第2章 再帰的結合の進化シナリオ解明に関わる既存・関連研究の整理
2.3 認知一般における再帰的結合
2.3.3 認知一般における再帰的結合の機能的モデルの提案
2.3.2 の知見と仮説をもとに,認知一般における再帰的結合の脳機能モデルを考え
る.図2.3は,階層構造を生成するとされるBA44に,語彙項目や算術演算子の意味 論的処理に関わるとされる左半球の BA45/47 が結合したモデルである.音楽の意味 論的処理32に関しては不明な部分が多いが,左半球と対応する右半球のBA45/47が働 くと仮定しておく.意図推論や視覚認知などの認知ドメインを含めたモデルを考える べきであるが,それらの分野は神経学的な知見が不足しているため,ここでは以上の 三種にとどめておく.このモデルでは,2.3.2 節の最後で立てた仮説通り,外部から 入力された状態に対して,図中薄い赤色で塗られているモジュールにおいてドメイン ごとの意味論的処理による表象の選択がなされる.そしてその結果が図中薄い緑で塗 られている結合処理モジュールへと送られる.結合後の表象に対して次に入力された 表象が追加で結合されるか(反復的結合),それとも結合後に短期記憶で一時保持さ れたのちループ経路を辿って入力側に戻されるか(再帰的結合)が決められる.この 短期記憶モジュールが図中濃い緑で塗られている部分であり,階層構造の生成はこの モジュールの働きによって可能となる.
32 正確には,言語における意味論に対応する音楽の表象関係.
図 2.3再帰的結合の認知一般モデル
認知一般への再帰的結合能力の進化を考える前に,第四章では,物体操作における 表象操作の再帰的結合,すなわち行動計画の進化をシミュレートする.そのために,
2.3.3 節で考えた認知一般モデルをダウンサイジングし,行動表象のみを操作するモ
デルを図2.4のように設計した.このモデルは大脳皮質と前補足運動野の機能を反映 しており,詳しくは第四章で説明するが,強化学習の一種であるQ学習(Q-Learning)
で学ばれた行動を操作して系列を生成する.Q学習は線条体の一部の役割をモデル化 できているとされる(Samejima et al., 2005).よって本モデルは全体として,大脳 基底核周辺と大脳皮質のループ回路における行動系列生成のメカニズムを抽象化し たものと言えるだろう.
図 2.4再帰的結合の表象操作モデル
再帰的結合の段階的進化仮説は,この表彰操作モデルの認知一般化,およびそれに 含まれる統語における語彙表象の再帰的結合,すなわち Merge の進化を説明するこ とを目指している.1.2節の最後で述べたように,Mergeの進化プロセスや適応性は,
三章と四章の進化シミュレーションを通して明らかになったことを援用し,五章で議 論することとする.