1 調査区概要
この調査区は、高麗門踏切のすぐ南側にあたり、橋脚 P181 の部分に当たる。調査区設定にあたりJRの 現路線(新幹線橋脚直下)から安全距離を保つと同時に、踏切際の道路からの安全距離などを考慮して掘削 範囲を設定した。設定に従い調査範囲となったのは、北側は高麗門踏切際道路から2m、西側は鉄道から 2m程離し、東西7m、面積約 100㎡程である。ここを花岡山・万日山 A-2 調査区とした。
調査区内の西側 1/2 は新幹線工事前には旧市道であった場所であり、アスファルトが残りその下は路盤 として掘削され砂利敷き層となっていた。さらに道路下には下水管、水道管、ガス管が廃止されていたもの の管はそのまま残され、撹乱も多かった。さらに調査区の中心付近はJRの敷地でしかも踏切近くというこ とで、遮断機の基礎、電柱、配管などが多く残り前者の撹乱と輻輳している場合もあった。大部分は表土剥 ぎに際し除去したが、遺構にかかる可能性のあるものは残した。
[層序]
この調査区は、地表面から1m程は明治以降の撹乱で本来の層が失われていた。調査区の西側部分は市道 だったため、表面は道路用の砂利が 50㎝ほど堆積していた。また、道路下であったことから埋設管が多く 埋められ、最も深いところでは地表面から2m下に水道管の本線が南北に走っていた。また、水道をはじめ ガス管などの枝管が縦横に走っていた。
さらに後述する A-2-S001(暗渠施設)により調査区の 1/4 に本来の層序の確認はできなかった。ただ、
部分的に確認できた部分から想定すると、調査区の西側には辛うじて暗褐色のシルト層が残り、下に下るに つれて砂質の割合がやや強くなり、再び褐色の粘性層や暗灰色の硬く締まる層へと遷移していく。上部の褐 色のシルト層には弥生土器とともに近世の陶磁器が混じる場合があり、近世時期の層の形成があったと思わ れるが、明確に層を区画することはできなかった。
この層の上面では、近世末から近代にかけて形成されたと考えられるいくつかの遺構を確認した。
2 遺構と遺物
[A-2-S001]
この遺構は、調査区北東部に弧を描いて構築されており、その曲がり角の部分が検出された。当初は何の 遺構か不明であったが、最終的に暗渠遺構であることが分かった。表土剥ぎ時には、裏込めの大き目の栗石 と柱状になった天井の石材が出土したため、高麗門に関係する遺構の一部の可能性が考えられ、表土を粗く 除去して留めた。天井石の上層は、近代以降の複数回に渡る撹乱の状況が見て取れたため、この遺構の時期 が当初は不明であった。
調査では、上の柱状石は簡単には除去できないためその周囲に広がる礫の部分から調査を進めた。ある程 度精査した状況で、この礫群は柱状石とその下の構築物の裏込めの石である可能性が出てきた。これらの礫 石は、大きさが 20㎝〜 30㎝大のやや大きめの川原石を中心として径 10㎝前後の川原石、打ち欠いた礫な どが使用されていた。柱状石の上部は、新しい撹乱で乱されていたが、礫石部分の精査を進める中でこの構 築物を作るために、本来の地山層と構築物を作るために掘削した掘り込みを確認した。礫石群の周囲の埋め 込みを除去し、掘削された深さを確認していった。地表面から2m以上まで埋め込まれていることまでは確 認したものの、それ以上の下層まで掘るためには湧水が多いので水中ポンプが必要であり、併せて礫石の除 去が必要であった。しかし、調査全体の作業工程上、完全に掘削の最深部までそこに人員を裂けず掘削を途
0 (1:80) 2m
丸石
ベルト
水道管
S002 S004 カクラン石 S003-4
S003-5
S003-1
トレンチ トレンチ
トレンチ
S003-2S003-3
S003-6 硬化面
カクラン No.9 トレンチ
カクラン カクラン
硬化面
S005 S002
S004
X-22140
X-22145
X-22150
Y-28635 Y-28630
H I
G 33 34 35 36
A' A
A' A A'
A Y-28630
X-22150 X-22145 X-22140
Y-28635
Fig.60 A-2 調査区遺構配置図 S=1/80
中で放棄したため、最下部は掘削できず不明である。
周囲の礫石の調査と平行して柱状石群を精査していたところ、石の隙間にコンクリートが流し込まれてい ること、その石の端には厚めのゴムチューブが渡されていることが分かった。その一方で柱状石には幅5㎝
〜6㎝程の矢穴がいくつも見られ、そのミスマッチに戸惑った。しかし、コンクリートが下に流されている 以上、もともとは近世のものかもしれないが、近代になって何らかの再工事がなされているものと予想した。
