現するときは,1つ でも,理由をつけることも求められます。」
難波(2006)は小学校 1学年の「根拠―主張」については,テクストから読み取る対象ではな く,学習者が自らの主張を根拠とセットにして述べることに焦点化していることが分かる。
小学校1学年の実態から考えてもそれは十分に可能であり,いずれ「根拠―主張」の因果関係 をテクストのマクロ構造から解釈するための準備として位置づけることは意義があると考える。
ことだと考える。内田(1985)は,3 歳 0 ヶ月から因果関係の認識の萌芽が見られることを指摘 し,5 歳後半には逆向の修辞法を既に獲得していることを指摘している。このような実態は,ま ず因果関係についての認識能力が獲得され始め,その後,認識内容を言語化する能力が獲得され るという発達のプロセスを示していると考えられる。
難波(2006)の発想は,内田(1985)に示された知見にも合致し,現場においてよく見られる 児童の実態にも合致する点から,論理構築能力の系統を構想するにあたって,重要な考え方であ るといえるだろう。
ちなみに,難波(2006)が示している「原因―結果」や「根拠―主張」などのような論理は,
どの学年の教科書教材から現れるのであろうか。現行の教科書教材をもとに考察することにする。
次に示すのは,現行 5 社(東京書籍,光村図書,学校図書,教育出版,三省堂)の平成 23 年 版教科書に所収されている説明的文章教材を学年ごとに取り上げ,それぞれのマクロ構造がどの ような型の因果関係によって構成されているかという観点から,整理した表である。(表1)
ここで表1における「因果関係の型」について,若干,説明を加えておく。
これらは難波(2009)を参考にしている。因果関係の型としては,難波(2009)では,事実と 事実をつなぐ「原因―結果」と事実あるいは意見と意見をつなぐ「根拠―主張」が挙げられてい る。ただ,小学校説明的文章教材を検討してみると,相手を説得しようという意識が強くないタ イプの「根拠―主張」も多く見られる。それは「主張」というよりも「判断」に近いものである。
しかし,「根拠―主張」型と「根拠―判断」型を分けることはかなり難しい。なぜならば,仮に 誰かを説得しようとしているような表現でないとしても,その「判断」は筆者の個性を反映して おり,読者の認識を再構成していく力をもっていると考えられる。その意味では読者は筆者の「判 断」によって説得されているわけであり,「主張」と「判断」を分けることはかなり難しく,ま ら分けることにあまり意味はないように思われる。そこで,すべて「根拠―主張」型として見る ことにした。
また,文章の終末に,筆者の判断や主張のような叙述がおまけのように付け加えられている場 合がある。この場合,終末部の判断や主張の根拠や理由が文章中に確認できるかどうかを精査し た。その結果,両者の因果関係が確認できた場合は,「根拠―主張」型に分類したが,そうでな い場合は,「原因―結果」型に分類した。
それから,論理が潜在している教材の場合には,(原因―結果)のように括弧をつけて表示し た。例えば,教育出版 2年の「さけが大きくなるまで」のように,親鮭が川を遡上し,産卵する 時点から,時系列に沿って説明されているものの場合,そのような文章構造によって,どのよう な論理が潜在的に構築されているのかを検討し,(原因―結果)のように示したというようなや り方である。