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調査の方法

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1 一次調査の方法

 一次調査は、第1章の調査の概要で述べたように、絵図や古写真等で存在が知られている高麗門、土塁、

堀などの遺構の存在が問題となる箇所であるため、その有無を確認することがまず第一の目的であった。一 方、今回の対象地は周知の埋蔵文化財包蔵地である「新馬借遺跡」にも含まれる。この遺跡は、弥生時代の 遺跡として知られており、近世と弥生時代の二時期の遺跡として調査を実施することとした。

 そこで、JRの線路が新幹線橋脚の下に移転してすぐに調査を開始した。線路は撤去されているものの線 路下の砂利敷きはそのまま残っているため、重機を使用して作業を行うこととした。

 調査は、まず遺跡の存在とその広がりを押さえる必要があるため、ある程度距離をおいて任意に確認坑(以 下「トレンチ」という。)を設定して調査を進めた。調査の順番については、工事との整合性も図った。こ の対象地は、工事が二つのJVでちょうど一新踏切付近を境として、熊本駅側と上熊本駅側の両方から工事 を進めてきている状況であったため、その両方向に対応して作業を進めた。

 まず、下馬天神踏切より南に3箇所のトレンチを設けた。下馬天神に近いところに1箇所と、妙解寺跡に 近い場所に2箇所である。九州新幹線工事に伴う発掘調査で、妙解寺跡の正面に面する付近で道路跡を確認 している。それが「参道跡」と一致するのであれば、鉄道路線下にその道跡が存在する可能性が高いためよ り細かく調査した。いずれのトレンチでも、現地表面から2mを超えるほど掘削したところで遺構・遺物の 確認を行った。結果的には、3箇所のトレンチのいずれからも「参道跡」は確認できず、他の時期の遺構・

遺物も確認しなかった。「参道跡」の存在する層か、この時点では確認が十分ではなかった。

 一方、一新踏切より北側には No.9 から No.12 までの4トレンチを設定した。新馬借遺跡の範囲確認と「堀 跡」の存在を確認するためであった。この調査では、南側の No.11、No.12 の2つのトレンチで鉄道の砂利 層の下に明褐色粘質土を1mほど客土している状況を確認したが、近代の鉄道敷設に伴うものと判断した。

いずれのトレンチでも、最終的には暗灰褐色の泥炭層であった。これらのトレンチでは、近代の鉄道敷設以 降の客土等を除けば、遺構・遺物は検出しなかった。これらのことから、一新踏切北側では遺構が存在しな いと判断した。しかし、その後排水管工事中に一新小の西側で石垣遺構が見つかり緊急に調査を行った。

 一新踏切から高麗門踏切までの間には、No.1 〜 No.3、No.7、No.8、No.13 の計6箇所のトレンチを設定 し調査した。No.13 トレンチでは、1mほどの客土の下に黒色の遺物包含層を確認した。遺物としては、弥 生時代後期のものであり、その下に確認した竪穴遺構が存在することからこの地点には遺跡が存在すること が分かった。さらに No.7 トレンチからは溝状遺構と土師器、No.8 トレンチからは鉄道の砂利敷きを除去す ると粘土状の土に包まれるようにして礫が配置されたような状態で出土した。これも時期不明ながら土塁に 関係する遺構と推定した。

 No.1 〜 No.3 トレンチは、高麗門推定地に設定したトレンチである。No.1 トレンチでは、遺構を確認し なかった。No.2 トレンチでは版築状の基礎遺構、瓦・白磁等の遺物を地表下 40㎝で検出した。No.3 トレ ンチも同様であり、根固め石と考えられる遺構も検出した。

 以上の結果に基づき、新馬借遺跡の範囲で弥生時代の遺構・遺物を、さらに高麗門推定地でも瓦や石垣等 を検出し、文化財が残存している範囲が特定された。

2 二次調査の方法

 一次調査の結果を受け、良好な状況で高麗門等の遺構が残っている可能性があったため、さらに詳細な調 査の実施と検出した遺構の妥当性とその価値を判断するために、調査検討委員会の設置を土木部と協議した。

29 30 31 32 33

F 下馬天神踏切

高麗門踏切 一新踏切

1 2 3 4

A

A B C D E G H I J K L M 5

6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 27 28

19 20 21 22 23 24 25 26 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 78 79

77

A B C D E G H I J K L M N

N F

Fig.4 調査範囲及び     調査区グリッド図

正 立 寺

上ト

下ト

上ト

端 光 寺

X-21950

X-22000 X-21900 X-21850 X-21800 X-21750 X-21700 X-21650

Y-28650 Y-28600 Y-28550

Y-28700

No.12トレンチ No.11トレンチ

No.10トレンチ No.9トレンチ

No.13トレンチ 新馬借B23

新馬借B24

No.8トレンチ トレンチ

0 (1:2000) 50m

Fig.5  一次・二次・三次調査区位置図(1)  S=1/2000

0 (1:2000) 50m

小 沢 橋

 小 沢 町

 ザ

 新 町

下馬天神Rc

第十種運

動(市道

)巾 ンク

° Km

上ト上ト 下ト

上ト

私 立 横 手 保 育 園

 保 育 園

順 徳 寺

Km 高麗門Rc第一

種自動

(市 道)

