第 4 章 空中での手の動作を利用したインタラクション手法 24
4.7 評価実験
4.7.1 評価の目的
4.1.2節で述べたように,ペン入力インタフェースにおけるメニュー操作等では,意識や集
中力を奪われ,主となる作業が妨げられることで,ペン入力インタフェースの操作性の低下を 招くことがある.そこで,空中での手の動作を利用するインタラクション手法を提案し,ペ ン入力インタフェースの操作性向上を目指した.本実験は,“提案するインタラクション手法 は従来手法と比較して本来の作業に集中できるか否か”を検証することを目的とする.この検 証のために,まず以下の二つの仮説を立て,それらの実証を試みた[81].
仮説1
従来手法と比較して,提案したインタラクション手法を用いた操作は操作ミスが少ない.
操作ミスとは,操作時にユーザが起こしたミスである.
仮説2
従来手法と比較して,提案したインタラクション手法を用いた操作は不要な動作が少な い.不要な動作とは,移動等の本来の作業やメニュー操作以外の動作である.
4.7.2 評価方法
被験者と実験環境
被験者は5人の大学生および大学院生である.22〜24歳の男性で,全員右利きであった.
また,全員ペン入力インタフェースを操作した経験はあるが,その操作に慣れた被験者はい ない.
実験は4.6.3節で紹介したペイントツールを用いて行った.その他,1280×768ピクセルの
画面解像度を持つ50インチのタッチスクリーン付きプラズマディスプレイパネル(スマート
ボード),CS Stylus,従来のペン型デバイスを用いて実施した.
ペイントツールはフルスクリーンで表示した.トップメニューFlowButtonのサイズは320×274 ピクセルで,FlowButton内に表示されるメニュー要素のサイズは96×41ピクセル,カラーパ
第4章 空中での手の動作を利用したインタラクション手法 37 レットFlowButtonのサイズは640×487ピクセルで,FlowButton内に表示されるメニュー要 素のサイズは64×36ピクセルである.FlowButtonのサイズは大きすぎるとキャンバスのほと んどが隠れてしまいツールとして使いにくくなり,小さすぎるとタップでの選択操作に支障 をきたすため,これらのサイズは画面サイズと使いやすさを考慮に入れて決定している.
比較する操作方法
本実験では,三つのメニュー操作方法の操作性を比較した.
• 従来のメニューインタフェースからメニュー操作を行う方式(従来方式)
図4.4の左端に表示されているツールパネルを用いて操作を行う.ツールパネルでは各 色のセルをタップすることで,その色に描画色を変更することができる.セルの大きさ は一般的なペイントツールとほぼ同サイズにした.
• 提案手法を1回用いてメニュー操作を行う方式(シングル方式)
まず,shakingでトップメニューFlowButton(図4.6(b))を呼び出す.そして,タップで カラーパレットFlowButton(図4.6(c))を呼び出し,タップで色の変更を実行する.
• 提案手法を複数回用いてメニュー操作を行う方式(マルチ方式)
まず,shakingでトップメニューFlowButton(図4.6(b))を呼び出し,rollingでカラーパ
レットFlowButton(図4.6(c))を呼び出す.そして,タップで色の変更を実行する.
タスクと手順
タスクは2種類ある.両タスクとも,あらかじめ描かれた二つで1組の矩形を,それと同 色の線で繋ぐという作業である.矩形は全部で5組あり,それぞれ異なる色で描かれている.
タスクにより,5組の矩形が表示される位置が異なる.タスク1ではディスプレイの左側,つ まりツールパネルにアクセスしやすい場所に表示され,タスク2ではディスプレイの右側,つ まりツールパネルにアクセスしにくい場所に表示される.被験者はこれらのタスクを三つの 方式でそれぞれ1回行う.それぞれの試行において,被験者がタスク達成に要した時間,操 作の認識エラー回数,操作の認識エラーによる遅延時間,操作ミスの回数,操作ミスによる 遅延時間,操作中の移動歩数を計測した.これらを比較することで,仮説の実証を試みる.
評価実験の手順について説明する.まず,被験者にはペイントツールの使い方やインタフェー スの説明を行った.そして,被験者がCS Stylus,および提案手法の扱いに慣れるまで自由に 使用してもらった.練習時間に制限を設けなかったが,どの被験者も概ね10分程度の練習を 行っていた.全被験者の実験の様子はビデオカメラで撮影し,実験終了後に操作の誤認識の 回数や遅延時間等を計測した.2種類のタスクの順番と,それぞれのタスクで行うメニュー操 作の順番はそれぞれの被験者にあらかじめ指示をした.なお,これらの順番はカウンターバ ランスを考慮して決定している.また,実験終了後には操作性に関するアンケートに回答し てもらった.
