3 年
① 親亡き後の心理
② 親亡き後の地域について
③ 親亡き後の援助について
・上記①,②,③の返答から抜粋したものを以下に示す.
① 親亡き後の心理
心配になります・それが怖い・やっぱし心配になって,夜も眠れな いということにもなりかねません・正直なところ,揺れ動いており ます・グループホームで生活するしか方法がない・かわいそうだか ら・悲しいけどね・不安はいっぱいあります・思えないから悩む・
それが一番辛い・仕方ないと思う・大変なことになるなという気は する・ほんとうは心配したい気持ちもある・一番の心配・かわいそ うだと思う・悲しいだろうけど
② 親亡き後の地域について
社会的には今,地域で受け止めるのがひじょうに少ない・地域の中
で生活・家をグループホームにして・家から作業所に・地域が,町
がやってくれるという状況じゃない・土日とか何かあるときに家に
い・家庭のような感じで
③ 親亡き後の援助について
経済的にはね,困ることはないと思います・兄弟には多分頼るとは 思うんですね・地域生活支援センターが今のところないですね・究 極にいったいどこが一番の支えになるか・グループホームで生活す るしか方法がない・息子の成長記録を残しておいて,誰か引きうけ てくれる人に少しでもわかってもらいたい・経済的な面と精神的な 面と両方,これからやらなくちゃいけないな・自分が今死んじゃっ たら大変なことになるなという気はする・多分いろんな面で娘達が ケアしてくれるかな・財産を管理してくれる人を探さないといけな い.生活の場も必要・グループホームという形が一番幸せな形とし て考えられるかもしれない・兄弟がどういった形かで,関わってい て欲しい
親亡き後についてのプロトコル抜粋を以下に示す.
(B)心配になります.
まだ十分教育ができていません.
私がいなくなったときに,父親を亡くしたとき以上にショックを 受けると思うんですね.それが怖い.
一日長く生きていられたら,と思います.
経済的にはね,基礎年金も頂いてますし,家もありますから,困
地域生活支援センターが今のところないですね.究極にいったい どこが一番の支えになるか.
これから私に残された年月はそれに向かっていろんなことをもう ちょっとしっかり固めておかなくちゃいけないな,と今痛切に感 じている.
心配になって,夜も眠れないということにもなりかねません.
正直なところ,揺れ動いております.
(C)グループホームで生活するしか方法がない.
彼の嫌いな施設なんかはね,とてもじゃないけど,かわいそうだ から,それはできないから.
「グループホームで,ずっと一年間ここで生活をするようになる よ.だから,みんなにかわいがってもらいなさい」ということを.
まあ,理解するかどうかわかりませんよ.もうしょうがないやと あきらめてんですよ.
(D)一番簡単は,親より早く死んで欲しい.一日でもいいから先に行 って欲しい.悲しいけどね.
実はお姉さん医者ですよ.だから,悪いことはしないと思うんだ けど.後はわかりません.
家をグループホームにしてしまって,そこで,住まわせてもらえ れば,一番理想.
(E)健康なので,生きていくと思います.
財産を管理してくれる人を探さないといけない.生活の場も必要.
法人を作って,私たちがいなくても,人として,ちゃんと生きて
いけるように備えておきたい.それが私の最後の仕事.
(F)前癌状態の臓器が肝硬変になってますからね,うちではね私が死 んでからの話が平気になってるんですよ.(笑い)息子をね,十 分見れるんじゃないかしらと.主人がね,私の方に手を取られな くても済むようになりますでしょ.
家から,作業所に通える道もある.
グループホームは生活の場.出かけられる場所を確保できない.
施設が逆に仕事というものを開発して,どんどん充実したものに して.
これが自分の生活なのかな,と慣れていくのかな.慣れていくと いうことがいいことって私は思えないんですよ,どうしても.思 えないから悩む.
(G)自分が亡くなった後のことは,なるようになる.
(H)天国でまたお母さんと会えるよっていうふうに教えてくれる.
だけども一日でも先に逝きたくない.
まだ,自立させてないから,それが一番辛い.
娘達にそういう負担はかけたくない.