コン

Km

高麗本幹線

下ト

上ト

横手幹

吉 田 石 材

花岡山幹 花岡山幹

高 麗 門 の   跡

横手幹

横 手 筒 口 公 園

入 江

横 手 営 業 所

上ト 下ト

上上 上 上上 上上ト

上 上 上 上上 上

上 上 上 上

No.7トレンチ

No.11トレンチ

No.13トレンチ

No.9トレンチ

No.8トレンチ

No.6トレンチ

No.4トレンチ

No.3トレンチ 花岡山・万日山 A-4

花岡山・万日山 A-5 花岡山・万日山 A-3

花岡山・万日山 A-2 花岡山・万日山 A-1

No.2トレンチ

No.1トレンチ

No.6トレンチ

No.3トレンチ No.2トレンチ

No.1トレンチ

No.5トレンチ

No.4トレンチ No.5トレンチ

No.7トレンチ No.12トレンチ

X-22050

X-22100

X-22150

X-22200

X-22250

X-22300

X-22350

X-22400

X-22450

Y-28600 Y-28550

Y-28650

Y-28700

Fig.6 一次・二次・三次調査区位置図(2) S=1/2000

そして、二次調査の実施と委員会の設置がなされた。

 二次調査では、より正確な位置情報を得るため、世界測地系による座標値を伴う調査グリッドを設けた。

これまでの調査成果を基に調査区全体に5mメッシュの小グリッドを設定(Fig.4 参照)し、遺構確認、遺 物取上げ及び遺構実測図作成の際の基準とした。基点は X=-22315、Y=-28670 とし、そこから東へ5m メッシュの区切りごとにA、B、C・・・とアルファベットを順に振り、北へ同じく1、2、3・・・として、

その組み合わせでグリッドの名称を決め、それにしたがって調査を進めた。

 調査は、一次調査の No.1 〜 No.3 トレンチ付近を中心にトレンチを拡張させる形で調査を行った。さら に一次調査で実施していない高麗門踏切から下馬天神踏切までの間のトレンチ調査を実施した。トレンチは No.1 から No.9 までである。必要に応じてトレンチの拡張も行った。

 調査検討委員会の委員は考古学、文献史学や建築史学など各分野から選任し、調査で得られた遺構の見方 や価値判断を専門的な見地から行ってもらうこととした。調査期間中、3回の委員会を開催して意見を得た。

その結果を 「意見書」 として取りまとめてもらった。

3 三次調査の方法

 一次調査及び二次調査の結果を受けて検討委員会を開き、結果として調査した範囲で確認した「高麗門」・

「参道」・「堀」・「土塁」の遺構を含む一体の保存を求めることとなった。しかし、当該地が全てJRの鉄道 高架化事業の対象地であり、そのまま残すことは不可能であった。そこで、できる限り保存を図り事業の遂 行上、已むを得ない箇所は本調査を実施して記録保存によって遺跡の情報を将来に残すこととなった。そこ で三次調査では「土塁」や「堀」、「高麗門」から「妙解寺」までの参詣の道について、より深い情報を補強 し、同時にその他の関係遺構や他の時期の遺構等についても併せて記録保存を行うこととした。

 本調査では、JRの在来線や新幹線路線に隣接することから、安全面で調査や調査範囲に制約が課せられ たものの、できる限りデータの収集を行うこととした。

 具体的には、調査区の設定は工事箇所である橋脚の基礎となる部分に加え、付帯工事等で影響の出る箇所 についても本調査もしくは工事立会を行った。橋脚の箇所は、高麗門踏切を基点として北に大きく2箇所、

南側で4箇所の調査を実施した。基礎杭を打ち込む前に施工主体であるJR側に工事の及ぶ範囲を表示さ せ、安全範囲を考慮して調査区を設定し、表土剥ぎ等を実施した。

 調査体制は、工事期間による制約があったため、新馬借 B・A-1 を2班、花岡山・万日山 A-2 〜 A-5 調査 区については3班体制とし、工事の遅れを来たさないように 11 月からは民間調査組織を組み入れ、調査の 迅速化を図った。

4 整理作業の方法

 整理作業では、出土遺物の水洗い・注記を行う際にできるだけ調査現場で記載したラベルの情報が遺物に も反映するようにしていった。今回の調査の場合、本調査箇所の資料だけでなく一次調査、二次調査も報告 書に記載することから併せて整理作業もまとめて行った。

 報告書作成までの期間が実質1年ほどのため、平成 23 年度は図面整理主体、平成 24 年度は遺物整理・

実測・報告書作成を主体として取り組んだ。また、報告書作成に当たり、専門委員会を設け、遺跡の価値を 考古学的な見地に加え、歴史学、建築学、石造建造物などの専門分野からの意見を聴取するとともに論考を いただき報告書に反映することとした。

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