第4章 空中での手の動作を利用したインタラクション手法 38
4.7.3 結果と考察
表4.4に操作方法及びタスクごとの実験結果を示す.値はすべて5人の被験者の平均値,括 弧内は標準偏差である.これらの値は小数点第二位で四捨五入している.
まず,操作ミス回数について議論する.操作ミス回数とは,具体的にはツールパネル上の カラーパレットやFlowButtonから一つのアイテムを選択するときにユーザの意思とは異なる アイテムが選択された回数である.実験の結果,従来手法ではタスク1で4.2回,タスク2 で6.4回の操作ミスが発生している.タスク1よりもタスク2で操作ミスが多く発生してい るが,これはユーザからツールパネルまでの距離が原因であると考えられる.タスク2では,
ディスプレイの右側での作業であるため,ツールパネルを操作するためにはディスプレイの 前を移動する必要があり,それにより毎回操作する位置が変化する.よって,安定的な操作 が行えず,より多くの操作ミスが発生したと考えられる.また,シングル方式とマルチ方式 では操作ミスは全く発生しなかった.これはメニューインタフェースにFlowButtonを採用し たことがその要因であると考えられる.FlowButtonではメニューアイテムそれぞれのサイズ が大きいため,間違ってアイテムを選択することがない.また,FlowButtonを表示するため にディスプレイに常時表示してあるボタンを使うのではなく,shakingを利用しているため,
FlowButtonを表示するときに誤操作する恐れがない.このように,従来方式に比べて提案手
法を用いた方式であるシングル方式とマルチ方式の方が,操作ミスが減少していることがわ かる.この結果より,仮説1を実証することができた.
次に,移動歩数について議論する.ビデオカメラによる実験後の検証の結果,従来手法で タスク2を行ったときに平均で5.6歩ディスプレイの前を歩いていたことがわかった.ディス プレイの前を歩くという動作は色を変更するという操作には明らかに不要な動作である.一 方,提案手法を用いた二つの方式では,いずれの場合も移動歩数は0歩であった.この結果 より,仮説2を実証することができた.
以上で二つの仮説を実証することができたが,その他の実験結果についても検証を行う.認 識エラー回数について議論する.認識エラー回数とはシステムが認識した動作が,被験者が 行った動作と異なっていた,もしくは被験者が動作を行ったときにシステムがそれを動作と認 識しなかった回数である.動作の認識を行っていない従来手法では認識エラー回数は0回で ある.実験の結果,シングル方式ではタスク1と2の平均で4.7回,マルチSA方式では10.0 回の動作認識エラーが発生した.認識エラーが発生する原因は二つ考えられる.まず一つ目 は被験者がCS Stylusに慣れていなかったことである.実験後に行ったアンケートの結果,被
験者はrollingに戸惑いを感じたことがわかった.rollingはペンを握ったまま行いやすい動作
ではあるが,文房具としてのペンでは通常はrollingのような動作は行わない.よって,戸惑 いを感じる被験者もいたと考えられる.しかしながら,この問題はCS Stylusの扱いにある 程度慣れることで解決できると思われる.二つ目の原因はシステムの動作の認識精度である.
本研究では動作の認識にDPマッチングを用いているが,マッチングを行うパターン要素数 を多く設定することができない.それは加速度情報を取得するために用いているCookieセン サの時間分解能が100 msであり,各動作を行うために必要な時間は高々500 msである.つ まり,マッチングに用いることができる加速度情報は5点程度である.この要素数の少なさ
第4章 空中での手の動作を利用したインタラクション手法 39 が,マッチング精度が低い原因の一つであると考えている.本研究では高い認識精度を追及 するのではなく,あくまで空中での手の動作を用いたインタラクション手法の創出に主眼を 置いているため,この問題を完全な解決は行わない.しかしながら,この問題はセンサの性 能向上により解決することができるため,将来的な解決は可能であると考えられる.
最後に認識エラーによる遅延時間を除いたタスク達成時間について議論する.遅延を除い た時間についてタスク毎に着目すると,従来手法での試行に比べてシングル方式とマルチ方 式の方が,所要時間が短くなっていることが読み取れる.タスク2における従来方式とシン グル方式の間には有意水準10%で有意な傾向が見られた(p = 0.106).この結果より,提案 手法を用いることにより,操作速度が向上することが期待できる.本インタラクション手法 の目的はペン入力インタフェースの操作性を向上させることであり,操作スピードは追求し ていないが,本実験により将来的に操作速度の向上も見込まれる結果となった.