多分いろんな面で娘達がケアしてくれるかな.
息子の成長記録を残しておいて,誰か引きうけてくれる人に少し でもわかってもらいたい.
(I)自分が死んだ後のことまで考えながら,今生きたないね. (笑い)
心配なことは,なくならへんでしょ.
自分が今死んじゃったら大変なことになるなという気はする.
65
歳を自分は一つの区切りに社会的にはお金を稼いで,一所懸命 働こうと思っているんですけど.
一人で留守番できるとか,親元はなれてどこかの寮に入るとかや らないと.
(K)どうなんだろうね,考えたこともない.
考えなきゃいけないんのかなとも思うけど,別に考えたってしょ うがない.
なんとか,一人で…もしかしたら生きて行けるように訓練してい けば.
いよいよとなったら,まあどっか,…に頼めばいいと思っている.
ほんとうは心配したい気持ちもある.目の前に来ないとね,考え られないの.
(L)泊まれないというのが,私にとっては一番の心配.
泊まることができれば,親が亡くなった場合に,入れる施設ある.
地域や町がやってくれるという状況じゃない.
障害があっても,こういうふうになってもらいたいという,子ど もに対する欲もある.
きょうだいにはめんどう見てもらいたいなという気持ちはありま す
(M)一番の理想は,無理ですけどね.できたらうちの息子が引き取っ て面倒を見てくれたら.
重たくなったらかわいそうだと思うので,黙っていてもそのねが
いが通じてそうなったらいいな,という夢ですね.
なるかな.
家でも生活できる場を作っておきたい.
(O)兄弟がどういった形かで,関わっていて欲しい.
一番卑怯なやり方かもしれないけど,洗脳していくのも一つの手 かな.
グループホームという形が一番幸せな形として考えられるかもし れない.
できれば,私たちが自然に作っていく家庭のような感じでいけた ら.
まだ先だあという思いでごまかしてきたんだろうと思う.
(P)そのときはいなくなって悲しいだろうけど,どうすれば自分がう まく生活していけるかというのを本能的に見極めていくんじゃ ないだろうかと思う.
4.考察
(1)基本的属性について
今回のインタビューに協力してくれた父親は,
51,
52,
52,
75歳の
4人であった.母親は
11人で,
44,
45,
48,
48,
51,
53,
54,
55,
55,
60,
77歳であった.年齢からみると,父親では
24歳の開きがあり,母
親では
33歳の開きがある.この年齢のばらつきは,現時点での親の心
障害がある.障害の特性上発達期に障害があらわれ,今回の場合,3 歳 以内に子どもの障害の告知を受けていることがわかった.また,重複障 害を持つ子どもがほとんどである.癲癇の発作や上肢下肢の麻痺などを かかえ,困難な子育てをしてきていることがわかる.
障害を持つ子どもの親としての年月は,それぞれ違うが,
50年とい う長さの
Bさんがいた.半世紀の子育てである.一方,
Pさんは
14年 間である.Pさんの子どもは養護学校高等部を卒業し,これから就労が 始まる.二人を比較してみると
36年の差があるが,面接からは内容的 に時代が大きく変化したことを感じさせない.そのことがわが国の親に とって,どのような意味を持つのか,今後の研究からわかってくること が多いのではないだろうかと考える.
(2)質問項目 4
[質問項目 4]からわかったことは,概ね,「ショックだった,不安 だった」と精神的な打撃を受けている事実であった.医師に対する怒り や不信感を持つた人もいた.「悲しかった,辛かった」など感情であら わす人がいた.しかし,対象者の中には障害を持つ兄弟がいる人が2人 いたが,彼等は「何も感じなかった」と答えており,精神的な動揺はみ られなかった.すでに,障害を受容できていたからだというのが理由で あった.そのことは,兄弟として障害を受容することと親として子ども の障害を受容することにおいては,相違点はないことを意味している.
障害の受容という心理問題は一度解決がなされると完全に自己を構築
する要因の一つになり得るのだろうか.また,兄弟における障害者の家
族という視点からの研究からみても,今回の例は多くの示唆を与えてい
ドキュメント内
2
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