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コンテクスト分析能力について

小1

第3節 コンテクスト分析能力について

1 問題意識

前節までの議論においては,「論理的認識力」が3つの下位能力によって構成されていると措 定し,そのうち,「論理構築」に関わる能力と「意味内容形成」に関わる能力の構造,具体につ いて実践的に考察し,設定の必要性を提言してきた。このような能力を設定しようとした問題意 識は,日常の論理の偏向に対応する必要感から生じたものであった。

日常の論理の偏向は,言い換えるならば,日常の論理に標準的なものはない,ということでも ある。人間の認識はこのような本質をもっているために,限界のあるものになっている。具体的 には,論理が意味内容を対象としないために抱え込んでいる限界を克服するために,「論理構築 能力」と「意味内容能力」とを往還的かつ相互補完的に機能させることの必要性を述べてきた。

しかし,ここまでの議論は,「論理構築」および「意味内容形成」を往還的かつ相互補完的に 行っているだけで,テクストを創造した表現主体には注目していない。テクストを創造した表現 主体は,言論の場において彼が置かれている状況・立場,および彼自身の価値観など,表現主体 の背景に影響を受けていることは容易に想像できる。

したがって,表現主体の背景を手がかりにすることも認識の限界に対応するための一つの方略 として位置づけてもよいのではないかと考える。具体的には,テクストから窺える表現主体の背 景,別資料との比較によって捉えられる表現主体の背景など,さまざまに捉えられる表現主体の 背景を解釈し,検討することは,認識主体としての自らの「論理構築能力」と「意味内容形成能 力」とをメタ的に捉え直し,調整するための「ガイド」として機能すると考えられる。

2 「表現主体」および「表現主体の背景」の概念規定

このような考え方は,クリステヴァ(1969)の次の考え方をもとにしている。

テクストは,さまざまなテクストの相互変換関係,すなわち相互テクスト性である。つまり,

あるテクストのもつ空間のなかでは,別のさまざまなテクストからとられた複数の言表が絡ま

りあい,中和しあっているのだ。 (p.120)

クリステヴァ(1969)の指摘からいえることは,テクストには,関係する他のテクスト群の言 表が織り込まれているということであり,織り込んだ表現主体の存在が浮かび上がってくるとい うことである。そして,その表現主体は彼が置かれている状況・立場,および彼自身の価値観に 影響を受けながら,他のテクスト群から言表を織り込んでいったはずである。

このように考えると,表現主体がどのような状況・立場・価値観に影響を受けながらテクスト を書いたのかを考えたのかは,それに関係する他のテクスト群との比較によって類推できると考

えられる。

ちなみに,正木(2013)は筆者概念について,次のように整理している。

① 現実に文章を書いた「筆者」

② 読み手が,文章から推論・推察・想定する「筆者」像

③ 学習活動の「仕掛け」となる「筆者」

正木(2013)はその中で,筆者想定法,森田信義,難波博孝を取り上げている。そして,筆者 想定法のいう「筆者」とは①であるのか②であるのかが曖昧であることを指摘した。また,森田

(1984)は①と②を区別し,②の「筆者」を中心に「評価読み」の学習を提起したと述べている。

それから,難波(1998)は説明的文章を読む過程に着目し,「筆者」の思考意識は読み手が推論 するものであると整理したと述べている。これらの議論から,正木(2013)は①と②という二つ の位相を筆者概念の中に見いだしているわけであるが,本節でいう「表現主体」とは,「生の筆 者」ではなく,「テクストとそれに関係する他のテクスト群に内包された筆者」であり,正木(2013)

の整理における②に位置づくと考えている。したがって,「表現主体の背景」もテクストとそれ に関係する他のテクスト群から推論・推察・想定されるもの(コンテクスト)であると考えてい る。

3 教科書教材における表現主体とその背景について

学習指導要領における「読むこと」の内容を概観すると,表現主体の意図をとらえ,解釈に 生かす能力の育成が目指されていることが窺える。しかし,教科書教材の場合,テクストに潜 在している表現主体の意図を解釈するとき,対象となるテクストだけでは十分な手がかりを得 ることができない場合がある。

間瀬(2001)は, 間テクスト性に注目し,複数の説明的文章教材を使った説明的文章の指導

論を構想している。この中で,間瀬はある一つの説明的文章が自身の中にすでに他のテクスト との関連性を内包していることを指摘し,それを読解に生かすことを構想している。

本研究では特に,対象となるテクストと,それを表現した主体によって著された他のテクス ト群との間に存在する間テクスト性に注目した。そのような間テクスト性に注目することで,

表現主体の背景が浮き彫りになると考えられる。そして,テクストに潜在する表現主体の意図 を解釈するときの手がかりになり,テクストの解釈に生かされると考えている。

さて,我が国ではほとんどの場合,国語科教科書所収の説明的文章が教材として使用されて いる。また,表現主体の意図を対象とした授業を構想するときには,指導者は,学習者がテク ストに潜在する表現主体の意図をとらえるための手だてを考えておく必要がある。

