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第4節 設定型問題を追究する授業論
この授業論の典型として,小西正雄氏の授業論が挙げられる。小西氏の授業 論は,未来や事実保留的な「未確定」の学習課題を設定し,新たな価値の創造,
社会的に見て意味ある提案を行うという方法原理によって,社会的自己認識の 育成を目標原理としている。以下,詳細について考察していく。
1.授業構成原理
(1)目標原理一社会的自己認識の育成
小西正雄氏は,「社会がわかる」について,これまで一般的には社会につい ていろいろなことを知っているという意味で使われていたとする。小西氏は,
これはいわば「自己のまわりにある社会をわかる」というわかりかただと,と 指摘し,これまでの社会科授業のあり方について,次のように批判している。
「私たちは,社会科の授業を通して,最終的に子どもたちに社会をわからせ たいと考える。が,これまでに費やされた多くの努力は,子どもたちに,単 にそのまわりにある社会のようすを理解させたり,そのかげに隠れた人々の 工夫を見つけ出させたりするようなものでしかなかった。言い換えれば,子 どもたちに『自己のまわりにある社会をわからせる』というかたちにあまり にも傾斜しすぎていた。それらの多くは,まるで自己とはきり離された現象 でもあるかのように社会事象を見せ,調べさせ,批評させてきたのである。」η》
では,小西氏は「社会がわかる」ということについて,どのような側面が必 要だと考えているのであろうか。小西氏は,社会科が「主体」としての人間と
「客体」としての社会がつねにかかわりあうような事象を扱う教科であるとし
ながら,次のように述べている。
「人が社会を作る以上,人はその作られた社会の影響を受けずして生存する ことなど不可能である。社会科が客体として扱うべき『社会』は,主体を完 全に包み込んでいる。いやむしろ,客体と思われていたものが,じつは主体 を構成する一部分になっているのだと表現した方がよいかもしれない。
と言うことは,客体である社会が主体に影響を及ぼすのと同時に,逆に,
主体が客体に影響を及ぼす場合も大いにあるということである。」73)
小西氏は,こうした論理から,これからの社会科授業は「自己のまわりにあ る社会」をわからせることのみならず,「社会の中にある自己をわかる」とい う側面が必要であると説くのである。さらに,次のようにも述べている。
「社会科は,事実を確認する教科でもなく,単に変化を追いかけるだけの教 科でもない。みずからが,その変化の主体となっていること,変化の主体と ならざるをえないし,また,ならなければならないことに気づかせる教科で ある。そして,必要な場合には,適切な価値判断にもとづいた意思決定を下 すことのできる,そんな子どもたちを育てるための教科である。」74)
このように,小西氏の授業論における目標原理は,社会に主体的にかかわっ ていくことによって,自己が何をしなければならないかが「わかる」ことであ
る。つまり,自己の位置の理解ないし社会の一構成員としての生存(存在)意 義の認識,社会的存在としての自己の認識,氏の言葉でいえば「社会的自己認 識」の育成である。
では,なぜ小西氏は,社会的自己認識の育成が必要と考えるのだろうか。こ のことについて,氏は,人間形成と教育のもつ社会的使命という2つの側面か
ら絶対に必要なことであると強調し,次のように述べている。
「教育の第1の使命が子どもたちの人間形成にあることは言うまでもない。
・… i略)・…人は1人では生きていけない。さまざまなレベルの社会的集 団の中に生きる。他から多くを学び,また他に多くを与えていくためには,
社会にその存在を認められ,また社会に対してその存在を主張できるような 人間でなければならない。
・… (略)…・ゆえに,教育が人間形成をその目標として掲げるかぎり,
社会的自己認識という課題を避けて通ることはできないはずである。
教育のもう1つの使命は社会的な要請に応えることにある。
私たちがいま所属している社会は,・…(略)・…多様な価値が存在し,
どれを望ましいものとして採用するかは構成員の意思決定に委ねられている という民主主義社会である。
