1 調査区概要
この調査区は、確認調査の結果、熊本城関係の遺構がないと判断した範囲である。先行して調査を実施し た橋脚 P171 と、全面掘削される橋脚基礎 R173 が設置される場所に当たる。一次調査の結果では、弥生時 代の竪穴遺構や焼土が確認されていた。
新馬借B調査区は、今回の報告書で扱う調査区の中で最も北側に位置する。すでに調査の経緯で述べてい る通り、平成 23 年度の 12 月から調査に入り、平成 24 年度の8月まで調査を行った。調査工程について の詳細は調査経過によるが、調査範囲については、平成 23 年度の調査範囲が橋脚 P171 に当たる部分で、
平成 24 年度の調査範囲が、P172 と P173 に当たる部分となる。平成 23 年度の調査区は、工事工程の都 合により調査期間が限られていたため、橋脚 P171 に限った範囲での調査となった。次年度も調査を行っ ているが、いったん平成 23 年度末に、それまでの調査区を埋戻すことになった。そのため、調査終了面に 砂を敷き、その上を埋め戻すという形をとった。翌平成 24 年度に、本年度調査分の表土剥ぎを行うが、そ の際に、前年度の調査区範囲を一部掘り返す形となった。結果として、平成 23 年度調査区の南側半分ほど を再度掘り返し、そこから南側に調査区を広げ、それが平成 24 年度分の調査区となった。そのため、平成 23 年度の調査範囲と 24 年度の調査範囲が一部重なっている。各調査区は、B23 調査区が南北 13 m、東西 6mで面積は 78㎡、B24 調査区は南北 83 m、東西 6.5 mで面積 539.5㎡となった。ちなみに、23 年度分 調査区は南北 42 m、24 年度分調査区は南北 83 mで約 30 m、両調査区にダブりがあった。
遺構については、確認調査で弥生時代の竪穴遺構が確認されていたが、本調査ではそれを確認することが できなかった。遺物の集中区はあったものの、明確な掘り込みを確認することができず、遺構と断定するこ とはできなかった。それでも、弥生時代かと思われる土坑と硬化面を数箇所確認することはできた。また、
中世の溝状遺構、近世の遺構も確認できた。全体としては、面積に対して遺構数は少なかったといえる。
遺物につては、弥生時代の遺物を中心に、古代、中世、近世以降の各遺物が出土している。遺物について も、「多量に」とは言えない量であった。
次に、土層の状況についてだが、本調査の際に記録した土層断面については、Fig.19・ Fig.20・Fig.21 に 記載している。調査区の北側は南から北へと傾斜しているが、南側になると逆に北から南へと落ちていく。
このうち、上部の土層が近世の土塁に伴う層と考えられるため、まずそれについて詳述する。調査区北側 は、自然堆積のようだが、中央になると「敷粗朶」がみられた。この調査区中央付近は、非常に水はけが悪 く調査中にも水浸しになったり、底なし沼のようになったりした条件の悪いエリアだった。そのため、湿地 であったこの一帯の弱い地盤を補強するために、植物を間に挟みながら、細かく版築していった様子が確認 できた。さらに調査区の南側にいくと、しっかりとした版築層が 20 mほどの範囲で確認できた。一つの層 の厚さは 10㎝〜 20㎝ほどで、似たような層が交互に入ってくる。大きく3つの層に分けられた。粘質土を 主体とする層、砂を主体とする層、粘質土と砂の混合層である。これらの層が、順番に重ねられ版築されて いた。そして、この版築層の中に B24-S007 の石組がみられた。S007 の詳細については後に述べる。
次に、弥生時代後期の包含層について述べる。この層は、黒褐色を呈し泥炭層のような印象を受けるが、
黒ボクに近い層で遺物包含層である。この層中には通常、遺構が多く遺物もかなり含まれているが、今回の 調査では、遺構はあまり確認ができなかったが、遺物は多く得ることができた。
2 遺構と遺物
土層のところでも述べたが、この調査区で確認している遺構は、弥生時代のものと中世及び近世以降のも のに大きく分けられる。