この遺構については、調査検討委員会の議題の一つにあげ現地調査をお願いした。委員会では、構造的に は弧状に構築されていることから近代以降のものと思われるが、柱状石の下部構造が不明であるので、一箇 所でもかまわないので石をはずし下の構造を明らかにするようにという指示であった。
検討結果を受けて、柱状石2本を取り外し下部を掘削することにした。当初、人力のみで小型削岩機を使 いながら作業を行っていたが、効率が悪かったため、重機につけたブレーカーで掘削をした。その際柱石は すぐ外れたものの、下のコンクリートが深さ1mほど注入されていたため3日ほど要した。
コンリートを除去するとその下は砂が厚く堆積し、少し掘り下げると湧水する状況にあった。ただ、角柱 状の石材を組み合わせている天井石に残されている矢穴は、近世の石材割の特徴を示すことから単純に近世 以降のものとも言い切れなかった。ちなみに矢穴の大きさは、約5㎝幅であったので近世末ごろのものとし てもおかしくはない。矢穴はこのほか近くの桁橋の石材、高麗門踏切以南の調査区からも出土し、鉄道敷設 に伴う石垣などにも見られ、大きさもほぼ同じである。このことから矢穴が必ずしもそのまま時期の判断に は使えないことを示している。
遺構としては、調査区北東部に屈曲部分の一端が検出されたのみであるが、内面の石垣は両壁面ともに確 認でき、石垣の石材は肉眼観察から在地産と見られる安山岩が主に使用される。両壁面とも谷積の石垣によ り壁面を構築し、裏込め石は人頭大以上の安山岩自然礫、あるいは粗割りしたものを利用する。
底面は固くしまる砂の地山を素掘りしたものである。底面の形状は平坦でなく、東側がやや深くなる。埋 土の最下層より長辺 20㎝〜 30㎝の安山岩割石が多く出土したことから、底面に敷石がなされていた可能性 も考えられる。
蓋石は角柱状に調整され、矢穴が明確に残る。
検出時は、蓋石の直下をコンクリートにより閉塞され、内部は粘土に埋没した状態であった。埋土の上位 は黄灰色〜暗灰色粘土、中位〜下位はグライ化の著しい黒色粘土で、きわめて軟弱である。黒色粘土にはコ イ科の魚類とみられる骨や鱗が多量に含まれていた。
石垣の積み方は、両面とも谷積で捉えられると考えているが、東側と西側でやや異なる。西側壁面は、典 型的な谷積で最上段の積石が三角形を呈するものを使用する。また、下面は最下段の積石が根石を兼ねると 考えられる。東側壁面は主に長方形を呈する積石を用い、最下段のみ三角形を呈する石を使用する。上面2 段は布積に近い外観である。また、最下段に角柱状の根石が置かれる。いずれも石垣の下部構造は未確認で あるが、最下段の積石が底面より下にあることから石垣の部分は、地山を一段深く掘削した上に構築したと 考えられる。
この遺構からの出土遺物は、遺構の一部しか内面部を掘削できなかったからかもしれないが少ない。
Fig.66 に図化したものと PL.38 に掲載したものである。いずれも近世末から近代にかけてのものである。
水路として利用されているうちはそれほどの遺物は残らないと考えられ、泥炭が徐々に溜まったか不明であ るが、少なくとも鉄道が複線化した時点でこの遺構の役割は完全に終わっていると考える。
この遺構については、明治 10 年以降の構築物として調査終了後に撤去されたが、道路下には残っている。
撤去工事時に立会ったところの所見は当該箇所で述べる。
丸石
ベルト
水道管 Y-28630
X-22145 X-22140
X-22145 X-22140
Y-28630
0 (1:50) 2m
Fig.61 S001(暗渠)平面実測図 S=1/50
[A-2-S002]
この遺構は、調査区西側の G-35 グリッドに当たる壁際に係る場所で検出した遺構である。当初土坑の一 部が係っているものと判断したが、この遺構にかけてトレンチを掘削して土層を確認したところ、埋土は明 褐色を呈するあまり締まりのない土であった。この遺構自体の壁は、粘土らしき土を厚さ3㎝ほど面として 貼った痕跡があった。さらに遺構の確認できた面は、上端から下方へ向けて狭くなっており、全ての面でそ れが確認できた。そのことから検出できた範囲では逆台形を呈する土坑と分かった。残念ながら今回の調査 区内で底は確認できず、全体のプランを捉えることはできなかったが、方形のものであろうことは予想でき た。確認できた一辺の長さは、3m 50㎝ほどである。
0 (1:60) 2m
埋土 コンクリート
埋土 コンクリート
埋土
コンクリート 埋土
コンクリート
Cʼ S001
X-22145 Y-28630
BBʼ
AAʼ H=9.4m
H=9.0m
H=8.0m BʼB
AAʼH=9.4m H=9.0m H=8.0m
H=9.4m
H=9.0m
H=8.0m Cʼ C
C
Fig.62 S001 部分掘削部平面・断面実測図 S=1/60
PL.35 S001 西側壁面 PL.36 S001 東側壁面