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結果及び考察(復元を終えて)

 五絃琵琶の持つ不確定要素に楽器として、また天平時代の工芸とい う観点から答を出すことができないかと考え、五絃琵琶の資料を収集分 析し設計図を描いた。続いて同じ種類の材料を集め、加工法を検討した 後できるかぎり天平時代の制作時の形に近づけるよう工夫しながら復元

した。

 当研究の疑問点としてまとめた不確定要素は四つあり、第五柱の有 無、海老尾の先端部分の有無、第一絃の転手の位置、奏法である。この

うち五絃琵琶の音作りに特に関わる第五柱の有無と大きくこの琵琶本体 の形態の意匠に大きく関わる海老尾の先端部分の有無の二つについては 明治期の後上である可能性があると言われてきた。第五柱は壬申検査の 拓本では接着跡が残ってはいるが腹板の華紋の大きさと配置の関係から 考えると不適当な位置に存在するとされている。海老尾の先端部分に関 しては明治の補修の時に見つかり補ったとあるだけで例えば断面の一致 あるいは木目の整合性などに関わる詳しい修復時の内容の記録が一切な い。次に唐の形式とされながらもなぜこのような順序と位置に転手が置 かれたのかという転手の位置に関わること、最後に支持方法は楽琵琶の ように横に構えるものなのかあるいはそれ以外の方法なのか、また何を 使用して弾かれたのかという奏法に関わることである。まだまだ筆者の 知らない資料もあるに違いなく十分なものとは決していえないが、復元 を終えた現段階で実際の楽器としての五絃琵琶を扱い、あるいは復元の 中で気づいたことも合わせてこれらの不確定要素に対する考えを述べる。

第五柱の有無

 明治の『壬申検査社寺宝物図上』における螺釦の様子は現在と同じも のであり、二二自体に疑問はない。ただ、第五柱の有無を大きく左右す るであろう第五の柱が接着されていた場所(腹板と鹿頸の接する線に近 い腹板上)には第五柱が接着されていた後をうかがわせる線が表れてい る。この線がどのようにして拓本に表されるまでに至ったかが問題なの

である。1964年に風間書房から出版された林謙三の『正倉院楽器の研 究』の第四章から五絃の柱制についての研究を参考にし、大食調・盤渉 調、壱越調、平調、黄鐘調・黄鐘角の四二絃をもとに第五柱の音に関わ っての考察を行った。それぞれの調絃は大食調・盤渉調がE,H,d,#

f,aであり、壱越調はD,A,d,e,a、平調E,H,d,e,a、黄鐘調・

黄鐘角調はE,A,c, e,aとある。

 四つの調絃の比較と第五柱のはたらきが検討しやすいように曲調を図 形を用いて表している。(資料図版18・1〜5参照)この図を利用し て、壱越調を例に挙げてみると第二絃の第五柱の音が第三絃の乗絃の音

と、また第四絃の音が第五絃の乗絃の音と一致している。同様のことは 平調、黄鐘調・黄鐘角にも当てはまることである。結果として、第五柱 がある方が運指に無理がなく、より少ない動きで曲を弾ける可能性があ ることがわかる。林はキジル石窟135窟の壁画に見ることができるよ うな二三の例を挙げて第五柱は一番細い絃にのみ付く可能性を想定し、

それが高音域を広げることを示唆している。この二二により付加される 音はそれぞれの調絃法の図の一番下の右端の音である。

 以上、曲を弾くときの運指の余裕ということと第五柱の弧柱があるこ とによって付加される高音を考えたときに第五柱は第一絃から第五絃ま でのものが存在したと考えられる。この第五柱が運指の余裕という意味 で存在したと考えると、第五絃の高音を得るための部分以外は必要に応 じて使用できる。また、大食調・盤渉調に関しては、他の調絃とは異な り重なる部分が第二絃と第三絃では三音、第三絃と第四絃では二三、第 四絃と第五絃では三音と多く、他の三つの調絃法と比較すると柱を一つ 減じた場合に酷似する。これは、この大食調・盤渉調が他の調絃と比較 すると少ない音で構成されるというニュアンスを持つと考えられる。こ の調においては運指に、より余裕を持つことができる、もしくは音作り に直接関係のない柱が出てくる可能性がある。