まず、弥生時代の遺構は、主にこの調査区下位の黒色の層中で検出した。弥生時代の遺構全般に言えるこ とは、掘り込みが明確に確認できなかったということである。遺物の集中、断面での落ち込みなど遺構と思 われるいくつかの状況が確認はできたが、プランや断面での立ち上がり等がはっきりとしないなどのあいま いな点もあった。
次に、各遺構の詳細について述べる。
今回の報告にあたり、調査が2ヵ年度にまたがり、年度ごとにるため遺構番号が重なってくる。そこで、
便宜上同じ新馬借B調査区ではあるが「B」の後に年度を続け、B23 調査区(B調査区の 23 年度調査分)
とし、その後に遺構番号を続けることで年度ごとの遺構の違いを明らかにすることとした。
なお、調査の際に、B23-S001 という遺構番号をつけて調査したが、遺構とは言えなかったので欠番とする。
[B23-S002](ST01)
この遺構は、J-75・76 グリッドで検出した東西 65㎝、南北 86㎝の土坑である。西側は、一輪車道とし て残していた部分にかかり掘削することができなかったため、正確な規模はわからない。掘り込みは、浅く 皿状に窪む程度で、明確な掘り込みは確認できなかったが、埋土及び床面に焼土範囲が確認できた。遺物の 出土量は少なく、土器片が僅かに出土する程度であった。そのため、時期の断定はできなかった。
[B24-S001](SD01)
この遺構は、溝状遺構で J-58 グリッドから J-63 グリッドにかけて検出した。最終的に発掘した部分は、
確認面で長さ 20.5 m、幅 1.3 m、深さ 0.44 mを測る。調査区の南端付近で確認し、遺構の北側は一輪車 道で確認できず、南側は調査区外へと伸びていく。形状は、上部はかまぼこ型で丸みを持った形だが、下部 になると急激に落ち、断面形状はバケツ型となる。
この遺構を調査する際に、まず3箇所の土層断面を設定し、北から A − A'、B − B'、C − C' とした。各 土層断面を観察すると、この遺構が北から南へと緩やかに傾斜していることが分かった。それぞれの土層断 面によって、若干堆積状況に差異がみられるものの全体的には同じように埋没したと考えられる。各層の特 徴として、遺物が少ない、鉄分の発色が多くみられる、マンガンの発色は少ないという3つの共通点が挙げ られる。また、この遺構では、2面の硬化層を確認できた。硬化層が確認できたのは、B − B' と C − Cʼ の 土層断面で、B − Bʼ では 1 面、C − C' では2面確認できた。A − Aʼ では確認できなかったが、この土層断 面をベルト状に残した際の断面をとった面の南側で僅かに硬化面を確認することができた。そのため、この 遺構の上面には硬化面が形成されていたと考えられる。この硬化面の確認により、この溝状遺構は、埋没後 に道路として転用されたと思われる。なお、道路としての転用は、C − Cʼ で硬化面を2面確認しているこ とから2回にわたったと考えられる。
この遺構からは、多くの石が出土している。石材は、凝灰岩がほとんどで、大小様々な大きさの凝灰岩が 出土している。これらの石は、上層では数えるほどしか出土しなかったが、遺構底部付近からは多量に出土 した。土器類の出土数は少なかったが、それらの多くは中世のものと思われる。出土遺物の残存状況はあま り良くなく、ほとんどが破片での出土で、接合もあまりできなかった。PL.19 にこの遺構からの出土遺物を 11 点掲載しているが、380・379・371・370・369 の5点は瓦質の火鉢である。どれも口縁部付近の破片 であった。366 は、瓦質の擂鉢で、367 は同じく瓦質の羽釜の破片である。331 は土師器の皿で口縁部に 煤が付着していたので灯明皿と思われる。また、374・375・376 のような青磁や磁器の破片も出土してい
0 (1:80) 2m 南壁 A
南壁 A'
砂層 トレンチ
2122
23
29' 29 28 カクラン
カクラン13132
19 18 17
1420 a'b'27 26
24 25
①
②
③
④
①' ①'
⑤
No.2トレンチ 南壁土層断面
①Hue10YR2/3( 黒褐色土)粘性、しまりあり。黒褐色土に鉄分などを多く 含みマーブル状である。
