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第1節 訓練の効果について
本研究では、対象児の諸発達側面のうち粗大運動、微細運動、日常生活動 作、書字能力といった運動能力を中心とする側面について縦断的分析を行な ったが、その結果次のことが分かった。
(1)改善された点
①運動プログラムとして実施された種目は、全てやり始めた当初より記録が のびたり上手にできるようになった。
②長期間実施してきた運動プログラムのうち、腹ばいマラソン、高ばいマラ ソン、ランニングマラソン、うんてい、なわとび、ハードル、前転、後転の 進歩は著しく同年代の生徒と比較しても劣っていない。
③訓練プログラムとして行なったわけではないが、粗大運動において進歩が 見られたのは、自転車に乗る技術、ラジオ体操での体の動かし方、走り高跳 びの記録、ハンドボール、サッカーの基禾動作などである。
④微細運動に関しては、衣服の着脱や食事中における手の動作、日常よく使 う器具の操作については殆ど問題なくできるようになった。
⑤日常生活動作において最も改善されたことは、行動の落ち着きである。そ の他、入浴、靴の着脱、散髪、留守番なども長い年月をかけて徐々に進歩し ていき、今では何の問題も見られない。
⑥書字能力は、発病後全くできなくなっていたものが、訓練プログラムと両 親、教師の涙ぐましい努力によって、漢字、カタカナ混じりの文を書けると
ころまで進歩した。
(2)改善できていない点や問題点
①訓練プログラムの種目のうち、バスケットボール、バレーボールでは、1 っ1っの基本動作はある程度できるようになったが、ゲームに加わって楽し
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むことはできない。
②何かの運動をする際に、体をじっと直立させたり胸をはったりできない。
③逆立ち、腕相撲、羽根つきなど初めて経験する運動がうまくできない。
④同年齢児と比較すると、運動能力テストでは持久走のみが得点圏に入り、
体力診断テストでは殆どの種目が最低のレベルである。
⑤微細運動に関することでは、はさみで曲線を切ったり、折紙を紙の端を揃 えて折ることなど、視線を集中して細かい指先の動作を必要とすることがで きない。また、ラジオのスイッチや、自動車のロックボタンの操作、針を布 の下から上へ通すことなど視線の集中の他に空間感覚を必要とする指先動作 ができない。
⑥激しい運動の最中でもよくしゃべるので、呼吸のコントロールに問題があ るように思われる。
⑦全体としての行動の落ち着きばあるが、小さな刺激にすぐ反応し、そちら の方に気がとられてしまうことや、凝視や注視行動がしにくいなど視覚上の 問題がある。
⑧書字能力は獲得できたが、字の形はあまり整っていず、練習しない日が続 くとすぐ字が大きくなってしまう。それに、最大の問題は、出来事の記述は できても自分の考えをあまり表現できないことである。
第2節 両親の障害児に対する治療、教育観について
本児の両親の治療、教育観をまとめると以下のようになる。
①自分の子供に対して納得のいく診断をしたり、治療法についての適切な指 針を与えた医療、教育の専門家がいなかったことや、自分の子供を通じて知 り合った多くの親たちが子供の治療や教育の可能性に失望していることを知 り、親たちをそこまで追い込んだ障害児の治療、教育に関わる学界の現状に 不満を持っていること。
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②「知恵遅れ」「精神薄弱児」「自閉症児」「情緒障害児」などという診断 名はよく使われるが、それらは必ずしもその子供の障害の状態を適切に表わ
していないと考え、障害児につけられる一部の診断名に疑問を持っているこ
と。
③ドーマン法にはいろいろ枇判はあるが、自分の子供には効果があったし、
一緒に訓練を受けている子供にも効果が表れていたので、批判をしている人 は実態を知らないのだと考えていること。
④自分の子供の訓練の経験から、「自分の子供は必ず元通りにできる」と信 じて訓練を行なうことが大切であり、学校の教師にまかせきりにせず、親が もっと子供の治療、教育に熱心になれば子供にもっとよい変化が表れてくる はずだと考えていること。
⑤障害児の就学措置が、普通学校か養護学校かの二者択一だけでは、どちら にも適応できない子供ができてくるのではないかと考えていること。
⑥知的な面に問題がある障害児に対して、その面を改善するような教育が行 なわれていない場合が多いのではないかと考えていること。
⑦統合教育においては、健常児が学校生活や家庭生活にうまく適応できてい るかどうかは、その子の障害児に接する態度によって判断できる。また、そ の学級集団に問題があれば、それを反映して障害児が問題行動を見せること がよくあると考えている。さらに、障害児自身が障害を克服しようと努力し ている姿を実際に見る機会を与えなければ、健常児や社会の目を変えること ができないと考えていること。
第3節 訓練の結果と治療、教育のあり方について
(1)訓練の結果についての考察
本児の訓練プログラムは運動だけではなく、体の内部環境を整えることや 知的学習のためのプログラムもあり、そのことを抜きにして本児の発達は今
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えられない。すなわち、体の内部環境を整えることが運動の基礎になる。そ して、運動の積み重ねが技能だけでなく精神的な集中力や根気を養う。さら に、そのことが知的学習を可能にし、その知的学習の積み重ねがまたっらい 訓練であってもやろうとする忍耐心を生み出したと推定される。結局、これ
