高2 4月
第2節 小学校1・2年生(1977年4月掛1979年3月)
1.粗大運動
運動会の徒競走での様子がこの時期の運動能力を象徴的に表わしていると 思われる。1年生の時は、1人で走れず、先生に背中を押されて走りだした が、ゴールの手前でコースをはずれてしまった。2年生では、1人で走った が、スタートでもう10mぐらい遅れてしまい途中で止まりそうになった。
もちろんどちらも最下位であった。また、走ることでは、冬のマラソン大会 でも男子の中ではいつも最下位であった。
次に歩き方であるが、朝の行進では前の人の頭の中心を見て歩いているう ちは真直ぐに歩けるが、視線がすぐ横や斜めにそれてしまい、そうなると必 ず足が斜めに動いてしまっていた。
学校での体育であるが、体操については、皆と一緒にできるのは両手の上 げ下ろし、膝の屈伸、跳躍だけであった。のぼり棒は30cmぐらいしかのぼ れなかった。なわとびは1回もできなかった。ただ、とびたいという意欲は 強く、1回ずつ止まりながらでは、20分近くとぶ練習を続けるということ もあった。前転は、真直ぐ前に転べなかった。ドッジボールをすると、自分 の方ヘボールがやってきても逃げることができなかった。
最後に、自転車の乗り方であるが、下り坂であれば100mほどを補助輪 なしで走れるようになったが、手でブレーキがかけられず、足で地面をすっ て止めるのできつい坂道は危険で走らせることはできなかった。
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ll.微細運動
病後、指の使い方の障害が現われ、親指を折ると他の指もフワッと折れて しまったり、両手を指先までのばしてくっつけ、「いただきます」の手のか っこうをすることができないなどの問題があった。そのために、日常生活に おいても、次のようなさまざまな困難にでくわさなければならなかった。ま ず、はさみは、最初のうち1回はさむとそのまま最後まで切ってしまってい たのが、途中でやめてまた前へすすめるようにはなったが、線に沿って切る
ことはできなかった。ボタンはめは、自分のブレザーの前や横の大きなもの がはめられるだけで、スポーツシャツの首の近くの小さなボタン、ジーパン の前のきついボタン、服のそでのボタンなどははめられなかった。ジャンケ ンのグーはできるが、パーとチョキがうまくできなかった。5本指の手袋を 両手ともちゃんとはめるということができなかった。病気前に習っていたピ アノも全くひくことができなくなってしまった。
習でも頭を持って視線を鍵盤の方へ行くようにしなければならなかった。
その他、2年生の終り頃になってやっと一人で靴の着脱ができるようにな ったことや、朝会において、はじめは担任がそばにいて手をつないだりして いなければ他の場所へ行ってしまっていたが、だんだん落ち着きを見せて、
30分近く並んでいることができるようになったという前進面も見られた。
N.書字能力
2年生になってから字を書く練習をはじめたが、担任が本児の手の上に軽 く手を乗せたり、手首を持ったりしなければ書けなかった。横より縦の線の 方が引きやすいようで、例えば、担任が「○○駅と△△駅をつなぐ線路を引 こう」と誘うと、横には引けずに下へ行ってしまう。そこで友達がその2つ の駅を縦に書いてやるとサーッと線でつないだということがあった。
皿.日常生活動作
第3節小学校3・4年生(1979年4月〜1981年3月)
衣服を身につける時は、前項で述べたように、小さいボタンがはめられな いうえ服の前後が反対であったり、下着がはみ出ているようなことがあった が、一人で着替えようという努力はしていた。
排泄面については、排尿は完全であったが、排便の失敗が時々あってその たびに担任が世話をしていた。
遊びについては、休み時間に他の子供達が外に出ていくと一緒に行くが、
すぐに戻って来て1入で本をめくったり、友達の筆箱や教室に置いてある物 をさわったりというような1人遊びをしていることが多かった。
呼吸のコントロールが悪い例として、誕生日のケーキに立てた8本のロー ソクを1人で全部を吹き消すことができなかったことがある。また、視線を
1ヵ所に定めることができないために、視力検査ができないし、ピアノの練
1.粗大運動