①´Hue10YR2/3(黒褐色土)粘性、しまりあり。②層に近いがやや乱れがあ る。漸移層。土器片を含む。
②Hue10YR2/3( 黒褐色土)粘性、しまりあり。土器片、鉄分を含む。
③Hue10YR3/4( 暗褐色土) 粘性、しまりあり。砂、鉄分、土器片を含む。
④Hue10YR3/3( 暗褐色土)粘性、しまりあり。砂、鉄分を含んでおり、弥 生土器が出土している。
⑤Hue10YR3/4( 暗褐色土)粘性、しまりあり。④層の土を含み鉄分も多く 含み非常に硬い。砂との境界部分は更に硬化している。
No.13 トレンチ
No.2 トレンチ 一輪車道
S002
パイプ
A' 東壁 H=8.0m
A
A'
H=8.3
m
東壁 A
X-21940
Y-28621 Y-28620
東壁 A' 東壁 A
H=7.7m
X-21940
X-21935 X-21935
Y-28621 Y-28620
Fig.19 B 23 調査区遺構配置図及び東壁土層図(S=1/80)
0 (1:300) 6m
02m(1:60)
S006
一輪車通路 2421
22
23 44 43
45 20
29 26
25
1トレンチ 3839 37 36 35 29
41 74231
28 27
30 26 28
1 31 29
32
13
12 mn'
O jk
L1'
2a
4 hee
f
23 35 g a b
33 cd 1 iS n
12 88
9 36 t s
2b r
3a
36 2
33 1c qP P'
4 1' q
9 4
PitPit11 10
8 2421
22 1918
17 1620
14 13a 36
13 u
1a 15
ベルト
23 H=9.0m H=9.0mH=8.5m
74737271706968
X-21950
X-21955
X-21960
X-21965
X-21970
X-21975
X-21980
A' A A' A
B トレンチ
未掘未掘 未掘 Pit
X-21950
X-21955
X-21960
X-21965
X-21970
X-21975
X-21980
Fig.20 B 24 調査区遺構配置図(S=1/300)
及び東壁土層断面図1(S=1/60)
0 (1:300) 6m
02m(1:60)
一輪車道 東面ベルト S003 3S003 64
S003 7 S003 7
S003 8
カクラン カクラン 2 128
7 9 8
6 2 1
8 カクラン
11 10
4 3
4 34
S004 4 S004 1カクラン
カクラン S003 3
S003 3
S003 6
S003 3S003 4 S003 2
S003 7S003 8 カクランS003 1
S003 5 S003 2S004 2
S004 3 56 51
56
58 5757 51 58
59 5957
5757
57 55 55 5556 59 63 55 6465 59
62
57
6160 5955
5256575757
55 5555 61 56
58 58 57 5756
56 56 5160
60 57 53
5656 57 52
54 60
60 60
6060
60 56 56 55
5560
59
59 59
59
5858
55 56 52 6766
57 51
5 31
6未掘
S001 S004 S007
No.8 トレンチ
S004S003 H=9.7mH=9.7m
H=9.4m
64636261605958676665 C' C B B'
Y-28620
Y-28625
X-22025 X-22020 X-22015 X-22010 X-22005 X-22000 X-21995 X-21985
X-21990
K J
I
B' C'
S002 S003
C´
H=9.4m
C 68
X-21975
X-21980
B
X-22000 X-21995
X-22025 X-22020 X-22015 X-22010 X-22005 X-21990 X-21985 X-21980 X-21975
Y-28625 Y-28620
S008
Fig.21 B 24 調査区遺構配置図(S=1/300)
及び東壁土層断面図2(S=1/60)