・…(略)…・したがって民主主義体制下で展開される教育は,『主とな りうる民』を育成するという使命を必然的に帯びることになる。
『主となる民』とはどのような人間か。それは,『反権力』を気取り扇動 的な報道のままに避難・批判をくり返すだけの無責任な人間のことではな い。むしろ,主たる権力者としてのみずからの責任の重さをただしく認識し 苦悩する人間である。望ましい社会的な価値を追求し,社会的な意思の決定 に参与していこうとする意欲と能力をもった人間である。…・(略)・…
民主主義を維持しようとするかぎり,公教育のある分野が社会的自己認識 の育成という任務を背負わなければならないことは,もはや何の疑問の余地 もないであろう。日本では,社会科がそれを引き受けたのであった。」75》
以上のように,小西氏の授業論は,「『社会のなかの自己』がわかり,『社会 のなかの一員』として行動できる人間を育てる」76)という必要性から,社会的 自己認識の育成を目標原理とするのである。つまり,未来社会を作るのは自分 たち自身であることを認識し,社会に積極的に働きかけようとする態度を育成 する授業論であり,未来社会における有能な主権者としての資質育成を強く意 識している。
(2)方法原理
では,小西氏の授業論の目標原理である社会的自己認識の育成を支える方法 原理はどのようなものか。以下,明らかにする。
①近未来を対象とする提案場面の設定
小西氏は,従来の社会科が,現実の社会の構造を解きおこし,過去の遺産か ら多くのことを学びさえずれば,未来を語る主権者が育つであろう,という前 提のもとに展開さてきた,と批判する。しかし,今日ではその前提が成立する
という根拠は,かなり怪しいものとなりっっあり,私たちは,「すでにあるも の」が必ずしもモデルとしての有効性を持ちえないという社会の転換期に直面
しているとして,次のように述べている。
「このような時代に生きる主権者には,過去と現在のことを知り論評する力 もさることながら,これからの社会の設計者としての提案能力が,より強く
要求されてくるはずである。
わが国のこれまでの社会科,そして現在の社会状況を以上のようにまとめ てみるとき,そこに社会科の1つの未来像が見えてくる。それはifへの大 胆な挑戦を許容することによって,子どもたちに社会をつくる主役という立 場を自覚させるような場を提供する社会科である。未来を語りモデルを創造 していけるような子どもたちを育てることのできる… そんなかたちの社 会科である。」η
小西氏は,このような趣旨を強調する社会科を「提案する社会科」と名づけ,
「提案場面(「選択場面」を含む)」を単元の中心にすえるとしている。
②小西氏が説く「提案する社会科」の4つのメリット
小西氏は,従来の社会科と比較しながら,「提案する社会科」のメリットと して,以下の4点を挙げている。
ア。多様な提案の保証
まず,第1に,近未来を学習の対象とすることについて,次のように述べて
いる。
「調べる社会科や追究する社会科で設定される問い,すなわち『〜はどこか,
〜は何か』型の問いは,隠されている事実,未知の事実を暴いていくための 契機としての問いである。これらの場合,調べられ追究されるべきものの正 体は,あらかじめ決まっている。たとえば宮崎平野なり高知平野である。
しかし『提案する社会科』では,当面の問題関心は,事実かどうかではな く,むしろそのような現実を離れた近未来にある。…・(略)・…
…・(略)…・提案されるべきものが最初から決まっているわけではない から,子どもたちの多様な提案はすべてまず受け付けられる。もちをん,そ の提案のなかに宮崎平野や高知平野が含まれることも大いにありうるし,最 終的な候補地は,たぶんそのような 常識的な線 に落ち着くはずである。
しかし,『提案する社会科』では,これ以外の候補地の提案も,とりあえ ず許容されるのである。この点,誤答をすぐに排除してしまう従来の社:会科
との大きな違いである。『提案する社会科』では,未来を語ればよいわけで あるから,いわゆる できる子・できない子 の区別なく,高知平野を提案
した子も,たとえば十勝平野を提案した子も,同じスタートラインに立つこ
とができる。」78)