しかし,教科書教材の場合,指導者が間テクスト性に着目してテクストに潜在する表現主体 の意図を解釈すること自体も容易なことではない。なぜなら,教科書教材は様々な背景をもっ た表現主体群(原筆者および教科書編集者)の共同作業で創造されたものであり,表現主体の 意図も複雑な構造体としてテクストに潜在しているからである。

このような状況下で,テクストから表現主体の意図を類推し,テクストの解釈に生かそうと するならば,指導者は当然,的確に表現主体の意図をとらえ,その根拠として表現主体の背景 を位置づけていなければならないだろう。ただし,後述するように,教科書教材における表現 主体の背景をとらえ,表現主体の意図をとらえることは容易いことではない。

このような状況は看過できないものである。研究者としては,何らかの解決に寄与する必要 がある。その一つとして,研究者による表現主体の背景に関わる基礎資料の作成が考えられる。

教材分析のとき,指導者の手元に,表現主体の背景に関わる基礎資料があったなら,表現主体 の意図を解釈する助けになるのではないかと考えるからである。

次項では,基礎資料作成の試みについて述べていくことにする。

4 基礎資料作成の試み

ここまでの議論に基づき,本項では試みに小学校国語科教科書教材の一つ(「どうぶつの赤ち ゃん」増井光子,光村図書 1 年)について,間テクスト性に焦点をあて調査検討を行い,基礎 資料作成を行った。

ちなみに「どうぶつの赤ちゃん」は初出当時から注目された教材であった。西郷(1981),小 田(1986),森田(1988)によって,比較的早い時期からその文章の良質さが評価され,教材研 究の対象となった。

その多くが「どうぶつの赤ちゃん」という一つのテクストに焦点をあてた研究をしている。

例えば,植山(2011)は類比・反復表現に焦点をあて,「どうぶつの赤ちゃん」の詳細な分析を 示している。本研究では,「どうぶつの赤ちゃん」のコンテクストに注目している点がそれらの 研究とは異なっている点を確認しておきたい。

また,河野(2006)は「〈対話〉による構成活動」に関する臨床的研究の題材として取りあげ るとともに,学習者の視点が組み込まれる工夫がなされている教材として評価している。この 研究の場合,動物の赤ちゃんに関する情報群というコンテクストを活用した学習が組織されて おり,本研究と似ている。しかし,本研究では「どうぶつの赤ちゃん」の筆者に焦点をあて,

表現主体の 背景を示すコンテクストに注目している点が河野(2006)とは異なっていることを 確認しておく。

さて,本研究では,間テクスト性に焦点をあてた基礎資料作成の過程を具体的に示しながら,

作成した基礎資料を示すとともに,基礎資料を活用した場合の展望について論じる。検討にあ

たって,まず,基礎資料作成のための観点を次に示しておく。

A)教科書における「どうぶつの赤ちゃん」本文の変遷実態

B)教科書における「どうぶつの赤ちゃん」の位置づけの変遷実態(学年,該当学年の教科書 を構成する教材群,学習のめあて,学習のてびき)

C)学習指導要領改訂との関連

D)「どうぶつの赤ちゃん」の原典(増井の著作群,参考文献群)との関連

5 教科書における「どうぶつの赤ちゃん」本文の変遷実態

「どうぶつの赤ちゃん」は初出が 1980 年版であり,2015 年版までの 10 回の教科書改訂のう ち6回,テクストの再構成が行われている。

ちなみに,この説明的文章は初出の時点では,ライオン,シマウマ,カンガルーの事例を取 り上げて,動物の赤ちゃんの誕生と成長の様子を説明している。第1事例であるライオンは肉 食動物の事例,第2事例であるシマウマは草食動物の事例,第3事例であるカンガルーは有袋 類の事例である。有袋類は哺乳類の少数派であり,これを取り上げることで,子どもの興味を 引くとともに,分類上より多くの動物を取り上げることを目指したものと考えられる。

再構成の多くが事例を対象としたものであるが,そのうち特に大きな変更は「カンガルー」

の事例に関するものであった。

その実態を【表1】に示す。

出版年 カンガルーの事例

1980 カンガルーの赤ちゃんは,生まれたときは,おやゆびぐらいの大きさしかありません。

まるでうじ虫みたいです。まだ,目や耳もついていません。はっきりわかるのは,口と まえ足だけです。

それでも,この小さな赤ちゃんは,小さなまえ足で,おかあさんのおなかにはい上が っていきます。そして,じぶんの力でおなかのふくろに入ります。カンガルーの赤ちゃ んは,小さくても,おかあさんのおなかのふくろがあるからあんしんなのです。

カンガルーの赤ちゃんは,ふくろの中で,おかあさんのおちちをのんで大きくなりま す。そうして,六か月ほどたつと,ふくろのそとに出て,じぶんでくさもたべるように なります。