らの相乗効果として、運動能力の向上や行動の落ち着き、日常の基本的生活 動作の改善がもたらされたのではないだろうかと考えられる。
また、訓練によって多くの点が改善されたものの、重要なことでありなが ら今だに獲得できていない技能や、進歩の遅い面も多くあることは上記の通
りである。
それらを分類すると次のようになる。
①簡単な動作であれば訓練によって習得できるが、複雑な動作やルールのあ る球技であればなかなか進歩が見られないこと。
②はさみの使い方や折紙の折り方などに、視覚一運動の障害が表われている
こと。
③ラジオのスイッチ操作等に、言語と空間像を結びつけることの障害が推測 されること。
④注意の転回が見られること。
本児の症状には、成人における失行症や、ゲルストマン症候群(または優 位頭頂葉後部症状)に見られる神経学的徴症状と酷似している点が多くある が、それらは現在のリハビリテーション医学においては、一般的な訓練法と いうものはまだ確立されておらず、試みた内容を具体的に報じた例さえ非常 に少ないのが現状である。従って、三児の両親は、ドーマン法の訓練によっ て改善できたことも多いが、それだけでは改善し得ないような発達上の問題 も多くあることは認めており、実際本児の加齢とともに健常児との格差が目 立ってきている。
以上のように、本日のような後天性の脳障害児に対しては、現在の科学で は治療のできない部分も多いが、一定の理論体系に基づき、親子で忍耐強く 訓練を続けるならば、できないと思われていた技能や動作及び知的学習のか
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なりの部分ができるようになるということが本事例研究によって明らかにな
った。
(2)治療、教育のあり方についての考察
次に、障害児に対する治療、教育のあり方としては、次のようなことが考 えられる。
①治療、教育のシステム
本事例は、理論的根拠に批判があり、最も過酷だと言われるプログラムを 課すドーマン法によって訓練を行なっている一再障害児についての研究であ るが、筆者はこの研究によって、ドーマン法は決して万能ではないが一定の 効果のある治療法であることが分かった。従って、今後の障害児の治療、教 育のあり方を考える時、この治療法から学ぶことは多いのではないかと考え
る。
その1っは、親が自分の生活を犠牲にしてまでも子供の訓練をしょうと決 心するためには、その理論に心底納得しなければだめであるということであ る。ドーマン法の理論に疑問を持つ学者は多いが、訓練の方法について指針 を示した書物としては、世界中で「親こそ最良の医師」ほど多くの人に読ま れた書物は他にないのではないだろうか。このことから、どの治療法であっ ても、その方法による縦断的事例研究を行ない、その結果を、親を対象に分 かりやすく編集した啓蒙書にして出版すれば、親は希望を持つと言えるので はないだろうか。
その2は、親が信頼感を持ってその治療法を実施するには、治療システム が大変緻密でなければならないということである。例えば、IAHP(ドー マン氏の研究所)では、渡米前に、あらかじめ子供の症状についての詳しい 調査書の提出を求める。そして、研究所に着くと、2日間をかけて患者の検 査、診断が行なわれる。次の2日間は朝9時から夜9時頃まで、親たちに対
して理論についての講義が行なわれる。最後の5日目に、家庭で行なうそれ ぞれの子に応じた治療訓練のプログラムが渡される。また、そのプログラム
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の実施状況についても定期的に報告を求めている。日本においても、障害児 の診断を1っの施設内で総合的に行なえる機関が最近になってやっと増えて きているが、理論についての講義がIAHPほど詳しく行なわれているとこ ろは皆無ではないだろうか。しかも、与えられた治療プログラムを家庭で実 施した状況を詳しく報告させるところも少ないように思う。
ほとんどの親にとって、障害児の養育は初めての経験だと思われるので、
治療、教育の機関が、障害児の養育についての基礎的な知識や理論を詳しく 説明することによって、親はある程度安心し、指示された訓練を行なう場合 でも力が入るはずである。そして、その訓練プログラムは、一般的な心構え だけでなく時間や回数も含めて具体的な内容の方が行ない易いようである。
しかも、親のなかには、本児の両親のように、子供をよくするためには全生 活をかけてもよいと考えている親もいるので、訓練プログラムを与える場合 は、子供の症状だけではなく、その親の家庭状況や心理状態をも考慮して与 える必要があるのではないかと考える。さらに、訓練を行なっている親は精 神的に不安定な状態に陥ることも多いと考えられるので、治療、教育の機関 は、親が希望を持って訓練を続けられるように、仲間同士の交流を深めるた めの行事を行なったり、新しい情報を得るための講演会を開催するなどさま ざまな工夫をした方が望ましいのではないかと思う。.
②治療、教育における両親の役割
次に、本盗の両親の養育態度は、同じ立場にある親たちに対して、以下の 点について、示唆を与えるのではないかと考える。
a.障害児の治療ということを家庭生活の中心におき、夫婦でいつも協力し ながら訓練にあたってきたこと。
b.自分達の知人に会う度に子供の状態について知らせたり、相談を持ちか けた。そのことによって、、訓練を行なう上で必要な道具や教材作りなどを 手伝ってもらうことができたこと。
c.子供にとってどんなに困難と思える課題でも、いっかは必ずできると信
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