 次に絃どうしの共鳴という点から考えてみる。例として壱越調をあげ ると、第二絃の第五柱の音と第三絃の乗絃の音とはどちらもdである。

第一絃がDであるから第二絃の第五柱の音、つまりdを弾くことにより

第一絃、第二絃、第三絃の音はそれぞれD、d、 dとなる。このことは 他の調絃にも当てはまることである。

 この共鳴に関わることはピアノを例にあげるとわかりやすいが、Dの 音を弾くと他のDの音が共鳴するのである。「共鳴」という、より音を 膨らませるという観点から考えても第五柱の存在は適当と考えられる。

従って第五柱の接着の跡はオリジナルなものであると考えられる。

第一絃の転手の位置

 五絃琵琶の第一絃の転手の位置はキジルの壁画や、韓国にみられる郷

(ひやん)琵琶、あるいは最近のものでは韓国ソウルの国立民族博物館 の五絃の琵琶のものとは異なる。(資料図版19・1〜2参照)

 明らかにこの琵琶の絃藏と同じ形式を示すものは唐の三寿の墳墓の壁 画にある。(資料図版20参照)これ以外ではインドのアムラーヴァチの 彫刻などに似たものがある程度で他の資料ではほとんど見ることがない。

(資料図版21参照)

 他の転手から離れた第一絃の転手の位置には目的があるはずである。

乗絃から転手までの絃の長さが共鳴絃であることの可能性と、第一絃が 共鳴絃であることの可能性から、第一絃の位置について述べる。

 まず五絃琵琶という楽器の音の作り方であるが、絃の振動が楽器全体 の振動に変化していくのである。(図16)これは他の楽器についても同

じである。ここではヴァイオリンと比較してその構造を考える。ヴァイ オリンは、エンドピンからブリッジまでの絃の長さが共鳴絃の役目をし ている。(図17)ブリッジの高さを少し変えるだけで絃長が変化し、

音はまったく異なるものになる。また、ブリッジのほんのわずかな移動 が共鳴音やその他に影響を及ぼし、音が大きく変化する。五絃琵琶の場 合はヴァイオリンの様なエンドピンからブリッジまでの絃にあたる部分 がないかわりに、そのはたらきを乗絃から転手までの絃に持たせたと考 えた。共鳴しやすい絃の長さにするために転手の位置を敢えて動かした と考えられるのである。つまり、この五絃琵琶の持つ転手の位置は乗絃 から転手までの絃の長さを調節した結果である。外見からは乗絃が途中

琵琶を弾く

絃   の   振   動

乗絃からの振動    転手からの振動    覆手からの振動

腹板の振動 乗絃から転手までの

シが作る共鳴

槽内の空気の振動

槽による音の反射 海老尾・鹿頸の振動        槽の振動

楽器全体の振動

@=琵琶の音

図16 琵琶の音はどのように作られているか

プリ・ソジ

@       スクローノ

図  17ヴァイオリンの絃と共鳴について(州上昭一郎『新技法シリーズヴァイオ   リンをつくる』美術出版社,1996より引用し筆者描。)

にあるから音としては同じと考えられるが乗詰から転手までの絃も振動 しているのであり、この長さは実は絃の共鳴に関わると思われる。

 同じ共鳴に関わることであるが第一絃を共鳴絃ととらえると、この転 手の位置は明らかに一番太い第一絃をより長く保つためのものと考えら れる。ピアノの最低音部の絃同様、この第一絃は絃を太く長く保つこと によって振動が続く様にする、つまり余韻を残すため工夫の一つと考え られるのである。実際にこの第一絃の乗絃と転手の問の部分の絃には十 分な音量がある。さらに、五本の絃が出す音の図は資料図版18の2〜5 に載せているが、第一絃の作る音は他の高音域の四本の絃の音とは明ら かに離れており特に低音域の実現を意識したものであったと考えられる が同時に響きを強く意識したという感がする。

 西域の楽器には現在のタンブールに見られるように共鳴絃を多く持っ ているものが存在しており、共鳴絃を張るという傾向は西域の楽器の特 徴の一面と言える。唐の形式といわれる五絃琵琶であるが、この言葉は この形式が唐で完成されたことを示すものであり、もともと唐にはこの ような琵琶は存在していなかった。『旧唐書』の中の志第九音楽二に西 域から伝わった伎楽にのみ五絃の琵琶があるということを見てもこの琵 琶の原型はやはり西域から伝わったと考えられる。この旧四書に出てく る五絃の琵琶が正倉院の五絃琵琶の直接の起源かどうかは明らかではな いが、西域から伝わったということは共鳴絃を用いる可能性が大いに出

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