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第2章  螺銀紫檀五絃琵琶の復元

第1節 設計図の作成

 五絃琵琶を復元するにあたっての設計図は正倉院事務所が1967年に 日本経済新聞社から出版した種正倉院の楽器』のp.102、p.103の表(資 料表4・1〜2参照)、p.83の測定値:の記入された図(資料図版9参照)

及びp.51の柱制の表(資料表5参照)をもとに作成した。この図と表

は1948年(昭和23年目から1952(昭和27年)の四年間に調査員を

芝祐泰、林謙三、瀧遼一、岸辺成雄として毎年五日ずつ行われた正倉院 の楽器の総合調査の実測調査をもとにつくられたものである。この測定 図は琵琶のヴォリュームを決定づける槽の下部の左右のラインのつなが りに無理があり、この曖昧な点を明らかにするために多くの出版社から 出ている図版を比較検討した。さらに五絃琵琶は中学校、高等学校の社 会科の歴史分野でも多く扱われており、これらに関しても比較分類した。

 この比較分類は最初に形態的なものから始め、次に各々の資料の図 版上における値を測定すると同時に最大幅/全長(小数点以下4桁を四 捨五入)を求めるという方法で行った。(資料表6参照)この表を作 成していく中で対象とした図版には最大幅と最大長の比率が大きく他と 異なるものがあることがわかった。なお、資料表6の最後の比較項目 である「版の色」は、カラー印刷とモノクローム印刷を区別するために、

カラーの方は色みが有るという意味で「有」、モノクロームは工みが無 いという意味で「無」と表している。

 中学校、高等学校の社会科の教科書の図版は小さい場合が多く、美術 全集などとは異なる扱いとした。これらの教科書の中には正倉院の五絃 琵琶の版ではなく、東京国立博物館の明治時代の模造品(列品番号H−

1090)の版の使用が見られ、比較対象から外した。また、これらの図 版のそれぞれが持つ比率の差を容易に把握できるように同じ最大幅

(60mm)で表した。(資料図版m・1〜3参照)槽のラインと同様に 柱の位置を決めようとしたが図版の比率の相違から決定できなかった。

 r正倉院の楽器』の測定値と比較分類した多くの図版の値の違いにつ いては正倉院事務所の西川技官に話を聞いた。2大きくポイントとなる 内容は次の二点であった。

  ・昭和42年の『正倉院の楽器』に記載されている測定値に忌違    いはない。

    ただ、写真を撮ってトレースしたものにその値を記入     したものであるから設計図の形と現物は当然誤差を生     むことはある。

  ・一度撮った原版は繰り返し使用する。

二つ目の点についてはこれだけ様々な撮影技術が発達している中で一定 の原版しかないということは一般的には考えられないことであるが、宝 物を保存する立場からこのような措置が実際にとられているということ

であろう。

 図版の形態的分析を進めると山手の上の絃の結び、海老尾の形態から 使用されている版は明らかに最低でもカラー原版が二つ(資料図版11 参照)、白黒原版がやはり二つあることがわかる。また逆に、すべての カラー図版に関しては前述の絃の結びの形や海老尾と三二の位置関係を 見ると二つのうちのどちらかの範躊に入るように思える。表6の分類

は絃が作る二つの円の重なる部分が少なく海老尾の形が縦方向に大きく 表されるものをA、円の重なる部分が多くAと比較すると海老尾が明ら かに横方向に広がっているものをBとした。Cの範躊には『二代の楽器忍 の五絃琵琶の図及び東京帝室博物館編r正倉院御物図録一二一二』の五 絃琵琶の図を入れ、奈良国立博物館編の『正倉院展の歴史雌の五絃琵琶 の図をDとした。『正倉院展の歴史』の図はA、Bとは明らかに比率が 異なることから区別してDとし、Cに分類した二つの図は比率に関して はA、Bとほぼ同様であるが転手に見える菱形様の模様がA、 Bとは明

らかに異なり、二つの図相互では同じである。

 これらの図版すべてに該当することであるが正面図が測定図の割合 より横に広がっているのである。

 なぜこの様に『正倉院の楽器』における測定値と他の図版のプロポ ーションが大きく異なるのかということについては撮影時におけるレン ズの軸に対して腹板が直交していなかったことがまず第一の原因と考え られる。側面図における槽と腹板の接着部分にあたる線と水平線がなす