走ることに関しては、4年生のマラソン大会において初めて本児の後ろに 男子12〜13人がいるという成果があった。このことについて、親は「Y は初めて他の健康な子の中に互して一人前にやれたわけです。このことが私 たちにどんな感動を与えたか、御想像いただけるでしょうか。… 私たち の方がYよりも興奮してしまいました。」と、感想を書いている。また運動 会の徒競走では、3年生のときは、残念ながら友達が横について手をひかれ て走った。4年生では、日頃の練習でも何人か一緒に走るとまわりの子が走 るのを見て走ることがあるので心配していたがその通りになって、走り出し た時には一番だったのに、すぐ次のコースの子に追いつかれてしまった。
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ラジオ体操がなかなか模倣できず、3年生では、できるものは、体の前後 屈伸、足の屈伸、跳躍、腕を斜めに伸ばして体を左右にふることであった。
4年生の初めに、「手を水平に上げるということができない。水平に手を上 げて下ろすという運動をさせようとしても、手を前後に振るばかりである。
手を水平に上げさせようとするとまるで手を自由に動かせないかのような力 の入り方である。」と、問題点が書かれている。
3年生になってやっと自転車のブレーキを手でかけられるようになり、4 年生では学校の側のきつい坂を一一es上までこぐことができるようになった。
学校での体育で、訓練プログラムにあるうんていをYにさせたところ、ア レヨアレヨという間にいとも簡単に1段ぬかしで下り全部をやったので、ク ラスの皆がびっくりしたということがあった。しかし、学校で皆とドッジボ ールをすると、せいぜい逃げられるだけで、ボールを受けるということがで きなかった。またキックベースボールをすると、ピッチャーがころがしたボ ールを蹴るのは難しく、蹴ったら一塁に走るというルールも理解できないよ うであった。
1.微細運動
衣服の着脱の際に必要なボタンやジッパーについては、3年生でジーパン のボタンをはめられたり、パジャマのホックをとめられるようになった。4 年生になると、ジャンバーのジッパーができ、バジヤマのボタンをねとぼけ ていてもでき、さらに5年間できなかったズボンの後ろのポケットのボタン も、ついに右手だけでできるようになった。
その他のことで、できるようになったこととしては、食事中お箸をうまく 使えるようになったこと}給食の時にどうしても両手を合わせて「いただき ます」の手の形をつくることができなかったのが、3年生の終り頃にやっと できたことなどがある。反対に難しいこととしては次のことがあった。懐中 電灯のスイッチを押してつけることはできるのに、引いて消すことができな
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かったこと。オモチャの消防自動車のドアが開けにくく、開けようとすると 妙に力が入り手が自由に動かなかったこと。トランプを次々に隣にくっつけ て並べることができなかったこど。図工で画用紙に千枚通しで穴をあけ糸を 通す時、見やすいように穴をあけるところに赤馬を書いてもできなかったこ
となどであった。
IH.日常生活動作
この時期の最大の変化は、4年生の夏からとり入れた民法プログラムによ って、生活がずいぶん落ち着いてきて、学校でも授業中に立ち歩くことが少 なくなったことである。また、身の回りのことでは、4年生になってもパジ ャマのズボンを前後逆にはくことがあったが、「逆だよ」と声をかけると両 手でクルッとひつくり返してはけるようになった。それまでは、両手でひつ くり返そうとしても手を離さないので元のもくあみであった。この頃には、
半ズボンやパジャマのズボンを立ってはくことができるようになった。靴下 も、3年生で、まだはいた時上下が逆になることはあるが、途中でねじれる ということはなくなり、4年生になると、短く丸めてから上手にはけるよう になった。
その他にできるようになったのは次のことである。4年置で、それまで顔 を洗うときに髪をぬらしたり、片手で目をこすったりしていたが、上手に洗 えるようになったこと。靴をはくときに、ベロをひっぱりながらはくことが なかなかできず、足と一緒に入りこんでしまっていたが、とうとうベロをも ってはくことができたこと。また、靴のひもをちょうちょう結びに結ぶこと もできるようになったこと。入浴についても、風呂上がりにバスタオルで体 をほぼきれいにふけて、背中もタオルを斜めに持ってふけるようになったこ と。5本指の手袋を問題なくはめることができ、左右の区別もできるように なったこと。呼吸のコントロールの問題があって、3年生の誕生日まではケ ーキに立ててあるローソクを一息で消すことができなかったのが、4年生に
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