傾きはほぼ二二の部分が水平線に接する状態程度のものである。(資料 図版12参照)写真でとられた五絃琵琶の正面方向からの図版は傾きの 角度の割合だけ正面図が実際より縦方向に圧縮され、より横に膨らんだ

形態となるのである。この角度はおよそ700〜800程度であり、琵

琶の二二をしとし、それが投影されてできた図版の長さを1とし、琵琶 が平面となす角度をθとすると

  1=・sinθ・しであり、sin70。≒o.94とすると

1=sin70。・L=sin70。×108≒101.49となり65mm程度全長が短

くなる。この値はsin80。では15mm程度である。

 『正倉院の楽器』の測定値と共に使用した後述の図版は、横幅の:最大 値を測定値と同じ値にした時に約40mm短くなっており、このことか

らこの正面図はほぼ74。の角度を持って撮影されたことがわかる。

 今回調べた図版の中には(最大幅/全長)が実物に近いものがある。

つまりその値は全長:最大輻がほぼ108:31なのである。これは前述 の傾きを考慮に入れずに、単に全長と全幅の関係を測定値だけをもとに 作成した結果と思われ、随分形態的に狂いが出てきてしまっている。ま た、他のものに関してもこれと同様に二二と海老尾の位置関係が同じに もかかわらず、大きくプロポーションが変化しているものがあり、世界 唯一の二代の五絃琵琶として示すにはあまりにもパターンが多すぎて不 十分である。

 一般的にはこのような様々なパターンを見ながら、五絃琵琶とはこの ようなものであると判断しているのである。

 これらの誤差がいかにして生じたかについては明確なデータ(使用レ ンズの焦点距離、被写体までの距離など)がない、考えられる理由とし ては例えば、出版物のプロポーションに合わせた図版の編集や琵琶のあ る部分の様子を強調した編集など、図版の編集者の意図によるものがま ず考えられる。次に図版は様々な行程を経て製版されるが、製版時に使 用したレンズの収差の関係など、技術的問題が考えられる。このように 版を起こす時に色々な処理を行ったために原版は同じであるにもかかわ らず異なるプロポーションのものが出現したと考えられる。現在の技術

では対象となるものの比率を変えたり、ある部分を強調して表現するこ とはいとも簡単なことである。

 また、写真というものは例えば、立体感等の表現が難しいように表現 に限界があるものであるという考え方や、写真を手がかりにしようとす ること自体に無理があるということも確かにある。

 この五絃琵琶は宝物の保存という観点から何度も撮影するということ は不可能であると思われ、極めて限られた条件の下での撮影ということ になることはいたしかたのないことである。しかし、学術的にある程度 耐えられるものであってほしいものである。例えば1929年の東京帝室 博物館編である『正倉院御物図録一第一輯3』の五絃琵琶の図版に見え る様に縮尺率を記入するとか、他にも撮影時のレンズの軸と被写体との 位置関係の略図、あるいは使用レンズなど、撮影時の様子が分かるよう な資料が付記されるべきであると考える。このように種々検:討した結果、

東京国立博物館に所蔵されている明治時代に模造されたレプリカを最終 的に参考とした。「東京国立博物館所蔵 三二紫檀五絃琵琶(模造)

列品番号H−1090」でありこれが収納されている箱の箱書きは以下の

通りである。

「正倉院御物模造 螺鍋紫檀五絃琵琶 亀甲二二擾 帝國博物館」

 この螺銀紫檀五絃琵琶は実物の五絃琵琶を復元模造したものである。

 模造には現在の様子をそのまま模造する方法とかつての姿を再現する という二つの方法がある。前者は現状模造といわれ、原品とそっくりに 古色をつけ破損個所もそのままに制作する方法であり、後者は原品が作

られた当時の材料を集め技法を考察して往時の姿を再現する復元模造と いわれるものである。復元模造の場合は原品の構造、材質、技術など学 術的な調査研究が行われるという点において、保存修復に役立つ。4更 に現在、宮内庁正倉院事務所が進めている復元模造事業の目的は次の三

つである。

  ・宝物に万が一のことがあった場合に備えること

  ・復元模造晶によって原型を髪髭とできるようにすること   ・宝物に変えて利用に供すること

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